-TOPICS-

2006年度


改めて家族のかかわりについて考える
〜それぞれの経験や思いを重ね合わせて

 浜砂会と生活支援センターとで共催する家族研修会が,1月25日(木)に,やどかりの里会館ホールにて開催された.この研修会では「改めて家族のかかわりについて考える」というテーマで,さいたま市内にある精神科医療機関(イサオクリニック),ソーシャルワーカーの児玉照彰氏を招いてお話を伺った.日々のかかわりの中で葛藤を抱えているご家族も多く,その思いを共有し,考える機会にしたいという思いから,今回の研修が企画された.当日は,24名の家族とメンバー,職員が参加した.

 児玉氏は,ご自身の親族の介護に携わり,家族の立場になった時の経験に触れ,改めて家族のかかわりについて考える時間にしたいと話を始められた.

 病気を抱える本人が,再発をしないで,いかに緩やかに回復をしていけるかという視点に基づいて,その中で,家族が「覚悟」「方向性」「役割」「意味」をどのように持ってかかわるか,ということを考えていく講義であった.その中では,精神障害者に対する本人や家族の持つ誤解をはじめ,精神医療の現状,統合失調症の症状や発症からの経過,クリニックデイケアでの取り組み,統合失調症による障害と生活のしづらさなどの説明がされた.更に,家族の持つ特性を踏まえてのかかわりや,工夫の仕方,ゆとりを持つ必要性,などについても話された.

 これらの講義の後,質疑応答の時間で,参加者から思い思いに発言があった.昔から児玉氏を知る方は「児玉さんに聞いてみたかった」と,日頃抱えている悩みを投げかけた.病を抱える家族2人を支えているその方は,やってくれるのが当たり前だと思っている弟に,いつも悔しい思いがするという.児玉氏は「2人のことを分けて考えるために,専門家など,誰かの手を借りることが必要である」と伝えた.あわせて「家族にも人生があり,双方が楽しく,エネルギーを得られるようなかかわりが大切.家族がもっと自分自身の暮らしを大切にしていくことで,かかわりにも余裕が持てるだろう」と伝えた.これを受けて,あるご家族は「最近自分を大切にしないといけないと思うようになって,自分にご褒美と声に出しながら欲しい物を買う.そのようなゆとりを持つことが自分にとってとても大切なことで,かかわり方も変わってきた」と語った.一方で「去年は3か月が10年くらいに感じることもあるほど大変だったが,今は良い方向に向かっている」と話す方,「どん底から上がると,とても幸せであると感じられる,今はそんな段階なのだと思う.安定してきてもしばらくすると問題が起きるが,社会参加をしろなどと親が強制しないようにしている.母として子がかわいそうという思いがある一方で,母と子は別の人格だと思おうとしている.将来的には自立して欲しい」とご自身の経験や思いを重ね合わせて語られる方もいた.今まさに葛藤の最中という方から,じっくりと見守っている方まで,それぞれの経験や思いを率直に出し合い,共有する時間となった.改めて,ご家族が抱えている様々な心配や苦しみ,葛藤の大きさ,重さを感じた.

 参加された方からは「家族が頑張り過ぎなくてもいいんだと学んだ」「自分の時間を作る,ゆとりを作ることが大切だと思った」「力強い味方ができた」「元気や勇気をもらった」などの感想がだされた.
 今回の家族研修会では,家族のかかわりを切り口に,お互いの経験や思いを重ね合わせた発言が多かったのも印象的であった.家族もメンバーも本当に自分らしい暮らしを描いていけるように,継続した学習と交流の機会を積み重ねていく事が大切であると感じた.

(鈴木 裕貴)

機関紙「やどかり」2007年3月号より


ベルギー報告2

自律を大切にした支援

<はじめに>
 私はかつて知的障害者の授産施設に7年間勤務していた経験があり,現在は退職して大学院生という立場で青年社会活動コアリーダー育成プログラムに参加した.
 働いていたときは,重度の知的障害の方や自閉症の方を中心に支援をしていたため,自分の意思を伝えることが難しい方が多く,一番身近にいる支援員の質により障害のある方の生活が左右されてしまうという現実を目の当たりにしてきた.そのため,大学院においても直接支援を行う人の専門性,質についての研究をしており,今回の研修においてもその部分に重点を置いてベルギーでの取り組みについて学んできたので,そのことを中心に報告させていただく.

<身体障害者入所施設での支援>
 Eigen Thuisという施設を見学した.ここでは,入居者とスタッフでグループを作って街の中で障害者が問題だと感じる点を調べる活動があり,とても面白い取り組みだと感じた.例えば,あのパン屋は入りにくいとか,こういう設備を作って欲しいなど,調べたことを市役所に言いに行くという活動を積極的に行っていた.また,スタッフは障害のある人に自律して欲しいと強く願っており,大切にしているからこそ,徹底して個人の障害に合わせて支援していた.例えば,部屋の内装や家具,ドアノブ,車椅子などに至るまでできるだけ1人でできるような工夫をしている.「何か手助けが必要なときに,支援者を呼ぶのではなくできるだけ1人でできるようにする.自律をして欲しい」との話が印象的だった.日本でも1人1人に合わせた支援を行うべく努力をしているが,やはり1人1人に合った車椅子を用意したいと思っても経済的な壁にぶつかったり,居室の工夫にしても必ずしもすべての施設に専門家がいるわけではないので,限界が生じている.

<重度心身障害児通所施設での支援>
 Perce-Neigeという施設の徹底したアセスメントに私は大変驚かされた.新規利用の場合,まずは4週間じっくりと子供の様子を観察することから始まる.医師,運動(理学)療法士,作業療法士,心理士などみんなが,観察したことについて意見を出し合い,それを集約してプログラムを作っていく.プログラム作成には家族の意向も反映し,プログラムは子供の変化に伴って変更をしていく.そして,1年に1度は見直しミーティングを実施し1年の成果を確認する.その際,日々の様子を撮ったビデオを観るとのことだった.これは,本人や家族のためでもありスタッフのためでもある.なぜなら,重度の障害のある子供のケアには,たくさんのエネルギーを必要とするため,自分たちのやってきたことを見返すことで,スタッフのやる気を引き上げることにもなるとのことだった.このような発想は日本ではあまりないのではないか,また,1人の子供のためにアセスメントに4週間も時間や人員を費やせる状況にはないのではないかと感じた.

<全体を通じて>
 ベルギーは,高税金・高福祉であり,所得保障や手当てなどの財政基盤は日本と比べものにならないくらい充実していた.また,支援する人の専門性についても,知的障害の方を支援するならば知的障害のことを,聴覚障害の方の支援をするならば聴覚障害のことを勉強した人でないと決して働くことはできない.そうでない人を雇っていると助成金が出ないなど土台となる部分がとてもしっかりしているように感じた.そして,制度面だけでなく,どこの施設に行っても1人1人の自律を願い,1人1人を大切にした支援が行われていると強く感じた.
 このプログラムには,招聘プログラムもあり,先日ベルギーから13名の方が日本にいらして交流する機会があった.今後は,このネットワークも活用しながらベルギーで学んだことを研究にも生かしていきたいと思う.

(中野 陽子 日本社会事業大学大学院 博士前期課程1年)


機関紙「やどかり」2007年3月号より


ゆるやかな雰囲気の中で,
仲間とのかかわりやつながりを感じ、学びあう場
〜とまり木の会活動報告〜

<グループ活動の背景と目的> 
 浦和生活支援センターの登録者64名(2月1日現在)のうち,半数以上は家族同居の人であり,自宅と医療機関以外に行き場のない人が多い.そのため,訪問等により1人1人の暮らしの状態を把握するように努めてきた.その中で,「人と交流したい」「外に出られるようになりたい」という希望があっても,既存の場所や施設だけではそれに応えきれていない状況と課題が明らかとなった.
 日中の行き場所の1つである憩いの場は,気軽に安心して自由に過ごせる場ではあるが,時間と空間の使い方が利用する人に委ねられている.そのため,「どのように過ごせばよいかわからない」などの声を聞くことがあった.さらに,人との関係を築くことにエネルギーをかける人も多く,様々な人が行き交う憩いの場で過ごすことに過度な負担を感じる人もいた.
 そこで,個別の支援計画をもとに,ニーズを整理し,人とのかかわりを知ること,仲間とのつながりの中で学び合うことを目的としたグループ活動を行うことにした.担当者も含め,手探りの中で1つ1つ話し合いながら進め,自分たちなりの空間と時間を作っていく活動が開始した.

<活動概要>
 平成18年7月から,2名のメンバーでスタートし,2月現在,20〜30代の5名のメンバーが定着している.毎週金曜日の13時半から15時過ぎまで,おもに近隣のコミュニティセンターの和室で活動している.和室は「雑魚寝ができて良い」など好評である.
 活動内容は,参加者の希望をもとに,ミーティングやレクリエーションを中心に行っている.
 グループ名については,「力の抜けている感じが良い」「鳥が集って安らげるイメージ」などの理由で,「とまり木の会」に決まった.

<活動の経過>
 活動を始めた頃は,自己紹介や「グループで何をするか」についての話し合いを重ねた.話し合いで出てきた希望から,ゲームや音楽鑑賞,外出などを行ってきた.
 あるときは,将来的に一人暮らしを目指すメンバーからの「魚を焼いてみたい」という提案をもとに,秋刀魚焼きをした.「一人じゃできなかった.皆がいたからできた」という感想が印象的であった.
 最近は,それぞれの関心事(近況,病気,家族,将来など)について「みんなの意見を聞きたい」という希望があり,話し合うことが多くなっている.
 これまでの活動の積み重ねを通して,お互いのことを知り,安心感が生まれてきたためか,メンバーが自分自身のことについて語り合うことが徐々に増えてきているように感じる.

<活動を振り返って>
 それぞれのメンバーが活動を振り返って以下のように述べている.「僕は人との関係が苦手なので,そういう関係を上手く取れるようになりたい」「これまで,心の病や悩みを打ち明けることができなかったけれど,とまり木では少ない人数で悩みを打ち明けられて,皆と共有できるのが良い」「今まで言えなかったことも言えて,安心できる場所.希望としては,無口なので話せるようになりたい」
 私自身は,活動の初期は「どうしたら良いんだろう」という不安があった.しかし,上記のメンバーの言葉にもあるように,何気ないことや悩みを言うことができ,安心できる場を皆で少しずつ作ってきた.「どうしたらよいか」を皆で考え,この場を作っていくことの大切さを今では感じている.

<今後について>
 今後は,引き続き,人とのかかわりなどを学び合っていきたい.そして,各々がこれからの目標を見つけること,実現することの一つのきっかけにもなれば良いと,私は考えている.
 あるメンバーが「笑いは大切だと思う」と話していた.真剣な話し合いとともに,笑いやゆるやかな雰囲気も大切にしながら,活動していきたい.そして,私自身も人として専門家として成長していきたいと思う.  

(東田 全央)


機関紙「やどかり」2007年3月号より


ベルギー報告1

海外の実践を鏡に自分の活動を見直す

  精神障害の分野では,全国精神障害者連絡協議会の役員でもある障害当事者の黒川常治さんと私,知的障害分野ではさいたま市内の鴻沼福祉会あざみ共同作業所の小川真一郎さん,かつて知的障害者の施設で働いた経験を持ち,現在は社会事業大学で学ぶ中野陽子さん,身体障害分野では,山口県の済生会山口地域ケアセンター身体障害者療護施設で介護福祉士として働く太田光洋さん,同じ施設で相談員として働く棟久昌恵さん,3障害の分野の人たちがバランスよく集まった.

ベルギー王国って…… 
 ベルギー王国は面積や人口は日本の約12分の1,日本と大きく違うのは,公用語がオランダ語,フランス語,ドイツ語と3か国語あることだ.連邦制だが,連邦の権限は共同体・地域に大幅に移譲されている.そして,言語圏によって,フランス語圏,オランダ語圏,ドイツ語圏の共同体があり,地域は,フランドル地域(ベルギーの北部),ワロン地域(ベルギーの南部),ブリュッセル首都圏地域(フランス語・オランダ語・その他)に分かれている.北部と南部の伝統的な対立,地理的にはフランドル地域に位置するが,オランダ語圏・フランス語圏の両言語を公用語とするブリュッセルの取り扱いが複雑に絡んだ言語・地域の対立史がある.

視察プログラム 
 視察のプログラムのあらましだが,ブリュッセルに本部を置くEUの雇用機会均等局の障害者欧州政策担当の訪問,ベルギー王国の連邦政府,共同体や地域の政府の担当者を訪ねて,それぞれの機能や役割について学んだ.
 そして,各地域で活躍するNPOの運営する活動を視察し,関わる人たちの説明を受けた.行政の仕事と民間の仕事を見てきたことになる.

印象に残っていること
 EUでの話は刺激的だった.障害者の施策を大きく変えてきた力になったのが,障害者の運動であったこと,障害者施策の基本は法による機会均等の実現であるが,その実現のためには壁があり,その壁を取り除くためのいくつかの取り組みがあるということだった.

 そして,ベルギー王国での政府に役割分担があり,連邦政府は主に手当てなどを担当している.障害者への手当ての水準だが,障害があっても1人暮らしが可能な手当てが支払われるという.働くことが可能な障害者は,手当てと収入が合わせて2万ユーロ(約300万円)までは保障されている.ベルギー王国の平均年収が約410万円,税引き後の年収が308万円ほどだというから,平均的な年収が保障されるわけだ.

 また,地方政府や共同体政府での説明で必ず出てくるのが,「機会均等」への努力だ.これは政府が責任をもって実現することで,公的な責任性が明確であることが伝わってきた.

 NPOの活動は,幅広く訪問プログラムが組まれていた.入所型の身体障害者の施設,重度の障害児のデイセンター,障害者のレクリエーションを提供する団体,障害者への情報提供を行う団体,医療機関で行っている交通事故等の中途障害者へのリハビリテーションセンター,農場や売店,パン工房,メールの封入作業,農作業,牧場,レストランなど幅広く経営する障害者を雇用する企業.自閉症児の家族の会,アクセスシビリティを点検する障害者団体等々.

 日本での活動と共通する部分もあるし,個別支援が徹底されており,環境を整えて自立した暮らしを送ることを実現している入所施設もあり,日本の現状との大きな差異を感じるところもあった.

 海外の実践を見ることは,自分たちの活動を見直すことでもある.見て,学んで,課題が見えてきて,さて,これからの行動が問われている.

(増田 一世)


機関紙「やどかり」2007年2月号より


1,300人集結!踏み出した第一歩

 平成19年1月11日,さいたま文化センターにて「見直して!障害者自立支援法埼玉県民集会」(以下,集会)が開催された.埼玉県内の8つの障害者団体(埼玉県障害者協議会・埼玉県社会就労センター協議会・埼玉県精神障害者社会復帰施設運営協議会・埼玉障害者自立生活協会・埼玉県発達障害福祉協会・埼玉県身体障害者療護施設協議会・埼玉県社会保障推進協議会・さいたま市障害者協議会)で実行委員会を組織し,主催した.

 今,障害者自立支援法(以下,法)の影響で利用者の暮らしは脅かされ,利用できるサービスの質や量に市町村格差も出てきている.また,これまで行われてきた県の単独事業(以下,県単事業)が,日割りの導入など法に合わせた形で水準低下される危惧も浮上している.「新埼玉県障害者計画」は最終まとめの段階であるが,県独自の姿勢が見えない状況である.

 こうした中,今回の集会は,障害者がその人らしく生きられる埼玉県であることを目指して,県内の障害者関係団体と,会場に集まった1300人もの当事者や家族などが共に思いを確認する,大切な第一歩となった.

 集会ではまず,障害者団体が行ったアンケートをもとに法施行後の実態について共有した.このアンケートでは,退所者問題を始めとする,様々な課題が明らかとなっている.報告した埼玉県社会就労センター協議会会長太田衛氏は,こうした課題を個人の問題にしないこと,法への移行促進ではない対応策を考えることが大事であると言及した.しかしその後に行われた,埼玉県障害福祉部障害者福祉課長林芳博氏の報告からは,利用者の暮らしに影響ないようにとはいうものの,県単事業を法体系へ移行する方向性が示唆された.

 後半は,「住みやすい埼玉を目指して」と題し,埼玉大学教育学部助教授宗澤忠雄氏をコーディネーターに,パネルディスカッションが行われた.パネラーは新座市役所障がい福祉課長加藤保氏,埼玉県身障者問題をすすめる会小林又志氏,埼玉県発達障害福祉協会長岡均氏の3氏.それぞれの立場から,法の慌しい成立過程への憤りや,県単事業継続への切なる思い,市町村格差の問題に触れた.例えば新座市では,市の独自施策で障害者福祉の質を担保していくということであるが,財政は極めて厳しい状況とのこと.どの市町村も悲鳴を上げている現在,市町村格差が生じるのは必至である.そのような中,県の役割は大きい.コーディネーターの宗澤氏は最後に,「県は,市町村や障害当事者に顔を向けて,県本来の力を発揮してほしい.私達は,運動の束を大きくしていかねば」と締めくくった.

 続いて,関係団体と障害当事者8名が壇上より声を上げた.彼らの障害種別は様々であるが,どの人の発言にも「自分らしい暮らし」を願う気持ちが込められていた.また,多くの関係団体が「障害をもってもその人らしく生きていく」ことに力を注いでいきたいという思いを語った.集会に参加した人たちはこういった声を聞き,地域で暮らす人々の多くの実態を知り,共有するきっかけとなる.例えば今回,「中枢性尿崩症」という病を抱え経済的に厳しい生活を強いられている人の存在を知った.法により自分らしい暮らしを奪われた人は多いが,未だ必要な支援が届いていない人も多いことを実感する.誰もが住みやすい埼玉県とは,課題を共有し,一歩一歩活動を積み上げていくという地道な取り組みなくしてはないのだろう.数多くの県内の関係者が集ったこの集会は,県単事業継続を求めていくことや,原則1割の応益負担の廃止を国に働きかけていくことを盛り込んだアピール文を採択する大きな拍手で終了した.こうして集まった人々を見渡し,集会の開催に至った経過に思いを馳せると,宗澤氏がいう「運動の束」は着実に太くなっていると感じる.地道に活動を積み上げ,根本問題である法の改善を国に求めていく力を蓄えていきたい.       

(中村 由佳)

機関紙「やどかり」2007年2月号より


年を重ねても安心できる居場所づくりを目指して
〜ゆりの会の活動報告〜

 昨年6月から40歳以上のメンバーを対象に,自宅にこもりがちで,交流する場所がない人に対する閉じこもり予防と加齢による体力低下や不規則な食生活が気になる人に対する健康維持を目的としたグループ活動を開始した.ここ数年,メンバーの高齢化に伴い必要な支援をどう構築するかということが課題となっている.今回のグループ活動では加齢に伴う,身体機能の低下への対応や,外出のしやすさを考え,送迎を組み込んだ.具体的なプログラムを設定するのではなく,始めと終わりの時間を設定する程度の緩やかな枠組みとした.その中で仲間と交流し,昼食には栄養バランスのとれたエンジュの弁当を食べながら時間を過ごす.新しい楽しみや生活の張りを感じることができるようなグループ活動を目指してきた.毎週火曜日を開催日とし,11時30分から13時30分の2時間,やどかりの里本館1階の和室で活動している.

 当初は参加者が少なく,2,3名のメンバーでの交流であったが,開始から6か月を経て,ようやく参加者が増えてきている.現在は5,6名のメンバーが集まり,お弁当を食べながら,日常の暮らしの様子や過去の入院体験も含めた思い出話等,様々な話をしながら時間を過ごしている.そんな会話の中から出てきた「○○がしてみたい」「○○に行ってみたい」といったメンバーの発言から,喫茶店や美術館に行ったり,ファミリーレストランで外食をしたり,時には観たい映画を出し合い,DVDで映画鑑賞をする等,楽しめる機会を作りつつ,交流を深めている.

 参加メンバーの平均年齢は約60歳.お年寄りと呼ぶには早い年齢なのにもかかわらず,いつのまにか「老人のランチ」と呼ばれていたこのグループ活動だったが,皆で意見を出し合い,グループ名を「ゆりの会」に決めた.
 開始から6か月が経過したこともあり,参加メンバーに感想を聞いた.
 
「参加するようになって生活にメリハリが出てきたように感じる.エンジュの食事もおいしい」
「毎回楽しみにして参加している.これまで,家に引きこもりがちだったが,最近は生活リズムができて,私自身の調子もよくなっている.友人と会うと,今までは愚痴ばかり言っていたが,今は前向きになれている」
「作業所を辞めてから,孤独になってしまった.友達もいなくて,1人で淋しかった.ここに来るようになり,色んな人と会えて,間口が広がったように感じる」
「ここにいると,同じ仲間といる安心感がある.私たち精神障害者はどこか弱いところがあるから,安心できる所があって良かった」

 このようなメンバーの言葉を直接聞く事で,この交流が,これまで感じていた孤独を解消し,生活の張りや楽しみをつくりだしていることを感じる.同時に,楽しさや安心を共有できる時間と空間があること,そして,仲間と出会える場があることの大切さを改めて実感している.

 私にとって,グループを担当することは初めての体験で,気負っていた.最初はグループ活動中に,話題に詰まったりすると戸惑うこともあった.しかし,メンバーが話題を提供してくれたり,新しい参加者が来た際には,そのメンバーを気遣い,話しかけてくれる様子を目にしながら,今では皆で一緒にこの場の雰囲気を作り出しているのだと思えるようになった.また,話題がなく,沈黙する時間が続いても,その時間をやり過ごせるような,安心できる関係を少しずつ築いていると感じている.

 互いの信頼関係を深めていくことを大切にしながら,新しい参加者と出会い,共に楽しい時間を過ごしていけるよう,今後もこの活動を継続していきたい.

(渡邉 寛之)

機関紙「やどかり」2007年2月号より


障害のある人の相談支援態勢の構築に向けて
〜見沼区障害者生活支援センターの取り組みが目指すもの〜

  障害者自立支援法施行に伴い,昨年10月から,生活支援センターが地域活動支援センターと相談支援事業とを組み合わせて運営することになった.そこで,見沼区で取り組んでいた大宮東部生活支援センターの相談支援事業については,新たに見沼区障害者生活支援センターとして運営し,3障害の相談支援に対応できる一次相談窓口としての機能を果たしていくことになる.

 場所は作業所ドリームカンパニーの跡物件を活用し,同じ見沼区において生活支援センターを運営している鴻沼福祉会との共同で2007年1月中旬より,取り組みを開始したところである.鴻沼福祉会は,知的,身体,精神に障害のある人たちの地域支援活動を展開している民間団体である.1981年,障害のある人の働く場の保障を目的に作業所づくりを開始し,1985年に法人格を取得,その後,26年に渡って障害のある人が地域で安心して暮らしていくための取り組みを続けている.ノーマライゼーションの理念に基づき,当事者,家族,職員が一丸となって,地域における草の根運動を進めてきた団体でもある.

 見沼区障害者生活支援センターの相談支援事業は,精神障害のある人の生活支援活動を展開してきたやどかりの里の経験と,様々な障害のある人の地域支援活動を展開してきた鴻沼福祉会の経験とを互いに活かし合いながら,見沼区に暮らす障害のある人が,地域で安心して自分らしく暮らし,生きていくために,協力しながら進めていきたいと考えている.

 民間団体が協力して相談支援事業を行うことは,さいたま市では初めての取り組みとなる.その背景には,さいたま市の相談支援態勢の構築が施策の重点課題として位置づいていることがあげられる.

 さいたま市における障害のある人の相談支援態勢の構築は,2003年に策定された障害者計画において重点課題として位置づけられている.2008年度までには,各区に1か所の生活支援センターが整備される.


 現在,精神障害者生活支援センターが5か所,知的,身体障害者生活支援センターが3か所,3障害対応の生活支援センターが2か所ある.生活支援センターが全く整備されていない区は2区となっており,各区に生活支援センターが整備されていくことに伴い,障害のある人が,さいたま市のどこに暮らしていても,必要な支援や福祉サービスにつながるような相談支援システムを構築していくことが重要となる.生活支援センターが整備されれば良い,といったことではなく,どの区においても生活支援活動の質が保障されるような取り組みをしていくことが,生活支援センターの大きな課題でもある.
 この間,昨年度から設置され,市内の生活支援センターと障害福祉課との定期的な会議として開催している「さいたま市コーディネーター連絡会議」において,生活支援活動の標準化を図るための具体的な取り組みを進めている.今年度,検討してきた主な内容は,新規相談内容の分析,各生活支援センターの取り組み状況,アセスメントシートなどの書式の統一,事例検討などである.今後も継続した議論を重ねる中で,市内の生活支援センターにおけるサービスの標準化を図っていく予定である.

 こうした全体状況の中,新しく開始した見沼区障害者生活支援センターにおいても,見沼区に暮らす障害のある人が安心して豊かに暮らせるよう,必要な取り組みを行っていきたいと考えている.  

(三石麻友美)

機関紙「やどかり」2007年2月号より


住民から市民へ
〜自分たちの手で,地域をつくる〜

 平成18年12月9日〜10日,東京・都道府県会館にて第10回日本健康福祉政策学会学術大会が行われた.今年で10回目を迎え,やどかりの里からも毎年ワークショップやポスター発表を行い,積極的に参加してきている.

 この学会は,参加者が,保健や福祉分野で問題だと思っていること,実践や研究の中から得られた方法や考え方,あるいは自分の活動の中で感じていることなどを気軽に発表し,お互いに学び合える場にしようという方針で,壁新聞,井戸端会議,ワークショップなどで報告し,意見交換やディスカッションを活発に行っているのが特徴である.

 1日目は,岩永俊博氏(地域医療振興協会ヘルスプロモーション研究センター)による「私たちの手で,現場からの政策の発信を」と題した学術大会長基調講演があった.講演では,岩永氏自身の保健所長,教育機関での経験,今携わっている各地の計画作成や活動評価,住民リーダー育成などの活動支援を通して得たことなどから,地域からどう政策づくりに取り組むか,問題提起された.

 続いて,辻山幸宣氏(前中央大学法学部教授,地方自治総合研究所主任研究員)による「協働−新しい公共と政策−」と題した教育講演があった.そもそも政策とは何かを行政学の視点から,地方自治,協働の時代に行政,住民はどうあるべきかなどについて,非常にわかりやすくお話くださった.中でも「地域にただ住んでいるだけ,暮らしも施策も行政にまかせきり,言われたままでよしとしているのは住民であり,自分の暮らしを考え,提言し,行動していくのが市民である.この学会の取り組んでいることは,まさしく地域をつくろうとしていることなのではないか」と話し,参加者の胸に響いたようだった.というのも,この後いくつものワークショップや井戸端会議で,この「住民から市民へ」というキーワードがしばしば出され,具体的な活動報告とともに,共有されていったからである.

 特に印象的であったのは,やどかりの里が企画した「自治体へ私たちの声を届ける〜さいたま市議会への障害者自立支援法の請願署名活動の取り組みから見えてきたこと〜」と題したワークショップでのやり取りであった.

 このワークショップは,さいたま市議会へ独自軽減施策を求める請願署名活動に取り組んできた過程を報告し(詳細は本紙4P参照),自治体へ市民の声を届けていくことの意味を考える企画であった.ワークショップ参加者との討論の中で「さいたま市での請願署名行動は,教育講演の辻山先生のお話されていた『住民から市民へ』を体現しているのではないか.こういった運動の延長線上に,市民社会の自治,連携,協働があるのではないか」「現在の日本の状況は,軍事にお金をかけて,福祉を削ることが平然と行われている.自分自身の見極めを責任を持って行うことが,いつも問われている」「自分が不利益を受けてから声をあげるのは,辻山先生の言う『市民』ではない.いい法律か,悪い法律か,考えられるのが市民なのではないか」「行政の縦割りの中で日頃働いているが,自分の係以外に興味を持たないのは駄目だと実感した.他の分野,社会との関わりを持ち続けることの重要性を感じた」といった感想が寄せられた.やどかりの里一同大変勇気づけられた.

 最終日のまとめでは「例えば自分の家を建てる時,適当に知り合いの大工に頼んだ,失敗した,後で文句を言う,では済まされない.どんな家を自分が建てたいのか.同様に,選挙で誰に投票するのか.投票した人が,何をやろうとしているのか.しっかり向き合っていかなくてはならないのではないか」との発言があり,非常に心に残った.地域の未来は,自分自身が考え掴んでいくのだと,痛感した2日間であった.

(工藤 菜乃)

機関紙「やどかり」2007年1月号より

 


全ての障害のある人たちの
安心と安定の確保を求めて……

 11月16日,「八都県市首脳会議(首都圏サミット)が開かれ,さいたま市長が障害者自立支援法に関する調査・研究について提案.共有の課題として取り組むことで合意」との報道があった.また,12月1日,さいたま市長が「障害者自立支援法に関するさいたま市激変緩和策」を発表した.
 これをもって,一連の活動も節目を迎えた.これまでの経過と成果をまとめたい.

激変緩和策の中身は…
 非課税世帯に限ってではあるが,利用料が払えないことを理由に利用を抑えたり,退所を考えざるを得ない人の助けとなるよう,利用者負担の半分を市が助成する.また,日額払いによる施設の減収も助成されることになる.
 これまで,国が決めた法律に沿って進めるのみだったさいたま市が,退所者問題や利用抑制問題に目を向けて行動したことは大きな成果といえるだろう.しかし一方で,課題も多く残した.課税世帯の障害者に対しては何の助成もなく,家族同居の場合,多くは助成対象にはならないだろう.また,自立支援医療も助成対象とはならず,一割負担のまま残された.

安心をもっと皆のものに
 77,019筆の思いが伝わり,障害のある人たちの現状が改善された.協力いただいた市民の皆さんの思いに応えることができたということで,最終的には請願を取り下げ,陳情書を新たに提出した.しかし,今回の提案はあくまで期限付きの激変緩和策であり,全ての人たちに対して行われるものでもない.
 また,11月23日,第5回学習フォーラムが開催され,これまでの活動をまとめた.藤井克徳氏(日本障害者協議会常務理事)を講師としてお招きし,さいたま市の取り組みの意味が明らかになった.全ての障害のある人たちの地域生活の安心と安定が確保されることには,まだ遠く,さいたま市への継続的な幅広い支援を求めていくことも必要だろう.

障害者自立支援法の見直しを求めて
 この間,応益負担の撤回を求める運動も進んでいる.厚生労働大臣宛の障害者自立支援法に関する緊急要望書に取り組み,10日間で,4,871筆の署名を集めた.寒空の下,大宮駅頭にも立った.

やどかりの里の底力を実感
 メンバー・家族・職員・協力者の方々……本当に粘り強く運動を続けてきた.一声かければ一丸になれる,やどかりの里の本当の姿を見た気がした.

私たちのはじめの一歩
 さいたま市でも,全国でも,障害種別や立場を越えた運動が広がっている.この半年築いてきた繋がりは何よりの財産.大きなはじめの一歩を踏み出せた.

(檜山 うつぎ)

機関紙「やどかり」2007年1月号より



出直してよ!「障害者自立支援法」10.31大フォーラム
〜フォーラムに参加して,私たちが感じたこと・考えたこと〜

 10月31日に行われた大フォーラムには,やどかりの里からも多くのメンバー・家族・職員等が参加しました(詳細は1面参照).今回初めて大規模なフォーラムに参加したという方も多く,参加者数の多さに驚いた方や,多くの仲間とデモ行進をして達成感を持った方,また障害者自立支援法(以下,法)に対する怒りの思いを改めて感じた方もいました.私自身も,全国から本当に多くの仲間が集結しており,「みんな同じ気持ちで動いているんだ」と元気をもらった気がします.
 ここでは,参加したメンバーや家族の方々が,このフォーラムを通して何を感じたのかをお伝えしたいと思います.
(久松 明子)

 全国から参加者が集まっていて驚きましたが,ニュースの扱いが短くて残念でした.この問題は命の問題であるので,もっと大切に扱って欲しいと思います.
(浜砂会 平野和子)

 フォーラムには15,000人が参加し,皆が一生懸命やっていて感心しました.これだけの人間がスクラムを組めるのだから,これからも頑張りたいです.応益負担反対    
( エンジュ 辰村泰治)

 初めての参加だったのですが,会場で話される話が難しかったです.これからも参加していきたいです.
(浦和生活支援センター PN 椿なな)

 私自身も家族なので「私たちの主張」の中で家族の方が言った「障害を望んで生んだわけではない.障害を望んで生まれたわけではない」という言葉が印象的でした.機会があればまた参加したいです.少しでも,皆が元気に生きていけるようになって欲しいです.
(浦和生活支援センター 松川慶子)

 僕は日比谷野外音楽堂から東京駅までデモ行進に出たのですが,皆の差し迫った雰囲気に対して,霞ヶ関の役人ののんびりとした不思議そうな雰囲気が印象的でした. 
(エンジュ 田中英明)

 デモ行進は,みんな一生懸命やっていたので,成果が出るといいと思います.本当にメンバーがよく頑張っていました.
(大宮東部生活支援センター 松田定修)

 大規模なフォーラムには初めて参加しました.様々な病気や障害を持つ人が参加し,一つになれたことは意味のあることだと思います.デモ行進にも参加しましたが,道を歩く人々の注目を集めていたと思います.  
(浜砂会 昼間政江)

 当初は20,000人の目標だったので,到達せず残念です.しかし,最後まで帰る人が少なかったので80%は達成したと思います.以前他のデモ行進にも参加したことがあり,その当時のことを思い出し,70代も頑張ろうと思いました.へたばってはいられません.障害者自立支援法を廃案,または条文の改正が成就するまで!
(浦和生活支援センター 堀 澄清)

機関紙「やどかり」2006年12月号より


2006年度日米メンバー交歓会開催!
〜繋がり,拡がる交流〜

 今年もアメリカからプロジェクト・リターン・ザ・ネクスト・ステップ(以下,PR:TNS)のメンバーが来日し,11月6日〜10日,やどかりの里に滞在した.来日メンバーは5名(エデュアード・ベガ氏,ダリル・ライリー氏,デボラ・ジャクソン氏,ジュディー・ソーン氏,ケリー・モティカ氏).

 やどかりの里では,日米精神障害当事者交流プロジェクトを中心に実行委員会を結成し,やどかりの里に滞在中の交流プログラムの企画・運営・調整・サポートを行った.昨年同様,ロサンゼルス郡精神保健協会より,PR:TNSのメンバー訪日のコーディネートを委嘱された宇田川健氏,玉村沙穂氏と共に取り組んだ.また,通訳として,松井勝巳氏,西澤起代氏,石黒典子氏にご協力いただいた.

 今回,以下のようなプログラムを企画して迎えた.その様子を報告する.
11月6日(月)
 成田空港に出迎える
11月7日(火)
 活動交流プログラム
11月8日(水)
 お楽しみ企画
11月9日(木)
 日米精神障害当事者交流会
11月10日(金)
 ショッピング
次の訪問先(市川市)に送る


11月7日(火)
 やどかりの里の6か所(やどかり情報館,ドリーム・カンパニー,なす花,ルポーズ,大宮中部生活支援センター,グループホームすずらん荘)の活動場所を巡り,活動を紹介した.訪れたそれぞれの場所で,やどかりの里のメンバーと職員が歓迎ムードいっぱいに迎え,交流を深めた.

 最初に訪れたやどかり情報館では,ミーティングに参加し「働くこと」をテーマに語り合った.やどかりの里のメンバーが,病気を隠して企業で働き,状態を悪くし辛かったという体験と,やどかり情報館で障害を理解して働ける安心感について語った.それに対して,PR:TNSのメンバーからも「米国にも精神障害に伴う烙印(stigma)が根強くある」「私も企業で病気を隠して働いていた.病気を隠す必要がないPR:TNSで働き,貢献できることで安定し充実した日々を送っている」など,自らの体験を重ねて話された.また,あるPR:TNSのメンバーは「孤立(isolation)が一番の問題.社会で貢献できることと,それを実現できる環境が大切」と述べ,多くの人が共感していた.

 一方,大宮中部生活支援センターでは,通訳が引っ張り蛸になるほど言葉が飛び交う,にぎやかな交流であった.参加したメンバーは「元気をもらった」と笑顔で語っていた.また,交流の中で,やどかりの里のメンバーが,様々な困難のある日常生活の中で「憩いの場で皆と話すことが私にとって大切」と話していた.その体験と切実な思いは,居合せた人の共感を生んでいた.

 その他に訪れた活動場所でも,有意義な時間を持つことができた.社会的な環境の違いや文化の違いはあるものの,米国の当事者との会話や体験の共有を通して,大切にされるべきもの,求められるものを確認し合えた一日であった.(東田全央)

11月8日(水)
 今年のPR:TNSからのお客様はみんな,気力・体力共に充実していた.とても障害のある方とは思えず,よい人たちだったと思う.皆アメリカで責任のある地位の仕事をもち,しっかりしておられた.

 この日の「お楽しみ企画」は,実行委員として初めて参加した2人の女性職員,エンジュの山本美佐子,援護寮の黒坂牧子を中心に作成したスケジュールである.埼玉県立歴史と民族の博物館見物,氷川神社への散歩,日本そばの昼食,ボーリング大会とスケジュールをこなしていくうちに,だんだんと打ち解けて,友情が深まっていくのは楽しい事だった.特に,初めて取り組んだボーリング大会では,チームプレイによる連帯感ができた.交歓会にゲームを取り入れる事がとても効果的だと実感し,目から鱗が落ちる思いだった.

 また,日本の文化を理解しようという意欲の盛大な人たちで,日本語についての質問なども移動の車の中でされて,向上心のある人たちだと感じた.

 交歓会を通して,通訳の方がボランティアとして活躍して下さった事も特に印象深かった.感謝の気持ちを記したい.
(辰村泰治)

11月9日(木)
 PR:TNSのメンバーは,自分の体験を日本の当事者に伝えることを大きな使命として,来日している.やどかりの里でも,毎回様々な形でPR:TNSのメンバーのスピーチを聞く機会を大切にしてきた.その機会として,昨年,さいたま市内5か所の生活支援センターで「精神障害者の回復に関するシンポジウム」(機関紙384号5P参照)を共催した.今回は,今年開所した2か所の生活支援センターと,さいたま市の当事者を中心にして今年発足した「当事者会ウィーズ(以下,ウィーズ)」にもよびかけ,「日米精神障害当事者交流会」を開催する運びとなった.テーマは昨年同様に「回復(リカバリー)」とし,「世界に広げる みんなの輪・仲間の輪 〜見つけよう 回復への切符〜」と銘打ち,よりPR:TNSのメンバー,参加者が相互に交流できるようにと企画した.

 当日は当事者や家族,関係機関の職員,学生など,約100名が参加した.第泄狽ニして,PR:TNSのメンバーの体験発表を行い,それを受け,第部では,PR:TNS,ウィーズ,それぞれのメンバー5名ずつを中心にテーブルを囲み,ディスカッションを行った.

 「まずは,自分の状態を知り,その自分を受け止めていく」「自分の人生,自分でどう生きていきたいのか」「自分の様々な面に目を向けていくことで,病気や障害を部分にしていく」「ある時,人のために何かできることはないかと思うようになった」などの回復に関する話や,制度施策,薬に関することなど,話題は多岐に渡った.参加者からは「自分は一人じゃないんだな.仲間がいるんだなと思った」「回復(リカバリー)は人それぞれなんだと思った」「自分自身で考えていくことが大切なんだと思った」「希望を持つことができてよかった」「ウィーズがこの会を中心に担い,運営したことに大きな意味があった」などたくさんの感想をいただいている.参加者それぞれが何かしらを持ち帰る機会になったことを願っている.

 今回,ウィーズと企画・運営を共に行う中で,彼らの仲間への思いや高い問題意識から多くの刺激を受けた.PR:TNSのメンバーのスピーチからはもちろんだが,ウィーズの活動を見聞きする中でも,お互いを認め合い,1人1人の体験を重ね合わせていくことが,回復(リカバリー)の一歩となるのだろうということを感じた.企画・運営面での課題も多々残ったが,今後もこのような取り組みを続けていきたい.
(鈴木裕貴)

 無事にPR:TNSのメンバーを送り出せてホッとしている.言葉の違いや文化の違いに戸惑うことも多いが,身振り手振りでお互いに意思疎通を図り,通じた時の喜びはひとしおであった.人と繋がる喜びを感じる原点なのかなとも思う.言葉や文化,考え方など,違いがあっても繋がっていくことができるのだと実感した.日米メンバー交歓会が,さいたま市における当事者中心の国際交流事業として今後も発展していけるよう,今回できたたくさんの繋がりを大切にしていきたい.
(鈴木裕貴)

機関紙「やどかり」2006年12月号より


フィリップモリスジャパン市民活動・住民活動助成2006年展開助成

さいたま市における障害者
ハウジングサポートシステムの構築に向けて

 2004年にフィリップモリスジャパンより活動助成をいただき,新たな居住支援の取り組みとして,チャレンジハウスの立ち上げを行った.社会的入院の解消を目指し,既存の資源だけでは支援が難しい人たちへの居住支援の多様化をはかるために,着手した事業である.1つの資源でありながらも,実に様々なニーズに対応する資源として現在も活用されている.

 そこで,今回フィリップモリスジャパンより2006年から2か年にわたる展開助成をいただき,居住支援の更なる発展を目指すこととなった.この事業は「個別性を重視した住まいの場の提供」と「1人1人に必要なサポート」をワンセットにして提供できるシステムをつくることを目指したもので,精神保健福祉のネットワークに加え,民生委員や近隣住民とのネットワークづくりの中でこのシステムを構築しようとしているところが大きな特徴である.

 今年4月から施行された障害者自立支援法では,障害程度区分によって利用できるサービスが限定され,自分の暮らしを自分で選択できない仕組みになっている.法制度にあわせた支援ではなく,1人1人を大切にした,本来あるべき生活支援のあり方を実現し続けるためにも,この時期,この事業に取り組む意義は大きいと考えている. 

(大澤 美紀)
機関紙「やどかり」2006年11月号より


就労支援態勢の構築に向けての第一歩
〜「一般就労をゴールとしない」就労支援のあり方とは〜

 「一般就労に向けた支援を受けたい」という願いをうけて
 昨年度,やどかりの里の働く場に所属するメンバーへの聞き取りの調査を行った.調査に答えた115名の中で「安心して継続して働きたい」「将来の進路をゆっくりと考えながら働く場を利用したい」という人たちの他に「一般就労に向けて積極的に訓練したい」という希望をあげた人が15名(全体の13%)あった.こうした願いを受け,今年度,労働支援開発プロジェクトを立ち上げた.

 時期同じくして,独立行政法人高齢・障害者雇用支援機構障害者職業総合センター(以下,障害者職業総合センター)より「職場適応促進のためのトータルパッケージ」(以下,トータルパッケージ)の研究協力の依頼があり,互いに協力し合う形でプロジェクトが動き始めた.

「トータルパッケージ」の実施
 障害者職業総合センターから依頼されたトータルパッケージとは,作業体験(パソコンの文章入力や実務などの模擬作業)やグループワーク,記録づけ等により,その人なりのストレスや疲労の捉え方や対処方法を確立するための支援方法である.
 具体的には,7月に就職活動についての学習や職場見学を盛り込んだ「職業ガイダンス」,9月には,トータルパッケージの集中実施を,いずれも6日間のプログラムで行った.
 プログラムには,やどかりの里のメンバー10名(9月は9名)が参加.プログラム終了後に振り返りの時間を持った.

 「普段は作業所でわいわいやっていて気がゆるむところもあるけど,1つのことに集中してできるんだということがわかった」

 「焦ると頭が真っ白になってしまうが,メモを用意するなど補完手段があることがわかった」

 「疲れを感じてなくてもミスが出ることを知った.より正確さが求められることがわかった」

等,プログラムを通して新たな気づきを得た人もいたようだ.
 今後については,すぐに一般就労に進みたい人,作業所で働きながらきっかけがあれば就職活動をしようという人,当面現状維持,という人たちの層に分かれた.

 また,「週1回でもプログラムを継続して欲しい」「年に1回でも職業訓練や学習の機会があるといい」等の希望も寄せられた.

やどかりの里における就労支援の方向=一般就労をゴールとしない
 トータルパッケージ実施と並行して,プロジェクトで,やどかりの里における就労支援態勢のあり方について検討を進めている.

 まず,基本的な考え方として確認したことは「一般就労をゴールとしない」.その人の健康を保って働くこと,その大切さは,これまでのやどかりの里の実践活動の中で確認されてきたことである.その人のあり様,状態を受け入れながら自分の働くスタイルを構築していくことを目標とする.

 次に,企業等での就労が可能になった場合でも基本的には継続的に支援を行なっていく.市内の生活支援センター,埼玉障害者職業センター等と連携し,継続的に就労が可能なシステムを目指していきたいと考えている.
継続相談と態勢づくり

 とはいえ,財政的なバックボーンが確立されないままの活動である.当面は,プログラム参加者への継続相談を受けつつ,希望や意見も出し合い,具体的なプログラムなど進めていきたい(担当の堤若菜が産休に入ったため,その間石黒学,香野恵美子で分担する).

 また,10月から月1回程度,運営委員会を開き,やどかりの里の支援のあり方や働く場における課題の整理,既存の資源との連携のあり方,市内における就労支援システムづくりに向けて提案できるよう準備をしていく.

 「働きたい」という思いに対し,選択の幅が広げられるような態勢づくりを,目指していきたい.    

(香野 恵美子)
 機関紙「やどかり」2006年11月号より


さいたま市退院支援事業の取り組み
〜支援員の関わりから感じたこと〜

 平成13年8月4日にオープンした手づくり雑貨の販売店「You遊」も5年の歳月が過ぎたが,この10月14日をもって大宮区役所通りに面した店舗から移転し,大宮中部生活支援センターやあゆみ舎,ルポーズの近隣で新たに店舗を構え,11月1日よりオープンすることとした.この移転は,国庫補助金の削減や法改正による今後の事業展開を見据えた上でのことである.

 「移転してもまた買いに行くわ」というおなじみのお客さんや,「引っ越してもまた売らせてください」という作家さんのあたたかい言葉と気持ちが,これまで着実にYou遊が街に定着していたことを感じさせてくれる.

 引越し作業の慌しさの中,この5年間を振り返る暇もなかったが,徐々に片付けられていく什器や様々な作家の商品,書類等々を運び出しながら寂しさと思い出がこみ上げてくる.少しずつではあるがみんなで店らしく改装してきたこと,どう接客すればお客さんに買ってもらえるのか,それぞれの経験を元に勉強してきたこと,また,絶えず提起されるYou遊の問題点などを徹底的にミーティングで話し合い改善してきたことなど,それぞれのメンバーの心の内にもしっかりと刻まれている.この5年間の活動を財産としながら,仲間とともに新たな夢と希望を思い描く事から,新たな地でのYou遊をスタートさせたいと思う.
 
さらに素敵な店を目指して一同頑張っていきます.皆様のご来店,心よりお待ちしております. 

      
新住所  さいたま市大宮区天沼町1−328 工藤コーポ102
Tel/Fax 048−650−3272(変わらず)


(石黒 学)
 機関紙「やどかり」2006年11月号より


さいたま市退院支援事業の取り組み
〜支援員の関わりから感じたこと〜

 今年4月から,さいたま市の退院支援事業が始まった.昨年3月から市内の関係機関が集まり,退院支援を進めていくために必要な取り組みについて議論を重ねてきた.そこでの議論をベースに,さいたま市の事業として予算化され,スタートした.

 退院支援事業は,大宮東部生活支援センターが市からの委託を受け,市内の生活支援センターと連携して取り組んでいる.事業の対象者は,退院支援連絡会議で確認され,現在,13名の人が退院に向けて準備している.この事業の特徴は,当事者5名が自立支援員(以下,支援員)として,直接支援に携わっていることである.専門職も一人携わっているが,当事者が関わることで見えてくることもある.

 私も生活支援センターの職員としてこの事業に携わっている1人である.この事業を通して,当事者支援員の方々と出会い,色々なことを感じ,学ぶことが多い.その中で,いくつか心に残っている場面を紹介したい.

 ある日,支援員が対象者のAさんと生活支援センターで一緒に過ごしている時,お昼の時間になり,支援員が「今日,私と同じ昼食を一緒に食べましょう」と声をかけていた.私だったら,「お昼どうしますか?」と聞くだけで終わっていただろう.支援員にとっては何気ない一言だったのかもしれないが,私には,その一言が,そのときのAさんに自然に寄り添っていたからこそ出たと感じた.衝撃の一言だった.

 また,退院に向けてAさんの家に新しいエアコンを付けた日,昼食は支援員とAさんの2人で外食に行ったことがあった.そこには,その日が,Aさんにとって退院に向けての準備が一つ進んだ大事な日であり,その日をもっといい日にしてあげたい,という支援員の思いがあった.私もAさんに関わりながら,エアコンがついて嬉しいだろうな,とは思っていたが,記念に残るいい日にしてあげたいという支援員の思いに触れ,驚いた.そして,支援員はどうしてそのように考えられるのか,どんな思いがあって活動をしているのだろうと思った.

 そんな私の思いもあって,今回,お二人の方に支援員としての思いを聞かせてもらった.

 「今入院している人たちに地域で普通の生活ができることを伝えたい.その気があれば退院できる人の『その気』の部分の手伝いができればと思って支援員をしようと思った」

 「同じ病気だからこそ,調子の波や細かなこと,どう感じるのかにも気づける.それを大切にしたい」

 「自分の生きがいは,人権の回復や当たり前に生きていくということ.今までは社会から頂いてばかりであったので,これからは社会に可能な限り還元したいと考えている.これらが支援員の活動と一致したので,支援員をしている」

 お二人に共通していたことは,同じ病気や悩みを抱えているからこそ協力できることがあるのではないか,また,当事者だからこそ,わかる小さな変化や些細なことを大切にしたいという思いだった.お二人から話を聞いて,病気を体験している当事者だからこそできる支援があるのだと思った.当事者だからこそ同じ目線で関わることができ,対象者にとって,安心感があるのではないだろうか.また,地域で生活している先輩の存在は,退院に向けての不安を和らげるのではないかと思う.

 退院支援事業には,支援員の他に,病院,生活支援センター,保健所など,いろいろな立場で多くの関係機関や人が関わっている.一機関や1人でできることには限界がある.それぞれの立場や機能を生かし,連携していくことが大切であると感じている.

 これからも退院支援に携わりながら,そこでの気づきを生かし,日々の支援に取り組んでいきたい.   

 (阿部 友恵)
機関紙「やどかり」2006年11月号より

 


ドキュメント・障害者自立支援法・5

さいたま市議会請願行動中間報告
皆の願いを施策化につなげるために

 本機関紙でも度々報告されている,さいたま市議会請願行動(以下,請願行動)が,大きな節目を迎えている.
 この請願行動は,去る6月22日に与野本町コミュニティーセンターで開かれた第3回障害者自立支援法学習フォーラム(さいたま市障害者協議会・さいたま市障がい者施設連絡会主催)の際に提起され,アピール文の採択により,参加者一同の総意として取り組むことが確認された.請願内容は,障害者自立支援法による障害福祉サービス・障害者自立支援医療・補装具にかかる利用者負担について,さいたま市独自の負担軽減策を求めるものである.私は事務局の一員として,請願行動の進捗状況を即時に伝える「さいたま市議会請願行動推進ニュース」の作成を担当すると共に,請願署名・募金の集計等に携わっている.

 当初はさいたま市民から3万筆以上の署名を集める目標を掲げていたが,9月7日現在で集まった署名は59,706筆と,目標の倍近くに上る.わずか2か月半の間にこれほど多くの署名を集められたのは,施設・団体関係者の「障害があってもなくても,安心して暮らせる街をつくりたい」という切実な願いが多くの市民に受け入れられたからであろう.1枚5人分の署名用紙に10人分の署名があったり,一生懸命に書いてくださったことが伝わるひらがなの署名があったり.届いた署名を数えながら,事務局でもその1筆1筆の重みをひしひしと感じていた.

 8月30日にはその時点で集まっていた57,377筆の署名を添えて,青木一郎議長へ請願書を提出.それに先立ち,8月末には当事者や家族,職員が地元の区から選出された与党議員の自宅を訪れる10区行動を行い,この請願行動にかける思いを直接訴えた.9月4日〜5日には,施策の早急な具体化を求める要請行動として,全市議会議員宛に約1,400通の葉書を送付した.

 そして9月11日,12日には,さいたま市議会9月定例会において各会派による代表質問が行われた.討議の様子を見守ろうと,連日約150人の関係者が傍聴に集結.84席の傍聴席は常に満席で,市役所ロビーのモニターで傍聴する人も大勢いた.代表質問に立った9名のうち6名が障害者自立支援法に関する内容を取り上げたのは,今回の請願行動が市議を突き動かしたことに他ならない.ある議員は,先の要請行動のハガキにしたためられた家族の切実な声に触れ,「市長は障害者とその家族の声をどう受け止めているのか」と市長に詰め寄る場面もあった.しかし市長や担当当局による答弁は,「実態を把握した上で適切な対応を検討したい」という歯切れの悪いものばかり.「“適切な対応”とはいかなるものか」「どの程度の期間で実態を把握するのか」という具体的な質問に対しても,明確な回答は得られなかった.請願行動の事務局から傍聴に訪れた方々に配布したアンケートには,以下のような感想や意見が寄せられている.「親への負担をどれほど考えてくれているのか.このままでは年金暮らしの親は息子の服も買ってやれない」「一番気にかけている部分の答えが確認できず,不安はそのまま残っている」「利用者側と運営側から具体的な事例を挙げて訴えていく必要がある」「多数傍聴人がいたことで,紹介議員になってくださった議員さんを力づけることができたのではないだろうか」.

 現在の状況では,今回の請願は市議会の12月定例会で審議されることとなり,それまでは保健福祉委員会に付託され,閉会中審査となる可能性が高い.だが,市民の暮らしは待ったなしだ.今後は12月定例会の前に累計10万筆を目指し,埼玉県全体に署名への協力を呼びかけていく方針である.障害の有無に関らず,安心して暮らせるさいたま市,ひいては日本をつくるため,早急なる負担軽減策を求める活動は今後も続く.

 今回の請願行動に際しては,やどかりの里としても多くの方々に署名・募金へのご協力をいただいた.この場を借りて,心より感謝申し上げたい. 

(渡辺 里子)
機関紙「やどかり」2006年10月号より


16名の新人職員でともに学び,ともに語った3日間

 9月13日〜15日,「地域生活支援活動の基本を学ぶための3日間研修」が,やどかり出版文化事業部により開催された.この研修は精神保健福祉の現場で働き始めたばかりの新人職員を対象としたもので,生活支援に従事する職員としての基本を学ぶことが目的である.参加者は16名で,北は北海道,南は大分県までと全国各地からの参加があった.やどかりの里からは私と渡邉寛之が参加した.

 それぞれの参加者が現場での揺らぎ,どうしたら良いかわからない気持ち,何かを得たいという思いなどを抱えて,この研修会に臨んでいた.私は,入職して半年になるが,この研修プログラムや他の参加者との交流を通して,過去と今の自分の活動,そして自分自身について振り返り,今後の活動に生かしたいという思いがあった.

 研修の日程は次の通りである.1日目は,はじめに「生活支援活動のイロハ」と「職員としての成長のプロセス」について,やどかりの里の職員による講義があった.その後,やどかりの里の資源である生活支援センターや地域作業所を見学した.2日目は,グループ活動やミーティングについて学ぶ1日となった.グループ活動についての講義を受け,実際にミーティングを体験できた.3日目は,「統合失調症の体験から見えてきたこと,新人職員へ」というテーマで,やどかりの里メンバーである堀澄清氏による体験発表があった.各日とも,その日のまとめとして,研修のコーディネーターと参加者による振り返りが行われた.
 私は研修中,感じたことをうまく言語化できなかったが,今振り返り,私なりに学んだこと,感じたことを,3点述べたい.

 第1に,講師や多くの参加者が「目の前の人と向き合うこと」について語っていたが,それは私自身に問いかける言葉であった.目の前にいる人の話,その話の背景にある思いや声をしっかりと受け止め,聴いているか.そして,自分の思いを感じ,言葉にして伝えているか.前の職場や今の現場での私を振り返れば,恥ずかしいほど不十分であるように思えた.今後,思いや声を大切にした活動をしていきたいと改めて思った.

 また,堀氏の「職員である前に心豊かな1人の人間であってほしい」というメッセージと,研修中の講義や振り返りから,専門職としての成長と同時に,人としての出会い,人としての成長も大切だということを再確認した.生活や現場の中での出来事,出会いを大切にし,ありのままの自分をみつめなおす姿勢を持ち続けたいと思った.そのためには,現場での1つ1つの場面や対話とともに,実践記録や先輩職員との振り返りの機会などを大切にしていきたい.

 第2に,2日目のグループ体験からの学びがある.講師が司会者となり,16名の参加者がグループの構成員となった.参加者が関心のあるテーマを出し,そのことについてそれぞれの考えや思いを語り合った.司会者が参加者の言葉を受け止め,言葉にして返す中で,グループが動いていくように感じた.そして,司会者の1つ1つの言葉かけに意味があるということを,体験的に知ることができた.私は日常業務の中でグループの運営に関わり始めているため,今回体験できたことを少しでも生かしたい.

 第3に,他の参加者と学び合うこと,語り合うこと自体が貴重な経験であった.まず,他の参加者の現場での取り組みを知ることは有意義であった.それとともに,他の参加者と体験や思いを共有することで,この研修で出会った仲間が現場で自分自身や組織などの壁に直面しながらも,思いを持って取り組んでいる姿が目に浮かんだ.私の中で,自分自身の体験や思いが他の参加者の言葉とつながり,共鳴する感覚があった.特に,自己を真摯にみつめ,思いを持って取り組む他の参加者の姿勢に,私は刺激を受け,元気をもらった気がする.この研修で出会った仲間と学んだこと,語ったことを大切にし,今後の取り組みに生かしていきたい.  

(東田 全央).
機関紙「やどかり」2006年10月号より


里祭開催
家族の思いや願いを語り合い, 会員の親睦を深めた里祭

 8月17日(木)午後4時から会館ホールにて,やどかりの里の会員の集いである里祭が開催された.36年目を迎えた今年は,第1部を「やどかりの里の家族の思いや願いを語り合う会」,第2部を恒例のビアパーティーとし,約 50名の参加者が集った.

 やどかりの里の活動は,メンバーの
「地域で自分らしく生きていきたい」
という思いを実現するために,メンバーと家族,職員が協力して組織を育ててきた経緯がある.以前は,家族の話を聞く機会も多くあったのだが,最近はその機会が減ってきていた.改めて,家族の方はどんな思いで子どもや兄妹,親戚,地域社会,自分の人生等に向き合ってきたのかを聞いていく必要があると感じ,今年の2月には家族の状態調査を行った.そこでは,やどかりの里の生活支援活動における多くの課題を見出すことになったが,家族から直接語られる貴重な経験は状態調査に関わった限られた職員しか聞くことができなかった.そのため,家族の思いやその方の人生を聞き,今後活動していくうえで大切にしていきたいことを多くの人たちと一緒に考えていきたいという思いから,第1部が企画された.

 初めにやどかりの里の家族会である浜砂会の方3名が体験を語り,その後会場で感想を出し合った.3名の方は,自分の子どもや兄妹が病気になったときの一番辛い状況のことを話すにも関わらず,多くのことを語ってくれ,そのメッセージは大変心に響くものであった.以下に,語られた内容を簡略して記したい.

 「自分の子どもや兄妹が発症した時には,予想し得ない出来事でとにかく驚いた.兆候があったのだろうが,自分たちも仕事や他の家族の介護に追われており,何より病気や障害について知らなかったため,突然本人が苦しみだした状況をみて,今何が起こっているのだろうかと考えることができなかった.そのような状況で相談をして行き着いたところが精神病院で,隔離されたような部屋に大事な我が子・兄妹を入院させなければいけないという何とも言えない思いや切なさがあり,それしか選択肢が無いもどかしさも感じた.仕事や家事などを続けながら,彼らに対して何をしたら良いか分からなくなることもあった.病院の先生やソーシャルワーカーに相談をして,やどかりの里を紹介され,やっとの思いで辿り着いた」

 こういった経験を経て,浜砂会に参加し,他の家族と出会い,
「私たちだけではないんだ,皆経験したことなんだ.」
と感じられると共に,語り合う中で自分の悩みやストレスを解消できたということであった.このように語り合う機会があることを知らない人や,相談できずにどうしたらいいかと悩んでいる家族も多いだろう.話の中では,
「多くの家族の方に知ってもらえるように,今後も自分たちの経験を活かして支え合えるよう,積極的に浜砂会の活動を行なっていきたい」
という思いも語られた.

 また,
「落ち着いたら,家族と一緒に旅行に行ってみたいと思う」
という今後の希望も話された.多くの家族は,子どもや兄妹の発症を機に自分自身の時間や人生に向き合うより先に,彼らの今後の生活に気持ちが向いてしまう状況が続いていた.しかし,本人だけに限らず家族にも仲間という支えが出来たことは,互いの人生を豊かに送るうえで非常に大きな転機になったのだろうと感じた.

 第2部のビアパーティーにも多くの人が参加し,料理と飲み物を囲んで会館ホールは賑わった.今回は,コーラスサークルの歌の発表や,個人による歌の披露,メンバー2人組みの一芸披露など出し物も盛り沢山で,楽しい時間を共有することが出来た.近頃,障害者自立支援法を始めとして私たちの活動基盤を揺るがすような話題が多くあり,それに翻弄されることもあったが,毎年恒例のイベントに訪れる懐かしい顔ぶれに,昔の活動を思い出して話をする人もいた.築き上げてきたものを守り続けていく大切さを改めて感じた一日になった.  

(黒坂 牧子)
機関紙「やどかり」2006年9月号より


ドキュメント・障害者自立支援法・4
 <運動と学習を積み重ねて・1>

熱い真夏の請願活動
さいたま市議会に向けた請願署名活動の取り組み


 さいたま市議会に向けた請願署名活動が続いている.本紙でも毎月取り上げているが,今回は請願活動に参加している人たちの声を交えながら報告したい.
 
 6月22日からスタートした署名活動は,目標3万筆を掲げ,8月21日の第4回障害者自立支援法学習フォーラムでの集約を目指して取り組んでいる.約2か月間の短い期間ではあるが,皆本当にがんばって集めている. 各部署で署名のコーナーを作ったり,ご近所を回るローラー作戦を行ったところもあると聞く.1人1人が自分の知り合いにお願いして回ったり,人が集まる場所や機会にお願いに伺ったり,自分の通院先にお願いに行ったり,知恵と汗を搾って1筆1筆署名を集めている.

 その中で,「メンバーが,近所の八百屋に行って店主や買い物に来ている常連さんたちに声をかけてくれた.賛同して頂ける声が多かったようで,日頃のつながりの強さを感じた」,「支援センターのあるマンションに住んでいる方へも署名をお願いした.何軒かのお宅を回って,激励のお言葉をもらった」,「児童センターに集まっていたお母さん方から30分弱で40筆署名をいただいた.事情を説明したところ,随分前にテレビで見たことがあったと話してくれ,少しずつ福祉の現状が伝わっている感じがした」という職員の感想が出されている.

 また,7月30日には大宮駅で,8月10日には浦和駅で,それぞれ駅頭署名・宣伝活動を行った.両日とも真夏の太陽照りつける暑い日であった.やどかりの里からも多数が参加している.

 「暑かったので,頭から水をかぶり,帽子もかぶって1日参加した.皆で協力して訴えたら,若い人からお年寄りまでたくさんの人が協力してくれた.理解してくれた人がいたことが嬉しかったし,頑張ってやったぞ!という充実感を味わえた1日だった.こういうことを通して多くの人に障害者のおかれている現状が伝わっていくことを祈りたい」「中学生や一見怖そうな人が,意外と積極的に書いてくれて,日本も捨てたもんじゃないと思えた.みんなと一緒に行動できたと思えた.やどかりの里の人たちだけでなくって一体感を感じた」「暑かったー!でも思ったより書いてくれるので,やっていて楽しかった」「署名活動は初めての経験.世間て冷たいものだな,と思った.でも,自分もそうであった.これからは署名活動を見かけたら,なるべく協力したいと思った」「人前で大声を出すのはあまりないことで緊張した」といった声が聞かれた.

 このような活動にやどかりの里を挙げて取り組むのは初めてのことである.この活動を通して,市民の理解が広まっていく手ごたえや,様々な人との出会いやつながりから得ていくものは大きな財産となっていることを実感する.

 8月19日現在でやどかりの里で集めた署名の数は6,683筆.募金は132,126円.最終的にどこまで伸びるのか.そしてこの思いはさいたま市議会に届くのか.今年の夏も請願活動もまだまだ熱い.

(白石 直己)

 

 <運動と学習を積み重ねて・2>

第4回障害者自立支援法学習フォーラム

「さいたま市っていいね」って言われたい
〜私たちのとりくみ,はじめの一歩〜

 8月21日(月),第4回障害者自立支援法学習フォーラム(以下,フォーラム)が産業文化センターで行なわれた.当日は当事者や家族,関係者,一般参加者等を含む,約270名の参加があった.

第1部 情勢報告
 さいたま市障がい者施設連絡会幹事も担っている増田一世より「障害者自立支援法をめぐるさまざまな動き」として,国や県,市の動きが報告された.
 直接的な障害者に関する動きだけでなく,生活保護等の経済財政の話題にも触れ,「国の中の大きな舵取りがどの方向に向かっているかを知ることが必要」と,国全体が何を見据えているかをきちんと理解することの大切さを伝えた. また,「いのちが削られていく現実」として,各地で実際に起きている障害者やその家族の心中事件についても触れ,「大きな問題が出てきている」と,障害者自立支援法だけでなく,国の骨太の方針が与えている障害者に対する厳しい現実も語った.

第2部 請願署名活動の中間報告と課題提起として
 さいたま市障がい者施設連絡会事務局長の斉藤なを子氏より,請願署名活動の報告がなされた.
「暑い夏に,熱い思いで,厚い壁にぶつかりながらやっている」との言葉通り,この2か月余りの請
願署名活動における様々な苦労や大変さ,そして地域における反応が率直に語られた.
 当事者と一緒に市議会議員の方々を訪問した際には「大変だね」「署名は大切だよ」と暖かい言葉をかけてくださる方がいる一方で,実状を知らない方も多く,厳しい言葉を投げられた場面もあったという.斉藤氏は「私たちの思いだけでは出来ないこともある」と述べた上で,「だからこそ今回のフォーラムを,当たり前に生きていくためのはじめの一歩にしたい」と語った.

第3部 リレートーク「私たちの声を響かせ,届けよう」
 リレートークでは,当事者・家族・施設職員等9名が壇上に上がり,それぞれの思いを発言した.
 そめや共同作業所の中島嘉弘氏からは,自分自身の署名活動について,「人とたくさん話して信頼してもらうことが大切」と報告があった.また,(社)オストミー協会さいたま市支部の松岡英嘉氏は,自分自身の内部障害についてその実際の生活のしづらさを語った.やどかりの里からは,星野文男氏が思いを語った.「輪を広げよう」と題し,小さい輪から大きい輪へしていくことの大切さと,障害者に優しい街はみんなに優しい街であることが話された.最後には「今こそ皆で立ち上がろう!」と力強い言葉が投げかけられ,会場から大きな拍手が送られた.

 またこの日は,請願署名の第3次集約日でもあり,当日届けられた署名数,募金額を合わせて,フォーラム閉会時の集約結果が報告された.署名43,849筆,募金1,000,967円と,署名数は目標を大きく越える結果となった.会場からは大きな拍手が起こり,会場中が一体となって数字の大きさと,そして1筆1筆の重みを感じているようだった.最後の閉会の挨拶では,「これから長い戦いとなりますが,皆さんがんばって行きましょう!」との言葉で締めくくられた.

 私自身,リレートークの中で語られたオストミーについては,ほとんど知識がなかった.オストミーとは膀胱がんや人工肛門等の総称で、日本では約16万人の方がいるという.表面上にはあまり見えない障害であるため,その生活の大変さを今回初めて学ぶ機会となった.
 署名活動に取り組み始めてから2か月が過ぎたが,メンバーと共に積極的に署名を集める一方で,「本当に私たちの思いは市議会へ届くのだろうか」と不安に思うこともあった.もちろん請願活動はこれから先も続くが,今回の中間発表で当初の目標であった3万筆を超えたことは,「やり遂げた」という達成感と,市内にこれだけ同じ思いの方々がいてくれるのだという勇気をもらったような思いがした.今後もこの大切な署名を,きちんと市議会に届けることが出来るよう活動を進めていきたい.

(久松 明子)
機関紙「やどかり」2006年9月号より

 


さいたま市への要望書の提出と市との話し合いの報告

 この困難を一緒に歩んで行けるさいたま市に やどかりの里の各施設も所属している,さいたま市障がい者施設連絡会(以下,さい障施連)では,8月31日にさいたま市への緊急要望書を提出した.要望書は,7月25日の全体会を経てまとめられたものだ.
 
今年度の要望内容は,障害者自立支援法(以下,自立支援法)の施行による影響の濃い内容になった.以下に大項目のみ掲載する.
1.さいたま市単独事業の水準を低下させずに,その存続と一層の拡充を図ってください.
 1)心身障害者地域デイケア施設の水準を低下させず,存続させてください.
 2)精神障害者小規模作業所と心身障害者地域デイケア施設の格差をなくしてください.
 3)生活ホームの制度を現状の水準を低下させず,存続と拡充をしてください.

2.自立支援法による障害のある人やその家族,障害者施設への影響を小さくするためのさいたま市独自の施策を実施してください.
 1)障害のある人への負担軽減措置を行ってください.
 2)障がい者施設の水準の低下を防ぐための支援策を講じてください.

 これまでも要望し続けてきた,デイケア施設や精神障害者小規模作業所の補助水準を上げてほしいという内容に加え,国の示す自立支援法の水準に合わせるという理由で,市の単独事業の水準を下げないで欲しい,自立支援法により障害者,家族,施設が大打撃を受けることへの対応策を求めた.

 8月8日夜には,要望書に回答する形で,さいたま市担当者との話し合いが市の主催で開催された.市担当者は8名,さい障施連の各施設から70名が出席した.

 まず,市の回答が書面と口頭で説明された.前述の要望書の1−2)にある精神障害者小規模作業所についての回答は,以下の通りだった.

 「障害の特性や施設基準,職員配置基準等の違いによりそれぞれの補助制度を単純に比較はできないものの,他障害の通所施設の補助と差があることは十分認識しております.今般,自立支援法の施行により新たな施設体系への再編が進行している中で,小規模作業所においても法定施設や個別給付事業への移行が考えられます.この中での既存補助金の増額等につきましては非常に厳しい状況となっていることから,小規模作業所の移行が想定されている地域活動支援センターの詳細を早期に取りまとめるとともに,事業運営の安定化を図るため新事業体系移行への段階的推進に努めて参ります」

 要望したどの項目についても,残念ながら,納得できる回答は得られなかった.「今は,これしか言えない」という言葉も度重なった.更に,担当者が説明の中で具体的な考え方を示したのは,「国が自立支援法で方向を提示しているから,市としてはそれ以上のことは考えられない」というものだった.

 その後,集まった施設から現状が報告された.
「職員配置が少ない.食事もトイレも介助が必要な全介助の利用者のトイレの回数まで制限することになってしまう」

「利用料負担を理由に施設を退所したメンバーが,外界の刺激もなく,自宅で退行していっている.体重も20「増えた.放ってはおけないが,何もできない.これは施設だけで考えることなのか」
「支援費の計算が日割りになり,単価基準も下がり,施設は毎月70万円の減収になっている」
「国庫補助金が今年なくなり,市の補助金536万円と共同募金50万円が全て.仕方なく非常勤職員を減らした.人手がなく,ピアショップ(市の授産活動活性化事業)にも出店できない」
「施設利用をやめた人がいる.利用料を滞納する人もいる.支払うために借金している人もおりショックを受けた」
「安易な経営対策をしないで,これまでの支援を継続しようとすれば,するほど施設が苦しくなる」

 最後の質疑で役員の増田が「障害者自立支援法が成立したのは市の責任ではない.しかし,この法によって起こる様々な影響はさいたま市に考えて欲しい」と投げかけたことが,印象に残った.
 この困難を一緒に歩んで行けるさいたま市であって欲しい.

(檜山 うつぎ)
機関紙「やどかり」2006年9月号より


家族同士の話し合いを通して学ぶ
〜家族状態調査の報告と情勢の共有〜

 去る7月27日(木),やどかりの里会館ホールにて,やどかりの里の家族会である浜砂会とやどかりの里の3つの生活支援センターとの共催で家族研修会が開催された.各生活支援センターに登録しているメンバーのご家族に声かけをし,当日は19名の参加があった.
 
 浜砂会では,毎月第2木曜日に定例会,第4木曜日に家族研修会を開催している.しかし,浜砂会会員も高齢となってきており,定例会や家族研修会への出席者が少なくなってきている.

 第4木曜日の家族研修会では,それぞれの近況などを話したり,さいたま市内の他法人の家族会である「もくせい会」の定例会に参加したりしている.昨年度は,家族の方が立ち上げた心身障害者地域デイケア施設の見学へも出かけた.家族研修会での取り組みの中で,「悩んでいるのは自分だけではないと思えるようになった」「自分の関わり方について考えるようになった」との感想が出されている.浜砂会の定例会や家族研修会を通して,ご家族自身が癒される体験をしていたり,自分の生活について考える機会となっている.

 そこで,これまでも各生活支援センターごとに家族連絡会を開催しているが,より多くのご家族が知り合い,思いを語り合えるような機会を作ろうと,浜砂会と3か所の生活支援センターが共催で家族研修会を開催することとなった.

 当日は,昨年2月に行った家族状態調査(機関紙2006年6月号2,3P参照)について大宮東部生活支援センターの三石より報告があり,続いて,障害者自立支援法について,やどかりの里援護寮の白石より話があり,情報を共有した.今年度4月より障害者自立支援法が一部施行され,10月からは完全施行となる.今のやどかりの里の考え方や今後の活動展開,現状から見える問題点などについて,資料をもとに丁寧に話があった.
「支援センターなどがすぐに変わってしまうのか」
「支援センターはふらっと行く場所なのにお金がかかるのか」など, ご家族からも不安の声が上がった.

 その後,2つのグループに分かれて意見交換を行った.障害者自立支援法に伴う具体的な不安や1人暮らしをしていく時に,これからどのように資源を活用していけるのかということ,本人との関わりの中で困っていること,年金などの制度についての情報がなくて不安に思っていることなどの様々な意見が出された.

 私が印象に残っているのは,グループの中であるご家族が,「息子が年金をもらえるように手続きをしたいが,どのようにしたらいいのかわからない」と問いかけをしたところ,他のご家族が自分たちの体験を伝えつつ,手続きについてアドバイスをしていたことだった.そのやり取りから,それぞれに抱えていた不安や疑問が,ご家族自身から発せられるようになっていった.活発に意見交換がされる中で,少しずつご家族自身の気持ちや不安が語られたように感じた.

 最後に,さいたま市議会に向けた署名活動のお知らせと次回の家族研修会について話があった.今後も定期的に家族同士で集まる機会を作り,情報共有や話し合いの場をもっていきたいと考えている.次回は,10月から本格施行となる生活支援センターやグループホームの事業内容や今後の方向性について話し合う研修会を企画している.より多くのご家族に参加していただければと思う.

 毎月行われている浜砂会の家族研修会では,自分たちの関わり方や利用できる資源や制度について話し合いや見学を行い,家族同士が支えあい,学びあっている.より多くのご家族が,自分自身の悩みや不安を話し,お互いに共有していく中で自分の生活を考える場として利用してほしい.ご家族が1人で悩まない取り組みを今後も継続していきたいと思う.

(玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2006年9月号より


響き合う仲間とともに,
展望を描き出した人づくりセミナー


 7月15日〜17日の3日間にわたって,第7回人づくりセミナーが開催された.障害者自立支援法が施行され,目の前のことに追われている状況の中でセミナーを開催するかどうか戸惑いもあった.しかし,困難なときほど突き進むべきではないか」という思いから,忙しい日々の業務をいったんストップしてこのセミナーに臨んだ.

 当日は,45名の参加があり,多くはやどかりの里の関係者ということもあり,やどかりの里が今後の展望を描き出すための力量形成の場になることも一つの目標として取り組まれた.1日目は障害者自立支援法と介護保険法について様々な視点で整理し,問題点の把握,問題背景の理解,問題対応の認識を深めていく内容であった.それらの発表を受けて5つのグループで活発な討論が行われた.今回のグループワークではポストイットにそれぞれの気付きを書き,模造紙に張りながら思いや気付きを重ね合わせていく方法をとった.大切に思うことを言葉で表すだけでなく,目に見える形にすることで気付きをみんなのものにすることができたといえる.

 2日目は,まず「さいたま市における障害者の地域ケアの実際とこれからの取り組み」を報告した.やどかりの里のあゆみを整理し,自己完結型の活動を展開していた2000年以降,市内の関係者と顔の見える関係づくりができるようになってきた2001年,そして2002年から2004年の3年間で,さいたま市障がい者施設連絡会が組織化され,障害種別を超えた市内のネットワークが動き出し,2005年にはそこに関わる人たちの協働の取り組みとして学習フォーラムを開催するまでに至ってきている.そして2006年,さいたま市議会に向けた請願活動を通して,誰もが安心して暮らせるさいたま市づくりに向けた取り組みが始められている.こうしたあゆみの裏側には,人と人をつなぐネットワークの形成と,障害を越えて市民としてこの街をよりよくしていきたいという思いの共有が大きな支えになっていることが見えてきた.今共有している問題意識は障害者自立支援法だが,今後はあらゆる課題に協働して取り組める市民運動につながっていく可能性を秘めている.そして,やどかりの里がこれから歩んで行く先には,障害ある人や高齢者といった活動の対象や視野の広がりをもって,障害者自立支援法と介護保険法を部分にして活用しながら,新たな活動を展開していく可能性が見えてきているといった展望を描き出した.

 次に0歳から90歳までの人を対象としている複合施設の現場で起きている現状にふれ,障害や立場を超え,「人として」の共通項を見出す中で,問題に対応していく活動の姿勢を学ぶことができた.
 法の問題に留まっているのではなく,そこから抜け出して広い視野で新たな公共性を創り出して行くのだということを参加者で共有することができた.「守るより創りだす方が楽しい」という発言が共感をよんだが,活動を維持する守りではなく,活動理念を守るために新たな活動を創り出すということが,これからのやどかりの里のあるべき姿なのではないだろうか.

 3日目には,出雲市の市民活動ネットワークのあり様を学び,ネットワークの中にいる1人1人が何を考え,何を大切にして活動に参加するのかを考えさせられるものとなった.最終日は,明日からの第一歩に向けてそれぞれが溢れんばかりの思いを抱いて終了となった.

 3日間にわたるセミナーは,まさしく明日の実践現場そのものであったといえる.人づくりセミナー開始から9年.長年コーディネーターを務めていただいた丸地信弘氏(グレイスフル下諏訪)をはじめ,全国各地からの参加者の人たちの力を借りて,やどかりの里は「思いを形にし,動かしていく力」を確実に身に付けてきていると実感している. 

(大澤 美紀)
機関紙「やどかり」2006年8月号より


さいたま市議会請願行動報告さいたま市独自の負担軽減を!
「さいたま市っていいね」を実現するために

 9月のさいたま市議会に向けた2か月にわたる請願署名行動が行われている.請願項目は,ただ1つ,『障害者自立支援法による障害福祉サービス・障害者自立支援医療・補装具にかかる利用者負担について,さいたま市独自の負担軽減策を講じてください』である.

<動機づけとなったのは>
 12,3,6月と3回にわたり,さいたま市障害者協議会(以下,協議会)とさいたま市障がい者施設連絡会(以下,さい障施連)が協力し,障害者自立支援法の「学習フォーラム」を開催してきた.毎回300人を越える,障害当事者や家族,施設関係者が参加し,学習と共感を重ねてきた.参加者からは「この現状を伝える行動をしたい」という発言が出されるようになっていった.
 そのような声を受け,学習フォーラム実行委員会で具体的な検討が進められた.そして,協議会,障施連が主体となって請願行動に取り組むことを決定した.

<この請願行動で大切なこと>
 @ この法に対する評価は個人や団体によって様々である.しかし,今回は「障害当事者の不利益(施設退所や利用抑制)を少しでも回避できるよう,市独自の利用者負担軽減策を求める」この1点で一致していく.

 A さいたま市と戦うのではなく,私たちの声を届けることによって,さいたま市の全施策の中での障害福祉分野の位置づけを高めていく.

 B 自分の問題として,当事者・家族・職員みんなで取り組む.

 C この行動を通し,より多くの市民と対話を重ね,障害者への理解や,現状への共感を重ねていく.

 D この現状をあきらめないで,願いや要求を実現していく力,まとまっていく力を育てていく.

<取り組みの流れ>
 6月22日の第3回学習フォーラムから署名活動がスタートした.間もなく,両会の全会員(協議会19団体,さい障施連67施設)に署名用紙がいきわたった.地道な取り組みが始まった.そんな中,この署名に賛同してくださったJR労働組合から署名900筆,募金10万を越える協力をいただき,大きな勇気づけになった.
 7月23日の第一次集約日には署名13,018筆,募金348,383円の結果が出た.また,さいたま市議会請願行動推進委員会は請願署名提出の準備(各会派から紹介議員を出していただくことが必要)を行っている.各議員のご理解を得るべく,ご挨拶に伺っている.

<やどかりの里での取り組み>
 6・7月の第三木曜会にて,取り組みについて話し合い,内部請願事務局を設け,各部署でも担当者を決めた.インターネットの掲示板での情報共有も励みになっている.(パスワードは「yadokari」里のホームページから入れます)
 メンバー・家族・職員とも,行きつけのお店や通院先で署名をお願いしたり,街頭署名に参加したり,議員への挨拶廻りをしたりと奮闘中だ.その結果,7月23日現在,里全体で署名1,530筆,募金37,298円という成果を出した.

<今後の予定>
 7月30日は大宮駅,8月10日は浦和駅での街頭署名活動を行う.テーマカラーの黄色に駅前が染まるだろう.8月21日の第4回学習フォーラムにて最終集約,8月末にさいたま市議会事務局へ提出の予定だ.
 この請願行動に参加し,自分に見えているよりずっと大勢の障害者や関係者が存在し,皆がつながり始めていること,また,障害者を理解し,この状況に共感してくれる一般の人たちの姿が浮かび上がってきたことを実感している.
しかし,忘れてはならないのは,この問題の根源は,国の法にあることだ.その改善を求める運動を続けなければならない.今回はその応急措置をさいたま市に求めているのだと思う.
 この原稿を会員の皆さんに読んでいただける頃には,請願署名行動も大詰めを迎えているだろう.9月に追加署名の提出のチャンスがあるはず.最後のひと頑張りをしよう!    

(檜山 うつぎ)
機関紙「やどかり」2006年8月号より


さいたま市精神保健福祉地域ネットワーク連絡会
精神障害者が安心して暮らせるさいたま市に向けて
〜さいたま市精神保健福祉地域ネットワーク連絡会開催〜

 6月27日(火)さいたま市保健所にて,さいたま市精神保健福祉地域ネットワーク連絡会(仮称)(以下,連絡会)が開催された.この連絡会は,昨年度3回開催したさいたま市保健所主催の精神保健福祉研修会(機関紙2006年1月号5面,3月号3面を参照)において,さいたま市内のネットワークづくりの必要性に基づき,実行委員会を立ち上げて検討をし,今年度第1回目を開催するに至ったものである.参加者は約80名.健康増進課・支援課・福祉課等の行政職員,保健所,保健センター,精神科病院・クリニックのケースワーカー,訪問看護師,介護支援専門員,社会復帰施設職員,作業所職員,公共職業安定所職員,当事者,家族など,様々な立場からの参加があり,さいたま市内の精神保健福祉関係者が一同に顔を合わせた.やどかりの里からも約20名が参加した.参加者の顔からは,今後のさいたま市におけるネットワークづくりへの期待が感じられた.

 はじめに,こころの健康センター黒田所長から開会挨拶と連絡会の趣旨説明がなされた.次に市内の当事者・家族それぞれ2名ずつの体験談を聞いた.体験談では,安心して相談できる人がいることの大切さ,資源を活用していく中での人との出会いや活動の広がりがあった,人との出会いから学ぶことがあった,という当事者の話,子供が発症した時に情報が得られずとても困った,家族会と出会うことで救われた,息子が友人との付き合いで喜んでいる姿を見ると涙が止まらない,というご家族の話を聞き,必要とする時に必要な支援が得られないという現実を目の当たりにし,市内のどこに住んでいても平等に情報や支援が得られるようなネットワークづくりが必要だと強く感じた.併せて,相談支援態勢の質の拡充が必要であり,自分自身の力量も高めていきたいと思った.

 体験談を受けて,地域別の7つのグループで,自己紹介から始め,地域ごとの特徴や今後どのようなネットワークが必要かなどについて話し合いを行った.ご家族の方からの「こういう場ができつつあるのは嬉しい.今まで点でしか繋がらなかったが,線や面で繋がれるようになればいい.家族も社会資源であるから活用して欲しい」「義務教育の時に,精神保健福祉に関するある程度の情報提供があると,まずどこに相談したらいいかなど繋がりやすくなるのではないか」という意見や,「何かを依頼するだけではなく,どうしたらいいだろうと相談できる関係を作りたい」「各区レベルでの集まりを持っていくことが必要」「人が異動になっても,ネットワークが途切れないように,各機関内での情報共有と情報の補完をすることが大切」「区ごとの地域資源の数などの地域格差をどう考えていくか」など,今後のネットワークづくりに生かしていける意見が多々出されていた.また,あるグループでは,就労支援システムの構築について話が及び,公共職業安定所の方を全体に紹介した.窓口の人の顔が見えることが,相談しやすさにつながるなど,お互いに顔の見える安心感がネットワークの大きな機能であると思った.

 このように集まり,顔を合わせて話をしていると,同じ地域で活動をしていながらも,それぞれがバラバラなことが多かったということを改めて感じた.この連絡会を発展させていくことで,関係者のお互いの顔が見えるネットワークを構築していくことが,精神障害者が安心して暮らせるさいたま市に向けての第一歩となるであろう.
 今年度,連絡会は3回程度の開催予定で,次回は他市でのネットワークに関する取り組みを素材に,さいたま市での取り組みについて話し合う予定である.今後の具体的な取り組みをどう形作っていくかが大切である.      

(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2006年8月号より


やどかりの里の活動を後退させないために

 10月1日(日),2006年度やどかりの里バザー開催毎年恒例のやどかりの里バザーの開催が決まった.今年度は,10月1日(日)に中川自治会館前グラウンドとやどかりの里(さいたま市見沼区)を会場に行なう.各部会をそれぞれの部署が担い,代表者が実行委員として毎月1回の実行委員会に出席し,今年度のバザーに向けた話し合いを行なっている.目標額は180万円.バザーで得られた収益は,やどかりの里活動準備基金として,今後必要となる活動のために使わせていただきたいと考えている.

 今年度のバザーに取り組む背景には,4月より施行された障害者自立支援法(以下,法)による影響がある.法により,障害者の生活は大きく変わろうとしている.福祉サービスを利用する当事者自身への利用料の負担が大きくなり,1人1人の生活に影響を及ぼすことになる.やどかりの里のグループホームに住む人たちは,家賃や光熱水費の他に利用料がかかるようになった.また,自立支援医療によって通院費が倍になっている.

 運営する側にも大きな影響があり,既に小規模作業所の国庫補助金が廃止となり,社会復帰施設の補助金が5%削減されている.実際にやどかりの里全体では,今年度約2000万円の減収を見込んでいる.今年度は,小規模作業所の移転による家賃の減額,職員の給 料カットで対応している.今後も補助金は削減される見込みがあり,このままでは活動を縮小せざるを得ない.

 やどかりの里は,精神障害者が街の中で生き生きと暮らしていけるよう,36年間活動を続けてきた.積み上げてきた活動を後退させないためにも,運営資金が必要となってくるが,やどかりの里を利用しているメンバー,家族やさいたま市内に暮らす障害を持った人たち,1人1人の生活を支えるために,補助金以外の運営資金を獲得していきたい.バザーはそのための自己資金作りの一つと考えている.また,多くの人たちに少しでも福祉の現状を知ってもらい,共に暮らすさいたま市として,よりよい街づくりを目指す一端となることを願っている.

(実行委員長 玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2006年8月号より


ドリームカンパニー・アトリエなす花移転しました!
〜激動の中新たな一歩を踏み出す〜

 今年度,障害者自立支援法(以下,法)施行や国庫補助金の削減により,小規模作業所のただでさえ脆弱な財政基盤はさらに困窮した.それに加えて,市の単独事業としての継続も確実なものとは言いきれない.働く場を取り巻く状況は,未だ「法」に示される事業内容や要件は明確でない上,利用料を支払うという矛盾は解消されていないが,これまで積み上げてきた活動の実績や価値を大切にして,自分たちで活動を作り上げていきたいという思いは変わらない.その思いのもと,7月にドリームカンパニー,8月にアトリエなす花が移転した.さらなる事業の活性化を目指して,今後はふたつの作業所が同じ建物に同居となり,1階と2階でそれぞれの活動を展開していく.

<ドリームカンパニー>
今後もお客様に愛される店づくりを
 平成4年に中川に開所して以来,「働く」ことに誇りを感じ,はりあいを持って生きたいというメンバーの願いを原動力に活動を展開してきた.そして今では,
@ 地域の中の一店舗としての店らしい店づくり,
A リサイクルを通した環境問題への取り組みによる社会貢献,
の2点を柱に活動の幅を広げている.

 去る7/11,レジに列が連なる大盛況の中で,ドリームカンパニーは移転オープンを迎えた.「(引越し準備で店を休んだ)2週間が長かった」「綺麗なお店になって良かったね」との温かな声を多くの方からいただき,移転してもお客様がついて来てくれるのかという不安を払拭することができた.

 1月には開店から15周年を迎える.例年よりも大きなセールを企画中だ.「法」による厳しい状況下にあっても,メンバーが誇りを持って働ける場所を維持し,皆と夢を共有して事業を発展させる基本姿勢は変わらない.今後もお客様を大切にし,お客様から愛される店でありたい. 
(渡辺 里子)

<アトリエなす花>
さらなる発展を目指して
 アトリエなす花は,平成5年10月に開所した.ドリームカンパニーで空いた時間に行っていた,手作り品製作の作業をきっかけに,そういった仕事を行う作業所がほしいとの声で立ち上がった.当時,革工芸のサークルも行われていたことから,そこで活動するメンバーの得手を生かして革工芸が作業の中心になった.今でも革工芸はなす花の仕事の柱である.そして,13年の月日をかけ,「質のよい製品を製作する工房」として成長し,今ではたくさんの注文や依頼があり,少しずつ努力が実ってきていることを実感している.
 
新天地での活動は8月1日より開始する.「少しの期待と大きな不安」を抱えているメンバーも少なからずいるが,彼らと共にこれまでどおり安心して働ける環境整備を大切に,夢や希望を形にできる働く場として,新たな歴史を刻んでいきたい.  
(中村 由佳)

機関紙「やどかり」2006年8月号より


緊急出版「これでいいのか障害者自立支援法」の反響
こんな本を待っていたんです

 やどかり出版では,5月から6月にかけて,緊急出版「これでいいのか 障害者自立支援」シリーズ3部作を出版した.
 この緊急出版は,やどかりの里で活動する私たちのやむにやまれぬ思いが原動力になっている.
 やどかりの里がこれまで長い時間をかけて築いてきたものがこのままでは崩されてしまう.何が大切なのか,こういう時期だからこそ,きちんと捉えて伝えていこう.この思いは,やどかりの里の私たちだけではなく,全国に同じ思いを持つ人たちがいるはずだとも思った.

 短期間で出版しなくてはならないため,執筆陣もやどかりの里の内部の人たちになった.
 執筆陣の頑張りに応える形で,やどかり情報館(精神障害者福祉工場)のやどかり出版,やどかり印刷のスタッフも踏ん張った.障害の有無には関係なく,それぞれの持ち場でプロとしての仕事を貫いた.
 そして,やどかりの里のたくさんの思いを詰め込んだこの3冊は,どのように受け止められたのだろうか.

 出版と同時に,ファックスや電話での注文がひっきりなしに入るようになった.大きな書店の障害者自立支援法のコーナーで置かれるようになった.
 「こんな本を待っていたんです」という声をいただき,自分の会にも紹介したいが,出版のチラシを送ってくれないか,自分たちの仲間のメーリングで紹介したい,という声が寄せられている.

 施設の職員からは,「事業経営のことを考えるとつい目先のことで動かされてしまう.やどかりの里がどう考えているのかを読みながら,自分たちの活動をもう一度点検する気になった」と話してもらったこともある.

 また,「わかりにくい法律なので,作業所の通所者の人と,1日,1項目ずつ読み合わせしながら勉強しています」とシリーズ1冊目の「障害のある人たちからのQ&A」の活用法を報告いただいたりする.

 こうした声が,執筆陣,編集,制作,印刷,製本に関わった人たちへの勇気づけになる.発送を担う販売管理部の人たちも,忙しいけれどやりがいがあると,厳しい状況におかれながらも,皆張り切っている.私たちの思いが,全国の仲間に届いた!という実感なのだと思う.

 こんなお便りもいただいた.
 名古屋市の小規模授産施設の所長を務める安藤里恵子さんだ. 
 「『これでいいのか障害者自立支援法』1,2,3,でやどかりの皆さんが,自分たちの実践と当事者の生活から今度の法律に対する意見がきちんと書かれていることに感銘を受けました.やどかりの里がこつこつと積み重ねてきた歴史,それを丁寧にまとめてきた歴史を感じました.常に自分たちの足下をみて当事者と向き合ってきた丁寧さに頭が下がります.
 私達に出来ること,しなくてはならないことは,こういった事だと本当に思いました.障害者自立支援法(うちのメンバーはひきこもり支援法といってますが……)の3年後の見直しにむけてここ1年2年の間にそれぞれの現場からこういった実践の報告を出していくことが大切ですね.日々の業務の中でよくここまでまとめてくださいました.大きな都合に流されず,丁寧な,そしてきちんと当事者の生活と向き合った実践をしたいと思います.その他の執筆の皆さん,編集の皆さんありがとうございました」

 10月1日の本格施行を目前に,さまざまな動きが目まぐるしく始まっている.状況を切り拓く力強い各地の動きを伝えていくことも,やどかりの里,やどかり出版の1つの使命なのだと思う.

(増田 一世)
機関紙「やどかり」2006年7月号より


チェコ少女合唱団「イトロ」コンサートに向けて
〜2007年5月,平和のコンサート開催〜

チェコ少女合唱団「イトロ」
 やどかりの里では,来年5月19日(土),埼玉会館大ホールにて,チェコ少女合唱団「イトロ」のコンサートを開催することになった.「イトロ」の合唱は世界的に高い評価を得ている.2004年には「平和ツアー」として,チェコと日本各地に赴きコンサートを開催した.イトロの指揮者は,「アウシュビッツの控え室」といわれたチェコ北部の「テレジン収容所」の悲劇やチェルノブイリ原発事故での甚大な被害を憂い,平和を願う1人である.ツアー中,被爆直後の広島で教師の励ましの甲斐なく命を落としていく子どもたちの姿を描いた「虹よ永遠に」という曲をチェコの少女たちが日本語で歌いあげた.このツアーが2007年に再び開催される.ツアー全体のマネジメントを日本交響楽協会が行い,その1日をやどかりの里が主催する.

平和=いのちを尊重すること
 今回の企画は,「虹よ永遠に」の作曲を手がけた中村雪武さんからお声がけいただいた.エンジュのお弁当利用者で,2003(平成15)年8月にやどかりの里で開催した「夏の響きコンサート」の時にもご尽力いただいている方である.
 イトロのお話を最初に伺ったのが2004年の夏.ツアーの日程が変更になったため,翌年の暮れに改めてご依頼いただいた.奇しくもこの間,障害保健福祉分野では「改革のグランドデザイン案」が出され,障害者自立支援法が強行採決された時期と重なる.

 中村さんからやどかりの里にお声がけいただいた当初,チェコという国に馴染みもなく,開催費用の面からみても尻込みしていた.障害者自立支援法の影響下,コンサートに力を注いでいけるのか不安であった.しかし,人々の暮らしを脅かす法律が十分な論議を経ないまま強行されていくこと,さらに,憲法改正の動きも本格化しているさなか,こういうときだからこそ,平和を守ることの尊さをやどかりの里から発信し,多くの人たちと共有することが大切なのではないだろうかと確認した.費用の面でも日本交響楽協会が尽力してくださるとのことで,やどかりの里としては,運動の側面を持ちつつ財政基盤づくりの一環として取り組むこととなった.

無血革命の歴史を持つチェコ
 4月に第1回目の実行委員会を開いた.委員は,やどかりの里の職員6名のほか,中村さんが加わってくださった.
 2回目の実行委員会では,チェコについて造詣が深い職員の武智敏枝さんにお話をうかがった.

 チェコは,1968年の「プラハの春」,1989年の「ビロード革命」と改革の歴史を持つ.武智さんは,「ビロード革命は無血革命.話し合いだけで解決できる,そういうことができるのかと思った」という.ソ連の下で共産国から民主国となるが,自由を大切にし,話し合い,解決できる人たちの国.チェコを訪れた経験のある武智さんは,個を大切にする国柄を実感した.中村さんは,「全共闘を知っている人にとっては,プラハは憧れ」と語った.日本でも,安保闘争などの歴史を持つが,若い世代にとっては馴染みが薄い.自国の歴史をも顧みる機会となった.

 武智さんは,自らの戦争体験にも触れた.「戦争が終わって,川の水が流れて底の石が見えるように真実を見ていい,言っていいということになってホッとした」という言葉の重みを感じる.そして,武智さん,中村さん共に「個を大切にするのが本当の民主主義ではないか」と語っていた.

 企画には,被爆直後自らの命を投げ出し新しい命を取り上げた産婆の姿を描いた「生ましめんかな」という詩を盛り込むことになった.これから中村さんが作曲活動に入る.また,武智さんは,委員に加わってくださることになった.
 「平和憲法ができて21世紀は本当に戦争がなくなると思っていた」という人生の大先輩の方々の思いに触れ,学びながら企画を進めている.当日は1,300席を用意している.多くの方々と思いを共有していきたい.

(香野 恵美子)
機関紙「やどかり」2006年7月号より


社会の動きが激しい中で
職能団体の方向性をどう見出すのか


 6月8日〜10日に第42回社団法人日本精神保健福祉士協会全国大会及び第5回日本精神保健福祉学会が,名古屋市で開催された.大会には,全国から1000名を超える参加があった.やどかりの里からは私も含め3名が参加した.

 日本精神保健福祉士協会は,会員数も4,700名を超え,昨年は700名を超える新規入会者があったという.数年前から比べると,会員数が本当に増えたと実感する.学会での発表も数多く,2日間で18の分科会が開催された.発表内容は教育課程で起こってくる精神保健の問題から高齢者の問題まで,多岐に渡っていると感じた.また,発表の形式も,当事者との共同発表の形式を取るもの,ビデオ映像によるものなど,ユニークなものも多かった.多種多様な発表が増えただけに,その成果を協会としてどう集約し,蓄積していくのかが今後の課題であると感じた.

 総会では,障害者自立支援法の施行や医療制度改革など急激に動いている情勢の中で,刻々変化する状況に即応した対応を求める意見や,協会の社会的責務を求める意見が出された.また,生涯研修を通じた精神保健福祉士の質の向上など,精神保健福祉士のあり方についても提案があった.精神障害者を取り巻く状況は厳しさを増しているという認識からの意見や提案が出されたのだと感じた.厳しい情勢だけに,精神障害者の社会的復権と福祉の向上を掲げる職能団体として,今後の方向性を問われていることがひしひしと伝わってくる総会であった.

 一方で,障害者自立支援法を考える集まりの参加者から「障害者自立支援法が精神障害者に与える影響が大きいのにピンと来ていない参加者がいた」という話も聞き,社会の動きにどう向き合うか,協会員の中にかなりの温度差があることも分かり,今後が危ぶまれる.

 特別講演では,厚生労働省社会・援護局総務課の潮谷社会福祉専門官が「今後の社会福祉専門職制度のあり方」について話された.まず,社会福祉を取り巻く状況として,少子・高齢化の進行,増大する社会保障給付費の問題などをあげた.その上で社会保障は制度の持続可能性が課題だとし,最近の動きである介護保険制度の改革,障害者自立支援法の制定,生活保護制度の見直しなどを関連付けて説明した.諸制度の改革と連動して介護福祉士,社会福祉士など福祉人材のあり方も見直しが始まっていることが報告された.

 この報告は,社会保障全体の大きな流れを確認する機会となった.特に注目されるのは,生活保護の見直しである.生活保護基準については,5年に一度の定期的な検証,老齢加算の段階的廃止や母子加算の見直しが検討されている.制度・運用のあり方と自立支援の見直しについては,被保護者に対する自立支援プログラムの導入と実施体制の整備が盛り込まれていた.「保護の長期化を防ぐ」という文言があり,法の対象から外れていくことが自立,という発想が読み取れる.障害者自立支援法にも通じる発想であると受け止めた.実施体制の充実については,「民間事業者等への外部委託の推進や非常勤職員の積極的活用」とあり,官から民へという構造改革の流れが背景にあると言える.

 国民の生活を保障する最後の砦とも言うべき生活保護制度にも,このような見直しがかかっていることに危機感を持った.国民の生活に対する公的な責任性が後退することにつながらないか,注意深く見極めていかなければならない.

 一方で,外部委託を推進するにあたり,専門性を担保するという意味で社会福祉専門職が注目されている.専門職の質を高める養成過程や職域の拡大など,検討が進められているのである.職域が拡大することは専門職としては一見チャンスと見えるが,職域拡大の前提に社会保障給付費抑制の動きがあることを見逃してはならない.誰のための専門職か,常に問い直しながら社会の動きに対応しなければ,本質的なものを失いかねない現状であることを再認識する大会であった.

 (白石 直己)
機関紙「やどかり」2006年7月号より


ドキュメント障害者自立支援法
各地の集会から

 障害者自立支援法(以下「法」)が施行されて3か月.表面化した悪影響や矛盾への困惑と怒りの声が全国であがっている.今号では,関東各地で開催された4つの運動やフォーラムの報告を通して,それぞれの取り組みや障害者の暮らしの現状を伝えていきたい.

きょうされん国会請願報告
 去る6月1日,きょうされん国会請願活動が行われた.これは毎年きょうされん加盟施設が全国で集めた署名を携え,全衆参両院議員の元へ請願に訪れる取り組みで,今回で第29次となる.今回の主たる請願項目は,「法」の応益負担の見直しを求めるものであった.

 当事者・家族・職員が参加し,主に地元都道府県選出の議員約20名を訪れるよう班編成された.私はさいたま市や川越市で活動する方々とともに議員を回った.

 国会会期中でもあり,私が訪れた議員は皆不在で,秘書による対応だった.「法」に賛成の立場をとっていた与党の中にも,「法」に疑問を持つ議員はおり,「この法律を通してしまったことには責任を感じている」という言葉も聞かれた.私たちは早急な改善を求める思いを訴えた.応益負担であるがために,あらゆるところで対立構造が生まれる仕組みになっているのが,「法」の最大の問題点である.施設の収入を確保しようとすれば利用者負担が増額され,利用者の負担を軽減しようとすれば施設経営が立ち行かない.同じ班の身体障害者を息子に持つ女性は,「法」の矛盾を秘書に向けて切々と語った.月3万円ほどの負担増が,いかに生活から余裕を奪うのか.息子の豊かな生活の実現のためにと様々なサービスを組み合わせることに,何故躊躇わなければならないのか.彼女の真摯な思いが秘書を通して国会議員へと伝わるよう,願って止まない.

 「法」が成立してしまった過去を嘆いても仕方がない.一旦決まってしまった法律を即座に覆すことも叶わない.だとすれば,私たちが暮らす市町村に対して,独自施策を講じるように求めていくべきだろう.変え得るところから変えていく努力をしなければ,結局何も変わりはしないのだ.地域へ向けて,私たちの運動は続いていく.その力を結集すれば,国を変えることもできるはずだ.   
(渡辺 里子)

6.3JD(日本障害者協議会)緊急フォーラム報告
「検証障害者自立支援法施工後の実態,そして今なすべきことは」
 6月3日,虎ノ門ニッショーホールに,全国から障害者,関係者はじめ行政関係者,学生,ボランティア等,「法」への憤りを持つ600名が集まった.やどかりの里からも数十名が参加した.
 
 当日はまず「 JD生活実態アンケート調査」の趣旨説明と中間報告があった.施設退所者,今後退所することを検討中の方々が増える傾向が示されると共に,自由回答では

「軽減措置の手続きのためとはいえ,ここまでさらけださないといけないのか.まるで裸を見られているような思いだ」

「職員の数が減り,職員配置が十分できないという理由で,朝9時から午後4時まで車椅子に座らされている.自立とは逆行しているのではないか」

といった悲痛な報告が相次いだ.このアンケート結果を踏まえ,法施行2か月の時点で,改めてどういう現象が起こっているのか,この段階でなにを成すべきか.続くシンポジウムで議論された.シンポジスト4名は,利用者,家族,行政,施設経営者の立場からの思いや考えを訴えた.

 行政の立場である二見精一氏(足立区福祉部障害福祉課障害施策推進担当係長)が

「今,当事者並びに家族を一番不安にさせているのが,障害程度区分認定調査です.今受けているサービスを引き続き受けるためには重い判定でないと受けられない.だから『判定が重く出て良かった』というおかしな現象が起こっている.サービスの対象,基準を決めるのは区,市町村.この基準を決める段階で,きちんと注目し,障害を持った当事者の実態,意見を伝えることが重要です」

と話していたのが印象的であった.

 最後にコーディネーターの藤井克徳氏(JD常務理事)が

「応益負担とは『障害による不利益=自分のせいですよ』ということ.これだけは認めるわけにはいかない」

と力強く宣言された.このフォーラムで確認できたことを地域に持ち帰り,地域で活動を広げ創りあげていくことの大切さを改めて考える機会となった.
(工藤 菜乃)

きょうされんとうきょうフォーラム報告
「自立支援法の施行 〜いま,私たちにできることは〜」

 6月8日,当事者の生活上の課題や問題となって表面化してきた制度の矛盾を共有し,その解決に向けて新たに行動を共にすべく,新宿文化センターにおよそ1,800人の当事者及び施設が集まった.
 当日のパネリストは4名で,それぞれの立場から,ホームヘルプサービス,通所施設,グループホームの現状と今後取組むべき課題について報告を行った.

 障害が重く,長時間の支援を受けながら地域で暮らしている人にとっては,その過酷な負担の実態が表面化してきている.定率負担を3%にする東京都独自の軽減策を利用しても負担の額が限度額を越えてしまい,その軽減策が意味を成さなくなっているといった現状が報告された.

 また,4月からの公費水準の引き下げにより,いずれの事業所も今後の事業運営に危機感をつのらせていた.職員賃金の引き下げ,職員配置の見直し,年間行事の縮小などの対応でこの状況を何とか乗り切ろうと努力しているが,人員削減が支援の低下につながってしまうことへの戸惑いは大きい.改めて実状とかけ離れた報酬単価の低さを実感すると同時に,障害者の暮らしを支える仕事が軽んじられていると思わざるを得ない報酬単価基準に対しては,パネリストから怒りの声があがった.

 さらに,働く場での自己負担という明らかな矛盾に加え,一般就労の可能性のある人を優先的に事業所側が選び,支援するという逆選択の傾向を危惧する声は,ほとんどのパネリストから聞かれた.

 障害が重く,多くの支援が必要な人や,働きたいという切実な思いを実らせた人がより多くの経済的負担を強いられる.また事業者は,その負担を求めなければ運営を継続できず更には支援の質まで落としかねない.ここにこの制度の根本的な矛盾がある.この矛盾を解消するために取り組むべき課題が,このフォーラムを通して明らかになったと感じた.応益負担を撤回すること,実態に合った報酬単価基準が設定されること,この2つの課題を軸として,その具体的取り組みを地域レベルで進めていくことの必要性を改めて確認することができた.
(渡邉 寛之)

第3回 障害者自立支援法学習フォーラム報告
 6月22日,さいたま市障害者協議会とさいたま市障がい者施設連絡会の共催で,与野本町コミュニティセンターを会場に,305名(やどかりの里より43名)の当事者・関係者が集まる大規模な学習会が開催された.

 まず,「法」施行後の実情を4名の方から切実に語られた.3月まで0円だった介護料が4月から一気に24,600円になってしまったこと,利用料を払いながら働く情けなさ,家族がつぶれてしまうので,利用料負担があっても施設をやめるにやめられないことなど,どの発言も悲痛な思いが詰まっていた.

 次に斉藤なを子氏(さいたま市障がい者施設連絡会事務局長)より,「法」の最新情報と10月の本格施行に向けての課題として地域生活支援事業,現行の県と市の独自サービス,障害福祉計画を市とどのように考えていくかが話された.

 続いて,さいたま市内の生活支援センター職員が,ステージ上で障害程度区分の認定調査場面を設定し,障害程度区分についての学習をした.

 最後に,9月に開かれるさいたま市議会に向けての要望活動として,「法」による福祉・医療・補装具などの利用料に軽減措置を求める請願署名活動の説明がされた.この活動は,フォーラムを重ねる中で幾度となくあがっていた「私たちの現状を訴えたい!」という思いを形にしたものである.

 このフォーラムに出席して,今起きている現状は4月に想定していたものをはるかに超える厳しさがあると感じた.この状況にエネルギーを吸い取られそうな思いもある.しかしここで下を向いてはいられない.この「法」によって起こる不利益により,苦しんでいる人達がいるのだ. 請願署名活動を通じて,1人でも多くのさいたま市民が私たちの仲間になってもらえるよう,運動していく必要を強く感じている.
(椿原 亜矢子)

 様々なフォーラムの報告から,現状の厳しさを痛感する.同時に,今こそ関係者が手を繋ぎ合い,地域レベルでの活動が重要な時だと感じる.まずは,法施行後のさいたま市の障害者の暮らしの状況を正確に捉え,思いを1つに「署名・請願運動」に力を注いでいきたい.
(文責 中村 由佳)

機関紙「やどかり」2006年7月号より


ドキュメント障害者自立支援法

開始された給付費請求
〜暮らしの場・グループホームで〜

 前号では,障害者自立支援法(以下法)の中でも,特に自立支援医療やグループホームの制度の利用を巡って,やどかりの里で起こってきたことを報告した.あれから1か月が経過し,いよいよ定率負担である利用者の利用料や給付費の請求が始まっている.今号では,こういったグループホームの定率負担を巡る状況を中心に報告していきたい.

 法移行にあたり3月,やどかりの里内11か所あるグループホームのメンバーは,利用申請手続きを行ってきた.やどかりの里では十分な説明もないまま契約になることを危惧し,さいたま市より職員を招き,説明会を行った.3区(大宮,見沼,浦和)支援課の担当者も同席し,その場であわせて申請手続きも行われた.申請は各区支援課の窓口で行うが,経済状況を証明するために,社会福祉課や税務課に証明書をとりにいくこともあった.転居した人は前居住地の福祉事務所まで証明書をとりにいく必要があった.ある人の場合,預金通帳,不動産評価額の証明,非課税証明,確定申告などの提出を求められた.手続きが1回で終わらず数回区役所へ出向くこともあった.高齢のため移動もままならない人,手が震えて名前を書くのに時間のかかる人,入院中の人も申請手続きは期限までに行わなくてはならなかった.

 こういった手続きを経て5月,初めての給付費請求事務を行った.グループホーム利用者は43名,利用料の自己負担が必要となった人は5名である.この5名の経済状況を見てみると障害年金,家族からの仕送りで遣り繰りでしている人がほとんどであった.

 今回1人あたり最高で7,080円の利用料となり,申請手続きから利用料徴収まであまりにも短い期間であったため,やりくりがつかず,支払いが難しいという人もいた.医療費は既に2倍に増額されているが,それに加えグループホームの利用料負担となる.今後働く場やホームヘルプサービスなど利用すれば,さらに負担は増えることになる.
 このような状況の中で,混乱したメンバーも多い.「アパートに住み続けることはできるのか」「外泊はしてはいけないのか」等様々な憶測を呼び不安が広がった.請求手続きの煩雑さは精神的な負担も大きく,病状が不安定になる人もいた.

 また,世話人としての業務も電卓をたたく時間が増え,初回請求に作成した書類は104枚にものぼり,現場の業務を圧迫しかねない.また,法では日中活動を利用していることが,基本方針に条件として盛り込まれている.居住の場であるグループホームに,このような利用条件をもたせることは,生活のありようを制限することにもなってしまう.
 
誰のため,何のための法律かを考えたら自ずと矛盾点は出てくる.法が施行されたことで出てきた矛盾を本人,家族,関係者間で寄り合わせ,改善のための行動をどのようにすすめていくかが大切になってくる.一方で安心で安全な暮らしが継続して営めるよう,現場においてやるべきことを丁寧に行わなければならない.昨年1月,認知症高齢者グループホームで火災があったが,報道では介護保険導入の影響だと指摘している.諸制度の改正は効率と低コストを目指す点において共通点を感じ,この流れが進めば安心や安全は疎かになると考えられる.命が営まれている現場だということを再認識したい.小さなアパートの中には地道な暮らしがあり,ほっとするような笑顔がある.これは大事なことなのだ.

(鈴木 恵)
機関紙「やどかり」2006年7月号より


生活支援活動で取り組むべき課題を共有
〜親も子も,自分の人生を歩むために〜


 5月27日(土)13:30からやどかり情報館で,2006年2月24日〜25日に行った生活支援センター登録者の家族を対象とした状態調査の報告集会が開かれた.

 状態調査とは,アンケート調査の手法とは異なり,その人の本当に話したいことに耳を傾け洞察する調査である.やどかりの里では1999年に生活支援センター登録メンバー,2000年にはやどかりの里の職員を対象にした状態調査を行ってきた.これらの状態調査では,やどかりの里が活動の柱とするべき5つの課題を導き出した(やどかり出版「響き合う街で」No.18参照).

今こそ家族の状態調査
 現在やどかりの里の登録メンバーは214人(06年3月末日現在),その内家族同居は104人,約半数が家族と同居していることになる.やどかりの里は社会復帰施設建設後から主に長期入院を余儀なくされてきたメンバーが地域生活に移行するまでのサポートに重点を置き,単身生活を送る人たちに向けた支援態勢を充足させてきた.しかし,ここ数年の生活支援活動の見直しの中で,家族同居の人たちの自立にむけての支援課題や世帯が抱えている様々な課題に触れることが増えてきた.そこで2005年1月より,3か所の生活支援センターで家庭訪問を実施してきた.この家庭訪問を通じ,家族のサポートがメンバーの安定にとって大きいということが改めて確認された.同時にぎりぎりのところで家族がメンバーを支えていることもみえてきた.そうした家族の思いに触れたことで,家族同居者への支援の必要性を再認識し,今回の状態調査を行うこととなった(経過詳細は機関紙やどかり2006年2月号2P参照).

家族の人生に触れる状態調査
 今回の家族の状態調査は生活支援に携わる職員を中心にやどかり研究所の協力を得,12人の調査団で取り組んだ.調査団にはやどかりの里関係者以外にさいたま市内の生活支援センター来夢の大須田潤子氏にも加わっていただいた.調査を引き受けてくださった家族は16名で,調査団は2人組でご家庭に訪問したり,家族にやどかりの里までおいでいただいてお話を伺った.

 変化に富んだ社会の中で必死に生き抜き,我が子の発病に向き合ってきた姿に触れ,調査団は家族の話す一言一句に圧倒された.我が子の発症に伴い,自分自身だけでなく世帯全体が生き方を変えざるを得ない状況があること,誰にも相談せずに孤独感を感じている家族がいること,そして同じ境遇にある家族との交流がお互いを支えていること.家族は我が子の将来への不安と同時に自身の加齢への不安も感じておられた.こうした事実とそこにある家族の思いが如何程のものか,私たちは受け止めなければならないと強く感じた.

状態調査から導き出された課題
 心動かされた2日間の調査の後に調査団は今後やどかりの里が取り組むべき生活支援活動の新たな課題を導き出した.
@ 自立に関する学習の機会をつくっていく課題
 親も子も自分らしい暮らし方,働き方を自分で考え,見つけていくために,その具体的な姿を考えていかれるような情報の提供や学習の機会をつくっていくこと.

A 交流の機会をつくっていく課題

 家族同士の支え合いが親自身の回復に大切であることから,各部署における家族の集いを開催し,自分の事を語り気持ちを相互に共有できるような機会をつくり,浜砂会の活動へとつなげていくこと.

B 関係機関との連携による総合的な支援態勢を確立する課題

 子どもがやどかりの里を利用できない場合にも,どの様な支援があったら親の負担が軽減できるのか,さらに子どもの回復が進むような具体的な手立てを関係機関を含めて検討していくこと.

C 社会資源の開拓の課題

 支援の担い手には親だけではなく,社会資源の開拓が必要で,そうした課題をさいたま市の課題としていくこと.

D 普及啓発を進めていく課題

 発症時に適切な対応と必要な医療,支援を求めていけるよう,親自身が障害や病気の理解を得るための学習の機会を豊富につくりだしていくこと.

E 現在の社会状況の問題を明らかにしていく課題

 障害のある人の自立には障害福祉サービスの見直しや改善が必要で,所得保障や子どもの支援を家族だけに依拠しない社会の仕組みづくりを検討すること.

家族の思いとこれからの課題を共有した報告集会
 報告集会では初めに家族に向けた状態調査を行った経過について三石麻友美(大宮東部生活支援センター)より報告があった.その後まとめの柱立てに沿って白石直己(やどかりの里援護寮)が家族の語った言葉と導き出した課題を丁寧に2時間に渡って読み上げた.家族の言葉に耳を傾けたこの時間は静かに流れたが,参加者1人1人の心中は大きく波打っていたと推察する.参加者からは以下のような感想が出された.

 「今日全部読み上げていただいてよかった.自分で読んでもいいんじゃないかと思ったが,言葉に込められた思いが伝わってよかった」
(家族)

  「今日は感動した.浜砂会はあまり親密ではないと報告にあったが,強いて言うと絶対親密ですので,どうかそう思わずにいらしてください.」
(家族)

 「私は息子が世話になっている.本人は一生懸命相談してきたが,自分はあまり・・・.調査で気楽に家に来てもらって,本当に良かった.ずっと働きづめでなかなか時間が取れなかった.こういう調査も是非続けていただいて,他の人からも聞いてもらえるといい」
(家族)

  「今日はきてよかった.朗読も素晴らしかった.皆大変だったのだと,元気づけられた.」
(家族)

 「つくづくやどかりの里と縁があってよかった.スタッフの家族同様な関わりや自分たちを理解してもらっていることを嬉しく思う」
(家族)
 
「小さい時に両親が死に,親戚に育てられ,家族というものとは縁遠い人間だった.1人きりは寂しいようにみえるが,家族のいない人はやどかりの里にも多く,やどかりの里の人に家族のようなことをやってもらい,そういう面では幸せ」
(メンバー)

「こういう人生が世の中にあることを知り,こういう人たちと向き合っていくということを職員は肝に銘じなくてはならない.覚悟して大変ではあるけれどもやりがいのある仕事をして欲しい」
(職員)

「胸に迫るものがあった.自分も家族.それまでの暮らしがあって,子どもが大きくなってきた時に子どもが病気になって人生をやり直す.その中を生き抜いてこられた.こうした家族の気持ちを支援者にも,メンバーにも聞いてもらいたい.今度は改めてメンバーの状態調査をやって,今日のように思いを聞き合い話し合う機会を大切にして欲しい.将来に対する不安の暗がりを抜けられずに生きている人もいるが,仲間の生き方をモデルに自分の生き方を見つけていけるのではないかというのが,調査から見えた希望」
(大学教員)

「大変な皆さんの協力があって調査があったのだと感じた.出身地が関東以北が多いのは特徴的で面白い.このような柱立てに沿ったまとめ方に初めて出会いちょっと戸惑った.前半の叙述的なところをそのまま多くの方に読んでもらいたいと思った」
(大学教員)

 最後に渡邉奏子(浦和生活支援センター)がこの調査と報告集会のまとめを次のように述べた.家族の状態,調査団の感想を読み上げていくことで導き出された課題とつながっていること,そこにある思いを共有することができてよかったこと,そして,家族の思いと導き出した課題が乖離しないよう具体的な取り組みが検討されねばならないこと,そして過去2回の状態調査と合わせてやどかりの里の取り組むべき課題の全体が見えてきたこと」これからの課題を共有し,3字間に及ぶ会は終了した.

調査団の一員として
 私は調査団の一員としてこの状態調査に関わった.調査中家族の語る言葉の情景に思わず涙し,大きく胸を揺さぶられた1人である.これまでご苦労を重ねられ,今現在も将来に対する不安と共に過ごされている家族が多いことがわかり,親も子も自分らしい生き方を見つけていけるような社会の支えが本当に重要であると感じた.やどかりの里の支援がその1つになるよう,導き出された課題に真摯に向き合っていきたい.

(堤 若菜)
機関紙「やどかり」2006年7月号より


ドキュメント・障害者自立支援法

ついに施行となった障害者自立支援法
〜私たちのいのちや暮らしに及ぼす影響とは〜

 

 4月1日,障害者自立支援法(以下法)が段階的に施行となった.関係団体と協力しながら運動を重ね,「定率負担」を始めとする,多くの問題点の撤廃・改正を求めてきたにも関わらず,その声は届かず今日に至っている.
 いよいよ動き出したこの法が現場に何をもたらし,障害者の暮らしにどう影響していくのだろうか.その中でも今回は,4月1日施行となり,やどかりの里のメンバーにもとりわけ関係のある,1)自立支援医療,2)グループホームの2つの制度について,利用に向けたここ数か月のやどかりの里における経過を辿りながら,この法がもたらしたものについて報告していきたい.

<1割の定率自己負担を巡って>
1)自立支援医療
 精神障害者にとって,医療は大切な命綱の1つである.定期的な診療が欠かせない彼らの医療費は,これまで通院医療費公費負担制度(32条)によって,かかった医療費の5%の自己負担であった.しかし新制度になると,それが倍額の1割へと跳ね上がる.これについてあるメンバーは,「医者に行くことを控える人が出るかもしれない.これは医療の剥奪であり命を奪われることだ」と語った.
 実際,4月に通院に行ったメンバーは「現実に2倍になると,やはり高いと思う.買いたいものを少し我慢するしかないですね」と語る.我慢ラインが引き下げられていく実態を捉え,生活への影響がどの程度出てくるのか,今後も経過を丁寧に見ていく必要がある.

2)グループホーム
 この法では,グループホームは訓練等給付に位置づけられ,日中と夜間の支援が切り分けられる.そして,日中活動として「働くこと」や「様々な訓練」等を求められる.また,グループホームと日中活動で二重に負担がかかってくる.生きる上で最低限必要である住む場所にさえ定率自己負担が発生することは,障害者の命を奪うことに繋がる.その上このような単価には,「就労すること」に価値をおいていることが透けて見えると同時に,経済的負担を避けたい障害者の行き場所を奪い,無理に一般就労へと押し出す力もあるだろう.しかし,社会の中に障害者が安心して働ける労働環境が整備されているとは言いがたい.

 これまで,やどかりの里のグループホーム利用者に利用料はかかっていなかった.生活保護受給者の人が多いとはいえ,障害年金と家族の仕送りや,障害年金と給料などで生活している人も数名おり,定率自己負担の影響は大きい.あるメンバーは,「住む場でも働く場でも利用料が発生したら今のままでは生活できない.別のところへ行かなくてはならない」と語った.多くの資源を活用することで安心して暮らしている人たちにとって,利用すればそれだけ負担が増え生活が脅かされることや,自分の生き方を法制度によって曲げられるということが現実に起こっている.改めて大きな憤りを覚えた.

<利用手続きを巡って>
 福祉サービスの利用のための手続きは,自立支援医療が先行して1月から開始された.切り替わりまでに2か月しかないことから,焦るメンバーも多かった.また市は,「プライバシーの問題から」1人1人への郵便による通知は行わず,かわりに医療機関に申請書類を配布し,周知を求めた.こうした対応からは,手続きからもれる人が出るのではないかという一抹の不安を覚えた.4月には新制度に切り替わっていないと,通常の健康保険の扱いとなり,かかった医療費の3割が自己負担となる.そうなると,多くの精神障害者の医療費は月数万円単位に上ってしまう.1割でも生活への影響は大