さいたま市退院支援事業の取り組み
退院支援に関わる自立支援員たち
さいたま市障害者計画では,平成23(2011)年までに102人の入院患者を退院につなげることを数値目標として掲げている.この102人は,「入院期間1年以上の病状安定者」として,市内6か所の精神科病院から上げられてきた実数である.その後平成19(2007)年にもさいたま市が調査を行い,その数は159人となっている.この159人の退院を可能にするために活躍するのが「自立支援員」である.現在活躍する6名の自立支援員(専門職1名,精神障害のある人5名)の方に,退院支援に関わる思いを語っていただいた.
自分の体験を活かした仕事
私は長期入院を体験し,病院から施設に来るまでに長時間かかりました.病院から世の中に出ることが怖く,病院も施設も同じで口うるさく「指導」されるところだと思っていました.でも,退院して考え方が大きく変わりました.それは,仲間がやさしく声をかけてくれたことです.私が自立支援員になったのは,そうした経験を活かしたいと思ったからです.(須藤 守夫)
支援に関わる一員として
多くの人たちの協力を得て支援が成りなっていることを,ケア会議や定期研修会で感じました.また,病院内の日常を知ることができたことも良かったと思います.患者さんに自立支援員が関わり,病院関係者と話をすることも意義あることだと思います.これからは,自立支援員同士のつながりも深めていきたいと思います.(森山 秀樹)
不安を安心に変えていく支援
20年,30年と長期入院している患者さんと,援護寮やグループホームへ見学に行ったりしました.最初は不安があったようですが,何回も通い,宿泊していくうちに慣れてきて,退院したいと思うようになってくれたようです.担当した方が退院して元気に楽しく生活している姿を見てとてもうれしかったです.これからも1人でも多くの人が退院して地域で安心して暮らせるように支援していきたいと思います.(S.K)
寄り添う支援の大切さ
自立支援員1年目で,多くのことを学びました.事業開始当初から活躍する自立支援員の方々の熱意の裏側には,精神科病院の現状や,入院されている方の現状があることを知りました.また,順調に退院に向かっているようでも,一緒に過ごす中でその人の気持ちの揺れに気づくこともあり,本人の思いを汲みとりながら進めて行くことの大切さを身にしみて感じました.(八木由美子)
謙虚さと誠意ある対応を大切に
統合失調症の症状は千差万別で入院生活も各人違い,当事者と自立支援員は初対面なので当事者のニーズを謙虚に聴いて,それに誠意をもって対応することが大切なのだと思います.そして,私のように高齢でも退院して自由で幸せな生活を送れていることをわかってもらうように努めています.自立支援員に求められるのは「謙虚」さと「誠意」ある対応だと思っています.(辰村 泰治)
社会的役割と責任をもった仕事
自立支援員の募集があった時点で発病から50年程でした.そこまでの過程の大半は,僅かに評価できるもの以外はすべてマイナスであり,社会人としては生きていないといえるような状態でした.この大きな負を可能な限り小さくゼロに近づけたいと思っています.自立支援員として病気の仲間への支援に踏み出せることは,私にとって何事にも変えがたい大きな悦びなのです.(堀 澄清)
機関紙「やどかり」2008年3月号より
「権利」を見つめ直す学習会
障害のある人の権利に関する条約を学ぶ
2月6日,障害者交流センターにて,障害者自立支援法学習フォーラムが開催された.この学習会は,一昨年度からさいたま市障害者協議会とさいたま市障がい者施設連絡会が共同で主催しているもので,今回で7回目となる.「障害のある人の権利に関する条約と私たち」と題されたこの学習会に,市内から163名が集まった.
1.先輩たちが勝ち取ってきた権利
第1部では,金野綾子氏(さいたま市肢体不自由児者父母の会連合会),浅輪田鶴子氏(さいたま市手をつなぐ育成会),辰村泰治氏(やどかりの里)の3名が,人生の中でどのように「権利」を勝ち取ってきたかを語った.
養護学校が整備されていない時代に,障害のある子を持つ親として県内に養護学校の設立を求めて活動してきた金野氏,養護学校卒業後の行き場を求め,作業所の設立と補助金獲得に尽力した浅輪氏.障害者の持つ困難さが少数派の問題で済まされていた時代に障害を持つ子を抱え,学ぶ権利や働く権利を獲得するため,活動に取り組むことにどれほどのご苦労があったかは計り知れない.
辰村氏からは,22年もの長期にわたる精神科病院での入院中,退院を求めても病院の職員に「引き取り手がないから退院はできない.一生ここにいなさい」と言われたエピソードとともに,退院して9年経った今の生活について「こんなに自由で気楽な老後を送れるとは思わなかった」と,ユーモアを交えながら語られた.
そのような当たり前のことでさえ難しかった時代がさほど昔ではないこと,先輩方の闘いの中で,「当たり前なこと」が勝ち取られてきたことを改めて実感した時間であった.
2.障害のある人の権利に関する条約と私たち
第2部では,日本障害者協議会,きょうされんの常務理事藤井克徳氏より,「障害のある人の権利に関する条約と私たち―内容のポイントは,地域生活にどんな影響が,1人1人が今何を―」と題した講演が行われた.
障害のある人の権利に関する条約(以下,権利条約)が作られる過程で,特別委員会を傍聴した藤井氏の印象に残っていることは,「私たち抜きで,私たちのことを決めないで」と繰り返された,障害者の切実な願いであったという.条約は,憲法と法律の間に位置するもので,条約に批准するためには,条約を遵守する国内法の整備を行う必要がある.権利条約に関係する国内法は200ほどあるとされ,条約をテコにして,国内法の質をより良くすることこそが重要であり,「頂上は条約に批准することではない」と藤井氏は強調した.そして最も注視すべきは,意図的な誤訳がなされないように見守っていくことである.現状では「日本は松竹梅で言うと,梅のランクの訳を選ぼうとしている」と藤井氏は語る.権利条約の価値を下げない,本来の意味に忠実な公式訳がなされるよう,市民の間でも関心を持って見守る目を増やしていきたい.
「権利」は勝ち取るものであると,改めて教えてくれた先輩たち.そして権利獲得の土台となる権利条約.障害者自立支援法のうねりに翻弄されがちな今にあって,生きる権利を見つめ直す,貴重な時間となる学習会だった.
(ドリームカンパニー 渡辺 里子)
機関紙「やどかり」2008年3月号より
きょうされん全国大会報告に参加して
変えなければいけないもの
障害者自立支援法による影響を
目の当たりにして
12月27日(金)〜12月28日(土),きょうされん第30回全国大会inとうきょうが開催された.
1日目は,東京ビックサイトで行われ,オープニングセレモニーから始まり,きょうされん常務理事の藤井克徳さんの基調講演,ロスアンジェルスオリンピック無差別級に優勝した,現在東海大学教授の山下康裕さんの特別講演,「聞いてよ!わたしたちの思い みんなの主張コンクール最終選考会」など盛りだくさんの内容だった.その中で,特別講演の山下康裕さんの話には自分にとって考えさせられるものがあった.
輝かしい戦歴をもち国民栄誉賞などを受賞されている山下さんは,努力すれば必ず結果が出ると思っていたそうだが,障害のある息子さんや教え子との関わりを通して,必ずしも努力してもどうにもならないこともあるということがわかり,価値観が変わったと言われていた.障害のある子供が生まれていなければそのような気持ちにならなかったのであろう.しかし,大多数の人はその立場に立って初めていろいろなことに気づくのである.そう考えると,差別や偏見はそう簡単には無くならないと感じた.
2日目は,場所を移し上智大学で分科会&入門講座が行われた.
私は,精神障害分科会に参加した.テーマは「自立支援法によって精神障害者の働く場に何が?」ということで,「ワークショップほのぼの屋」と「パイ焼き窯」の事業移行後の活動報告がされた.どちらも収入減で大変な中で,それぞれ試行錯誤しながらやっている様子がうかがえた.会場から「自分も事業移行した施設で働いているが,いけないことだが利用者がお金に見えてしまって今日は何人来ているからいくらになると確認してしまう自分がいる」と苦しい胸のうちを話してくれた職員もいたり,1人でも多く一般就労させたい反面,エース(私はこの言葉に違和感を覚えたが,その人は仕事ができる利用者のことを例えて使っていました)が抜けてしまうと職員に負担がかかって事業がまわらなくなり,工賃倍増計画とはかけ離れてしまうという矛盾を指摘していた職員もいた.こうした発言から,一般就労させることに力点を置いているように感じたが,一般就労させた後どのようにフォローしているのか,ということに大きな疑問をもった.そして,やどかりの里が事業移行したらどうなるのだろうか,と思った.
会場の雰囲気は,参加しているだれもが自分の施設に合ったモデルケースさがしをしているように私には感じられた.このことは,参加していた方々が悪いのではなく,障害者自立支援法そのものが悪いのである.この法律を障害のある人がほんとうに暮らしやすい法律に変えていかなくては,と感じた2日間であった.
(やどかり情報館 渡邉 昌浩)
機関紙「やどかり」2008年2月号より
障害者自立支援法のうねりの中で
〜翻弄される精神障害者小規模作業所〜
昨年末にさいたま市における地域活動支援センター事業の実施要綱が示された.地域活動支援センター(以下、地活)とは,障害者自立支援法(以下,「法」)で定められた地域生活支援事業の一事業だ.国は参考例としてT型・U型・V型を示しており,さいたま市では,そのうちV型を更に3種類に分け,1.身体障害者福祉法による身体障害者手帳の交付を受けている者と,2.知的障害者更生相談所又は児童相談所で知的障害者と判定された者を対象としたA型及びB型と,回復途上の精神障害者を対象とするC型を定めた.事実上,C型は精神障害者小規模作業所(以下、作業所)の主な移行先として想定されている.
1)作業所の事業移行にまつわる課題
作業所が地活へ移行する際の大きな壁は,「1日の実利用人員10人以上」という規定である.法的な根拠を持たない作業所は財政基盤が脆弱で,現在1年で出ている補助金は,さいたま市の運営補助536万円と国庫補助110万円の計646万円.そのため,充分とは言い難いスペースと職員配置で活動してきた.定員は15人程度,1日の来所者数はその3割程の5人前後という作業所も多い.私が働くドリームカンパニーも,現在の作業スペースでは,同時に仕事に入れるのは6人が最大である.現実には,一挙に10人も来所しては身動きが取れず,仕事ができる環境ではなくなってしまうのだ.それでも家賃は11万円,3万円の家賃補助ではこれ以上広い所に引っ越すのは難しい.同時に,現在の人員配置では個々の状況に応じた適切な支援も難しくなるだろう.
2)「法」に翻弄される作業所の姿
これまでドリームカンパニーでは,昨年度より同じ建物に移転した法人内の作業所アトリエなす花と統合し,就労継続支援B型という事業に移行することを検討してきた.しかしそこで大きな問題となったのが,定率1割の利用料である.時給200円の作業所に通って1日に約460円の負担が出ることになると,2時間強はタダ働きと同じになってしまい,とても働きがいを保てる状況ではない.一方の地活は,事業の性格上利用料を求める必然性はなく,且つ表の通り,さいたま市の示した地活の補助額は作業所よりも大幅に増額されており,ことにA型は全国的にみてもトップレベルの水準だ.ドリームカンパニーとなす花についても,このC型の要綱についてメンバーにも説明をし,地活への移行も視野に入れて再度検討していく必要がある.
利用料のない移行先の選択肢が示されたことは,率直に喜ばしい.だが釈然としないのは,拙速に施行された「法」に職員もメンバーも家族も翻弄されてしまう現実だ.「法」の課題は定時改正の3年後に見直せば良いという意見もあるが,人の暮らしは毎日続いている.3年も待てないのだ.制度を作る人たちへ,その実感をどのように伝えたらいいのか.「法」との戦いと葛藤は続いている.
機関紙「やどかり」2008年2月号より
フィリップモリス活動助成事業中間報告
さいたま市における
障害者ハウジングサポート事業の取り組み
事業開始の経過
2004年に立ち上げ助成として,フィリップモリスジャパンより活動助成をいただき,体験型居住支援「チャレンジハウス」の取り組みを開始した.そして,さらなる事業展開を期待して,2006年からの2か年にわたり展開助成として,障害のある人たちが地域で安定した生活を送るためのハウジングサポートシステムの構築に取り組むこととなった.
事業目的と到達目標
この事業の大きな目的は,さいたま市の社会的入院の解消を目指すこと,障害者自立支援法の影響を最小限にとどめ,障害があっても地域で生活できる可能性を拡大すること,そしてその実現のために居住支援システムを構築することである.具体的には,・障害や生活状態の変化に応じた住居確保を安定的に供給できるシステムづくり,・多様な暮らし,多様な支援を可能にする支援の担い手づくり,・障害のある人が地域で暮らしたいと思える態勢づくりを行う,ことである.
事業を施策づくりに反映する
さいたま市障害者福祉計画の進行管理を担う施策推進協議会では,2008年2月から,地域移行をテーマにしたワーキンググループが開始される.2009年から第二次計画策定時期に入ることを考えると,本事業の2か年の取り組みは,施策づくりの時期とも重なる重要なものだといえる.また,さいたま市退院支援事業においても,2011年までに102名の入院患者を退院させることが計画の数値目標となっており,102名の地域生活を可能にするための居住支援の取り組みが,取り組むべき急務の課題となっている.
展開助成1年目の取り組み
こうした動きの中で,・居住支援の課題整理,・ネットワークづくりに向けた取り組み,・人材育成の3つの取り組みを中心に行った.課題整理には,市内の知的障害者施設,地域包括支援センター,民生委員協議会などへの聞き取り調査を行い,障害のある人の暮らしは在宅か施設入所かの選択肢しかない現状が浮き彫りとなった.また,在宅生活を支えるための居宅支援事業についても,精神障害のある人を対象としている事業所は少なく,やどかりの里の経験や知識を活かした居宅介護事業の立ち上げの必要性が見えてきた.(本紙11月号参照)また,地域生活を支えるための「精神保健福祉地域ネットワーク連絡会」の取り組みも,本事業の一環として力を注いだ.今後は各区のネットワークを構築していくことが課題である.また,さいたま市退院支援事業で活躍する自立支援員の取り組みの有効性から,退院後も引き続き支援する「生活サポーター」養成の必要性も高まってきた.
展開助成2年目に向けて
こうした取り組みを受けて,総仕上げとなる2年目には,居宅介護事業所の立ち上げとともに,ヘルパー養成講座を開催し,生活サポーターの養成と派遣システムを構築することを目指す.そして,あらためて地域に目を向け,既存の地域資源・志源を活用した支援の担い手を広げていくことも大切な取り組みとしたい.一方で,既存の制度の見直しや24時間・365日の見守り支援のシステムをつくっていくことも重要な取り組みとなる.
本事業の取り組みが,施策化することで持続可能なシステムとなり,障害者自立支援法を切り拓いていく力となることを願っている.
(大宮区障害者生活支援センター 大澤美紀)
機関紙「やどかり」2008年1月号より
日本精神障害者リハビリテーション学会報告
退院支援を通したネットワークづくり
さいたま市精神障害者退院支援事業の発表から感じたこと
11月21日〜22日,日本精神障害者リハビリテーション学会第15回名古屋大会が,名古屋市公会堂と日本福祉大学名古屋キャンパスの2会場で開催された.1日目に開会,大会長講演,各ワークショップが行われた.2日目は各テーマごとに分かれて一般演題が口述とポスターで行われ,最後に大会テーマ「やっぱCross
Borders!だで.〜チームへの足がかり〜」と題したシンポジウムがあった.
やどかりの里からは,1日目のワークショップ「恋愛・結婚・出産・子育てを考えよう!!」で堀澄清氏が,また,2日目の一般演題では,「さいたま市精神障害者退院支援事業の取り組みと成果」について,保健所,精神科病院,障害者生活支援センター,それぞれの立場からの発表が3報続けてなされた.
学会参加の報告とあわせて,さいたま市精神障害者退院支援事業(以下,退院支援事業)について感想も含めてお伝する.
実態から必要な取り組みを創り出す
さいたま市の退院支援事業では,市内の長期入院を阻んでいる要因について,市内6か所の精神科病院に入院する人たちの実態把握を行い,課題を導き出している.そして,課題に沿ったワーキンググループを組織し,具体的な取り組みを検討,実施している.単に退院に向けて事業をすすめるのではなく,・市内の退院支援を進めるために必要なことは何か,ということをきちんと実態から見ていくこと,・関係機関と課題を共有することで,共通基盤に立って事業に取り組むことが大切だと感じた.
更に,退院支援事業では,退院後の安定した生活を支援するシステムをさいたま市につくっていくことを目指している.退院支援事業でできることだけをやるのではなく,地域で必要とされる取り組みも行っていることがわかった.
「退院支援=退院すること」ではない
退院支援は,本人が退院したいと思うことから始まるものであり,生活は退院してからも続いていくものである.さいたま市の退院支援事業では,・退院したいと思えるまでの支援,・退院するまでの支援,・退院後の安定した生活支援,を包括的に取り組むことに特徴がある.当事者,家族を始め,医療・保健・福祉の関係者が集まり,地域課題を明らかにするため,精神保健福祉地域ネットワーク連絡会を設立し,地域で安定した生活を継続していくためのシステムづくりを行う取り組みも始まっている.事業の効率や効果を考え,「何人退院したのか」に着目した支援をするのではなく,退院したいと思うまで,退院するまで,地域生活に移ってからの支援を行っていくことが必要なのだと改めて感じた.
これまで,ケア会議や交流会などに参加することで,退院支援事業に関わっていたが,今回の学会に参加し,あらためて事業の全体と方向性を知ることができた.事業や法の枠の中だけで活動を考えるのではなく,地域の中で必要とされることを,関係する多くの人と共有し,創り出していくことの大切さを学んだ.
退院支援の取り組みは,精神障害のある人が,安心した地域生活をおくり続けるためのネットワークづくりであり,地域づくりでもある.今回の学びを大切にしながら,まずは目の前のことに取り組んでいこうと思う.
(やどかりの里援護寮 玉手佳苗)
機関紙「やどかり」2008年1月号より
埼玉県でのつながりを強く太く
「障害者自立支援法」の見直しと埼玉県の障害者福祉の推進を求めよう
昨年度に続いて2回目となる埼玉県民集会が12月5日(水),さいたま市文化センターで開催された.障害者自立支援法(以下,法)が施行されて1年6か月.国による特別対策(一部利用者負担の軽減,事業所に対する激変緩和措置など)もあったが,障害当事者,家族,施設関係者からの悲鳴が後を絶たない.こうした中,障害のある人が,その人らしく生きられる社会を目指し,県内8つの障害者団体が立場をこえて団結し,1,200人もの人が集結した.また,国会議員や代理を含む多くの県議会議員を来賓としてお迎えした.
集会ではまず,厚生労働省,埼玉県,県内障害関係6団体,きょうされんが行った,法の実態調査結果の報告も含めて,情勢を共有する時間がもたれた.厚生労働省は,特別対策実施後,福祉サービス利用を中止・抑制した人が減少した,と特別対策の有効性を示している.埼玉県の調査では,利用者負担額が減った人が半数を超える一方で,「生活はまだ苦しい」と答える人が86%にも上っている.また,他の調査では,苦しい生活の中で「食費」や「娯楽費」を泣く泣く切り詰め,「医療費」「福祉サービスの利用料」は切り詰めることができず,家計に重くのしかかっている現状が示された.施設にも日割り制度の影響が出ており,職員の労働環境も悪化している.報告した増田一世氏は,参議院選挙後迷走し続ける法の動きにも触れながら,障害をもつ人の暮らしを守るため,地域でのつながりを結び,法の抜本的見直し,県単独事業の存続・拡充を求めていくことが大切だと述べた.
次いで,11人の関係団体と障害当事者が壇上より声をあげた。視覚障害をもつ人は,「移動支援が市町村の責任になって,負担額や利用範囲で市町村格差が生まれてしまった.1時間あたりの単価は75円〜285円など地域によって様々.移動することにお金がかかる事には納得できない」と実態を訴えた.高次脳機能障害をもつ人の家族は,「症状が気温,天気,湿度で左右されることが多い.精神障害者手帳を申請しても手帳に該当しないと判定が出て,行き場もなく,就労・自立がなかなかできない.就労できても周りの理解や環境に馴染めず,すぐ辞めてしまうことが多いのが実情」と語った.どの人の報告からも,法が1人1人の生活実態に合っていないことが浮き彫りになった.
最後の閉会セレモニーでは,法の見直しを国に求めるとともに,市町村での格差を生じさせない施策と県単独事業の充実を,県と市町村に向けて,障害者福祉の推進を求めるアピール文が提起され,参加者からの大きな拍手をもって採択された.さらに,集会終了後には50名を超える関係者が浦和駅頭に立ち,埼玉県民に向けて,集会で確認した願いや思いを訴えかけた.
「多くの障害者に団結する機会を与えたのは法のただ1つの利点.この横のつながりを大切にしていこう!」と,当事者からの呼びかけもあった.運動を通して理解の輪を広げていくことが今後の障害福祉施策を動かす大きな力となる.埼玉県でも多くの仲間とのつながりを強く太くしていきたい.
(まごころ 椿原亜矢子)
機関紙「やどかり」2008年1月号より
居宅介護事業立ち上げに向けて
地域で安心して暮らすために
メンバーのニーズに応えて
今年度,新たに取り組む居宅介護事業の準備を進めている.居宅介護事業は,在宅で生活する障害のある人の,日常生活で必要な家事援助,身体介護,移動支援等の支援を行う事業である.さいたま市内にも100か所をこえる事業所があるが,精神障害のある人に対してサービスを行うヘルパー事業所は少ない.また,障害者自立支援法に基づく事業の枠組みでは,1人1人の生活状態やニーズに合わせた支援よりも支給決定されたサービス量,時間が優先されやすいため,調子の波に応じて利用することは難しいのが現状である.そうした中で,やどかりの里では,特に精神障害のある人に対し,専門的な知識や経験を生かした事業所としての立ち上げを目指すこととなった.
具体的な当面の取り組み課題は,次の3点である.
・ 高齢化の課題
やどかりの里の障害者生活支援センター登録者の中には,高齢化に伴う問題が出始めており,身体介護などの支援の必要性は今後増してくる.また,地域で同様の支援を必要としている,精神障害のある人は潜在的にいるであろうと考えられる.
・ 地域のニーズ
さいたま市内では,精神障害のある人に対してサービスを行うヘルパー事業所は少なく,精神障害を中心に受け入れる居宅介護事業の必要性は高まっている.また,さいたま市退院支援事業も平成18年度から始まっている.社会的入院の人が退院,地域生活を支える上で,家事援助を通した見守りや高齢になって退院する人への身体介助,移動支援などの必要性も増してくる.
・ 当事者の働く場として
現在,精神障害当事者が退院支援事業の自立支援員として,当事者ならではの支援を行っている.当事者がピアヘルパーとして移動支援,家事援助等を行うための事業化が必要であり,その支援の必要性も高まっている。
これら3つの課題へ向けて,やどかりの里別館1階に拠点となる事務所を設置し,居宅介護準備委員会で事業内容等について検討し,フィリップモリスジャパンの活動助成を活用しながら準備を進めていく.また,この事業運営の中心的役割となるサービス提供責任者として,森本紀子を新規採用した.長年にわたり,ホームヘルパーとして,在宅生活を送る多くの高齢者への支援を行ってきた介護のベテランである.今後は,常勤2名を中心に本格始動を目指し準備を進めていく.事業開始後は当事者ヘルパーも含め,支援を担うホームヘルパーを採用し,多くのニーズに応えていきたい.
現在,居宅介護事業の指定申請と合わせて、65歳以上の人たちにも対応できるよう、介護保険法に位置づく訪問介護事業の指定申請準備を進めている.また,単身生活をしているメンバーへの聴き取りをグループホーム担当職員と協力して行っている.家事援助,身体介護等のニーズや健康上の課題を把握することが目的である.メンバーの生活実態を捉えなおすことで明らかになる生活上のニーズへの対応に向けて、居宅介護事業の支援態勢を固めていきたい.
メンバーへの聴き取りからも,家事援助等の支援を待ち望む声は大きいことが分かってきた.高齢化への対応という新たな課題への取り組みも含め,精神障害のある人が地域生活を継続できるよう、そして、その支援態勢の要となるべく,活動を展開していきたい.
(渡邉 寛之)
機関紙「やどかり」2007年12月号より
やどかりの里大バザー & やどかりの里バザーin御蔵 開催!
多くの方々の励ましと協力に支えられて
売上目標200万円達成
2007年10月7日(日)にやどかりの里大バザーを開催した.毎年,バザーの収益はやどかりの里(以下,里)の活動を維持,発展させ,地域に必要な新たな資源を創っていくための自己資金づくりとして取り組んでいる.併せて,このバザーが,地域に根差した行事となり,地域の方々を始め,ボランティアの方々との交流ができることも目的としている.
今年は売上目標金額を200万円と設定した.重点的に取り組むこととしては,・ 里のホームページ上の掲示板を活用して組織全体で情報共有を行うこと,・ 協賛金への協力の呼びかけに力を入れること,を掲げた.5月に実行委員会を立ち上げ,半年をかけて準備を進めてきた.
1)大バザー当日の様子
ここ数年,雨に悩まされ続けてきたバザーであったが,今年は,突き抜けるような晴天の下で開催できた.当日は,開場前からお客さんの長蛇の列ができていた.そして,恒例となっている小槌会さん(知的障害のある方を中心とした和太鼓演奏グループ)の太鼓音と同時に,会場にたくさんのお客さんがなだれ込み,大バザーの幕開けとなった.ボランティアはなんと140名以上の方にご協力いただき,各売り場,駐車場係と,様々なところで活躍していただいた.
模擬店においては,各部署ごとに1つの売り場を出店するといった参加の仕方であったが,今年は,売り場ごとに参加者を募り,普段の自分の活動場所を越えて交流することができた.そして,今年は全ての商品を売り切り,売上目標も達成した.
また,ステージでのイベントは,例年に比べて子供が多かく来場していたこともあり,大盛り上がりだった.一方,餅つきの開始時間が遅れるというアクシデントがあり,心待ちにしていたお客さんにはご迷惑をかけしてしまった.
とはいえ,晴天のおかげなのか,チラシ配布が実ったのか,例年のバザーの積み重ねの成果なのか,様々な要素が重なって,とてもたくさんのお客さんが来られ,どこの売り場も大盛況であった.そして,大きな事故もなく終えることができ,全体の売り上げも目標の200万円を超えるという快挙であった.
2)新たな取り組み「バザーin御蔵」
毎年,バザーで売り切ることができなかった品物の取り扱いが課題となっており,実行委員会で検討を重ねた.その結果,作業所ドリームカンパニーに隣接している,「JAさいたま」の駐車場を借りて「やどかりの里バザーin御蔵」を10月14日(日)に開催した.
当日は,15名程の職員とメンバーで販売を行った.初めての試みではあったが,大バザーに引き続いて来て下さった方,人だかりができていたから見に来たという地域の方まで,たくさんのお客さんに来ていただいた.売り上げは10万円程となった.
3)多くの方たちに支えられて
毎年,地域の団体に大バザーへの協力のお願いにうかがっている.特に今年は,見沼ライオンズクラブの工藤氏から,「知り合いの家に,バザーの協力のお願いのあいさつに一緒に回ってみようか.俺にできることはやろう」と心強い提案をいただいた.実際に地域の方のお宅を1軒1軒,挨拶とお願いをして回ると,やどかりの里への温かい応援の声や,アドバイスなどをいただき,直接顔を合わせて話をすることで地域の方たちの姿が見えてきた.とても貴重な出会いの機会をいただいたと思っている.
また,今年はバザー直前に配布するチラシに,地元企業等の広告の募集をし,18社にご協力いただいた.その他,テントや鉄板,トラックなどの備品類の貸出の協力,バザー品提供,模擬店の出店,前日・当日のボランティア,協賛金,その他様々な形でのご協力をいただき,このバザーを成功させることができた.多くの方たちに支えられてこその大バザーである.皆様に心より御礼を申し上げたいと思う.
4) バザーを終えて感じたこと
今回のバザーを通して,改めて里が積み上げてきたものの大きさに触れたように感じた.また,たくさんの人との新たな出会いがあった.大切なのは,これらの人との繋がりを日常的にも保ち続けていくことではないだろうか.昨年,さいたま市に向けて,障害者自立支援法による利用料の負担軽減を求める請願署名活動を行い,里がこれまで築いてきた繋がりを活かし,たくさんの署名をいただいた.その結果,負担軽減の措置がとられることとなった.障害のある人たちが自分らしく安心して暮らせる地域を創っていくためには,地域の方々の理解や協力が大きな力となる.この地域の方たちと,弛まない繋がりを保ち続け,対話を重ねていくことが,これからの障害者施策や里の活動の活路を見出す鍵となっていくのではないだろうか.
(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2007年11月号より
やどかりの里労働支援プロジェクト主催 職業ガイダンス報告
今の自分の力を活かして働くために
9月18〜27日の延べ5日間,労働支援プロジェクトが主催した精神障害のある方へ向けた「職業ガイダンス」が,やどかり情報館で開催された.目的は,・ 一般就労に向けての具体的な学習,・ 自分自身の疾病や障害理解をすすめ,支援機関を活用しながら,自分にあった仕事を見つけるためのポイントについて考えることである.
労働支援プロジェクトでは昨年度,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター(以下総合センター)の研究協力を受け,法人内で参加者を募り,就職活動に関する学習「職業ガイダンス」と作業体験を通して自己理解を深めるプログラムとをワンセットにしたプログラムを開催した.プログラムの内容は,総合センターが研究開発した「職場適応促進のためのトータルパッケージ(以下TP)」で構成されたものである(機関紙06年11月号参照).
今年度の開催にあたっては,地域における支援システムづくりを意識し,法人内にとどまらず,市内の支援機関にも呼びかけた.プログラム内容は,昨年の企画から得たノウハウを活かし,講義・演習・グループワーク・事業所見学・就労経験者の講演・個別面接で構成した.内容に合わせてTPの構成ツールの1つである「幕張ストレス疲労・アセスメントシート」を使用し,自己理解を深める機会を設けた.
参加者は,市内障害者生活支援センターと精神科デイケアから,20歳〜50歳という,幅広い年代の方が参加した.将来一般就労するために,就労に関する情報を知りたいという方が多く,自分に合った職場は何か考えたいという方もいた.
参加者の学び
それぞれが自分のペースで学びを深め,他の人の発言に勇気づけられたり,共感していたようだ.最終日には働く時に大切となるポイントについて話し合い,5日間の学びを確認した.・ 自己理解を深めること,例えば自分がどんな時にストレスをためやすく,その注意サインが何かを具体的,客観的につかんでいること,・ セルフコントロールができること,例えば場面に応じて人間関係や仕事の調整が自律的に出来るようになること,・ ・・は自分だけではなく,支援機関と相談しながら進めること.心の支えになると同時に自己評価と他者からの評価のずれをなくすことができるから,などであった.
振り返って,そしてこれから
今回のプログラムを通じて,就職活動をするための土台となる部分への理解が深まり,「一般就労を進めたい」「今は仕事ができる段階ではないと気づいた」「今働いている福祉施設で働こうと決めた」等,今後の方向性をそれぞれが見出していたことがひじょうに印象的であった.これからの取り組みとしては,ガイダンス参加者から就労意欲が高い方を中心に,11月19日から延べ6日間,TPの中核をなす「幕張ワークサンプル」の集中プログラムを総合センターの協力をいただきながら企画し,作業体験を通して今の力を見極めながら,自分にあった仕事選択のための支援態勢を組んでいく予定である.
労働支援プロジェクトにとって今年度の取り組みは,実績として来年度以降の事業内容を設定するための大切な実績である.今回,地域の支援機関と関わりながら,本当に幅の広い就労ニーズがあることを痛感した.こうした当事者の生のニーズを大切にしながら,職員の力量,人員配置,地域で求められる役割などを明確にし,事業化に取り組んでいきたい.
(やどかりの里労働支援プロジェクト 堤 若菜)
機関紙「やどかり」2007年11月号より
シリーズ・働く場がやどかりの里にもたらしたもの・3
協働の実践を積み重ね,新たな公共性を
やどかり情報館の挑戦
情報の発信者となって
やどかり情報館(精神障害者福祉工場)は,1997(平成9)年4月に活動を開始した.
この間,疾病や障害のある従業員と,専門技術を持った職員が,出版,印刷,研究のそれぞれの事業で,労働者として共に働いてきた.障害当事者の体験を語る講演活動,本の企画,編集,印刷,製本,販売.そして,実践者,研究者との共同で行う研究活動など,互いの体験や技術を生かした仕事づくりを行っている.
この10年間のやどかり情報館の取り組みは,「質的な価値」を「量的な価値」に転換していこうというものであった.従来多くの精神障害のある人たちにとって,疾病や障害はマイナスの価値として捉えられてきた.しかし,疾病や障害を体験したからこそ得られる視点や気づきを,プラスの価値として事業に結びつけていこうというものであった.
これらの企ては,少しずつではあるが実体化をはじめてきている.全国各地に呼ばれての講演活動,出版,印刷事業の担い手として,それぞれが知識や技術を磨き,情報の発信者として専門的な仕事に取り組んでいる.
協働の原則
一方,職員は,事業の経営者であり,質を保証する技術者であった.さらに,福祉工場を運営していくためには,運営費の補助金以外に一定の事業収入が必要であり,統括者には経営センス,管理者には事業バランス,現場には生産力が必要とされた.
従って,職員の位置づけは,従業員と共に事業を推進する者であって,従業員の生活相談や日常生活支援は行わないという原則を基に活動してきた.
この援助する,援助される関係を持ち込まず,同僚として働くという考え方は,活動当初,その意味やあり方が法人内部の了解を得ることが難しかった.その後,生活支援センターと労働現場との連携のあり方や考え方,多職種で構成される職員が加わった組織運営,ひいては住民との協働を考える際の大きな指標となっていった.
新しい協働の芽生え
また,今年度よりパイロット事業として,近隣の他障害の3施設と共同で,さいたま市営霊園の清掃業務を開始している.低い報酬単価での事業請負ではあるが,地域の中において,組織を超えて横断的に進める新しい協働のネットワークができたことは1つの成果である.
限定的な小さな活動ではあるが,障害のある人たちの労働の権利と所得保障を地域ベースで考え,協働の実践を地道に積み重ねていくことは,新たな公共性を創り出す試みといえよう.
訓練主義,競争主義に対峙する
一方,障害者自立支援法施行に伴う障害者保健福祉施策の大転換で,福祉の公共性や福祉工場の有効性が切り崩されつつある.障害のある人の雇用が進まない中で福祉工場は,障害のある人が自分の持てる力を発揮し,安心して働ける場として有効なものであった.健康を守りながら,職業人としての力量を形成し,社会に貢献していくのである.障害者自立支援法では,一般事業所への移行を押し進める個人の能力開発(訓練)と自己決定(責任)が強調され,やどかり情報館で大切にしてきた関係者との対話と共感による事業の推進(協働)や健康や自尊心を高めうる働く環境の整備は,まったく視野に入っていない.
「訓練と競争」,「応益負担とサービス提供」といった現行の障害者福祉政策に抗して,新しい協働の道筋をどう見出していくのか,やどかり情報館11年目の挑戦が始まっている.
(やどかり情報館 宗野 政美)
機関紙「やどかり」2007年11月号より
シリーズ・働く場がやどかりの里にもたらしたもの・2
1人の思いをみんなの思いにする
喫茶ルポーズの10年の歩みを振り返る
地域作業所喫茶ルポーズ(以下,ルポーズ)が活動を開始して丸10年が過ぎた.街の喫茶店として地域に目を向け,やどかりの里が地域づくり,街づくりを意識するきっかけにもなった.ルポーズの取り組みにはどのような意味があったのだろうか.ルポーズの立ち上げに関わった1人として,この10年の歩みを振り返ってみたいと思う.
1.1人の人の夢の実現のために
ルポーズ誕生のきっかけは,加藤藏行さんの「いつか本当の喫茶店ができたら」という一言だった.当時加藤さんは,あゆみ舎に所属していたが,なかなか内職作業に馴染めずにいた.作業の合間に,いつも生き生き話してくれたのが,38年という長期入院生活の中で唯一思い出深かった院内喫茶の話.それを仕事にできないかと,作業所の一室を活用した喫茶コーナーが誕生したのである.
その後,急な作業所移転の話がもちあがり,加藤さんの喫茶店への夢は一気に膨らんだ.しかし,そのために必要となる経費は約600万円.1人のメンバーの思いに,これだけの経費をかけていいものか,内職の作業所との兼ね合いをどうしたらいいのか,担当者としては迷いに迷った.この時後押ししてくれたのが,「加藤さんの夢を皆で実現しよう」という,当時作業所のリーダー的存在であった小峰彰さんの一言だった.そして,1996(平成8)年8月,多くの人々の協力のもとに喫茶ルポーズが誕生したのである.
2.「ルポーズ」に込められた思い
ルポーズとはフランス語で「憩う」という意味である.メンバーにとっても,地域の人にとっても憩える場にしたいという思いから,ミーティングを何度も重ね,つけられた名前である.そして,たくさんの人たちに足を運んでもらえる場所にしようと,画廊喫茶として,月替りで絵や写真,パッチワークなどの展示販売の事業にも取り組んできた.開店以来10年間,たくさんの方に壁を飾っていただき,お店にも足を運んでいただいた.人と人とのつながりが大きな支えとなっている.
また,ルポーズ10年を節目に,今年3月から大幅リニューアルをし,すべて一から手づくりのものをお客様に提供するスタイルとなった.その結果,ご近所の方たちが常連として来店し,賑わいをみせている.また,しばらく足が遠のいていたメンバーの人たちも,ランチを楽しみに出かけたり,お茶を飲みに行ったりする姿が多く見られるようになった.活気溢れる今のルポーズは,まさしくみんなにとっての憩いの場であり,ルポーズの原点に立ち戻ったといえる.
3.ルポーズが地域のためにできること
開店当初以来,地域の高齢者へのお弁当の宅配事業の拠点としての役割も担ってきた.ルポーズに届いたお弁当を,地域のボランティアの方々が一軒一軒届けていく.ルポーズ周辺は単身の高齢者が多い地域でもあり,お店を一歩出て地域を歩いてみると,見えてくることがたくさんある.「ルポーズの活動を活かしてできる地域貢献は何か」を考えて行くことがこれからの課題だ.
1人のメンバーの思いから始まったルポーズは,この10年で多くの精神障害のある人たちの働く場となり,地域の憩いの場となってきた.そしてこれからの10年は「この地域にルポーズがあってよかった」と思われる取り組みに育っていくことだ.
(大宮区障害者生活支援センター 大澤 美紀)
機関紙「やどかり」2007年10月号より
障害のある人の労働を考える
一緒に働く仲間を「訓練生」と呼べるのか
労働基準法で定める「労働者」
5月17日,授産施設や作業所等で働く障害者が,労働基準法第9条の労働者に当たるか否かについての新しい判断基準が,厚生労働省労働基準局長から都道府県労働局長あてに通達された.授産施設等で働く障害者の「労働者性」に関する定めは,昭和26年に旧労働省が局長通達(以下,26年通達)以来の半世紀ぶりのものとなる.
労働基準法第9条では「労働者は事業所に使用されるもので賃金を支払われる者」と定義され,これらの労働者には労働関係法規が適用される.一方,26年通達では,授産施設等の作業の中で,・ 作業時間や量を管理しない,・ 作業によって工賃の差別を設けない,などの条件下では,「労働者性」はないとされ,労働関係法規は適用されないこととなっていた.
「労働者性」判断の新基準
今年の2月,神戸市内の知的障害者の作業所で,「作業内容に労働としての実態があるのにも関わらず,最低賃金を大幅に下回る工賃しか支払っていないのは問題」と,労働基準監督署が作業所に対し改善指導を行ったという記事が新聞等で報道された.その後,障害関係団体が厚生労働省に意義を申し立て,「制定当時と異なり今の就労実態は大きく変わっている」ことなどから26年通達を廃止し,新しい判断基準に改められることとなった.
新基準では,労働者と訓練生の違いを設け,・ 訓練等を目的とする旨が定款に定められ,・ 訓練等の計画が策定され,・ 訓練に従事することを障害者本人や家族と契約等により合意していること,ならば「労働者性」はないとされ,訓練生としている.
エンジュで働き続けていることは「訓練」?
こうした動きに対して,エンジュのミーティングでは,「今でも面接で仕事時間を決めている.契約に基づいているので労働者ではないか」「労働者でも訓練生でもどちらでもよい.健康を保って働ける場があることが大事」「ミスしないよう意識して仕事をしている.やっぱり労働者として認めてもらいたい」など,様々な意見が出された.多くの人は「訓練生」という言葉には違和感はあるが,健康を保って安心して働ける場ならば「訓練生」でもかまわないという.
そもそも「訓練」と「労働」の違いは一体何なのだろうか.授産施設や作業所には,「訓練」と「労働」の両方の場面があるのが特徴ではないだろうか.
私は施設の中で働く仲間が,新基準で定められた「訓練生」であるという考え方に納得がいかない.エンジュの活動は,地域の中で高齢者の食事を責任を持って供給していく事業であり,その一翼を担う誰もが,立派な「労働者」なのである.しかしながら,事業収支や生産性も低く,最低賃金の保障や社会保険の適用など働く人たちの「労働者」に対する権利の保障はできてはいない.だからと言って,志ともに同じように働く仲間を,障害者だからというだけで「訓練生」にしてしまってもいいのだろうか.
障害を持っている人と,ともに働く者として,今後も労働者性についての考え方や,権利保障,労働政策についてみんなで意見を出し合い,学習していくことがとても大切であると感じている.
(エンジュ 金子 猛)
機関紙「やどかり」2007年9月号より
シリーズ・働く場がやどかりの里にもたらしたもの・1
前号1面で,やどかりの里の転換期に活動をスタートした,食事サービスセンターエンジュ,喫茶ルポーズ,やどかり情報館が10年の節目を迎えるにあたり,各活動の特徴と組織活動にもたらした影響に触れた.今号から,これら3か所の実践を,各活動ごとに3回に渡り追っていく.
食を通じて,いのちを支え合う
食事サービスセンターエンジュ(やどかりの里授産施設)
安心,安全をお届けする
食事サービスセンターエンジュは,1997(平成9)年7月にスタート.お年寄りや障害のある方など,食事作りに困っている方にお弁当を作ってお届けするという事業を展開している.とかくサービスの受け手になりがちなメンバーも,サービスの担い手になることで自己価値を高める職場づくりをすすめられるのではないか,というねらいがあった.
現在,昼食を週5日80〜120食ほど,夕食はさいたま市より宅配食事サービス事業の委託を受け,週4日,100食ほど提供.週1日は,メンバー中心に援護寮の夕食づくりを担当し,献立作成から調理まで腕をふるっている.
お弁当は,カロリー計算した献立で,お弁当を利用する方の体調に極力配慮し,おかゆや刻み食,代替食など対応.年間提供食数は37,000食を越え,売上も年間2,000万円を越す事業規模に達するようになった.
1人,1人が,担い手
働くメンバーは,各々の体調に応じて曜日・時間を定めて仕事についている.週5日働く方もいれば,月に2回,「家事で手一杯だけど,社会の一員であることを実感していたいから」と働きに来る方もいる.
仕事の内容は,洗い物などの厨房仕事や,電話受付,パソコンの打ち込みなどの事務仕事など.食事サービスに関わる仕事を,それぞれの得手を活かしながら携わる.
週に1度の全体ミーティングでは,様々な情報の共有や検討を行う.話し合いを基盤とした活動づくりは,事業が稼動する前,エンジュで働くことを希望するメンバーが集い,「準備グループ」として,「どんな働き場にしたいか」と話し合っていた頃からの,エンジュの活動に欠かせない大切な柱である.
いのちを支えあう地域づくり
日々慌しくお弁当作りを担う私たちに,揺らぎない活動の核を据えてくれたのが,2004(平成16)年に行った「お弁当利用者の状態調査」である.お弁当を利用している方々に,じっくりと,暮らしの背景や,その中でのエンジュのお弁当の役割を聞かせていただくとともに,「エンジュのお弁当は必要だ」という言葉をいただけたことだ.エンジュのお弁当が,わずかながらでも,その人の暮らしの一部となっている実感を得,仲間とともに,汗水流してお弁当を作り続けてきたことが認められ,支えられる思いがした.そして,そうした仕事を担う1人1人の労働に,輝く価値を付与いただけたように思えたのである.
サービスの受け手,担い手,という関係性を越えて,地域の方々と,その人の暮らしや労働の尊さを確かめ,支え合う実践を展開しているのではないか.そう見えてきたことは,エンジュにとって大きな財産となった.
お弁当づくりはやめられない
今,障害者自立支援法という大きな荒波が押し寄せてきている.応益負担,日割り・人数払いの,法に基づく事業には,エンジュはそのまま移行することはできない.
「応益負担でメンバーは働きに来づらくなる,運営費も減って職員も雇えないような状況になったらどうする.でも,俺たち弁当づくりはやめられないだろう?」
とは,ミーティングでのベテランメンバーの発言.灯は消せない.自らのため,仲間のためだけでなく,地域の方々の顔を浮かべてそう願えることは,やどかりの里の成長の証ともいえる.
(香野 恵美子)
機関紙「やどかり」2007年9月号より
障害者自立支援法改正への道筋
参議院選・自民党歴史的敗退の裏で
去る7月29日に行われた参議院議員選挙は,自民党の歴史的大敗で幕を閉じた.年金問題や閣僚の金銭問題も絡み,自民党の苦戦は早くから伝えられていたが,民主党が予想以上に躍進をみせ,参議院の第一党となった.この事実は,今後の福祉施策にとっても大きな意味がある.本機関紙でも再三取り上げている障害者自立支援法(以下,「法」)の今後にも大きく影響を及ぼすと考えられるからだ.
障害者自立支援法改正案の行方
昨年秋,民主党は「法」の改正案を国会に提出していた.しかしながら多数を占める与党により,改正案が審議されることはなく,これまで放置されていたのだ.改正案の主だった内容は,応益負担を凍結し,当面2006(平成18)年3月までの旧制度に準じた費用負担に戻すこと,運営費を日払いではなく月額払いとすること,障害児・者サービスを維持するために必要な支援を行うことである.
この改正案を,民主党は秋の臨時国会で再び提出する予定で,各関係団体へのヒアリング等準備を進めている.参議院では賛成多数で通過する公算が高いが,与党多数の衆議院でどのような審議がなされるのか,改正案の行方が注目されるところである.
この改正案が提出されるに至ったのも,私たちが「法」の改善を求める運動を継続してきた成果と言えよう.昨年の10月31日,「法」が成立してちょうど1年のその日には,1万5千人の関係者が全国から日比谷公園に集結,応益負担の凍結を含めた「法」の改善を改めて訴えた(本紙2006年12月号2面参照).今秋の国会審議に向けても,私たち現場の声を反映させなくてはならない.そのために様々なとりくみを通して改正案を後押ししようという声が,関係者の中から上がっている.
問題の根源を改善するための運動を
「法」の様々な問題は,定率一割の応益負担に集約される.応益負担と同時に導入された運営費の日払い制度によって,当事者と施設側の利益が相反するのだ.更に厚生労働省の設定している報酬単価は大変低いものである.しかしだからと言って単価を上げては利用者負担も増えてしまうのだ.
「法」の施行以降,各障害者団体が影響調査を度々行った.その結果,「法」による負担増から施設を退所する人や,利用料を滞納する人が相次いでいることが判明している.国は昨年末に約1,200億円の特別対策を発表し,負担上限額を半減する措置をとった.その背景では,上記のような現状を踏まえた現場の声が特別対策を引き出したと言えよう.しかしながら応益負担は未だ揺らいでおらず,問題の本質はなんら変わっていない.
また,世界的な潮流に目を転じれば,本紙8月号5面にて学習会の報告がなされた,障害のある人の権利条約への国の対応にも注目したい.私たちの願いを後押しする大きな力となる権利条約や,諦めずに続けてきた運動が生み出した「法」改正案を,私たち自身が再び運動によって支えていくことが大切だ.
「今こそ声を上げていこう」という言葉を,私たちは「法」に絡む動きの中で幾度となく繰り返してきた.再度「私たちのことを私たち抜きに決めないで!」を合言葉に,国や自治体に現状を訴えていかなくてはならない.
(ドリームカンパニー 渡辺 里子)
機関紙「やどかり」2007年9月号より
第3木曜会
第4回ビジョン検討委員会
やどかりの里の活動理念と使命を明文化する
4月より,ビジョン検討委員会を開催してきた(詳細は機関紙5・6・7月号参照).今回は,ここまで行われてきた3回に渡る討論を踏まえ,第・期のテーマである「やどかりの里の活動理念と使命を明文化する」ことを目指して,全体討論を行った.今回の参加者は32名.最初に,大澤(大宮区障害者生活支援センター やどかりの里)より,前回までの検討委員会のまとめの報告と,活動理念,活動指針についての提案がなされた.
話し合いの始めに,改めて「なぜ活動理念をまとめて明文化するのか」についての議論がされた.ある参加者は,
「障害者自立支援法による事業移行が進んでいく中で,やどかりの里の活動を揺るがしかねない危機的状況を迎えたときに,私たちが拠って立つ柱を表したい」
という希望を語った.
また,
「『ごく当たり前の生活』,『自分らしく』などの言葉は,やどかりの里の内部の人には伝わるが,一般の人には伝わりにくい」
「提案された文章と私たちの活動や体験とが,当たらずとも遠からずという感じがする.もっとクリアになれば良い」
などの感想が出された.
この日実習生も参加しており,やどかりの里がどのように見えるのかについて意見をもらった.
「実習前に読んだ,やどかりの里のパンフレットの中に『当たり前の生活を求めて』とあり,それを大切にしてきたというのを感じた.今日の討論の中からも,人によって考えが違っても1人1人を尊重することや,自分らしい生活の実現を大切にしているのだと思った」
と述べた.短い討論の中で,このように実習生が表現してくれたことは,やどかりの里が大切にしていることが伝わっているという実感を得ることにもつながった.
こうした討論を踏まえて,活動理念や活動指針を明文化するにあたっては,それぞれの活動や体験,大切にしてきたものとの重なり具合を確かめながら,わかりやすく,普遍性のあるものを作り上げていく必要があることが確認された.
また,いくつかの企業の理念を参考にしながら,
「やどかりの里のユニークさを表わしてはどうか」
という提案が出され,それぞれの参加者が意見を出し合った.やどかりの里のユニークさについて,
「活動や体験を記録し,客観化し,社会に発信する」
「気づいたらアクションする」
「目の前の人のニーズにあった活動展開をする」
「精神障害のある人の声を社会に届ける」
「探求して,普遍化して,発信する」
などがあがった.
今後は,今回出た意見をもとに,やどかりの里の活動理念と活動方針,活動指針をチーフ職員を中心に再整理していく作業となる.その再整理をもとに,次回9月の第3木曜会にて,内容の確認と共有を行う.
誰かが考えて進めていくのではなく,活動する上で大切にしていることを皆で確認し合い,目に見える形にしていくプロセスがとても大切だと感じている.
(東田 全央)
機関紙「やどかり」2007年8月号より
新刊「辰村泰治の70年」
編集サイドから見た辰村さん
今,やどかりの里は「共生」「協働」を旗印に活発な活動を展開していますが,そこには必ずと言ってよいほど辰村さんの姿があります.日比谷野外音楽堂の大集会とそれに続くデモ行進中の辰村さんの姿は忘れることができません.彼は授産施設エンジュでの給食事業を核に,実に多彩な活動を展開しています.その中には講師登録者派遣の重要なメンバーとして,要請があれば全国各地に体験を語りに出かけ,また,やどかりブックレット編集委員として企画・取材・編集・執筆と八面六臂の活躍ぶりを示しています.
彼の統合失調症との闘病生活を語った体験発表を基にして,辰村さんのブックレットを出版しようという企画が持ち上がりました.それまでにもブックレット編集会議で時折語る辰村さんの生い立ちや満州での敗戦とそれに続く引揚体験を耳にしていた編集委員会のメンバーから,期せずして病気になる前の辰村さんの歴史もぜひがんばって書いてください,という声が上がり,しばらくは躊躇していた辰村さんが,「時間をかけてもよければ自分で書いてみます」といって,なんと3年の歳月をかけて執筆されたものが第1章になりました.みんなが驚嘆したのは,辰村さんの記憶のすばらしさと,内容の豊かさ,そして,几帳面に,丹念に原稿用紙の升目を埋めた自筆の原稿でした.
みんなが粛々とした気持ちになったのは,体験を通してさり気なく語られる平和への祈りでした.目の前に戦争によって人生を変えられた1人の人がいるという重さを,ブックレット編集委員の1人,1人が噛み締めました.
(やどかり出版 西村 恭彦)
「おわりに」より抜粋
やどかり情報館館長の増田一世さん始めやどかりの里ブックレット編集委員会の皆様から「もっと詳しい体験記録を書いてみませんか」とのお勧めを受けたのですが,自分の人生記録など買う人はいないだろうし,思い起こせば恥ずかしきことの数々で気が進まず,固辞したのですが,手を代え,品を代えてのお勧めで,結局,なまけ者の自分も少しずつ生まれてから今日までの思い出を書くようになりました.
それから4年目の今,このように1冊の本にまとめられて,まず思い出すのは,入院中から現在も物心両面にわたってたいへんお世話になっている酒井紀子さんから,だいぶ前に「この病院で一生を終わろうなんて考えちゃだめよ.あなたは患者としてここで終わってしまうような人ではないの.もし退院できなくても,自分の生きた証を残しなさい.必要だったら私も協力するから,詩でもエッセイでも何でもいいから,文章を書きなさい」ときつく言われたことです.
(辰村 泰治)
機関紙「やどかり」2007年8月号より
■ さいたま市障がい者施設連絡会第4回総会 ■
学習と情報共有,そして運動につなげる
2007年7月10日(火),埼玉県障害者交流センターを会場に,さいたま市障がい者施設連絡会(以下,さい障施連)第4回総会が開催された.当日は,50施設105名(やどかりの里より22名)が出席した.
宮野茂樹会長(DCしののめ)の開会あいさつにより会が始められ,引き続いて,来賓あいさつ,情勢報告が行われた.斎藤なを子事務局長(鴻沼福祉会常務理事)からは,「障害者自立支援法(以下,法)など障害者施策を取りまく国の動向」ということで,法の成立までの経過と施行後の状況についての報告があった.その後,増田一世(やどかり情報館)より,埼玉県内5団体(発達障害福祉協議会,社会就労センター協議会(セルプ協),身体障害者療護施設協議会,精神障害者社会復帰施設運営協議会,きょうされん埼玉支部)によって行われた3回にわたる実態調査の結果をもとに,法施行後の1年間でどのような影響があったのかという報告がされ,退所者数の増加,利用料の滞納などが増えていることが明らかになった.また,施設や職員への影響も大きく,公費の減収により,人件費や休暇などでの対策を行っている施設も増えている.また,事業移行した施設では,職員の仕事の負担が増えているという回答が出された.法にまつわる経過と全国の動き,埼玉県内の状況を共有することができた.
その後の議案検討は,予算・決算,活動報告・活動方針について出席者による拍手をもって承認された.昨年度は,さいたま市障害者協議会との共催で学習フォーラムを開催したり,市議会に向けた請願署名行動に取り組んだり,市内の当事者・関係者が問題意識を共有し,一丸となって運動と学習を行ってきた.今年度も市内の障がい者施設が手を取り合い,更なる学習と情報共有を重ねながら,運動へとつなげていくことが確認された.
最後に,フロアーからそれぞれの施設の立場で5名の指定発言があり,現在の状況について話された.それを受けて,全体で意見交換を行った.以下に発言の内容を記述する.
「精神症状による体調管理の難しさを痛感している.法の下にあっても1人1人にあわせた働く場づくりが大切」
「心身障害者デイケア施設は,小集団でのサービス提供が特徴.それぞれの特徴を生かしたサービスを行っている.今まで保障されてきたサービスが今後も継続できるのか」
「精神障害者小規模授産施設が新体系に移行するには,工賃3,000円以上をクリアしなければいけない.今は目途が立たない.法は施設増加の整理をするためのものに見える」
「新体系に移行し運営費は上がったが職員も増加しているため運営は厳しい」
「生活ホームを現行制度のまま残して欲しい.さらに多くの人が使えるよう,市独自の事業を検討して欲しい」
「法が成立してから分からないことが増えた.今は,自分が何をすべきか分からなくなってきている.振り回されている」
法が施行されて約1年.多くの施設で,先の見えない不安や運営の厳しさ,利用者に対する支援のあり方などの混乱があることを共有する時間となった.今後も学習を重ねながら,多くの施設と共により暮らしやすいさいたま市を目指したい,という決意をあらたにした総会であった.
(やどかりの里援護寮 玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2007年8月号より
第3木曜会
第3回ビジョン検討委員会
やどかりの里が組織活動として大切にしていること,目指していることは何か
今年度より,第3木曜会の場を活用してビジョン検討委員会を開催している.これまでの検討委員会での話し合いからは,『安心・仲間・受け止められる環境』,『健康・いのち・繋がり』などがキーワードとして出された(詳細は機関紙5・6月号参照).そこに共通して見えてきたことを,・自分の体験を活動に活かしていく,・活動を創り合う,・活動を通して自分の生き方をつくる,という3点に整理し,参加者で共有した.
そして,今回は,「やどかりの里が組織活動として大切にしていること,目指していること」について5グループに分かれて討議した.各グループからの報告内容を以下に列挙する.
「個人の意見や話し合う機会を大切にして,1人1人のニーズをもとに活動をつくる」
「自分らしく生きること,お互いの主体性を尊重し合う」
「人と人との対等性、民主的な組織運営がある」
「学びあう関係性や,1人1人が活動や社会を創る担い手になっている」
「多様な価値観を認め合う」
「公共性や地域のニーズに応えていく」
「新たな活動を展開し地域づくりを行う」
「自分たちの活動を伝えていく」
「地域での共育ちの関係性」
等,各々の活動を通して実感していることが出された.表現は多様だが意味する所は共通しており,これまでのビジョン検討委員会で出されてきたこととも重なり合っている.一方で,
「話し合いや個人が尊重されるということは,責任が生じること.それでも皆意欲的なのはなぜか」
といった投げかけに対して,グループ討議内での発言に触れながら,
「やどかりの里には主体形成される環境があることが大きいのではないか」
というやりとりもあった.
引き続き行われた全体討論では,障害者自立支援法における事業移行などの今後も見据えて,
「やどかりの里の理念が『なぜ大切なのか』を言語化し,社会全体から見て,やどかりの里のもつ価値観を捉え直す必要がある」
「メンバーも職員もやどかりの里で経験を積んで外でより育っていく.やどかりの里で学んだことを伝え広げていくこともできる」
などの意見が交わされた.
変化の大きい時であるが,積み重ねた話し合いの中から,根底にある大切なことを捉え直し,どう守っていくのかが重要になる.今後,事業移行の経過措置の中で,作業部会を結成し検討を進めながら全体で議論していくこと,そのためにまず,共通の土俵作りとしてこれまで話し合ったことを次回のビジョン検討委員会で共有していくことが確認された.
今回,大切にしていることを1人1人が言語化してきた一方で,若い職員からは,「『やどかりの里の大切にしていること』となると,抽象度が高くなってしまい,自分自身や目の前の活動と距離が出てしまう」等の意見もあった.8月には,里祭もかねて「やどかりの里と私」というテーマで3年後の自分の夢を自由に語り合う機会を設ける.こうした機会を重ねながら,やどかりの里の明日を切り拓いていく力にしていきたい.(中村 由佳)
機関紙「やどかり」2007年7月号より
きょうされん第30次国会請願活動に参加
全国各地からの120万1千人の願いを届ける
2007年5月31日,きょうされんの国会請願行動にあゆみ舎のメンバー2人と参加した.
応益負担制度の見直しを求めて
きょうされんは,障害のある人の働く場の拡充を求め,今年で30年,絶えず国会請願活動を続けている.昨年11月より全国のきょうされん加盟施設が署名活動を行い,やどかりの里でも取り組んできた.
この国会請願行動のねらいは,多くの方の協力のもと,全国各地で集めた請願署名約120万1千筆を,閣僚などを除くすべての国会議員に手渡し,紹介議員になってもらうよう依頼すること(国会への請願は,議員の紹介によってなされなければならない)と,その中で懇談を行い,障害のある人たちを取り巻く現状を伝え,要望を行うことにある.
請願項目は,・ 障害者自立支援法における応益負担制度の見直し,・ 小規模作業所への補助金の継続,・ 障害のある人の所得保障など地域生活を進める上での課題の解消である.
全国各地から集結,議員に陳情
当日は,全国から約350人の障害のある人,家族,職員等が国会の議員会館に集結し,56班にわかれて,衆参両議院の議員室を分担して回った.埼玉支部からは35人が代表として参加した.私たちは,あかつき園(東松山市)の方2名と合計5名で,衆議院議員2名と参議院議員8名の議員室に陳情訪問をした.そのうち議員と直接話ができたのは1名だけで,それ以外は秘書対応で無念であった.班内で役割分担をし,応益負担制度のおかしさや地域で起こっている実態について精一杯伝え,紹介議員になってもらえるようお願いして回った.また,各政党との懇談会があり,私たちは国民新党との懇談会に参加した.ここでは,参加した障害のある人や家族などの思いを直接訴えられる貴重な時間であった.
全国と地域で連動して運動を継続
あゆみ舎から参加した塩澤修一さんは,
「ほとんどの議員は,ただ外交儀礼的に署名を受けとっているようで失望した.そのような中で記憶に残っているのは,車椅子の我が子を抱える母親の悲痛な叫びであり,このような思いを伝えていくことが大切だと思った」
阪井宏一さんは,
「与党の議員の秘書の方々は,もう終わった事のような接し方をされたので,ちょっと腹が立った.でも,このような行動を障害者自立支援法が廃案になるまで続けていきたい」
と憤りを交えて感想を述べた.
きょうされん常務理事の藤井氏は,応益負担制度についての各政党の反応を見て「少し揺れ始めた印象がある,ナメクジ(応益負担)にもっと塩(運動)をまこう」と参加者に呼びかけ,これからは各地域での運動を高めていくことが大事であると締めくくった.
これからは自分たちでどのような社会・地域にしていきたいのか,それぞれの地域で考え,運動につなげていくことが求められる.自分たちの権利意識も育みながら地域での学習と運動に力を注ぎたい.(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2007年7月号より
ベルギー報告6(最終回)
問題点はどこにでもある!
日本との比較から
小川真一郎
(鴻沼福祉会 あざみ共同作業所)
はじめに
ベルギーでの訪問は,計13施設のほか,視覚障害児の演劇「エミリージョリー」の鑑賞(全編フランス語だったので,内容は身振り手振りや口調など,雰囲気でしか理解できず残念)があった.
ベルギー報告も最終回だが,今回は自らのテーマである「ベルギーにおける障害者施設の役割・企業との連携」に沿い,訪問施設とその内容の一部を報告する.
施設体系は大きく3つ
ベルギーでは,障害者の施設をデイケアセンターと呼んでいる.ここでは,ブリュッセル首都圏地域フランス語共同体委員会で聞いた話をもとに報告する.
1.一般デイケアセンターは,比較的中度の障害者が利用し,1人1人に見合った仕事を見つけ,自立させることが目的.
2.デイケア宿泊センターは,デイケアでの活動をしていない人への宿泊の提供.デイケアを終えて宿泊の提供.一般デイケアに受け入れできない人を受け入れている.
3.子どものためのデイケアセンターは,義務教育を受ける子どもが対象で,デイケアと宿泊が主.
他には,障害者を多く受け入れる企業がある.普通の企業では働くことができない障害者が対象で,企業は非営利団体として存在している.ブリュッセルでは13企業,ベルギーでは約100企業で,1,450人の障害者を受け入れている.また,ベルギー労働者法に基づき,最低賃金制度や労働組合がある.
「障害者を多く受け入れる企業」の存在
(非営利団体ノス・ピリフ)
ノス・ピリフで働く人たちは,比較的軽度の知的,精神,聴覚障害者.成人で,自分で通勤できることが条件.110名の障害者を受け入れ,職員は30名.作業内容は,
1.庭の手入れ
地域の家庭の庭の手入れを請負→依頼先からお金をもらう→給料が支払われる.このように具体的に流れを理解できるようにすることが大事.
2.植物店での販売
お客様のところまでいけない人たちのために,敷地内に販売所を構えている.お客と触れ合うことで,なぜ働かなければならないのかを理解してもらうのに役立っている.
3.レストラン
敷地内(5ヘクタール)の畑で採れた作物を中心に提供.おもに,レジャー農園に訪れた人が来店.
4.手作業(下請け)
一般企業との関わりが強い.メーリング発送作業.いつも同じ作業をする人には向いている.
5.レジャー農園作業
利用者がリーダーとなり,見学に来た学校の子どもなどに動物について説明している.見学者にとって,障害者への理解にもつながっている.
ベルギーにも問題はある
1.重度障害者の入所施設
重度障害者の入所施設が少ないという問題が大きい.ブリュッセルには約700名もの待機者がいる.障害のある人には,特別教育センターがあり21歳までで,それ以降はその施設は利用できない.結局,両親が仕事を辞めて家で介護をすることが多くなってしまう.しかも,母子家庭が多いという.
対策として,重度障害児センターの利用を12歳から15歳まで超過を可とした.
また,介護している親に特別な社会的地位を与える動きや介護をした年数を考慮して年金に反映する動きが検討されている.障害のある子を1人抱えていると,2人の子どもがいた場合と同じと考え減税する制度もある.今は,それを3人に変えようとしている.一方で,反対が強い方法だが,刑務所に入っている障害者が,所得代用手当の1/3を国に払うというシステムがある.その収入を重度障害者に当てるなどが制度として存在している.
2.経営と障害者保護の間で揺れる企業
障害者を雇用する企業は,サービスの提供や商品販売だけでは経営成り立たないのが現状(40%は助成金,60%は売り上げで経営).そのため,健常者が働いた場合を比較して,その不足分を補ってくれるシステムを活用している(所得代用手当).経営面だけで考えると,障害者の雇用は難しい.これはベルギー全体の問題で,障害者を受け入れる企業もスピードや効率化が求められており,経営と障害者保護の狭間でゆれている.企業としては,生産性の高い人を,政府は障害の重い人をと思っている.ノス・ピリフは,障害の重い人を受け入れる姿勢で進めている.
日本との比較は!?
施設は,大きく3つの体系という点で,日本よりはるかにスリムである.しかし,重度者の入所待機者がブリュッセルだけで約700人いることに驚いた.これは,社会に同化という点で大きな遅れをとっており,家族の様々な点での負担の大きさも計り知れないと感じた.
また,障害者を多く受け入れる企業であるノス・ピリフは,日本でいうと福祉工場に近いイメージを持った.しかし,企業であり施設ではない.日本にはない制度である.企業の役割として,またNPO団体として行っていることを通して,国や共同体・地域が障害者に対する社会の同化という意識の高さを感じた.しかし「経営と障害者保護の狭間でゆれている」のは正直なところであろう.
おわりに
今回のベルギーの問題点は,施設や働くことのみ抽出した.それを踏まえ日本を眺めると,障害者自立支援法があり,就労がキーワードとなっている.企業への周知や雇用促進に向けた働きかけの必要性は充分理解できる.ただ,施設,障害者に対し,「就労ありき」に向いている国の姿勢は疑問に思う.就労が難しいから作業所などで過ごしている人も少なくない.ベルギーの所得代用手当のようなシステムなどの所得保障を含め,障害のある人の実態を踏まえた仕組みを望みたい.
機関紙「やどかり」2007年7月号より
精神保健福祉士の専門性とは
第43回日本精神保健福祉士協会全国大会に参加して
去る6月7日〜9日,「第43回日本精神保健福祉士協会全国大会」が宮崎にて開催され,全国から約900名が参加した.やどかりの里からは,増田,白石,三石の3名が参加.それぞれ分科会で発表を行った.
大会3日間は,自主企画,記念講演,総会などのプログラムが組まれ,社会福祉士及び介護福祉士法改正の動きもあり,精神保健福祉士の専門性を問う大会ともなった.
2日目には,基調講演として,「精神保健福祉士の関係力による福祉実践の創造」と題して,大正大学教授の石川到覚氏が,新たな福祉社会の創造に向けて,システムづくりや政策提言の必要性を提起された.
また,シンポジウムでは,「障害者自立支援法下での精神保健福祉士の実践課題」と題して,当事者,医師,看護士,精神保健福祉士のそれぞれの立場から,自身の暮らしや実践に照らし合わせ,法の課題について意見交換がされた.
大会最終日は,分科会が行われ,7つのテーマに分かれて12分科会が開かれ,活発な討論が繰り広げられた.
やどかりの里からは,増田が,「さいたま市の障害福祉計画策定の取り組みからソーシャルアクションの必要性」を提起.また白石は,「さいたま市における障害者自立支援法の改善運動の取り組みから,障害種別を越えたネットワークづくりの必要性と自ら行動することの大切さ」を提起した.三石は,「さいたま市の相談支援態勢の構築に向けた取り組みから,障害のある人の課題を社会化していく必要性」について報告した.
私が発表を行った分科会は,医療保護入院を巡る諸問題に言及し,入院制度の見直しを提起した発表や,生活支援センターにおける関係機関との連携や社会資源開発の必要性,授産施設の利用者とともに法に関する学習を重ねてきた取り組み,医療観察法における精神保健福祉センターの関与の課題といった内容が報告された.
分科会を通して感じたことは,専門職として活動を展開していく時,障害のある人を中心に日々の実践を組み立て,見直していくことの重要性である.入院制度や医療観察保護法,障害福祉計画策定など,様々な法制度を切り口に課題提起されていたが,共通の柱となるのは,障害のある人のいのちや暮らしを守るための制度や施策の必要性ではないだろうか.
今回の大会では,「精神障害のある人の社会的復権」といった表現をよく耳にした.真に精神障害のある人の社会的復権を担うのが専門職であるならば,今の制度や施策を,障害のある人の暮らしやいのちを豊かにしていくものに変えていくことが重要である.
現在,障害福祉の考え方の中で,障害は社会的構築物であるとされる社会モデルの考え方が,世界の主流である.こうした時代の流れに逆行するかのような今の日本の社会の中で,障害のある人が,真に豊かに暮らしていくことが可能となる社会を実現していくためには,日々の実践に埋没することなく,私たち自身の人権感覚を磨いていくことが重要と感じた.(三石 麻友美)
機関紙「やどかり」2007年7月号より
暖かさを本当にありがとう
コンサートを終わって
中村 雪武
先日のチェコ少女合唱団イトロの演奏会でとても感動を覚えた出来事があります.作曲家として専門的な演奏技法や芸術性の事ではなく開場した時の事です.
開場と同時に数人の人達が,今にも降り出しそうな天気の中を息せき切ってホールに来ました.と,来賓受付の係の人達がサッと前に出て「いらっしゃい.どうぞこちらです」と明るく声をかけました.勿論,他の係の人も立って笑顔での応対.ごく何でもない受付の人達のこの行為は,実は私がプロとしてコンサートに関わる時に,恩師,大先輩から厳しく教えられた大切な事だったのです.
お前の様なヒヨッコがステージに立てるのは,わざわざ聴きに来てくれる人が居るからだ.演奏家はお客様によって育てられるものだ.(恩師 故高橋八郎師)
ホールに入った途端,お客様は別世界に来たのよ.受付はその演奏会の顔.全員起立して誠意ある笑顔でお迎えしてね.(元宝塚女優 故葦原邦子さん)
因みに,パイプ椅子にふんぞり返ったまま面倒臭そうに仕事をしている受付,煩雑な受付仕事は一切業者に委託,という会が何と多い事か.
そして,大雨のため浦和駅で電車が動かない事を知ると,駅に確認の電話を入れ,更にインターネットで情報を集め,場内アナウンスでその情報をお客様に知らせました.正直言って,帰る人達の道筋の事など,終演間際のこの慌ただしさの中,放っとけばいい事です.
自分達が呼んだ客を笑顔で迎え,帰りの交通まで配慮し誠心応対する.その心遣いの暖かさに,やどかりの里の組織の本質を垣間見た思いです.
勿論,この事だけではありません.昨春最初のコンサート委員会で,果してこの人達で会を成功させる事が出来るのだろうかという不安で一杯でした.舞台の上手・下手も解らない素人集団(失礼)だったのです.でもそれはすぐに私の杞憂に終りました.どんな小さな疑問もお互いが納得するまで徹底した討論を積み重ね解決する.そこには自分の一方的な我を押し通すのではなく,飽くまでも相手を暖かく認め受けいれるという基本姿勢.だから,組織でいう所の指示命令系統がなくても,各自が主体的に自分の役割を役割以上にこなしていく.その結果,たった10名足らずの素人集団が,プロの仕事を凌ぐ大仕事を達成したのです.
今回のコンサートの大成功の要因は,コンサート委員が予期以上の頑張りを見せた事,それを,相手の立場を尊重し,組織の中の個を大切にするというやどかりの里の組織としての暖かさ,ぬくもりがしっかりと支えてくれた事に尽きると思います.
会の当日,もう素人と言えない委員の皆様から「ありがとう」の寄せ書きを貰いました.疲れるとその寄せ書きを取り出し,一人ひとりの顔を思い浮かべ,こう返事しています.
こちらこそ,暖かさを本当にありがとう.
雪武さんの優しさに助けられて
色々な不安が過ぎる度に,雪武さんの優しい笑顔と楽しい冗談で何時も助けて頂きました.人を大切にするという“暖かさ”を頂いていたのは私達も同じだと思っています.
今回の執筆に際し,雪武さんが感じて下さったやどかりの里の姿を知る事ができ,実行委員の一人として,心から嬉しい気持ちで一杯です.(久松 明子)
機関紙「やどかり」2007年7月号より
第3木曜会
第2回ビジョン検討委員会
現場の取り組みから描き出す活動理念と使命
先月から第3木曜会の場を活用して始まったビジョン検討委員会の2回目が開催された.
前回は「やどかりの里で大切にしていること」を参加者それぞれが出し合い,受け入れられる環境があることや,仲間がいることの安心,1人1人を大切に尊重する組織のあり方といったことが共通に出され,あらためてやどかりの里に関わる1人1人の思いを1つのテーブルに出し合う時間となった.それを受けて,今回はさらに議論を深めるべく事前レポートを準備し,・あなたの現場(職場)が大切にしていること,・あなたの現場(職場)が目指していること,についてグループ討論を行った.自分が大切だと感じていることを,現場での取り組みや,やどかりの里の組織活動につなげて捉える視点をもつことを意識したグループ討論となった.
今回の参加者は31名で,5グループに分かれて50分間のグループ討論を行った.以下に報告された内容を載せる.
「食べる人のため,働く人のため,共に働く仲間のための活動である.皆で話して考えていくことが大事」
「仲間意識を大切に憩いの場づくりをしている.1人の力ではなく,皆で一緒に安心できる場を作っていくことを目指したい」
「それぞれのペースを大切にしながら働く場をつくり,利用する人に安心・安全な食事を届けることをモットーに,利用する人とのつながりも大切にして届けている」
「健康を守って働くことを具体的にできると,1人1人が取り組むことの自信,働く価値の意味につながる」
「障害をもった経験を情報発信することで,自分たちの生き様をそれぞれの人も見つめ直すきっかけになったらと思う」
「1人1人の希望や願いが実現できることを大事に,人間中心の視点で読み解くこと.自分が大事にしていきたいこと,大事にされてきた感覚(自己肯定感)を育みながら,どう地域貢献し,活動を創り,発信していくか」
第1回目には「安心・仲間・受け止められる環境」といった言葉がキーワードとして出されていたが,今回は「健康・いのち・つながり」といった言葉が出されていたのが印象的である.視点・視野をやどかりの里だけでなく,必要としている人に向けて拡げていくこと,そして,いのちや健康を守っている使命を担っていることをあらためて確認できたグループ報告であった.
それを受けた全体討論では,
「今ある課題を客観化することで,何を大切にしているのかが見えてくる.それを形にしていくことが制度開発,改善,施策化に繋がる」
「人として生きていくために必要なことに取り組んでいるやどかりの里.場は違えど,大切にしたいことはどこか重なっている.グループではみな実感を持って話しており,それがやどかりの里の強みであり,歴史でもある」
「視野が広がる中で,自分たちの現場のこと,自分のことを話す場をきちんと保障することを守っていかないと,理念と実際に矛盾が生じる.やどかりの里の骨組みは事業と運動.この2つのバランスが大事」
といった意見が出された.
これらの意見を整理し,次回のビジョン検討委員会では,やどかりの里の理念と使命,強みと弱みを明確にし,やどかりの里の全体像を描き出す作業となる.(阿部 友恵)
機関紙「やどかり」2007年6月号より
ベルギー報告5
ベルギーで見てきた
「個別支援」と「地域参加」
太田 光洋
(身体障害者療護施設なでしこ園・介護福祉士)
はじめに
現在私は,身体障害者療護施設で働いている.この施設には知的障害者,精神障害者,脊髄損傷,身体障害者と様々な入所者が総勢52名で共に暮らしている.様々な障害者が共に暮らして(大規模施設で)いくのには様々な課題がある.今,私たちスタッフが感じている大きな課題は,「個別支援」と「地域参加」である.
「個別支援」については,多くの入所者の中,どのようにして「個別」の支援を行っていくのか.障害の程度や症状で,「個別」に支援の内容が違ってくる.その支援と同じように,「個別」に要望も違う.障害の軽い入所者が,その支援の違いを知り,「あの人には,あんなに手をかけて,自分には何もしてくれない」そんな声が聞こえてくる.
「地域参加」については,地域が障害者を受け入れられているのか?施設が「地域参加」するために活動を行っているのか?入所者自身が「地域参加」を望んでいるのか?など考えられ,「地域参加」が行われていないのが現実である.
これら2点を中心にベルギーで学んで来たことを報告させていただく.
身体障害者施設での「個別支援」と「地域参加」
EIGEN THUISという施設を訪問した.この施設の「個別支援」としてまず気が付いたことは,居室が個々の障害に合わせリフォームしてあったことだ.私たちの施設では,部屋換えがあることなどから居室をリフォームし,居室全体を個々に合わせることはない.その施設では,個々の障害に合わせ一部屋一部屋違う居室になっているのである.そして居室が広い.ボタン1つで開閉するドア,軽く触れるだけで鳴るナースコール等,個々に合わせた工夫が多々あった.
「地域参加」としては,施設内に多目的ホール,飲酒が出来るバー,などがある.それらの場所を地域住民に開放している.地域の音楽会等を,施設内の多目的ホールで行い,バーでは入所者と一緒に飲酒ができる.施設自体を地域に開放しているのである.また入所者が地域に出て,地域で障害者が使いにくい建物や施設を指摘し,またこんな施設を作って欲しいといった要望を市役所に訴えている.入所者は,地域のお祭り,コンサート,芝居に参加するなど,自ら地域に出て行く.
福祉作業所での「地域参加」
Nos Pilifsという施設を訪問した.公共の交通手段(施設周辺に引っ越して来て,バスや自転車等)を利用して,通ってくる.家族,施設の送迎は行っていない.園芸品の販売,施設内の牧場やレストランの地域開放.施設に地域住民や子供たちが来園してくれることによって,幼い時から障害者と触れ合うことで,障害者の理解に繋がる.
終わりに
私たちの施設における「個別支援」「地域参加」とはと,考えさせられた.これら訪問先での強く印象に残っている言葉は,「地域住民にしっかり障害者を理解してもらわないと,地域に根ざした施設にはならない.そのための活動はしなくてはならない」である.その言葉は今でも強く心に残っている.
私たちの施設では,大規模施設であるがゆえの「個別支援」の限界.様々な課題がある「地域参加」.ベルギーで学んできたことを,そのまま現場に生かせるものではないが,学んできたことを少しでも,現場に生かしていかなければと考えている.
機関紙「やどかり」2007年6月号より
やどかり研究所主催 学習会
講演 私とやどかりの里〜母の介護を通じて感ずること
講師 松田正己先生
2006年5月26日(土),やどかりの里定期総会後に恒例のやどかり研究所主催学習会が開催された.今年は「私とやどかりの里 母の介護を通じて感ずること」と題し,講師は松田正己先生(静岡県立大学看護学部教授)にお願いした.
松田先生とやどかりの里とのお付き合いは,松田先生の学生時代に遡り,すでに30年経過しており,「餅と餅網の関係(近すぎると焦げてしまうが,離れすぎていると焼けない)」(講演より)を保ちながら,時には厳しく,時には温かくご助言くださっている方だ.現在もやどかり研究所副代表として,忙しい合間をぬって関わり続けてくださっている.今回の学習会の講演では,やどかりの里との長い関わりの中から,やどかりの里の活動をどう見つめてきたのか振り返りながら改めてご提言いただくとともに,松田先生自身の歩まれてきた国際協力や国際保健との関わり,現在もお勤めの静岡県立大学に移られてからの地域保健福祉活動,そして現在75歳のお母様の介護を通して感じる,日本の現状,問題点にまで踏み込んだものであった.私たちの暮らす地域を,安心して暮らせる環境にするにはどう創り合っていったらよいかを1時間半に渡り,お話してくださった.
会場からは特に,お母様の病状が,糖尿病からの失明,心不全,腎不全,脳梗塞,骨折……と重複した場合,現在の医療制度では本人,介護者ともども行き場のない状況に追い込まれてしまう現状を話された場面で,多くの方が頷き,共感していた.同じ介護をした体験,その中でのさまざまな思いを重ねつつ聴いていたのだと思う.お母様との海外旅行や入院中のお写真がスライドに映し出されると,それまで少し緊迫していた会場内が,ほっとため息を漏らしたような温かい空気に包まれたのが印象的であった.
最後に,お母様の介護と仕事との両立の難しさに悩む松田先生が励まされたという鈴木大拙さんの言葉を紹介したい.
「悩みは分別からきている,人格が深いほど,悩みも深い.悩むように人間は作られている」辛く苦しいこともあるけれどいっしょに頑張っていきましょう!という松田先生からのエールを受け止めた会場から,万来の拍手が起こり,学習会は幕を閉じた. (工藤 菜乃)
*「響き合う街で」41号(2007年5月末日発行)では,松田正己先生の「提言 変革の時代に求められる保健・医療・福祉」を掲載しております.こちらも是非ご一読ください.
機関紙「やどかり」2007年6月号より
協働ネットさいたま・報告
障害のある人の仕事おこしと協同労働をテーマに
「協働ネットさいたま」が始動
やどかり情報館(以下情報館)では,5月より,近隣の福祉施設と共同で「思い出の里市営霊園」の清掃業務を開始した.
福祉工場である情報館の基本事業は,出版,印刷,研究の3事業.この業務の位置づけは,今年度より情報館に設置した新規事業種目の開拓と地域ネットワークづくりを目的とした「協働ネットワーク推進プロジェクト」の中のパイロット事業の1つである.
市営霊園は,情報館より北側に10分ほど歩いた場所にあり,東側には見沼田んぼ,南側には帯状に残された斜面林が広がる緑深い美しい公園墓地である.27ヘクタールにおよぶ敷地には,3階建の近代的な立体墓地や芝生墓地と呼ばれる墓所に洋型墓石が建ち並んでいる.
この清掃業務は,霊園の一部(24,621.54平方メートル,7,461坪=1辺が157mの正方形の面積とほぼ同じ)を近隣の3施設,ななくさ大谷作業所,鴻沼福祉会あざみ共同作業所(以上知的障害者通所授産施設),そめや共同作業所(身体障害者通所授産施設)とともにさいたま市から委託契約を受けたものである.
現在,障害当事者52名(知的障害者44名,身体障害者2名,精神障害者6名)と施設職員12名が,新しく4施設で立ち上げた連合体「協働ネットさいたま」に登録.1日2時間,年間200日の除草・清掃業務に取り組んでいる.
情報館からは,6名のメンバーが登録,週3日,9時30分から11時30分までを,1日2名のローテーションで作業をしている.
作業の中で,障害の違う人たちと知り合い,障害の相互理解や困難さを学んだり,屋外に出て,体を動かすことが頭と気持ちをリフレッシュさせるなど,働くメンバーの評価は総じて高い.
一方で業務委託料を,労働者総数で頭割りすると,最低賃金を下回ってしまう.現段階では,低廉な予算での実施であり,最低賃金以上を保障している情報館にとって,工賃割れをする厳しい状況である.
いずれにせよ,活動は始まったばかりであり,これからに成果を期待するが,「障害のある人の仕事おこしと協同労働」をテーマに,福祉関係者の連帯をいっそう強めていければと思う.
そして,労働の実績を積み重ねる中で,障害をもつ人の存在感を示していき,行政をはじめとして,自治会や地域活動の担い手など,住民にも参加と協力を働きかけていければと考えている.(宗野 政美)
機関紙「やどかり」2007年6月号より
「チェコ少女合唱団《イトロ》ツアー・フォー・ピース2007『響き合って生きる』さいたま公演」報告
いのちの重み,平和への願いに響き合う
5月19日(土)埼玉会館大ホールにて,「チェコ少女合唱団《イトロ》ツアー・フォー・ピース2007『響き合って生きる』さいたま公演」が開催された.当日は1,000人にも及ぶ方々にご来場いただき,大成功のうちに幕を閉じることができた.準備に1年近くかけてきた今回のコンサートについて報告したい.
《イトロ》を通して平和を考える
《イトロ》は,前回の「夏の響き」コンサートでもご尽力いただいた中村雪武さんよりご紹介いただいた.《イトロ》の平和ツアーをマネジメントする日本交響楽協会のご協力を得て,さいたま公演を開催する運びとなった.
中村さんにも加わっていただき,昨年4月から実行委員会を開いた.実行委員会では,運営に関することのほか,チェコが無血革命を実現した国であること,私たちが障害者自立支援法に揺れる情勢のなかで今回のコンサートを開催する意味なども話し合った.中村さんと,チェコへの造詣も深い武智敏枝(やどかり相談所)のお話は実体験を伴い,戦争や平和といったことについてより学びを深めていくことができた.
チケット販売……1人1人が種を蒔き歩く
今年2月から広報,チケット販売が始まった.今回の企画はやどかりの里後援会とともに主催しており,チケット販売も手分けしてとりかかった.マスコミ等への広報の一方,会員を始め,日頃から関わりのある福祉や医療の関係者,バザーや署名活動でご協力いただいた方々等にお声かけした.
しかし,当日1か月前に迫りながら,まだ全席の半数ほどで,このままでは収益が望めないかもしれない,という状況に,「昔の手帳,携帯のアドレス帳,年賀状リストを再確認し,お願いの電話をかけました」「市会議員(改選前)には全員お手紙作戦」(やどかりの里HPチケット販売BBSより)……と各々がぎりぎりまで手を尽した.また,中村さんや後援会会長の山崎光夫さんから担当数分を完売した,との報が入り,さらに士気を高めた.
こうした動きは,単にチケットを売るだけではなく,今回のコンサートだけにとどまることのない,これからのやどかりの里の活動に通じるものではないだろうか.テーマ性が高いコンサートは集客に難しい側面もあるが,相手方と思いも共有できる.《イトロ》の合唱のレベルの高さも後押しし,幅広い層に呼びかけることができたのではないかと思う.
会場に響く,《イトロ》の歌声
当日はあいにくの天気だったが,各地から,関係者,業者の方,行政の方,議員さん……当日中村さんが紹介された朝日新聞を見て,という方もいらした.予定を30分繰り上げ午後3時半に開場.1,000人を越す見込みのお客様を迎え入れる不安があったが,浜砂会のお母さんたち始め運営ボランティアにより無事に開演を迎えることができた.
《イトロ》の少女たちの澄み切った歌声が会場内を包んだ.なかでも,日本の被爆体験をベースにした「生ましめんかな」「虹よ永遠に」は圧巻だった.意味を深く理解した上,日本語で歌われ,自らのいのちを投げ打って赤子を取り上げる産婆の姿,被爆直後に「オカアチャーン」と叫びながら次々に倒れていく子らの姿が迫った.戦争により,いのちを奪われてゆく理不尽さがこみあげ涙を誘った.改めて平和であることの尊さが胸に響いた.
3回目のアンコール曲を終えても割れんばかりの拍手が鳴り響いた.会場を後にする方々からは,「素晴らしかった」「感動した」といったお言葉をいただき,コンサートを開催して本当によかった,と思えた.
人と人が響きあい,平和を築く
終演後に《イトロ》の少女たちとささやかながら交流会を開いた.参加した堀澄清さんから「アンコールで,日本語で『ほたる』の曲を歌ってくださったが,チェコでも『ほたる』にあたる曲がありますか」とのリクエストに「橋の上のほたる」という曲を披露いただいた.この日は指揮者イジー・スコパル氏の奥様の誕生日でもあり,少女たちがサプライズプレゼントを用意するなど,《イトロ》のアットホームな一面にも触れることができた.
翌日,氷川神社周辺を《イトロ》の方々と散策した.途中,少女たちが,新緑鮮やかな大宮公園敷地内の弓道場前で立ち止まり,「友情は黄金の扉」を日本語で歌ってくださった.別れの前のプレゼントに心温まる思いがした.
「国境を越えて世代を超えて愛と平和を,それが我々の願いです」と中村さんが記帳に記されていた.人が生きるうえで本当に大切なことに響き合い,手を携え合っていけるのではないか,そうしたことも学ぶことができたコンサートだったのではないかと思う.
最後に,ご来場いただきました皆様始め,ご協力くださった皆様に心より感謝したい.そして,《イトロ》のみなさん,中村さん,日本交響楽協会の中村聡武さん,とても多くの「学びと感動」を私たちに与えてくださり本当にありがとうございました. (香野 恵美子)
機関紙「やどかり」2007年6月号より
第3木曜回
議論を重ね活動理念と使命を描き出す
ビジョン検討委員会がスタート
ビジョン検討委員会
2009年8月に創立40周年を迎えるにあたり,やどかりの里の活動理念と具体的な取り組み課題を明確にするため,今年度ビジョン検討委員会を立ち上げる(機関紙4月号参照).そこで,第3木曜会をビジョン検討委員会の議論の場として活用していく.
ビジョン検討委員会では大きく3期に分けて議論を進めていく.第1期は,やどかりの里の活動理念と使命を明確にしていく.第2期では,第1期で整理した活動理念と使命を基に,私たちがどのようなやどかりの里を創っていくのか議論を重ね,組織としての全体像を描いていく.第3期は,やどかりの里の具体的な取り組み課題を抽出し,その実現に向けた計画と財政基盤づくりについて議論を重ねる.
今回は第1期の目的に基づき,参加者38名が5グループに分かれ,参加者それぞれのやどかりの里での経験を通した思いや意見を出し合った.グループ討議の後,各グループの報告を行った.報告された主な内容は以下の通りである.
「やどかりの里に辿り着くまでは孤独を感じていた.やどかりの里で仲間と出会い,受け止められる体験をした.仲間と意見をぶつけ合える関係が,活動の原動力になっている」
「やどかりの里は1人1人が大切にされ,互いに支え合える場だと感じる.活動する中で,自分のことだけではなく,他にも苦しんでいる人の支えになりたいと感じるようになった」
「ひきこもり等,資源に辿り着けない潜在的なニーズもある.そのようなニーズに対し,やどかりの里の活動から,つながりを作っていきたい」
「安心できる環境の中で,自分の意見を受け止めてもらえる.同時に,自分が何をしたいのかといった主体性が問われる場でもある」
「自分の考えを問われることは,自分を大切にしてくれているからだと感じる.自分らしさを獲得し,自ら選択できる力をつけていくことが大切である」
次回の第3木曜会では,今回参加者から出された意見を整理し,更に議論を深めていく.
やどかりの里大バザー
2007年やどかりの里大バザーは,10月7日に開催予定.実行委員長は鈴木裕貴(大宮中部活動支援センター)とし,事務局を東田全央(浦和活動支援センター)と共に担う.今年度の大バザーでは,地域に根ざした行事として,地域の方々との交流の場となるよう意識して取り組む.合わせて,インターネットの掲示板を開設する等,やどかりの里内部だけでなく,外部の協力者との情報共有も行っていく.
やどかりの里コンサート
実行委員会より,現在のチケットの売れ行き状況が報告された.残り1か月となり,身近な人に声をかける等,当日へ向け,各自チケット販売に努めていく. (渡邉 寛之)
機関紙「やどかり」2007年5月号より
書 評
バランスよく,前向きに将来を捉える
堀さんの人生に学ぶ
間宮 郁子(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所 流動研究員)
70歳を目前にして今,新たな一歩を
精神障害者であることは変わりないが
2007年3月発行 A5版 98頁 定価945円(うち消費税等45円)
ISBN978-4-946498-92-3
このたび『70歳を目前にして今,新たな一歩を』を出版されましたこと,おめでとうございます.本書の書評のお話が来てから試行錯誤を重ねましたが,若年の私には難しく,感想を寄せることで代わりとさせていただきたいと思います.
おそらく堀さんと初めてお会いしたのは,2002年に行われていた「茶の間学習班」の活動だったと思います.それ以来,たびたび堀さんとはお話をさせていただいています.
今回出版されたブックレットは,3つの章に分けて紹介されています.お体の弱かった子供時代,大変待遇良い精神病院と劣悪と思われる精神病院の双方で入院されたこと,医療に頼らず1日に2時間くらい働きながら生活なさってきたこと,人生の節目に生きてきた証を残そうと山口へ出かけられたこと,その帰路,大阪の山の中で生活されていたことと,実に様々なご経験が描かれています.
ご自分の人生を紹介される本というと,よく時間の流れに沿ってエピソードを盛り込む物語を思い浮かべることが多いのですが,このブックレットでは,堀さんはエピソードどうしのつながりを中心に物語を構成されていました.それが,この本の読後感をとても味わい深くしているように思います.たとえば「世の中に対して何もできない自分」に関わるエピソードがいくらか取り上げられています.生け花の見え方,周囲の人々とのやりとり,山口の全国集会への参加などですが,どのページを読んでも,堀さんの生きることに対する誠実な姿勢が伝わってきました.そして細やかな出来事も煩わしい出来事も,できる時間には少しずつ考え続けてこられたことがわかりました.一見マイナスに思われるような体験がご自分の人生に対して意味を持ちえるようになられたのは,このように問題を捨て去らずに自分なりに考えを重ねてこられた結果なのではないかと想像しております.
私がもっとも感銘を受けたのは,堀さんがご自分の病気や生活とともに,世の中や周りの人々に関心を向けられ,両者を断ち切らずにいらっしゃることでした.おそらく体の不具合や周囲の方々に対する葛藤もあったのではと想像するのですが,そうした内面的な経験だけでなく,ひとりの社会人として生きてこられた側面も描かれているのです.このような視点は,医療偏重や医療反対の態度に偏らずに,バランスよく,前向きに将来を捉える態度に通じるように思われました.そして障害や病気を持たれた方々とともに暮していく際,とても重要な課題になるだろうと感じています.
本文では「やどかりの里」を利用して堀さんが感じたよさも含まれています.かつての精神医療の問題にも触れられていますし,精神障害を抱える方々の暮らしや支援に関わる方々の発想にいろいろなヒントを与えてくれる一冊になることでしょう.このブックレットが多くの方々の手を伝い,様々な場面で活躍することを願っております.
機関紙「やどかり」2007年5月号より
家族からのメッセージ 第1回
障害のある人もその家族も自分らしく生きる
〜気持ちをわかり合える場に出会って〜
今号より,『家族からのメッセージ』と題して新連載を始める.これは,機関紙400号を迎えるにあたってのアンケートを行った際,家族の声を聞きたいという意見が寄せられたことをきっかけに企画したものだ.また,2006年にやどかりの里で取り組んだ家族の状態調査(機関紙395号参照)で,家族の壮絶な人生に触れ,家族支援の課題が浮き彫りになったことも原動力となっている.この記事を通して,やどかりの里のメンバーや家族,法人会員や関係機関の方々など,機関紙を手にする方たちに向けて,家族が日頃抱えている様々な思いや願い,活動の様子などを伝えていきたい.そして,改めて,家族の思いや願いに思いを馳せていただいたり,家族の方にとっては,次なる一歩へのエネルギーを生み出す力につながっていけばと思う.
このシリーズでは,担当者がご家族にインタビューを行い,生の声を伝えていく.聞き手の力量も問われる作業となるが,担当者自身,1人1人の家族のお話から学ばせていただきながら,取り組んでいきたい.
第1回目に快く引き受けて下さったのは,平野和子さんである.平野さんは,娘さんが2004年にやどかりの里のメンバーとなり,活動を広げていく中,ご自身もやどかりの里の家族会「浜砂会」に入り,活動を始められた方である.
「今が一番いい」
平野さんには,ご主人と2人の娘さんがいる.現在,長女はやどかりの里を活用しながら一人暮らしを続けている.何でも話せる仲になっているという.
次女は昨年,結婚,出産をしたとのこと.「今が一番いい」と目を細めて話された.
ここまでの道のり
「今が一番いい」と言えるまで,平野さんがどのように歩んできたのか,うかがった.
平野さんは,埼玉県に生まれ育つ.中学2年生の時に母親が精神疾患を発病し,入退院を繰り返していた.高校の時,入院している母親に会いに行くためには,精神病院前の停留所で降りなければならず,抵抗があった.しかし,「母親にも会いたいし,別に悪いことをしているわけではない」という一心で,開き直ったという.ご自身のことを,「隠しごとができる性格ではない」と語る.
その後,結婚,夫とその両親,弟さんとで営んでいた商売を手伝った.結婚をしてから,夫が精神の病気を患っていることを知り,妊娠中に実母が自殺したのである.出産は順調だったが,義理の両親が倒れて,その看病や介護と家業で手一杯で,長女の面倒が充分には見られなかったと悔やむ.取り巻く環境が不安定な中,長女が14歳で発病.主治医の方針で約2年間自宅で療養する.病気に関して何もわからず,どうしたらいいのかわからなくて,この時期が一番大変であった.それからしばらくの間,長女は入退院を繰り返すが,徐々に安定し,やどかりの里の作業所などにも通うようになる.人の話を聞けるようになったり,少しずつ様々なことを自分で選択し,歩むようになっていった.やどかりの里との関わりで変わっていく娘を見て,今は距離を置くのが一番とわかった.昔は心配して常に本人と行動を共にしていたが,思い切って長女が一人暮らしへの移行を試みることを認める.調子の波はあるが,調子が悪い時には,嵐が過ぎるのを待つしかないのだ,と語る.
浜砂会との出会い
平野さんが浜砂会に入るきっかけとなったのは,次女の結婚であった.自分自身の経験も踏まえ,次女の夫となる人に,家族の病気のことなどをオープンにしていいものかどうかを浜砂会で相談をしたかったのだ.
平野さんにとっての浜砂会は,居心地のいい場所である.お茶を飲みながらの世間話や,家族の具合が悪かった時の出来事などを話す中で,症状の話などが共通していたり,わかり合える感じがとても安心できると語る.これまでも話を聞いてくれる人はいたが,気持ちをわかり合えるのは浜砂会の人たちであるという.
今後に向けて
平野さんから次のようなメッセージをいただいた.「私のように,わかり合いたいと思っている人はたくさんいると思う.しかし,病気を抱える家族が落ち着かないと外に出て来ることもできなかった.私も,娘が自分で歩き始めて,初めて浜砂会などに行けるようになった.浜砂会に出て来られるようになれば,相談をすることで,自分の気持ちが楽になる.ぜひご家族には気軽に来てほしい.また,浜砂会が,苦しんでいる人がたどり着ける場所になればいいと思う.
1人で抱え込まないのが一番.適切なアドバイスができるかどうかはわからないが,自分だけではないのだと楽になって欲しい.この病気との関わりは長い,この経験を活かせればいいと思っている」
一方,障害者自立支援法へと変わって,福祉に従事する職員が減ってしまうのではないかと心配をされていた.将来,親族に負担をかけられないので,本人を支える地域資源は大事であると語る.
今回,お話を聞かせていただいて,平野さんが担ってきたものの重さを感じた.「(障害者であることは)別に悪いことをしているわけではないから」という平野さんの思いが随所で感じられ,平野さんにとって,新たな活動へと踏み出す時の支えとなっているように思えた.一方で,敢えてそう意識をしないと一歩が踏み出しにくい社会であるのだろう.国際的には,障害のある人の権利条約の中で「障害」は社会の側に存在し,環境を整えて障害のある人を支えていくという考え方であるのに対し,日本の障害者自立支援法では,障害があることを自己責任とするようなおかしさがある.こうしたおかしさを「おかしい」と共有できる交流や学習を重ね,障害のある人もその家族も自分たちの権利を守っていける活動を共に進めていきたい.(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2007年5月号より
ベルギー報告4
ベルギーにもあった差別と偏見
黒川 常治
(全国精神障害者団体連合会 理事・37歳)
ブリュッセルの空港から,ホテルに到着するまでの間,この国の第一印象は,「車が多いし,スピードを飛ばしている.縦列駐車も,車間が数センチ.どうやって出すのだ?交通事故は多くないのか?」と意外な感じであった.長い旅路の始まりは,「早くゆっくり眠りたい」という感じだった.今回の研修団では障がい当事者は私だけで,皆さんスタッフの方だった.当事者にとっては,過酷なスケジュールだった.
そんな中,自分が一番訪ねたかった精神障がい者の働く施設「ノス・プリフ農場」のことに触れたい.精神・知的障がい者で運営する農場兼レストランだ.
まずは,2頭の馬が,お出迎えしてくれた.堆肥のにおいが印象的で,農場や,鹿や鳥篭,広い敷地を回った.馬を管理する人,パンを焼く人,植物を育てる人,売る人,軽作業をしている人,レストランで働く人,たくさんの仲間が働いていた.みなさん,僕たちを笑顔で迎えてくれた.自分や以前通っていた作業所施設のメンバーたちと同じ印象を受けた.国は違うが,心の病を持った人同士には通ずるものがあるのかなぁと感じた.
ここでは,動物農場を一般開放しているだけではなく,担当の障がい者が先生となって,見学に来た学校の生徒に動物のことを説明している.こどもにとっては,動物の知識に加えて「障がい者」への理解にもつながっているという.動物や植物を見に来た人がレストランで食事をして帰る等,地域交流の場にもなっているそうだ.
そんな,障がい者のあらゆる利便性から観て,障がい者自身が公共の施設の使いやすさの評価をしている組織があった.それは,非営利団体ギャマだ.会長のバンソン・スナック氏は,車いすを使用している身体障がい者だ.ベルギーでは,交通事故で若者が障がい者になるケースが多いらしい.スナック氏もそんなひとりだ.冒頭で述べた,交通事情はここに関連する.
ギャマでは,障がい者が自立して生活できるように,利便性を0〜9点までの評価点をつけマップにする活動をしている.歴史的建造物は難しいが,これから新たに作られる建物や,道,駅などには,500項目のチェックリストを用いて評価し,インターネット上で公開していくと言う.美しい伝統的施設も魅力だが,障がい者にも対応してくれると,より暮らしやすい街になるのだろう.
今回のベルギーへの派遣を通して,まず気づかされたのが,障がい者や家族の「声」を,政府が聴く「耳」を持っているところだ.
一方で残念な情報も聞いた.ベルギーでアンケートをとったところ「隣に引っ越してきて欲しくない人」No.1は,「障がい者」だそうだ.やはり,ここにも差別と偏見はあるのか.もし,この質問を日本で行ったら,果たして「障がい者」となるだろうか……しかし,日本に帰国後気づいた.日本ではまだ「障がい者」が社会の表に出てきてないのだ.ベルギーでは,善くも悪くも,社会に参加している.だから,こういうアンケートの結果が出たのだなあと.
ベルギーでの研修を通して,当事者としてのこれからの取り組みについて大きなヒントを得た.日本の障がい者は今まで,想いを表に出すことはできなかった.不安も差別もあった.しかし,「語れるもの」はいくつもある.もっと,「どんな不安があるのか」「何の,どんな助けが必要か」「どういう差別を受けてきたのか」を言葉にし,叫んでいいのだと.叫び続けること,社会に認知してもらうことで,障がい者自身が障がい者の暮らしを変えることができるのだと.今後もこの経験を活かして私自身も含む障がい者の生活の質の向上のため,邁進していきたいと思う.
機関紙「やどかり」2007年5月号より
ベルギー報告3
地域社会における
重度障害者の自立支援を考える
「自己決定」可能な環境整備
棟久 昌恵
(済生会山口地域ケアセンター やまぐち障害者生活支援センター 相談員)
昨年10月〜11月にかけて,内閣府の行う国際交流事業の平成18年度青年社会活動コアリーダー育成プログラム,障害者関連分野の派遣団に地方からのメンバーとして参加し,ベルギーを訪れた.
私は,山口県にある身体障害者療護施設に相談員として勤務し,施設入所者や地域の障害者の相談支援に携わっている.職場では重度身体障害者や重複障害者と関わることが多く,日頃から今後の支援に多くの課題があると考えている.そこで,私は,「重度障害者の地域生活や自立支援」を研修課題としてベルギーでの研修に臨んだ.ここでは,その課題に関連して,最も印象に残っている訪問先の取組みをもとに,私の学びを報告したい.
その訪問先は,障害者統合センターEIGEN THUISという身体障害者の入所施設である.そこは,精神(知的)障害をもたず自分で他者に助けを求めることができる身体障害者,30名が生活していた.そこには,次の3つの理念があった.第一に「自宅にいるのと同じように,障害者の意向に沿ったケアを行う」,第二に「入所者は,全体会議や委員会に参加する」,第三に「施設で働く全スタッフが介護に参加する」というものである.
入所者に感想を求めると「自由に生活できるところがいい」という答えが多く返ってきた.第一の理念に基づき,自宅にヘルパーを呼ぶのと同じような感覚で,起床・就寝時間や外出など個々の生活スタイルを大切にした個別支援があることが,入所者にそう言わしめているようだった.また,そうした個別支援は,各居室の改装等の施設ハード面や車椅子等の補装具でも徹底されていた.個々の自立生活に必要な整備には,障害者の負担は殆どなく政府からの補助があるとのことだった.ベルギーでは基本的に,障害者が自立生活を送るのに必要な収入や整備・物品などが政府から支給されており,そういった面の保障は充実していることが印象的だった.
「自由」という権利があれば,責任や義務も伴うが,この施設では第二の理念に基づき,施設内の生活の自治や施設運営に入所者が直接関わっていることも大きな特徴だった.職員採用にも入所者の代表が関わっており,入所者主体の施設運営がなされていた.生活において多くのことに他者の介助が必要な重度障害者にとって,自立とは何かを考えたとき,「自己決定」には大きな意味がある.障害者自身が共同生活を送るなかで自分たちの生活を決めていく環境があり,自己決定できることが,そこに生活する者を大切にし,生活を豊かにしているように感じた.
また,この施設では,「障害者の社会参加」も大きな目標としており,地域住民への施設の開放や障害者の移動支援サービス,地域のアクセシビリティー等の調査提言を行う社会活動なども行っていた.地域社会における重度障害者の自立を考えるとき,「自己決定」が第一歩であれば,そのためには選択肢が必要で,情報をもち社会を知ることが重要だ.障害者が社会に出て,その一員として自身の生活力を高め,且つ,周囲に認められ障害者が住みやすい環境を作ることも必要であろう.それこそが「障害者の社会参加」である.ベルギーの活動に触れ,一貫していたのは,「障害者の社会参加」ということだった.
日本とベルギーでは,制度上の違いは大きいが,取組みの実際や考え方に触れ,私自身,刺激を受け,同時に多くのヒントをもらった.それらのことを今後の活動に少しでも活かしていければと考えている.
機関紙「やどかり」2007年4月号より
事務局
1.総務
すべての活動の運営主体として,変化していく制度改革に対応しつつ,社団法人の組織を更に充実させ,支持者の輪を広げていく.
1)社団法人の事務局として
・ 公益法人制度改革が進められる中,移行に必要となる要件に照らし合わせ,順次整備を進めていく.
・ 定款の変更を行う.
・ 機関紙編集委員会の中で,更に読みやすい機関紙の企画を模索する.
2)労務管理
・ 従来の精神障害者社会復帰施設等の運営と新規事業の立上げに必要な職員を確保すること.そして職員,メンバーが共に学習し,育ち合い,活動や事業に生き生きと参画できる職場を目指していく.
・ 定年延長を協議し,就業規則の改定を行う.
2.財務
健全な財政基盤づくりとその運用を目指し,以下に取り組んでいく.
1)新会計基準の運用
4月から公益法人新会計基準による会計処理を行う.2007年度はこの会計処理に慣れ,適正な運用ができるよう努める.
2)運営費・活動費の問題について
従来の運営費,支援費の適正な収支はもとより,自立支援法に関連する追加の補助金や,民間助成金など情報収集を行い,やどかりの里がその対象となるか検討し,活動資金を獲得していく.
ビジョン検討委員会
2009年8月,やどかりの里は創立40周年を迎える.障害者自立支援法が施行され,障害のある人の暮らし,福祉施設を取り巻く環境が目まぐるしく変化する中,組織としての活動理念と使命,目指すべき方向を描き出すことが,この厳しい時期を乗り越え,40周年を迎える上で重要である.
そこで今年度,やどかりの里の活動理念と具体的な取り組み課題を明確にするため,ビジョン検討委員会を立ち上げ,職員,メンバー,家族で定期的に議論を積み重ねていく機会をつくる.検討委員会は,大きく3期に分けて議論を進めていく.
まず,第1期は,やどかりの里の活動理念の明確化と使命の明確化を行い,組織の全体像を描き出す.組織活動の中で活動理念は基本的な考えとして位置づいているが,そうした暗黙の理念を言語化し,共有化することが目的となる.具体的な方法としては,人づくりセミナーを通して整理してきた活動理念ややどかりの里が大切にしてきた価値を素材にし,議論を重ねる中で,理念と使命の明確化と共有化を図る.
第2期は,第1期で整理した活動理念と使命に基づき,組織としての全体像を描き出すことを目的に,私たちがどのようなやどかりの里を創っていくのか,議論を重ね,全体像を描いていく.障害のある人が自分らしく生き,暮らし,働くことを実現していくために,組織としてどのようなビジョンを描くのかが重要である.
第3期は,第1期,2期を通して明らかになった組織としての活動理念と全体像に基づき,当面2〜3年のやどかりの里の具体的な取り組み課題を抽出し,その実現のための計画と財政基盤づくりについて議論を重ねる.
ビジョン検討委員会での議論を経て,今まで培ってきたやどかりの里の価値を基本に据え,地域活動を進めていくための揺るぎない組織基盤をつくることが目的である.
相談支援・生活支援活動
生活支援センターは,昨年10月より障害者自立支援法の施行により事業移行し,相談支援事業と地域活動支援センターを運営することとなった.
「生活支援」とは,自分らしく生活を送るために必要な支援であり,1人1人にあった多様な支援や活動を創りだしていくことが「生活支援活動」である.しかし,障害者自立支援法では1つ1つの支援が切り離され,サービスとして事業化された.その結果,障害者自立支援法の矛盾や不備が具体的に見え始めてきている.
今年度は,障害者自立支援法の問題点をきちんと捉えながら,相談支援・生活支援活動の役割と機能を整理し,本来あるべき相談支援態勢の構築と,生活支援活動の確立を目指した取り組みを行う.
1.障害者生活支援センター
各区の相談窓口としての機能を果たすために,・ 各区の支援課,関係機関とのサービス調整会議を通じて,地域のニーズを把握し,地域の課題として取り組む態勢を整えていくこと,・ 市内障害者生活支援センター共通のアセスメントシートを活用しながら,ケアマネジメントの力量形成と質の向上をはかっていくこと,を重点課題として取り組んでいく.また,相談支援からみえてくるニーズを整理し,必要な資源開拓やサービスの開発につなげていくことも,生活支援センターの重要な役割として位置付け,取り組んでいく.登録者への継続相談については,やどかり相談所とも連携しながら,対応していく.
2.地域活動支援センター
憩いの場の機能を活かしつつ,利用する人にとって必要とされている活動は何か,1人1人にとってどのような場が求められているのか,といったことを丁寧に聞き取りながら,地域特性や利用者のニーズにそった活動づくりを行っていく.また,各地域活動支援センターで開催されるミーティングなどを活用して,法の動向や様々な情報を共有すること,学習をすることを大切に取り組んでいく.
3.退院促進プロジェクト
退院促進プロジェクトの取り組みは,さいたま市保健所の実施する退院支援事業とも連動しており,月1回の会議を重ねながら,市内の社会的入院の解消を目指した取り組みを行っていく.また,退院支援事業では,援護寮に退院する人が多く,援護寮から地域生活に移行するための支援も重要になってくる.そこで,今年度のプロジェクトでは,これまで取り組んできた「退院したいと思える支援」を継続しながら,「地域生活に移行するための支援」についても検討していく.
4.自立生活支援プロジェクト
昨年度より,回復を支援するグループ活動「青空の会」,仲間づくりを大切にしたグループ活動「とまり木」,新たな日中活動の場として40歳以上の人を対象にした「ゆりの会」などの取り組みが試行的に開始された.それぞれに成果をあげ,参加者も定着してきている.今年度は,各グループ活動の担当者でプロジェクトを進めていき,自立生活とは何か,そのために必要とされる活動は何かを検討しながら,新たな事業化に向けた可能性を具体的に探っていく.
居住支援活動
援護寮,グループホーム,ショートステイといった居住にまつわる支援を居住支援活動と位置づけ,やどかりの里がこれまで行ってきた支援だけでは対応できない課題に取り組むことも求められてくる.これに関しては,新たに居宅介護事業準備委員会を組織し,事業の立ち上げを検討していく.
さいたま市内で住まいの場と支援を提供する数少ない法人としての役割を意識しつつ,関係機関とも連携しながら,市内に生活する精神障害のある人にどのような居住支援の必要性があるのか明らかにし,取り組みを行う.
1.援護寮
従来行ってきた以下の機能を果たしていく.・ 体験宿泊,・ 1人暮らしへの移行のための利用,・ 休息利用,・ 緊急対応,である.特に,昨年度から始まったさいたま市の退院支援事業で援護寮を足がかりに退院する人が多く,援護寮に求められる役割は大きい.今年度も引き続き,事業を活用して援護寮を利用する人の受け入れを行っていき,退院支援事業の一環として行われる退院支援連絡会議やケア会議などにも積極的に参加する.
援護寮利用者の中には,多様な健康課題を抱えた人たちも増えてきており,それぞれの健康課題に応じた対応が求められるようになってきた.また,援護寮から地域生活に移行していくための支援として,市内の関係機関との連携を強めていくことも課題である.
2.グループホーム
グループホームは昨年度10月から居宅介護事業と居宅援助事業に移行した.新制度の中でも支援が変わらず提供できるよう,世話人の態勢や支援のあり方なども見直してきた.現在利用している人たちが,安定して暮らしていけるよう引き続き支援を行う.利用者の高齢化に伴い,身体的な健康課題や,体力の低下で外出の機会が減り社会とのつながりが薄れるなどの課題も見えてきた.1人1人の状態に合わせた対応が求められる.また,新たな利用希望があれば受け入れていく.
3.ショートステイ
ショートステイは,障害者自立支援法に伴い,家族同居の人だけでなく,1人暮らしの方でも利用できるようになった.活用できる幅が広がったと言える.まずは、多くの人たちにこうした情報を伝えていく必要がある.さいたま市内でショートステイの必要な人が潜在的に多くいると考えられるので,そういった人たちが利用できるようにしていく.
4.居宅介護事業準備委員会
単身で生活しているメンバーの中には,高齢化に伴って身体介助や家事援助,移動支援などの支援が必要になってきている人も多い.こうした必要性に応えるために,新しく障害者自立支援法による居宅介護事業の立ち上げを準備する委員会を立ち上げる.今年度中には事業を開始できるよう準備していく.
また,社会的入院の人が退院し,地域生活を送るうえで,具体的な家事援助を通した見守りなどの支援は今後ますます必要になってくると考えられる.中には入院期間の長期化により,高齢になって退院する人も多い.こうした人たちに対しても支援が提供できるように検討していく.
労働支援活動
やどかりの里は精神障害のある人たちの働く場を現在9か所運営している.見沼区には小規模作業所のドリームカンパニー(リサイクルショップ),なす花(手づくり品の工房),通所授産施設食事サービスセンターエンジュ(高齢者へのお弁当の宅配),福祉工場やどかり情報館(印刷・出版・研究事業),法人が独自に運営する人材派遣のワーク社がある.大宮区には小規模作業所あゆみ舎(内職作業),喫茶ルポーズ,手づくり品のお店「You遊」,中央区に小規模授産施設食事サービスセンターまごころ(お弁当事業)がある.また,昨年度新たに立ち上げた労働支援開発プロジェクトは,労働支援プロジェクトと名称を改め,情報館の2階で活動を行う.
「働くこと」を中心にした活動の総称を労働支援活動とする.障害者自立支援法対策本部の労働支援ワーキンググループは昨年度で終了し,今年度は労働支援連絡会議と改め,各事業所の職員が集まり,月1回程度開催していく.1人1人への個別支援と連動して各事業所での支援を充実させていく労働支援態勢の構築に向けて取り組んでいく.今年度労働支援活動全体で取り組むことは以下の3つである.
1.情報共有,学習
障害者自立支援法の動向,埼玉県,さいたま市の施策の方向性などについて情報を収集し,共有していく.また,障害のある人への労働支援に関することなどの情報の共有や学習,先行事例について研修し,職員や事業所でともに働くメンバーの力量形成をはかる.
2.事業移行を視野に入れた事業展開についての検討
各事業所の使命を再確認し,財政課題も含め,障害のある人の働きたいという願いや人生設計の中での労働のあり方を障害のある人と職員が共有する.その上で新事業移行のあり方や時期を具体的に検討していく.単に障害者自立支援法に対応するための事業再編ではなく,これまでやどかりの里が大切にしてきた健康を守って働くための環境づくりの視点を踏まえ,地域に必要とされる事業展開を視野に入れながら検討を進めていく.地域の他の機関や行政との連携なども積極的に進めていく.
そして,これまでの活動の蓄積を土台にしながら,創造的な事業展開を考える研究的な取組みを始める.
3.労働支援態勢の構築に向けた検討
労働支援プロジェクトでは,精神障害のある人が自分らしい働き方を見出し,その実現に向けた支援を障害のある人に伴走しながら行っていく.昨年度試行的に行った労働支援開発プロジェクトをこの1年間で本格的に事業化できるように準備を進める.労働行政との連携,さいたま市で新たに活動を開始した就労支援センターとも情報交換などを重ねながら,さいたま市における精神障害のある人の労働支援のシステムについて提言していく.
年度後半には,労働支援プロジェクトの機能をさいたま市内にも広報し,「働きたい」と思いつつも納得できる働き方を見出せずにいる人たちへの支援を行う.
セルフヘルプネットワーク
1.浜砂会
今年度から浜砂会の家族研修会は,第4木曜から第4土曜に変更となる.また,今年度前半の定例会・家族研修会は,家族勉強会を4回に分けて,「やどかりの里・家族」状態調査のまとめから行う.さらに,やどかりの里内の施設見学も6月に予定している.多くの人が参加することを期待している.
2.日米精神障害当事者交流プロジェクト
今年度も,昨年度同様,米国カリフォルニア州の精神障害当事者組織プロジェクト・リターン:ザ・ネクスト・ステップ(以下,PR:TNS)との当事者交流プログラムを行う予定である.日本のメンバーの米国への派遣事業(5〜7月頃)とPR:TNSのメンバーの受け入れ(10〜11月頃)について,プロジェクトで検討していく.これまでの取り組みで築いてきた,市内をはじめとする関係協力者とのつながりを大切に保ちつつ開催していく.
人材養成事業
1. やどかり塾
情勢が激しく変化する中で,障害福祉分野で活動する人材養成については,より重要性が増している現状である.障害者自立支援法が施行され,障害者施設で働く職員の労働環境も厳しくなっている.先行きの不透明さも増す中で,これまでの実践を振り返り,今後の活動の方向性を導き出す必要性に迫られている人たちに対し,やどかり塾の役割が求められています.やどかり塾では,専従の職員を配置することが難しく,各部署で働く職員が必要に応じて講師としての役割を担うこととなります.事務局はやどかり情報館に依頼し,適宜必要な事業を実施する.
特別委員会
1. バザー実行委員会
やどかりの里の活動を継続し,地域に必要な資源を開拓していくための自主財源づくりとして,今年度もバザーを開催する.それとともに,地域に根付いた行事として,ボランティアや地域の方々とのつながりを深める場としたい.
今年度は10月7日(日)開催予定である.法人会員の方々をはじめ,ボランティアや地域の方々など,多くの皆様からのご協力を心よりお願いしたい.
2. コンサート実行委員会
今年度5月19日に埼玉会館大ホールでチェコ少女合唱団「イトロ」をお招きし「イトロ・ツアー・フォー・ピース2007『響き合って生きる』さいたま公演」を開催する.
今回のコンサートは,障害者自立支援法施行による影響や私たちのおかれている状況を伝え,改めて,いのちを重んじる社会であることの尊さを多くの方々と共有したいと企画した.そして,やどかりの里の活動を伝え,また,財政基盤づくりを行っていくことも大きな目的である.支えあいの輪を広げていけるよう取り組んでいきたい.
機関紙「やどかり」2007年4月号より
|