やどかり研究所 通信


<2011年12月15日発行>

やどかり研究所サロンの報告

『街づくり,“経験の成長”について考える』
〜住んでいて良かったと思える“街”を創るために〜

 2011年11月26日 やどかり情報館にてやどかりサロンが行われました.今回のサロンの講師は都市計画プランナー,埼玉大学経済学部非常勤講師の竹内光博さんです.
  ここ数年来,やどかりの里は“地域に知ってもらい,地域とともに活動すること”を目指しつつも,その地域とのつながりが,いまひとつ具体的にならない悩みを抱えていました.今回のサロンはその問題の解決に糸口を探すべく,企画されたといえます.

 竹内さんは「まちづくり」とは曖昧な概念であることを踏まえた上で,まず日本の都市計画の歴史を紐解きつつ,まちづくりとは「多様な主体が連携・協力して・・生活の質の向上を実現するための持続的な活動である」という定義をとりあげ,その上で “経験の成長”という考えを示しています.
  竹内さんは“経験の成長”を対象に働きかける環境との関係をアフォーダンスの理論を使って説明し,さらにデユーイとリードの文献をもとに,経験の連続性と累積を説明しています.その上で,ユニバーサルデザインの考え方を紹介し,お互いの経験を尊重しあい,相互学習の過程をしぶとく続けるラディカルな民主的プロセスとして説明しました.
  このあたりの理論展開は豊富な知識量とともにとても見事で「まちづくり」のような“曖昧でなんとなく耳障りのよい言葉”を現実の社会の中でどのように考えていくべきか,きちんと文献をあたり,定義し,先行研究を紐解いて説明しています.こうした竹内さんの論理的な考え方に私たちは学ばなければならないと思います.私たちは,保健・医療・福祉などの分野で人を相手に仕事をしているからなのか,思いが先行して情緒的な言葉を勝手な理解で使ってしまうことも多く,それがかえってあいまいな共感を作り出したり,分裂を招いたり,教条主義になったりするようなことを少なからず経験しています.現実に起きていることを,確かな知識の目で見ていくタフな知見こそ私達に必要な力だと思います.

 竹内さんは話の冒頭と最後で「ブレないこと自体に価値はない」と言い,状況が変わったら戦略を変えることのほうが重要で,ブレないことにこだわりすぎると,思考停止を招くのではないかと提案しました.
  多様な人々が連携・協力するときは,状況に対応していく力こそ必要なのだろうと思ったけれど,後半のフロアとの質疑応答で,竹内さんの大学院時代の指導教授である西山先生(現 埼玉学園大学)からブレないということについて質問があり,先生はアカウンタビリティ〔情報公開・説明責任〕とアダプタビリティ〔適応〕が必要なのではないかと言われました.多様な人々が協働して新しい活動を展開していく時には,情報公開と失敗に気づいたらすぐやめる適応性という意味の意見で,竹内さんの議論がさらに深まり,刺激的でした.

 また,新しく移転するエンジュの設計をしていただいた設計士さんも積極的に議論に参加していただき,やどかりの地域活動を応援していただける多くの方々の気持ちを感じた1日でもありました.
  このサロンから,やどかりが地域に向かって新たな一歩を踏み出すキッカケになればいいな,と思いました.

(野田 妙子)


<2011年6月15日発行>

2011年度やどかり研究所学習会報告

未来に拓く

〜やどかりの里の培ってきた価値を地域へ〜

 5月28日の定期総会後,やどかり研究所企画の学習会が開催された.「未来に拓く〜やどかりの里の培ってきた価値を地域へ〜」と題し,第1部が,3人のメンバーが語る「私が見つけたもう1つの生き方」,第2部が,「みんなで語る地域の中のエンジュ エンジュにかかわる人たち」,第3部が全体討論であった.

自分に合った働き方を見つける
  第1部では,まごころ,やどかり情報館,エンジュで働く3人のメンバーが,やどかりの里に辿りつくまでの人生と,それぞれの働く場での経験の中で得たものについて語った.
  これまでの教育の場や働く場での挫折経験や生き辛さが話され,大変な道のりを経て現在の働く場につながったことが分かった.
  自分の力を発揮できそうな仕事を任せてもらえたり,役割が決まっていることで安心して働け自信がついたこと,お弁当を届けたときに「ありがとう」と声をかけられることが嬉しかったり,誰かの役に立っている実感が得られていることなど,働く中で自信や張り合いを培ってこられた姿が印象に残った.一方で,働き続けるために,しっかり睡眠をとることや,休みの日の過ごし方も疲れないように心がけるなど工夫していることも話され,仕事を大切にする姿勢も伝わってきた.
  働き始めた頃は,他のメンバーとの関係など馴染めず苦労した時期もあったという.少しずつ人間関係に慣れていき,継続して働けるようになった話からは,安心して働ける環境の大切さを感じた.また,一般就労を目指して一旦は辞めたものの再度利用しようとした際に受け入れられたことが嬉しかったという話からは,何度でもチャレンジできることも安心して働くうえで大切な要素だと思った.

みんなで創り合う活動
  第2部では,まず,エンジュで働くメンバー5人が,エンジュについて語った.働き始めて半年の人から10年以上働く人までエンジュ歴(経験年数)は違っても「仕事が楽しい」「充実していて周りからは顔つきが良くなったと言われた」「和やかに楽しく働ける」と口々に語られ,働く場の雰囲気が感じられる話だった.また,「ミーティングで話し合うことで,みんなで一緒に作っていく感じが生まれる.それがやる気の原動力」という発言から,情報の共有や率直な意見交換が,エンジュを自分のこととして考え運営に参画していく土壌を作っているのだと思った.
  第2部の後半では,エンジュのお弁当利用者の声もビデオで紹介された.「(弁当の内容など)わがままを聞いてくれる」「一生お弁当を取りたい」とエンジュに支えられていると感じておられることが語られた.一方で「配達の人もいい人で,子や孫みたい.よくやっている」と配達するメンバーのことも気遣ってくださっていた.エンジュのお弁当を通じて支え合いの輪が広がってきていることを感じた.「エンジュがあるここに住んで良かった」という言葉は,本当に嬉しく,励まされる思いがした.
  今回,安心の保障や話し合いの大切さなど,やどかりの里が大切にしてきた価値が,働く場での日々の営みにもしっかり根付いていることを強く感じ,やどかりの里が仲間づくりのグループ活動が中心だった20年以上前を思い返した.働く場を通じ,活動に参画する機会が増えたこと.そして働く場で生産されたものを通じ,地域の人とも支え合いの輪が広がり,さらに参画する機会が広がっていく可能性を感じることのできる時間だった.

(白石 直己)


<2011年4月15日発行>

やどかり研究所報告・交流集会報告

実践が語りかけるもの

 2月26日,27日にやどかり研究所報告・交流集会が開かれた.例年とはスタイルを少し変え,1日目は2つの卒業論文の報告を含む研究報告と特別シンポジウム,2日目には実践報告が行われた.

  特別シンポジウム「当事者不在の制度改革 だからこそ今考えること,行動すること」は,これまでの特別報告にかわる新たな試みであった.保育,高齢,障害の3つの分野で今何が起きているのか,それらの動きを共有し,共通して見えてくること,だからこそ取り組んでいかなければならないことを考えようと企画されたものであった.

  川端隆氏(新田保育園園長)からは,保育の現場や子どもと親がおかれている厳しい社会状況,その中で守ってきた保育実践を壊そうとしている子ども・子育て新システムについて話された.そして,斉藤なを子氏(きょうされん副理事・鴻沼福祉会常務理事)からは,ノーマライゼーションの話から障害者自立支援法,自立支援法違憲訴訟の運動など,障害のある人の権利を主体にした障害者基本法の重要性と,運動を展開していく中で起こってしまった障害者団体分断の現実の重みが語られた.勝田登志子氏(認知症の人と家族の会本部副代表理事)からは,ここ10余年の間に,認知症当事者が自分の思いを発信するという大きな変化が起きている一方で,当事者の声が届かないまま公的介護保険が法改正のたびに市場原理にのみこまれていく実状が報告された.

  3人の方のそれぞれの報告は,まず高齢者の領域で介護保険の導入にはじまり起こったことが,障害者の領域で支援費制度,障害者自立支援法という形としてあらわれ,そして今子どもの領域で起きようとしていることが見えてくるものであった.またそれぞれのシステムの中で成果主義が貫かれ,時間と中身の効率性が追求されること,公的責任がなくなり最低基準だけが自治体単位で条例化されていくことなどの共通点が明らかとなった.その背景には財政優先の考え方があることが見事なまでに浮き彫りとなった.丁寧な実践が,説得力をもって本質を伝えてくれた時間であった.

  障害領域にかかわっていると,かろうじて介護保険の話を聞くことがあるかどうかであり,子ども・子育ての話を聞く機会はほとんどない.そういう意味で,新鮮な話が身近な問題につながっていった時間であった.

  2日目は,3つの分野からそれぞれ3題の実践報告が行われた.1人1人に寄り添い,成長発達を支える日々の実践は,どの分野においても共通であった.人が人を支援するという営みが,社会の中であたりまえに保障されるようにしていかなければならない.

  新自由主義という大きな流れの中で,責任ある地域主権を支える国の仕組みの必要性や,めまぐるしく行われる制度改変の中で何が起こっているのかを鋭く捉える力が求められていることを強く感じさせられた.そして,効率性や評価では決してはかることができない『人が生きている』という現実を大切にし,丁寧にかかわりを築いていくことを実践し,継承していかなければならないと改めて認識した.

(松原 玲子)


<2011年1月15日発行>

やどかり研究所サロン報告

「子供たちのアウシュビッツ」から学ぶこと
出会いをつなぎ,広げるいのちを尊ぶ輪

 12月4日(土)やどかり情報館で,やどかり研究所サロンが開催された.今回は,作家野村路子さんをゲストに迎え,「『子どもたちのアウシュビッツ』から学ぶこと〜生きる力と明日への希望」のテーマでお話いただいた.

  野村さんは,1991年から「テレジンの幼い画家たち展」(絵画展)や「テレジン もう蝶々はいない」コンサートを主催し,第2次世界大戦時,多くの子どもたちが収容されていたテレジン収容所の子どもたちのこと,彼らの生きる力や希望を伝える活動を行っている.

 1989年2月,野村さんは偶然訪れたチェコ・プラハの小さな博物館で,子どもたちの絵と出会った.家族と過ごす絵,遊園地で遊ぶ絵,野原に翔ぶ蝶々の絵など楽しそうな絵の中に,胸に星のマークをつけた人が首を吊られている絵があった.なぜ,子どもたちの絵の中にそんな絵が混じっているのか,強烈な印象を受けたという.その後,その絵がテレジン収容所にいた子どもたちの絵であること,テレジン収容所の中で15,000人と言われる子どもたちが過酷な生活を送りながらも,生きる希望を失わなかったこと,そして彼らの多くがアウシュビッツに送られ命を落としたことを知る.翌日再び博物館を訪れると,楽しそうに見えた絵の1枚1枚から,「もっと生きたかった」「蝶のように,自由に大空を飛びまわりたかった」という子どもたちの声が聞こえた気がしたという.同時に「あなたに何ができるの」と問われたと感じた.家庭裁判所の調停員をしながら触れた無気力な子どもたちを思い浮かべながら,自分ができることは,テレジンの子どもたちのことや彼らの生きる力や希望を日本で伝えることだと思った野村さんは,帰国後大使館への交渉,資金調達など幾多の壁にぶつかりながらも,1991年から絵画展やコンサートなどの活動を始めた.現在もテレジンの生き残った子どもたちの取材を続け,平和や命の尊さを伝え続けている.

  20年の年月の中で,野村さんの熱い思いに共感する人が1人,2人と増え,いのちを尊ぶ人の輪が広がり,活動を支えてきた.「もう続けていけない」と思うときには,必ず,苦難を乗り越えさせてくれる人との出会いがあり,続けてくることができたという.

  野村さんの話から,野村さんの活動とやどかりの里の活動が重なり合った.やどかりの里の40年の活動も,多くの人との出会いとご協力に支えられてきた.今では,300名を超える精神障害のある人が,やどかりの里を利用しながら,自分らしく生きようとしている.しかし,やどかりの里のメンバーの後ろ側には,長期入院や地域で孤立する中で,自分らしい生き方を見つけられずにいる人たちが大勢いる.だから,やどかりの里はこれからも「1人1人が主人公」を目指し,いのちを尊ぶ人の輪を広げていかねばならない.野村さんとの出会いを通して,出会いやつながり,そして1人1人のいのちの尊さを改めて感じさせられた.
  
(見沼区障害者生活支援センター 宗野 文)


<2010年3月15日発行>

報告 第8回やどかり研究所報告交流集会

やどかりの里が築いてきた価値の発信へ

 去る2月20日〜21日にかけて,第8回やどかり研究所報告交流集会(以下,報告集会)が開催された.当日は,当事者,家族,研究者,実践者など約70名の参加があり,2日間にわたり活発な議論が繰り広げられた.

障害者福祉の大きな変革期での開催
  障害者分野では,8月30日の政権交代後,障害者自立支援法廃止が決まり,新たな障害者福祉施策づくりへの流れが急速に動き始めている.そんな時代状況の中で開催された報告集会は,やどかりの里としても次なる実践の方向性を描く大事な時期での開催となった.
  報告集会の冒頭では,そうした障害者福祉をめぐる情勢共有が行われた.現在,障害のある人の権利を主体とした法制度の改革が進められている.国連で採択された障害者権利条約では,障害のある人,ない人があらゆる場面で平等に生きていくということを基礎としている.その理念に照らし合わせ,国内の法制度を整備していく.こうした障害者福祉のあり様が根本から変わろうとする時代の節目にあることが冒頭で確認され,報告集会がスタートした.

研究・実践・研修から学ぶ
  1日目は,研究所会員を中心に4題の実践報告と5題の研究が報告された.テーマも幅広く,身体障害者療護施設での実践報告や退院支援事業の取り組み,長期入院経験の持つ意味と当事者にとってのスティグマ,地域家族会が取り組んだ障害年金受給の実態調査の一考察,精神障害者や家族の社会的孤立状況の研究経過報告など,多彩な内容となった.各報告後は参加者との質疑が行われ,様々な視点での意見交換がされた.また,各報告ごとに参加者との自由討論の時間が設けられ,参加者にとっては報告者と率直に意見交換する有意義な時間となった.
  1日目の討論からは,精神障害のある人や家族の実態が置かれている厳しい現状が浮かび上がってきたが,その一方で,人間が成長・発達していくこと,希望や可能性といったことに着目する実践の大切さも多く語られた.
  終了後には,小規模授産施設まごころの手づくり料理を味わいながら懇親会が開かれ,参加者同士の親睦を深める時間となった.

新たな時代を切り拓く一歩に
  そして2日目は,特別報告として,上武大学経営情報学部教授の西山賢一先生を講師にお迎えし,「非営利組織マネジメント」と題してお話いただいた.西山先生は複雑系経済学の研究で広く知られており,「21世紀は商品・サービスをめぐって人と人とが関係し続けるような産業が時代の中心となる」といった主張をされている.地域ケアが目指していることはコンヴィヴィアルな(生き生きとした)世界であることをおさえ,人類の誕生と発達の歴史を紐解きながら私たちが次に目指す方向性,価値は何なのかを示してくださった.お話はひじょうに示唆に富んでおり,参加者に大きなインパクトを残した.
  やどかりの里が築いてきた価値や文化を社会に発信し,新たなつながりを創り出していくには,発想の転換と新たな手立てが必要になっていることを感じる.「視線をほんの少しずらすと,見えていなかった様々なことがはっきり目に見える」と,西山先生は言う.
ちょっと眼差しを変えて見えなかったものに気付いた時,これからの実践がより広がりをもって形づくられていくのだろう.

(やどかり研究所代表 三石 麻友美)


<2009年12月15日発行>

やどかり研究所サロンの報告

「日本の精神医療を変えたい!」
支え合って街で生きる〜イタリアはなぜ,精神病院を捨てたのか

 去る11月21日(土)に,やどかり研究所サロン「支え合って街で生きる〜イタリアはなぜ,精神病院を捨てたのか」が開催された.第1部は,ジャーナリストの大熊一夫さんをゲストにお迎えし,10月に岩波書店より出版された「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」の取材を通して見聞された,イタリアの地域精神保健改革についてご講演いただいた.第2部は,イタリアの実践に学びつつ,これからの日本の精神保健福祉のあり方を参加者と一緒に考える時間として,シンポジウムを行った.

<精神病院をなくしたイタリア>
  大熊さんは,講演の前半で,39年前の「ルポ・精神病棟」取材のときの精神病院潜入のエピソードに触れられた.その後,精神病院を廃止し,地域精神保健サービスを充実させ,もっとも重篤な精神障害のある人が地域で暮らしていけるよう改革に取り組んだイタリアへの関心が湧いたこと,「本当に精神病院がなくせるのか」と半分思いながら取材に入ったこと,そして,その取材が今回の出版につながるライフワークとなったことを話された.
  イタリアの地域精神保健改革が始まったのは1961年.ゴリツィアで始まった改革は,様々な反対をも乗り越えながら,1971年からはトリエステでの改革に引き継がれていった.その中心人物となったフランコ・バザーリアは,自分の勤務する精神病院の様子を写真集として発表し,また,テレビのドキュメンタリー番組でも発表した.内部告発とも言えるこれらの行動が大きな反響を呼んだ.まず,精神病院の問題は何かを国民の前にはっきりさせ,そのうえで改革に取り組んでいったのである.
  1978年,第180号法(通称バザーリア法)が制定され,精神病院廃絶に向けた動きが本格的に進んでいった.再入院の禁止,強制ではなく原則本人の自由意思による治療,治療やリハビリなどは地域精神保健サービス機関で行うことなどが盛り込まれた法律であった.180号法とともに,地域精神保健サービス網が作られていった.180号法が精神病院を廃絶させるものならば,地域精神保健サービス網が,病院廃絶後の地域生活を支える仕組みと位置づけられる.患者が地域で生きることができる状況をつくり,ついに1999年,イタリアで精神病院の機能は停止したのである.

<日本の現状を変えるために>
  シンポジウムでは,イタリアの実践をお聞きしたうえで日本の状況について,当事者,医療現場,地域支援の立場で3人のシンポジストから現状の課題,今後に向けた発言が出された.患者中心の精神医療や一人の人間として見る視点の重要性など,関係者の発想の転換を求める発言が多かった.
  参加者からも「自分の町をなんとか変えていきたい」「イタリアだけでなく他の国の取り組みも参考にしたい」「薬よりも濃い人間関係が大事だ」といった熱心な発言が相次いだ.
  当日は,100名を超える申し込みがあり,会場に入りきらず,お断りすることになった方もおり申し訳なく思っている.見方を変えれば,日本の精神医療の状況を変えたいと思っている人が多くいるということでもある.単にイタリアの話ではなく,日本の精神医療を変える動きがこうした熱気のなかで生み出されていくのではないかと感じたサロンであった.

 (やどかり研究所副代表 白石 直己)


<2009年6月15日発行>

やどかり研究所主催学習会

やどかりの里40周年以降の活動を切り拓くために
〜夢実現型の発想で取り組もう!〜

40周年を迎える節目の学習会
  5月30日(土),社団法人やどかりの里定期総会後に,やどかり研究所主催の学習会を開催した.今回の学習会は,やどかりの里が40周年という大きな節目を迎えるにあたり,「1人1人が主人公」の活動理念にもとづき,これからの活動を進めていくためのビジョンを確認する時間として企画されたものである.
  やどかりの里のこの10年を振り返ると,まさに「人づくり,組織づくり」の10年間だった.組織の危機的状況を乗り切るために,1997年から人づくりセミナーを開始し,組織に関わる1人1人が,自分と向き合いながら,活動を進めていく力をつけてきた.人づくりセミナーは,昨年で8回を数え,セミナーでの学びがやどかりの里の組織活動を客観的に捉えながら,活動を前に推し進める役割を果たしてきた.

人づくりセミナーの学びを実践に

  今回の学習会では,人づくりセミナーの運営を共に進めてきた,丸地信弘先生(元・信州大学医学部公衆衛生学教室,現・老建ケアパーク茅ヶ崎)をお迎えし,「健康文化の研究開発を見直し,見通す母体になったやどかりの里人づくりセミナー」と題して,丸地先生が長年取り組んできた人材養成について,そして今の実践現場での組織づくりのプロセスについてご報告いただいた.次いで,丸地先生の理論と出会い,その学びを実践に活かしながら活動を展開し続けてきている,秋田昌子さん(墨田区)から,「よりよく生きるを目指した協創の人づくりの学びとあゆみ」と題して,墨田区で取り組んでいる食育推進活動の展開を報告していただいた.
  お二人とも,学びを実践に活かし,仮説検証を繰り返しながら次の実践につなげるプロセスを歩んでいる.そして,人間中心の発想で,自分と向き合い,人間と向き合い,いのちと向き合いながら,生きた実践を展開し続けている.秋田さんは「現場楽の醍醐味」「夢実現型指向」という言葉で表現され,実践を進めていく上で,「つなぐ・つくる・伝える・活かす・育む」という5つのステップがあることを示してくれた.

夢実現型の発想で活動を切り拓く

  2008年度の活動方針は「つながること,創り合うこと」,そして2009年度の活動方針は「やどかりの里の見出した価値を社会に発信すること」である.まさに,つなぐ(協働)・つくる(協創)を踏まえながら,40周年となる今年度は「伝える」取り組みをしていくことになる.今回の学習会で学んだことは,単に活動を伝えるのではなく,やどかりの里が築いてきた価値を,多くの人の「よりよく生きる力」につなげていくことである.
  今年度の総会で,2009年から2010年にかけて40周年記念事業を開催することが確認された.具体的には、@ 状態調査を通して活動総括をすること,A 10年間の実践をまとめた記念出版,B 「ふるさとをください」上映活動と映画制作,C 記念祝賀会,D イトロコンサートの開催,の5つの特別委員会が設置され,やどかりの里の活動を多くの人とつながりながら,創り合いながら進めていくこととなる.

 2009年度は動き出したばかりである.足元の活動に光をあてながら,「1人1人が主人公」の人づくり,組織づくりを進めていこう.
(大宮区障害者生活支援センター 大澤 美紀)


<2009年3月15日発行>

報告 第7回やどかり研究所報告・交流集会

激動の10年を振返り,未来につなげる

 2009年2月21日(土)〜22日(日)の2日間,やどかり情報館において,第7回やどかり研究所報告・交流集会が開かれた.
 1年に1度の会員の研究・実践報告,そして交流を目的にしたこの会は今年で7回目を迎え,約60名の参加者が集まった.
 1日目は2008年度事業報告,研究班活動報告,会員による研究・実践報告7題が発表された.発表後,それぞれが関心のある発表者のもとに集まり自由討論する時間が設けられ,全体討論となった.
 今年はやどかりの里をフィールドワークとした研究の発表,やどかりの里職員の実践,学習報告ありと,多岐に渡っていたのが特徴であり,参加者の関心も高かったようだ.例年以上に活発な質問が相次いだ.その後の自由討論でも時間ぎりぎりまで意見交換され,全体討論までその熱気が続き,するどい指摘や問題意識のぶつかりあいが垣間見られた.この報告交流集会も7回を重ね,会としても充実してきていることが肌で感じられた.
【報告内容・一覧】
@ 精神保健福祉士の業務に関する意識調査 高橋奈央さん(文京学院大学人間学部人間福祉学科)
A 精神障害者支援における専門職のあり方〜当事者の視点から〜岩井和子さん(星城大学リハビリテーション学部)
B 人権を擁護するソーシャルワーカーの機能に関する研究〜ソーシャルワーカーと当事者へのインタビュー調査を通して〜岩崎 香(順天堂大学スポーツ健康科学部健康学科)
C 福祉も人なり〜(社福)亀の子に人事考課制度導入を試みて〜森山登美子さん(社会福祉法人・亀の子)
D 英国の精神保健政策,Rethinkの活動から学ぶ〜2008年11月・英国視察報告〜玉手佳苗(やどかりの里援護寮)工藤菜乃(やどかり出版)
E さいたま市における障害者ハウジングサポート事業 大澤美紀(大宮区障害者生活支援センターやどかり)
F やどかりの里援護寮における短期入所事業(ショートステイ)の取り組みから見えてきたこと 黒坂牧子(やどかりの里援護寮)

2日目は『激動の中のやどかりの里の今!!人・組織・運動』と題し,特別報告があった.やどかりの里のこの10年の歩みを,組織の変換,労働支援活動,生活支援活動,8回を重ねた人づくりセミナーでの学び,運動の歴史振り返るものであった.やどかりの里が経てきたこの10年の活動を振り返るだけでなく,今後の展望を描く上で,何を大切に日々暮らし,働き,運動するのかを問いかける内容であった.ある新人職員からの「地域につながる大切さを感じた.もっともっとネットワークをつくっていきたい」という感想を聴き,やどかりの里が空中浮遊都市と言われていた頃からの転換がいかに大きく,大切なものだったか,実感したのは私だけではないだろう.来年度迎える40周年へ向けた,大きな一歩を歩み出していることを感じた特別報告であった.

(やどかり出版 工藤 菜乃)


<2009年3月15日発行>

やどかり研究所・家族支援研究班報告 A 英国視察報告・3

私が見た英国の家族会「Rethink」

岡田 久実子
(さいたま市精神障がい者もくせい家族会)


 やどかりの里の増田さんからの「家族研究班に参加しませんか?さいたま市での家族支援を一緒に考えましょうよ!!」という声かけと同時に,英国視察へもお誘いいただきました.事前勉強会に参加することで,平日夜間に家を空けることが増えました.でも,それが当事者の娘との程よい距離を作るきっかけとなり,この英国視察旅行が,私ども親子にとっての親離れ子離れの好機となりました.このことからも,私にとって収穫のある旅であったと思います.

 英国でも,統合失調症を始めとする精神疾患への無理解や偏見は,日本と大きな違いはないようです.しかし,政治的背景には大きな違いがあります.英国では精神疾患を国民の三大疾病として重要視し,政治的な取り組みが積極的に行われています.このことは,政治的な判断を下す上でも,日本とのとても大きな違いとなっています.また,福祉政策の基本として「リカバリー」という考え方が根底にあるということも,大きな相違点です.その英国で2度の倒産を経験しながら立ち上がったRethinkは,日本の家族会とはかなり違うものでした.
 統合失調症の家族が立ち上げた組織ですが,実際の運営は有能な第3者に任せて,あらゆる精神保健福祉サービスを提供する事業団体なのです.そして利用者のサービス利用後の調査研究などを徹底的に行い,その具体的なデータを元に,新たなサービス提供,キャンペーン・PR活動,政策提言,情報提供など,精神保健福祉の課題を社会に発信していくという重要な役割を担っています.また,Rethinkは崇高で明確な使命・理念を掲げ,常に上質で一流の活動を目指しており,その1つに人権擁護の観点からの熱心な取り組みがあります.特に重度精神障害者の人権を守るという理念が貫かれた活動には,日本との人権意識の違いを痛感しました.実際に触法病棟から回復した当事者の体験談(前号参照)には,信じがたい思いとともに,深い感動を覚えました.英国の家族の方々と名刺交換と握手を交わす機会をいただき,言葉は通じなくても「お互いに元気で頑張りましょう」という気持ちが通い合い,一生の思い出となりました.

 「家族(ケアラー)」を中心にRethinkを捉えてみると,理事・会員・職員・サービス利用者・調査研究協力者・ボランティア,という立場や役割が見えてきます.家族はサービス利用者というだけではなく,家族の体験に基づいた力を発揮しながら,スタッフやボランティア,調査研究協力者として,社会に貢献し活躍しています.家族が受身の存在であるだけではなく,その貴重な体験を生かして貢献できる組織であること,その意味はとても大きいと思いました.私は,Rethinkの活動を通して「リカバリー」「パートナーシップ」「エンパワメント」というキーワードを心に深く刻みました.どんなに重度な精神障害者やその家族でも,尊厳あるケアや支援を受けることにより,障害があってもその人らしく豊かな生活を送ることができる(リカバリー)と信じること,そして当事者も家族も専門家も,上下の関係ではなく対等な良き協力者であること,そのような信念や関係性が,精神疾患や障害により失われていた力を自ら回復させることができる……このことを,これからこのさいたま市で,日本で,実現させていくために,家族として,家族会としてできることに取り組んでいきたいと思いを新たにしました.


<2009年2月15日発行>

やどかり研究所・家族支援研究班報告 A 英国視察報告・2

精神保健の問題をすべての人の問題に
〜リカバリー(回復)という考え方〜

真壁 博美
(立川精神障害者家族会(通称:立川麦の会)会長)

 今回は,昨年10月からやどかりの里家族支援研究班に参加し,共に英国視察へ出かけた真壁さんの感想をご紹介します.

「Rethink」の使命
  「Rethink」の使命は,「すべての重度精神障がい者のリカバリー(回復)を助けるためにともに働く」というものです.「リカバリー」という言葉は,日本ではあまりなじみがない言葉ですが,私にとっては一番の収穫だった考え方なのでこのことを中心に報告します.わかりやすくするために,「Rethink」で聴いたケイトさんという若い女性当事者の話のあらましを紹介します.

ケイトさんの話
  「私は2002年に統合失調症と診断され,3年間触法病棟に入院しました.2005年から『Rethink』が関わり,チームがくれたサポートは,毎晩1時間,入院中の私の話を聴いてくれたことでした.とても怖かった時にサポートを与えられて安心しました.入院中に自分の得意だったことを考え,自分のこれからやりたいことをRethinkに伝えました.Rethinkの『ケア付き住居』に入居し,そこからカレッジ(単科大学)に通い,英語やコンピューターを学びました.一緒にカレッジまで歩いて行って,帰りも一緒に帰ってもらいました.その後,弁護士の下で1年ほど働きました.私の体験で,病院に閉じ込められている人たちの役に立ちたいと考え,Rethinkでボランティアとして働くことにしました.国中を駆け回ってRethinkのことを伝えたいと思っています.Rethinkがもし無かったら,私は今も病院にいたでしょう」

リカバリー(回復)の意味
  私はケイトさんの話を聴いて「リカバリー(回復)」という意味がやっと納得できました.日本では「回復」というと,「症状が消えること」を考え,医療に大きな期待をしてしまいがちですが,リカバリー(回復)は,「症状が消えることではありません.症状があっても,障がいが残っても,自分自身の夢や希望を持ち,周囲から認められる社会的役割を持ち,生きがいや張り合いを持つこと」です.だから,Rethinkでは,症状を軽減することだけでなく,当事者が地域で仕事をするということを大切にしています.Rethinkでスタッフとして働いている当事者や家族が生き生きと働いている姿を見て,地域社会で仕事をすることが,病気の症状を軽減することにも役立っていることを実感しました.

精神保健の問題をすべての人の問題に
  今回の訪問で知ったことは,障がい者が1人でも生活できるだけの所得保障,当事者の地域生活を支えるための様々なサービス,家族支援のサービス,発病早期介入チーム等日本でも見習って欲しいことはたくさんありました.しかし,私たちがイギリスに学ぶべき一番のポイントは,「精神保健の問題は,すべての人の問題」にしていくことだと思いました.今まで私は,「40人に1人は精神病」という認識でいたのですが,イギリスでは,「4人に1人は精神保健の問題をもっている」というキャンペーンをしていると聞き驚きました.その数字は大げさではなくきちんとした調査に基づいていることも知りました.「精神障がい者問題は,一部のかわいそうな人の問題」と国民に思われているうちはなかなか施策も進まないと思います.日本でも,きちんとした調査をして,実態を明らかにしていかなければいけないと思いました.


<2009年1月15日発行>

やどかり研究所・家族支援研究班報告 A 英国視察報告・1

英国の精神保健政策,Rethinkの活動から学ぶ

やどかりの里家族支援研究班
  昨年度よりやどかり研究所の研究班として「やどかりの里家族支援研究班」(以下,研究班)が立ち上がっている.その活動の中で,伊勢田堯先生(前・東京都多摩精神保健センター所長,現・代々木病院)に英国における家族支援の実態について話を伺ったり,家族の方へのインタビューを行ってきている(機関紙2008年9月号2面参照).また,英国の障害者福祉施策の歴史や家族支援の歴史,現在の精神保健施策の背景などについて,事前学習を行い,視察に向けた準備を行ってきた.

英国視察へ
  2008年11月9日〜15日,英国における家族支援の視察に出かけた.研究班の視察団としては,増田一世,工藤菜乃(やどかり出版),玉手佳苗(やどかりの里援護寮),伊勢田堯先生御夫妻,岡田久実子さん(さいたま市家族会もくせい会),松沢勝さん(練馬区家族会),真壁博美さん(みんなねっと)の総勢8名が参加した.今回の視察では,Rethinkという家族や精神障害のある人たちの支援を行う団体の組織活動や実際の支援活動について話を伺うことができた.また,英国保健省では,英国の精神保健施策10か年計画とも言うべき「精神保健に関するナショナル・サービス・フレームワーク(以下,精神保健NSF)」について,英国保健担当局長ルイス・アプルビー教授より報告を聞くことができた.精神保健NSFで7つの基準を掲げており,英国の精神保健に関する活動は,この基準に基づいて行われている.そして,そのうちの1つに家族への支援が明示されているのである.

Rethinkの活動
  今回の視察の第1目的である「家族支援」について知るために,Rethinkという団体を訪問した.Rethinkは,家族と当事者を中心に理事会が構成されており,英国全土の8つの地域で140グループ(内100は家族のグループ)などの地域支援サービスを提供している.他に,電話やメールによる全国的な相談サービス,キャンペーン活動,調査・研究活動などの活動を展開している.また,調査・研究チームでは,自分たちの行っているサービスがいかに優れているのかを検証するため,サービス利用者に対して聞き取り調査をし,そこから国に対する政策提言を行っている.同じように,相談サービスで受けた相談内容についても,1件ずつ記録化され,政策提言に反映されているということだ.
  最終日は,2つのハウジングサポートの見学を行い,実際に利用している当事者に話を伺った.彼は,日中働いておらず,専門学校や地域のフットサルチームへ参加するなどの生活を楽しんでいる.生活費は,週に160ポンド(約24,000円)の障害手当と住宅手当である.ひと月に換算すると,約20万円になる.「以前は,別の地域で1人暮らしをし,とても辛かった.しかし,今は,相談に乗ってくれるスタッフや仲間がいるので,安心して暮らしている」と話してくれた.

今後に向けて
  まずはこの英国視察での成果を,歴史や社会,社会保障の土台が違った国であることを念頭に置きながら,どう日本で活かしていくのか,慎重に検討を重ねる必要がある.隔月に開かれている研究班を中心に英国視察の成果をまとめ,発表の機会を通して報告していきたい.また,併行して「家族へのインタビュー調査」を進めている.これは精神障害者を持つ家族が,いかなる介護体験をし,どのような支援を求めているのかを明らかにすることで,新たな支援の仕組みを創り出していくための取り組みである.

英国視察を終えて・感想
  Rethinkというケアラーが中心となった団体が,ここまで大きくなり,国に政策提言する力までも持ちえているのはなぜなのか.サッチャー政権の経済優先施策が,医療や福祉の壊滅を生み,ブレア政権がそれを改善しようと最重点疾患に「ガン・心臓病・精神疾患」を挙げたことも一因だろう.この経過を見て,日本の政治家もきちんと考えてくれないものかと腹をたててしまうのは,おかど違いだろうか.英国で感じたRethinkのパワーを,私自身のパワーに変えて頑張っていきたい.
(やどかり出版 工藤菜乃)
 
  視察から帰り,日常業務に戻ったときに,メンバーの背景に「家族の存在」を強く意識するようになった.Rethinkの活動の中には「家族支援」の概念が位置づいており,特別なことをするわけではないのだと気づかされた.精神障害を持つ当事者や家族のニーズに応えられる地域支援サービスを提供していくことの大切さを改めて実感している.今回の英国視察は多くの学びと共に,私自身の視野を広げる機会となった.今後の活動へとつなげていきたい.

(やどかりの里援護寮 玉手佳苗)


<2008年12月15日発行>

やどかり研究所サロン

難を逃れて懸命に生きる人たちを支える
〜婦人保護施設いずみ寮の実践から〜

 やどかり研究所では,年に数回,地域で活動されている様々な立場や職種の方々をお迎えして,研究所サロンを開催している.今年度は,「難を逃れて懸命に生きている人たちを支える〜想像を絶する虐待,DV,売春の実態〜」と題し,婦人保護施設いずみ寮施設長の横田千代子さんをお迎えして11月1日(土)に行われた.

 婦人保護施設いずみ寮は東京都練馬区にあり,売春,虐待,暴力などの被害状況から難を逃れ,やっとの思いで辿りついた女性たちの安心で安全な暮らしを支えている.いずみ寮に辿り着く女性たちは,性暴力を中心とする様々な暴力被害によって心も人格もズタズタな状態となっている.そういった女性たちの尊厳ある生き方の再生を支えているのが,いずみ寮の実践である.当日は,横田さんの穏やかな語り口で,いずみ寮の実践についてご自身の思いと重ね合わせながら語っていただいた.

 現在,婦人保護施設は全国で27か所.東京都内には5か所あり,売春防止法とDV防止法に基づく施設である.横田さんは,売春防止法は女性に対して人権侵害の多い法律と指摘する.法律の中には,収容,保護,といった差別的な表現があり,人権の視点から考えても見直しの必要性が高い法律だと言う.中でも,売春防止法5条によって入所させられる婦人補導院は,売春を繰り返す女性を補導する施設であり,そこは刑務所の独房のような場所で,本来は福祉的支援が必要な人たちに対して安心を得ながら回復を支援する場所とは言い難いと指摘する.売春防止法が女性の人権を守る法律となっていないことに,横田さんは新たな法整備の必要性を提起されている.

 現在,いずみ寮には37名の人たちが在籍している.中でも,精神障害と知的障害を重複している人たちの利用が多いことが特徴的である.そして,いずみ寮では暴力被害を受け,生きる権利を奪われてきた女性たちのあるがままを受け入れ,暴力によって人格を侵害されてきた女性たちへ心と身体の回復を支援する取り組みを進めている.

 横田さんは,いずみ寮の実践を通して,女性が尊厳をもって生きていくための回復の支援と,女性としての人権が守られる社会をつくっていくことの必要性を提起されている.いずみ寮で出会った人たちの人生に寄り添い,そのままのあなたでいいとメッセージを送り続け,受け止め,安心・安全な環境の中で傷ついた心の回復を支援する.それは,まさに女性としての人権回復の支援なのだと感じる.

 横田さんのいずみ寮の女性たちとともに生きる姿に深い感銘を受けると同時に,やどかりの里の実践と重なり合う部分があることに気づかされる.暴力被害を受けてきた女性たちがいずみ寮と出会い,安心感を得ながら懸命に自分の人生を生きようとする姿に,人生のどん底を体験したメンバーがやどかりの里と出会い,自らの人生を再び生き直していく姿と重なる.そして,暴力や差別,偏見は,社会構造的に生み出されるものだからこそ社会が取り組むべき課題であり,暴力被害を受けた人たちの人権が守られる法律の制定が必要と訴える横田さんのメッセージは心に響く.

 今回のサロンは,いずみ寮の実践もやどかりの里の実践も,暴力被害を受けた人や障害のある人の人権の回復を支援する取り組みであり,尊厳をもって生きることができる社会の実現にあるのだということを深く受け止める時間となった.
(見沼区障害者生活支援センター 三石麻友美)


<2008年9月15日発行>

やどかり研究所・家族支援研究班報告
地域における精神障害者家族支援のシステム化に向けて

 前ページでさいたま市の調査結果の一部をご報告したが,昨今では外来ニートと呼ばれることもある社会との接点が乏しく,通院と自宅が生活のすべてといった人たち,いわゆる無支援状態の人たちへの支援が課題となっている.まさにわが国の精神障害者支援システムが,「家族による扶養義務,保護義務,介護における責任」を前提として作られているからに他ならない.社会的問題になっている精神科病院への長期入院も,もともとは家族が一手に支援を引き受け,疲れ果て,長期入院にならざるを得なかったといった背景がある.

 やどかりの里では,2006年にやどかりの里のメンバーと同居している家族の状態調査を行った.その中で,わが子が発症した際の家族の混乱・困惑・不安,適切な支援のない中奔走してきた実態,周囲からの「家族の対応のまずさが精神疾患の発症の原因ではないか」という批判を得ることで,孤立し,行き場のない思いを抱えて生活をしていたことなどが明らかになった.

 やどかりの里は長期入院者の退院支援,安定的な地域生活のための支援を大事な使命として活動を進めてきた.今後もその大切さは変わらないが,新たな長期入院者を作り出さないための取り組みも重要である.そのための1つの方向性が「家族支援」である.家族が疲れ果てないために,家族が孤立しないために,家族とともに精神障害のある人の支援を進めるために,どういう支援や仕組みが必要なのか,考える研究チームを昨年度からやどかり研究所の研究班として立ち上げた.そして,伊勢田堯先生(前・東京都多摩精神保健センター所長)にイギリスにおける家族支援の実際などのお話を伺ったり,家族の方へのインタビューを行うなどの活動を始めていった.当初,伊勢田先生,研究所会員の半澤節子先生(自治医科大学看護学部)とやどかりの里の職員でスタートした研究班だったが,徐々に参加者が広がっている.さいたま市や他県の家族会の方の参加もあり,イギリスへの視察も現実的に検討している.

 こうした研究活動を大きく後押ししてくれることになったのが,三菱財団の社会福祉事業の助成である.9月11日には助成金贈呈式が行われる.

 家族支援の研究班の目的は,やどかりの里が活動しているさいたま市において,精神障害者家族による介護経験の実際を明らかにし,家族を「支援チームの一員」とし,家族の日常的な介護経験に学びつつ,個別的な支援を展開する「家族支援システム」を検討し,全国に先駆けた情報発信と問題提起を行うことである.

 研究方法としては,@ 家族自身のヒストリーも含めた聞き取り調査を行い,聞き取りの内容から必要な家族支援を抽出する,A 英国における家族支援の現状を把握するために英国の視察を行い,さいたま市の家族支援の仕組みづくりに反映させる,B さいたま市に在住の精神障害者家族を対象とした調査を英国の調査項目を参考にしながら検討し,さいたま市の関係者の協力のもと実施することとしている.

 研究班の議論の中でもビジョンを描くことの大切さが話し合われている.さまざまな要因で先行きの不透明感がある中で,ビジョンや夢を描きつつ,研究活動を地道に積み重ねていくことが大切である.やどかり研究所は実践現場から出てきた課題をそれぞれの専門職や研究者,当事者とともに研究活動を行うことを目指して活動を進めている.まだまだ,この領域の課題は山積である.やどかり研究所の使命を多くの協力者とともに果たしていきたい.賛同してくださる方の研究所への参加をお待ちしています.
(やどかり研究所事務局長 増田 一世)


<2008年6月15日発行>

やどかり研究所主催 学習会
講演 私の生き方・くらし方探しとやどかりの里

講師の鈴木 文熹先生 

やどかりの里定期総会後,恒例となっているやどかり研究所主催の学習会が開催された.今年は「私の生き方・くらし方探しとやどかりの里」と題し,南信州地域問題研究所の前所長である鈴木文熹先生を講師にお迎えした.
 鈴木先生とやどかりの里との出会いは,やどかりの里の30周年に行った状態調査に始まる.現在ではやどかり研究所の顧問も務めていただき,昨年まではやどかりの里の有志で組織する自主学習班(通称「鈴木ゼミ」)において,世界経済や日本の政治・経済について学習を進める際の講師をお願いしていた.今回の学習会では,前半を「私の生き方・くらし方探しとやどかりの里」と題して,鈴木先生の80年余りのあゆみを語っていただくとともに,後半では鈴木先生が近年特に注目し,追及してきた命題である「道州制をどう捉え,どう対抗していくのか」と題して,国民に見えづらい形で着々と進んでいる,現状47ある都道府県制から,全国を9〜13ブロックに区分する道州制への組み換えについて講演いただいた.

 自らの人生を振り返って,鈴木先生は「このとき,もしこの人に出会っていなかったらどうなっていただろうと思うような人にお会いしてきたと思えるほど,人との出会いに恵まれた人生であった」,「無駄な時期というのは一度もなかったと思えるようになった」と,力強く語られた.
 また,道州制の問題を語る中では,「障害者自立支援法に対する抗議運動をひとつのきっかけとして,高齢者などお上に抵抗するなど考えられなかった弱者の立場の人が,後期高齢者医療に対して怒りの声を上げるような最近の流れを作ったのではないか」との見解を述べた.そして現在,国が考えている道州制のあり方は,経済活動を優先したものであり,このまま道州制が導入されれば,昨年北九州市で起きた生活保護打ち切りによる餓死事件と同様のことが更に起こるのではないかと警告を発する.参加者からは「私たちの暮らしに直結する大事なことが,国民に充分知らされぬまま進んでいることに衝撃を受けた」,「道州制という言葉を聞いたことがあるぐらいで,今日のお話をうかがうまで内容を知らなかった自分に危機感を持った」などの感想が聞かれた.

 鈴木先生の学習意欲は,傘寿を過ぎても全く衰えを知らない.今年5月には『道州制が見えてきた』(本の泉社)を出版されている.是非鈴木先生の著作をご一読いただき,私たちが暮らす日本の国の姿がどのように変更させられようとしているのか,また,その中で私たちは何を考え,行動していかなくてはならないのか考える機会にしていただきたい.
(ドリームカンパニー 渡辺 里子)


<2008年3月15日発行>

第6回やどかり研究所報告・交流集会
研究報告から,実践を見直す大切な機会に

 2月16日(土)〜17日(日)の2日間に渡り,第6回やどかり研究所報告交流集会が開催された.
この報告交流集会は,1年に1度,やどかり研究所会員の実践,研究報告,そして交流を目的として恒例となっている.今年は,会員でない一般参加者が多かったのが特徴で,90名程の施設職員,当事者,ご家族,研究職など,多分野の方々90名程の方にご参加いただいた.

1日目は,会員による8題の研究実践報告が行われた.続いて行われた自由討論で,各発表を受け,参加者が興味のあるテーマ.発表者のもとに集まり,活発なディスカッションが行われた.
私は,やどかり研究所の運営委員でもあり,国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所流動研究員である間宮郁子さんの「精神障害者の尊厳を保つ就労移行支援のために−通所授産施設エンジュのフィールドワークから見えてきたこと−」の自由討論に参加した.
発表者である間宮さんは,実際エンジュに5か月間通って作業をともにされながら調査に当たった.エンジュの特徴である,柔軟で流動的な作業配分・人的配置や,安心して健康的に働くことが目標であることなどを間近に見聞きし,エンジュで実際行われているさまざまな人間関係の営みが,尊厳を取り戻す信頼関係を育てており,幅広な支援の可能性を示唆するものだと報告された.
この発表内容に関心を持って集まった9名の方々は,積極的な討論を繰り広げ,感想や意見が飛び交った.この熱気が間宮さんにも響き「これからもこの研究を続けていきたい」という決意宣言で応えてくださった.

2日目は,埼玉大学の宗澤忠雄先生による特別報告「障害のある人の暮らしの中の人権を考える〜障害のある人への虐待または不適切な行為に関する実態・意識調査の報告から〜」があった.調査は,さいたま市内の障害者福祉に関係する事業者を対象に実施されたもので,調査結果の分析と,調査から見えてきたことをご報告いただいた.
「虐待の問題を『加害者−被害者』関係に捉えるのではなく,問題発生に関連する構造的な要因を含めた実態と支援者の意識や行動を明らかにすることによって,地域社会,行政等がまとまりをもって取り組むべきではなないか」と課題提起され,会場からは「日常業務の自分の対応を振りかえったとき『不適切な行為』『虐待』に当たる行為もあった……正直今はショックを受けているが,その構造をしっかり勉強し,真摯に受けとめていこうと思う」との感想も寄せられた.今後はやどかりの里だけでなく,各地域,まずはさいたま市内の障害者施設との連携を持ち,勉強を進め,取り組んでいくことが求められる.
改めて地域の実践と研究が連携し,ともに学んでいくことの大切さを実感した2日間であった.

*報告交流集会の詳細は,2008年8月発行の『響き合う街で』46号に全面特集いたします.是非ご覧ください.
(工藤 菜乃)


> 2007.12〜2002.10