-TOPICS-

2005年度


平成17年度総括会議報告
〜学習の積み重ねとネットワークを力にしてきた1年を振り返る〜

 

 今年35周年を迎えたやどかりの里は,障害者自立支援法に翻弄されながら,目の前の活動を進め,学習を重ね,運動をおこしてきた1年だったといえる.先日開催された総括会議では4時間あまりにわたって活動報告と情報共有がされ,やどかりの里内部で取り組んだこと(小状況),県内・市内のネットワークを通して取り組んだこと(中状況),国の動向についての情報共有(大状況)の3部に分けて報告,討論が進められた.

<多くの人に支えられた活動を再確認>
 今年度は35周年を記念した企画が催され,中でも記念式典においては,これまで関わってきてくださった多くの方にお集まりいただき,35年変わらずにある活動理念を再確認する機会となった.また,活動資金獲得と地域交流を目的としたバザーも,93名のボランティアの方の協力をはじめ,企業協賛金獲得など,多くの方の支援をいただき,人との繋がりがやどかりの里を支えている事を実感できる取り組みとなった.

<当事者のネットワークの必要性>
 この1年間の「障害者自立支援法成立とやどかりの里の取り組み」を一覧にしてまとめ,「法律が成立したから終わりではなく,自分や仲間に与える影響を検証し,発信していきたい」いう報告がされた.また,日米交歓会の取り組みからも仲間を作っていくことの必要性を感じるという課題が投げかけられた.

<生活支援と労働支援の課題>
 生活支援活動の取り組みからは,加齢に伴う新たな支援態勢の確立や,家族と同居する人に向けた自立支援の課題が明らかになってきたことが報告された.また,退院促進プロジェクトの取り組みが大きく反映され,さいたま市の退院促進事業として予算化されたことは大きな成果である.
 また,今年度は働く場の活動を「労働支援」という視点で課題を整理し,働くことの理念形成,実態把握を行った1年であった.障害を持つ人の働きたいを実現する施策づくりを進める課題が明らかになってきた.

<ネットワークを通じた取り組み>
 やどかりの里の活動を総括することで見えてくる課題は,市内,県内におけるネットワークを通して取り組んでいく課題と繋がるものとなってきている.中でもきょうされんには今年度多くの部署が加盟し,情報の速さと運動の取り組みについて大いに学ぶ機会となった.また,市内の関係団体との集まりにおいては,情報共有と要望行動に取り組み,他の障害分野の人たちにも精神保健福祉の現状を認識してもらえる機会となった.しかし,さいたま市を意識した取り組みが盛んであった半面,県内全域を見渡した課題整理は不十分であることも顕著となった.
 最後に憲法・介護保険法・医療法・生活保護法の改正から見える国の動向を共有し,社会を見る目をもつことの意味,学習することの意味,そして運動を進めていくことの意味を確認し,来る法施行に向けた足固めをする総括会議となった.(鈴木 美紀)

機関紙「やどかり」2006年3月号より

 

きょうされん第8次海外研修会に参加
研修から見えた日本とカナダ

 前号に引き続き,きょうされん主催で行われたカナダのアルバータ州カルガリー圏域の精神保健福祉を学ぶ第8次海外研修を報告する.今号はホームレス支援,ハウジング(居宅支援),カナダの国と福祉サービスについて報告する.

<ホームレス支援>
 ホームレスの多さにはとても驚かされた.カルガリー市の人口は100万人.約3,800人がホームレス,約1万人が予備軍で,現在も増え続けている.市ではホームレス支援を優先課題として取り組んでいる.しかし,物価が高く,貧富の差も激しく,貧困層から抜け出すことは容易でない.貧困が世代を超えて繋がっていくことも稀ではなく,親,子,孫と3世代でホームレスという場合もある.
 見学をした中で,最も大規模で,強く印象に残った施設は,前々号の記事でも触れた,ドロップインセンターであった.1961年に開所し,定員は150人だった.その後,利用者の増加に伴い,2001年に総工事費約15億円をかけ,6F建ての現ドロップインセンターを開所した.現在の定員は1000人で,寒い日には定員を超えることもある.
 ドロップインセンターでは,夜間の宿泊場所や食事の提供などのサービスをしている.冬には,氷点下30度になるカルガリーでは,路上で眠る事は死に繋がる.「命の保障」をする最後の砦の役割を果していた.また,仕事を提供するサービスも行っており,利用者の50%が仕事をしているにも関わらず,住む家が持てないということに,非常に驚いた.
カルガリー市は,今,景気は良い.しかし,低賃金の仕事が多かったり,地価の高騰により家賃が高く住居を確保できない状況が,ホームレスを増加させる要因となっている.
更に,ホームレスの人達の80%は精神疾患等何らかの病気を抱えており,医療的な処置ができるように,クリニックを併設して医療サービスを行う施設もあった.

<ハウジング>
 カナダでは,特に男性は早く自立しなければという文化があり,アパートを探している人が一般的に多い.重度障害者の人たちが地域に暮らせるだけの支援付きの安価な住宅の提供が急がれている.
重度精神障害者を対象とした一般住宅で,24時間スタッフがいて共同生活をするグループホームや,マンションのような独立性の高い建物で,管理人のみ常駐するもの,高次脳機能障害,依存症等の障害別の居住施設など,バリエーションが多く,きめの細かい支援態勢を組んでいた.
 一方,精神障害者や高齢者等の入所施設では,膨大な数の利用希望者が待機している.ニーズに対し,資源が圧倒的に不足しており,カルガリー市の大きな課題だと感じた.
 市民の誰もが,地域の中で安心して暮らしていける社会にしていくためには,ハウジングや所得保障制度の充実,就労支援,医療,市民の理解促進など,多岐にわたる横断的な取り組みが必要なのだろうと感じた.これは,日本の福祉現場でも,今,まさに必要とされていることであると思う. 
(鈴木 裕貴)

<カナダの国と福祉サービス>
 カナダ国土は,世界で2番目に大きい.人口は約3,200万人.国土の多くは北極圏で,人口の80%は,南側のアメリカ合衆国との国境辺りに住んでいる.人口密度は,3.3人で日本の336人と比べて非常に少ない.
 カルガリー市は,カナダの西南に位置している.地平線にはロッキー山脈が続き,広大な土地に家々が立ち並び,街の中心地には石油会社の高層ビルが林立する.石油産出で,カルガリー市はカナダでも比較的豊かだ.
 アメリカから多くの企業が参入しており,デニーズ,マクドナルド,スターバックスなどカナダがアメリカの市場になっていた.
しかし,福祉分野だけは,アメリカ企業の参入はさせていない.カナダとアメリカでその旨の取り決めを結んでいる.福祉で金儲けをしない国の基準(後述)があるためだ.

 〜国と州の関係〜
 カナダは10の州と3の準州から成っている.州ごとに法律を持ち,自治権が認められており,州が1つの国のような機能を果たす.その点で,カナダ連邦のようなものだといわれる.国は,基本原理を示し,それにどう取り組むかは,州に任されている.州ごとに,切磋琢磨する効果もあるようで,結果的にカナダの国全体が,前進していくという.州が,逆に国へ意見することもあり,州の力はかなり大きい.日本とは大分仕組みが違っていた.

 〜国の示す健康に関する基準〜

 カナダには,国が定めた健康に関する5つの基準(Canada health act)がある.そのうちメンタルヘルスに関するものは3つ.
1)保健に関して儲けない.(非営利)
2)各州があらゆるサービスを提供しなくてはならない.憲法上,国民全員が同じ権利を保障されている.精神障害者に関する特別な法律はなく,精神保健も健康の中に含まれる.(包括性)
3)国民全員が同じレベルの健康ケアを受けることができる.(普遍性)

〜州ごとに独自の方針を立てて実行〜
更に各州は,この国の基準に沿って,方針を示す.そして,ヘルスリージョン(政府組織)がその方針を実行していく.アルバータ州には,9つのヘルスリージョンがあり,各地域を担当している.ヘルスリージョンも,互いに競い合い全体を促進する効果もあるようだった.

〜障害者への直接サービスはNGOが担う〜
 これまで報告してきたサービスを提供するのは,NGO(非政府組織)だ.各ヘルスリージョンの補助金と寄付金で活動が賄われる.
 ヘルスリージョンからの補助金の有無や金額は,そのNGOが行うサービスが,いかに独自で,新しいか,どれだけ効果的かで決まる.利用者にサービスを使って効果が上がったかを問う監査を行ったりもする.そういう仕組みだから,隙間を埋めていくように新しいサービスが誕生し,きめ細かいサービスが増えていくのだろう.
 一方でNGOの運営は非常に厳しい.ある意味,結果が全てであり,毎年補助金額が変動する.サービスの質を保証し続けることは難しそうだった.

 今回で3回にわたった研修報告を終了する.
 まとめると学びは以下の3つである.
1)1人1人の人権を守ることが一番大事.そのためには,ニーズをキャッチし,対応したサービスを作り出していくことが必要.
2) 1)を実現するためには,地域で連携し,活動の意味づけを十分にして多くの人の理解を得ていくことが必要.
3)また,それを支える国の姿勢も重要.カナダの国にも光と影があり,多様なニーズに基づく福祉サービスが発達している一方で,豊かな都市であるカルガリー市にホームレスの人たちが大勢いる.日本よりずっと進んでいるが,カナダもまた,発展の途中なのだ.
私たちが見た事実を会員の皆さんと共有し,活動に活かしていきたいと思う.貴重な機会をありがとうございました.

機関紙「やどかり」2006年3月号より


労働支援・1 障害者の「働きたい」を実現

 老人給食に夢をつなぐクライアントから協働の主体者へエンジュのオープニングセレモニーのときだった.メンバーは「食べる物を食べたら席を立ってしまい,後片づけもしなかった」.だが,それぞれの障害の状態に合わせてお互いの労働を支え合う日々を重ねる中で,5周年パーティーでは「受付や司会,接待など係は職員とメンバーが協力して担っていくことが普通に行われていたし,お客様に対する気配りの仕方も私たちが負けそうなくらいだった」と山本美佐子さんを驚嘆させるほど,職員もメンバーも互いに発達した.小泉知明さんはこうしたエンジュの職員とメンバーの関係を,「職員が上に立って命令しているわけではなく,いっしょに働いて,いっしょに汗をかいて,いっしょに配達に行ったり,いっしょに弁当を作っているのです」と述べている.
 しかもこのような職員とメンバーとの関係性は,いまやエンジュの垣根を越えて弁当の利用者との間にまで広がりを見せ始めている.

 配食事業を始めた頃のことだ.配達に行った峯野武之さんは,利用者から「こんなのまずくて食えるか」と言われた.利用者の健康のことを考えて薄目の味付けを心掛けてのことだが,栄養士の思いは伝わらなかった.これは利用者の民主主義の力量がクライアント(受動的受給者)のレベルに止まっていたことを示すものである.

 それから7年が経過した2004年にエンジュでは利用者の状態調査を実施した.調査の中で利用者のひとりは,「手の込んだものは自分ではなかなかできないし,エンジュのお弁当は野菜が多くておいしい.夕食にエンジュの弁当が食べられるといいなあ.エンジュ通信が届けられて,エンジュでは障害を持った方が働いていることを知った.障害を持つ人が働くということは大切なことだ」と語った.

 以上のような利用者の言葉を香野恵美子さんは,「利用者が弁当を食べるだけではなく,必死に弁当を作ってきた私たちの思いを受け止め,さらに作り手のエンジュ,そしてやどかりの里にも思いを寄せてくださったことが伝わってきた」と受け止めている.

 かくして,かつてクライアントであった利用者が,いまやエンジュの職員やメンバーと協働の主体者になり始めている.「構造改革」が日本全土で吹き荒れ,本来,公共的な業務を担うべき自治体や国が荒々しく公共性を削ぎ落としているいま,やどかりの里は職員やメンバーと住民との協働を基礎に,新たな公共の担い手になろうとしているのである.

 この本『障害者の「働きたい」を実現〜老人給食に夢をつなぐ』は,以上のようなエンジュの職員をメンバー,そして地域住民の相互発達を土台にした協働への胎動を感動的に画き出している.是非ご一読を.   

(鈴木 文熹)
機関紙「やどかり」2006年3月号より


家族の状態調査から


 生活支援活動の新たな課題を浮き彫りにするやどかりの里では,生活支援センター登録者の家族を対象とした状態調査を今年2月に行う予定である.

 これまでやどかりの里では,1999年に生活支援センター登録メンバー,2000年にはやどかりの里の職員を対象とした状態調査をそれぞれ行ってきた.これらの状態調査では,やどかりの里の今後の活動の柱とするべき課題が浮き彫りとなり,現在の活動の基盤ともなる大切な調査となった(詳細はやどかり出版「響き合う街で」No.18参照).

 やどかりの里には,現在200名程のメンバーが何らかのサービスや資源を利用するために登録をしており,内,約半数のメンバーが家族同居である.これまでのやどかりの里における生活支援活動では,1990年の社会復帰施設建設後,主に長期入院を余儀なくされてきたメンバーが地域生活に移行するまでのサポートに重点をおき,グループホームや単身生活を送るメンバーへの支援態勢を充足させてきた.
 
 そして,ここ数年生活支援活動の見直しを行う中で,家族同居の人たちの自立に向けての支援の課題,また,面接相談や訪問相談などから,家庭内で抱えている様々な顕在的問題に触れることが徐々に増えてきた.
そこで2005年1月より,3か所の生活支援センターを中心に,家庭訪問を実施している.この家庭訪問で,メンバーが安定した生活を継続させるためには,家族の大きなサポートが必要となっていることを感じた. その日その日,あるいは時間ごとに気持ちの揺れが現れるメンバーに,時には寄り添い,時にはぶつかりながら,家族として支え続けている姿を垣間見る機会が度々あった.また一方で,家族からは将来への不安の声も耳にした.中でもこれからのメンバーの人生や暮らしを考えた時,その精神的,あるいは経済的自立をどう支えていくのかという不安が多く寄せられている.

 この家庭訪問を通じ,家族の思いに触れることで,家族同居者への支援を検討することは重要であると改めて確認され,今回の状態調査を行うこととなった.

 この家族の状態調査では,生活支援に携わる職員を中心にやどかり研究所の協力を得,12名の調査団で取り組む.調査団には,さいたま市内の生活支援センター来夢の大須田順子氏にも協力を依頼し,一員として加わって頂いた.今後はやどかりの里に限らず,この状態調査を市内の関係者との協働で取り組むことで,さいたま市の課題を明らかにすることができるのではないかと考えている.

 状態調査はアンケート調査の手法とは異なり,その人の本当に話したいことに耳を傾け,洞察するものである.今回の状態調査では,家族の人生に触れる話を聞かせていただくことにもなる.そうした話から浮かびあがってくるであろう家族の思いや願いをまずはしっかりと受け止めたい.そして,今後の生活支援活動の中で検討するべき支援の課題を導き出し,家族とも共有しながら取り組んでいきたい.

(渡邉 奏子)
機関紙「やどかり」2006年2月号より


第25回体験発表会に参加して


 第25回体験発表会がやどかり情報館で1月21日(土)に開催された.

 当日は雪が降り,情報館の前のねぎ畑も雪に覆われていた.午後の1時半が開催される時間であった.12時半頃から参加者が集まり,1時半頃になると参加者も50名ぐらいになった.雪のため,人数が集まるか心配されたが,まずまずの人数であった.
 情報館の2階のホールもほぼ埋まり,佐々木千夏さんの司会で「私たちの人生って何? 自分の生きてきた道を振り返って」というテーマで末吉俊一さんの発表が行われた.

 末吉さんは通所授産施設「エンジュ」で働いているやどかりの里のメンバーである.またやどかりの里の講師も務めている.
 三浦紀代子さんの開会の挨拶で発表会は始められた.末吉さんは落ち着いて発表を始めた.なかなか落ち着き,気持ちよさそうに話を続けていた.

 実を言うとこの発表会にあたり,末吉さんは2回リハーサルを行い,また何回も情報館に足を運んでいた.
 そんな努力の成果か,講演はスムーズに行われた.生い立ち,青春時代,やどかりの里に至る道.歌もまじえ彼は気持ちよさそうに話を続けた.

 私は彼はやどかりの里にはめずらしい人物だと思っている.講演でも話をされていたが,その行動力,やどかりの里の活動だけでなく,政治活動や,合唱のサークルに参加している彼はやどかりの里ではユニークな存在である.そして彼の女性に対する態度はやどかりの里では型破りである,そのため誤解されることも多い.

 しかし彼は正直で自分を偽れない人なのであろうと,私は思っている.

 時間も順調に進み講演は終わった.女性にほめられて自信を持つという彼の主張は彼らしく,微笑ましかった.質問も多数出て,発表会は成功裏に終わった.

 会が終わり,食堂で内輪の話し合いが行われ,お茶を飲みながら,しばし歓談が行われた.末吉さんは若い女性職員に囲まれ,いつもの彼よりももっと気持ちよさそうに話をしていた.あのエネルギーはどこから来るのかな,などと私は考えていた.やはり若さなのかな,などと月並みな思いを感じ自分の歳を振り返った.

 外は雪に覆われ帰りの車の安全も心配されたが,無事体験発表会は終わった.末吉さんお疲れ様.     

(星野 文男)
機関紙「やどかり」2006年2月号より


 

きょうされん第8次海外研修会に参加
研修から見えた日本とカナダ


 前号に引き続き,きょうされん主催で行われたカナダのアルバータ州カルガリー圏域の精神保健福祉を学ぶ第8次海外研修を報告する.今号から2回は,やどかりの里から参加したスタッフの学びをテーマ毎にまとめてそれぞれが報告していく.

<セルフヘルプ活動>
 今回の研修では,移動を含め私たちの慣れないカナダ生活における様々な場面で,カルガリーの当事者の方々が支えてくれた.彼らは「アルバータメンタルヘルスセルフヘルプネットワーク」という組織のメンバーで,カルガリー大学との協働でこの研修に取り組んでいた.

 プログラムの中に,アルバータ州全域から来たこのネットワークのメンバー数人と意見交換を行う機会があった.彼らは互いの支え合いを基盤に,精神保健制度の改革,精神障害者の生活向上,社会の変革を目指した運動を展開し,精力的に社会に働きかけている.特に大切にしていることは,法律の中に自分たちの意見を組み入れることであるという.実際,アルバータ州を9つに分けた「リージョン」と呼ばれる行政管理区域の中の委員会において,彼らのグループの代表が必ず一人は意思決定に参画している.「自らに関することに意見する」という,当たり前のことが位置づいていない日本の現状を考えると,あるべき姿を見たように思う.

 また,「統合失調症協会」という家族会の方々の話を伺った.地域に生きる統合失調症の人やその家族を支えるために始まった彼らの活動の1つに,日本でいう「ピアサポーター」に似た取り組みがある.地域で安定して暮らす当事者が,退院して間もない人たちに日常生活の支援を行っている.特に危機介入をも当事者同士で行うということには驚いたが,これらは,統合失調症の人も社会に適応できるということを世の中の人に教育していく意味があるという.

 どのセルフヘルプ活動も,支え合いに留まらず,自身の姿と声を通して,カナダでも未だ根強い精神障害者への差別解消や社会の変革を目指しているということが重要である.本来の価値を社会の中に自らの力で取り戻していこうとする力強さは,大切にしたい姿勢の1つであると感じた.   
(中村 由佳)

<精神科医療について>
 アルバータ州の精神科医療機関は,診療所( 病床なし),短期入院用精神科病院,精神科病院,総合病院がある.州政府は精神科入院を2週間から1か月,2か月という短期入院にすることを望んでおり,コミュニティサービスを使うように勧めている.しかし,実際は,2〜3年という入院日数が現状で,2週間の入院は,一般病院の精神科病床だけである.2週間を過ぎると精神科病院に送られる.初めから長期入院の可能性がある者は,クレラーズホーム市にある精神科病院に入院することになる.救急室は一般病棟に併設しており,危機対応チーム(モバイル・レスポンス・チーム)が対応する.このチームは,修士レベルのソーシャルワーカーで結成されており,精神保健の訓練を受けた者で対応する.危機対応方法の例として,タクシーにソーシャルワーカーが同乗し,病院に同伴する.また,状況に応じて,救急救命士が対応したり,警察が介入する場合もある.この過程において医師が全く関与しないというのが特徴である.

 カナダには家族医というものがある.国民の60%は家族医を持ち,一生を支える関係性と信頼関係を築いている.精神疾患を発症した時に地域で身近な家族医がまず接するが,この多くは精神疾患の知識がない.そこでこの家族医に対して精神疾患について教育するプログラムがあり,家族医から精神科に繋げやすくなってきている.また,診療所は,カルガリー圏域の小さな街に6か所あり,診療所独自で個人ドクターを雇い,早期発見,重度化させないことを目的に動いている.

 アルバータ州の医療は,日本の医療と違い,医者又は診療所は受身ではないと感じた.医者が各ホーム・家に訪問することで,住民の生活支援にも繋がり,このシステムがうまく起動することで精神障害者も一般の社会で独立して生活できるのだと感じた.
(金子 猛)

<就労支援>
 アルバータ州における精神保健福祉の取り組みの多くは,リージョンから予算を獲得したNGOが担っている.ホームレスに対する日雇い斡旋や,クラブハウスにおける過渡的・補助付き雇用の取り組み,芸術的技術を取得し収入につなげる取り組み,障害当事者の起業を当事者が支える取り組み,知的障害と他の障害を重複する人に向けた就労支援など,研修期間中に私たちは様々なNGOの就労支援のあり方に触れてきた.その理念とそれに支えられた就労支援の実際を報告する.
カナダでは一般的にも障害当事者であろうがなかろうが,働くのは当たり前という認識が強いのだが,特に障害当事者は一般就労することが重要であるとNGOは考えている.それは障害を負った事で既にスティグマ(恥)を感じざるを得ない彼らが,グループ就労や障害者雇用によって更にスティグマを背負う事があってはならないからである.彼らこそ社会の中で価値ある仕事をしていくことが大切なのだ.

 また,当事者が一般就労をするために企業や若いボランティア等が関わっており,そのこと自体が啓蒙活動との話もあった.つまり隣に1人の当事者が働いている事実から人々の障害者観も変わってくるし,ボランティアとして触れ合う事で将来福祉に関わる若者も増えてくる可能性があるからである.そして,利益が皆にあるということが,彼らの一般就労を後押ししている.当事者と出会う機会を与えられることも,余り活用されていない労働力を企業が活用できることも利益であるという考え方はとても新鮮に感じた.

 支援する側には,当事者の生活史を受け入れこれからの見立てをもちつつ夢を聞く事のできる力量が求められる.本人の得意分野を見極めて「こんな仕事ができる人を雇わないか」と企業に売り込むことも実践されていた.福祉の専門家ではなかったが,こうした力量のある人がたくさん働いていた.
 
 NGOの取り組みは行政が当事者への聞き取りを通して評価し,評価が低ければ次年度の予算が削られる.日本と同じく非常に予算獲得はシビアである.しかし先進的な取り組みの一方で,障害当事者を最低賃金の7ドル以下で雇っていいという法律もあり,就労支援の壁となっているのも現実だ.

 研修先ではよく「当事者を地域に統合することが大切」という言葉を聞いた.これはやどかりの里が大切にしている「地域で当たり前の生活を送る」ことと同じだと感じた.その為には地域の誰もが,自然に支え合えることが必要で,その関係性の中で当事者の就労も進んでいくのだと思った.  
(堤 若菜)

機関紙「やどかり」2006年2月号より


きょうされん第8次海外研修会に参加
研修から見えた日本とカナダ


 私は第2グループ(10月30日〜11月13日)に参加した.以下,日にちを追って報告する.

 10月31日(月)
 カルガリー大学のナンシー教授によるオリエンテーションから始まった.偶然,統合失調症協会家族会代表が来訪し,協会の成り立ちと課題についてのお話を聞いた.翌日からの訪問先の機能的な位置づけを,ナンシー教授がモデルを用いて説明してくれた.

 11月1日(火)
 郊外の小さな街(人口3500人)にあるプレイリーウィングクラブハウスとクレアランスホームケアセンターを訪問した.クラブハウスはアットホームで,生活支援センターの雰囲気に似ていた.パソコンが得意な方がいて,世界共通のクラブハウス規約を日本語に翻訳してくれて,皆感激していた.ケアセンターでは,非常に広い敷地の中で様々なプログラムが行われている.地域に開放された大きなプールや喫茶室が特徴的だった.日本の病院と同じに見えたが,説明してくれたフェイ氏は,「ここは病院ではなく,ケアセンターだ」と強く主張しており,カナダの脱施設化による影響がこういうところにも出ているのかと感じた.

 11月2日(水)
 ダウンタウンにあるクラブハウス,ポテンシャル・プレイスを訪問した.前日訪問した所とは違い,都会的だと感じた.過渡的雇用を重点的に支援していた.「成功を得るためには,まず,成功することを信じなさい」という頂いたペンに刻まれていた言葉に,ネバーギブアップの精神を学ばせていただいた.

 11月3日(木)
 カルガリー大学での講義.カナダの先住民であるアボリジニーの現状に関する講義が印象に残った.先住民であることと,精神障害を持つことの二重の差別を受けている人がいることを聞き,人権問題は世界共通で,マイノリティが持つ問題の深刻さが心に深く残った.

 11月4日(金)
 当事者カメラ氏の素敵な家で聞いた,熱い思いが溢れる講義は,時間を越えて尽きることがなかった.過去に頚椎を損傷した女性が訪れ「車の運転がリハビリとなり,自立することができた」というお話に皆感動,涙した.帰りにその方の家を訪れ,ご主人手作りのバリアフリーの家に再度感動した.今回中心になって研修を支えてくれている当事者達の熱い気持ちを改めて感じた1日でもあった.

 11月7日(月)
 ホームレスを支援しているドロップインセンターを訪問した.そこでは衣料の提供・医学的治療予防・コンピュータートレーニング・職業斡旋サービス(永久型,短期型)・木材トレーニング・請負作業などのサービスを提供している.洗濯・シャワー・食事も無料.また,気温がマイナス10度以下になったら利用可能となる簡易ベッドや,社会復帰を目前に控えている方へのベッド付の部屋の提供もしていた.これらの部屋は企業等からの寄付によって作られたものであった.このサービスによって,カルガリー市のホームレス約3,800人中,85%をカバーし,ホームレス対策が進んでいる.精神障害のあるホームレスも多いということだったが,障害者ホームレスに対してどれだけカバーができているかが聞き取れなかった.

 11月8日(火)
 午前中は,重度精神障害者グループホームのマーガレットハウスを見学した.必要最低限の機能以上のものを備えたリビングルームやキッチンやレスパイトベッドを見て,カナダの生活レベルの質の高さ,豊かさを実感した.午後は貧困層,ホームレスを対象とした医療ケア付施設を訪問した.「仕事もオーバーワーク,給料も低いけれど,情熱と人々への思いによって突き動かされている」という職員ターニャ氏の言葉に,皆共感した.こうした情熱は世界共通のものなのだと感じた.

 11月9日(水)
 起業するためのプログラムを行う,オポチュニティ・ワークスを訪問した.当事者のティム氏とキャサリン氏からお話を伺い,「自分の能力を自分自身で認識し,それに基づいて計画を作っていく」というプロセスは,作業所などに持ち帰ることができる実践的プログラムであると思った.

 11月10日(木)
 この日は2週間のまとめを行った.カナダでは,精神衛生の範疇が日本より広く,全人口の20%が精神疾患を持つと言われている.癌より発症率は高く,WHOの統計では,4人に1人が精神疾患であるとのデータもあり,非常に驚いた.また,一般市民向けに,精神疾患やストレスについての啓発運動を州政府が積極的に行っており,日本とは,お金の遣い方が違うと感じた.

 2週間というのもあっという間で,本当に内容の濃い研修であった.行く先々で思ったことは,やどかりの里とカナダの活動が重なる点ばかりであることだった.しかし,活動1つ1つに補助金や多額の寄付金がつき,大きな活動団体となっている点は日本とは違うと感じた.カナダでも様々な課題を抱えているが,今まで,当事者活動や市民活動をカナダ流に続けてきたからこそ今の制度があるのだと感じた.また,様々な立場の方々と交流し,不思議な暖かさ,親しみを心から味わう事ができる研修であった.

 この研修を終えて私なりに思ったことは,日本の当事者運動には,もっと時間・場所・サポートが必要だということである.「地域で働けるようになるための場所」「住む場」「人との相互関係や自由が保障されること」「労働運動」「行政を巻き込むことによる資金の獲得」「あらゆる資源の活用と提供」などが今まで以上に必要であるということである.また,当事者運動は世界各国にあり,その思いも同じである.そうした仲間が世界にいることを肝に銘じ,明日への活力としていきたい.  

(金子 猛)
機関紙「やどかり」2006年1月号より


交流会・体験者だからできること
夢を持つことの素晴らしさを実感


 2005年12月14日(水)に,やどかりの里中川ホールにて「交流会・体験者だからできること」が催された.
 そもそもこの企画は,2005年4月初旬に「響き合う街で」取材において,島根県出雲市を訪れた際,退院促進運動に参画する当事者「生活サポーター」(出雲市にある2か所の精神病院を訪ね,長期入院者にいきいきとした地域生活を伝える活動をしている)である今岡達也さん,榎本務さん両名にお話を伺ったことがきっかけであった.長期入院している方への働きかけの難しさがありつつも,自分自身の入院していた経験あってこそ,今この仕事に着き,やりがいを持っているという思いをお話していただいた.(詳細は『響き合う街で』34号参照)同じように,自分の体験を話すことで自尊心を回復し活躍しているやどかりの里文化事業部の講師陣や,退院促進プロジェクトのメンバーと交流できたら,という思いから実現した.

 当日は,出雲から今岡さん,榎本さん両名をはじめ,「地域生活支援センターふあっと」施設長の矢田朱美さんがお越し下さった.やどかりの里メンバー,職員,それに2時間かけて横浜市から「旭区地域生活支援拠点ほっとぽっと」のメンバーも参加してくださり,総勢30数名が集まる賑やかな会となった.

 前半は,出雲の退院促進の活動を具体的に伺った.榎本さんは「自分は決して『退院しなさい』と入院患者に言わない.私のできることは『地域で安心して暮らせますよ,いきいきした暮らしがありますよ』ということを伝えることです」と語った.その発言を受けて,やどかりの里で退院促進プロジェクトのメンバーである須藤守夫さんから「自分も退院する時は,とにかく不安だった.でもやどかりの里のメンバー,仲間が不安を取り除いてくれた.その経験があるから今入院している人に自分も同じようにしてあげたい」と退院促進活動への思いを熱く語った.

 ランチタイムを挟んだ後半は「これからの夢を語り合おう」ということで,参加者全員が発言した.「週5日働けるようになりたい」「結婚したい」「今の幸せが続くといい」「妻と世界一周旅行にでたい」「一人前の編集者になりたい」「差別と偏見をなくしたい」と,思い思いに夢を語り合った.夢を語りだすと不思議とそれまで緊張していた会場もなごみ,明るい笑顔がこぼれた.夢とは,いろいろな体験を経たからこそ今を大事に生き,これからもがんばっていこう,という思いが凝縮されたものなのだと気づいた.夢を持つことの素晴らしさを実感した交流会であった.

(工藤 菜乃)
機関紙「やどかり」2006年1月号より


さいたま市保健所主催「精神保健福祉研修会」
精神障害者が安心して暮らせるさいたま市に向けて


 さいたま市内の精神障害者の地域生活支援に関する関係機関のネットワーク構築を目的として,さいたま市保健所主催の研修会が開催された.先進的に地域ネットワークがつくられ活動展開している島根県の出雲地域から講師をお招きし,「精神障害者が安心して暮らせるさいたま市に向けて」というテーマで企画されたものである.2回シリーズで開催され,1回目は11月22日(火),2回目は12月13日(火)に行われた.やどかりの里からも毎回20名ほどが参加した.

 出雲地域の特徴は,関係者のネットワークが重層的に構築されていることである.今回は,そうしたネットワークを生かして事業化された,退院促進に関わる生活サポート事業を中心に企画された.(出雲地域の活動は雑誌「響き合う街で」No.34に紹介されている)

 1回目は出雲保健所の保健師の伊藤恭子氏と医療法人同仁会海星病院看護部長の金山千夜子氏を講師に迎え,それぞれの立場から精神保健福祉のネットワークをどう作ってきたのかをお聴きした.インフォーマルなネットワークと,保健所が立ち上げる数々の事業が密接に関わりあっていることが印象深かった.また,どの事業も当事者の実態を関係者で共有するところからスタートし,連携を築いていったことがよく伝わってきた.

 2回目は,生活サポーターとして病院に入って長期入院患者のエンパワメントを図る活動をしている榎本務氏,今岡達也氏と「地域生活支援センターふぁっと」の矢田朱美氏からお話をお聴きした.当事者であるからこそできる支援の有効性が,私たち参加者に大きな刺激となった話であった.

 研修会の参加者は,1回目が約60人,2回目が約90人と,多くの参加があった.参加者の顔ぶれも,家族,当事者,病棟の看護師,訪問看護師,ヘルパー,作業所や社会復帰施設の職員など,様々な立場からの参加であった.公的機関からも,保健所,保健センター,心の健康センター,区役所支援課,健康増進課などから集まり,普段なかなか一堂に会することのない人たちが集まることができた.こまれでさいたま市内でこうした機会がなかっただけに,今回の研修会の意義は大きかったと言える.

 毎回,講師の話を聞いた後,グループに分かれて討議を行った.講演の感想を出し合うとともに,さいたま市内で活動する中で課題に感じていることも絡めて話し合われた.共通してどこの人たちも連携を求めていることが伝わってきた.またお互いの情報が良く伝わっていないことも改めて確認できた.討議を通して,退院促進(長期入院の解消)と在宅生活支援(長期入院の予防)をワンセットに意識しながら,さいたま市の現状を理解することができたと思う.

 2回目の研修会を終えるにあたり,参加者全員でこのような関係者の集まりの意義を確認し,今後も継続することになった.今回の研修をきっかけに,さいたま市内でネットワークをつくりながら,精神障害者が安心して暮らせる地域づくりに向けた取り組みが進むことを願う.

 (白石 直己)
機関紙「やどかり」2006年1月号より


第4回心の健康フェスティバルを終えて
〜さいたま市に必要な精神保健福祉の普及・啓発活動とは何か〜

 10月28日,11月12日の2日間に渡り,第4回さいたま市「心の健康フェスティバル」(以下フェスティバル)が開催された.
 今年5月より,さいたま市保健所,こころの健康センターの呼びかけにより,フェスティバルに向けての話し合いが始まった.

 これまで毎年課題とされていた企画・運営方法は,市内の関係団体全員(小規模作業所,社会復帰施設,精神科医療機関,各区保健センター,家族会,ボランティア団体等)による実行委員会で担っていくことが決定された.これまで企画・運営の中心を担ってきたさいたま市保健所とこころの健康センターは事務局の役割を担うことになった.さいたま市内の精神障害者社会復帰施設からは代表を選出し,浦和生活支援センターの渡邉奏子が出席をした.

 テーマを「この街で暮らそう!〜こころ晴れても曇っても〜」として,小規模作業所等の製品の展示即売会,埼玉障害者職業センターの主任障害者職業カウンセラーである岩佐純氏を講師にお迎えしての精神障害者の就労に関する講演会の開催,精神科デイケアや小規模作業所等の紹介,精神障害当事者による体験発表や作業所活動の体験等が行われた.

 フェスティバル終了後,実行委員会で来年度に向けての話し合いが行われた.「誰を対象にしたフェスティバルにするのか」「心の健康を考えると,成人だけではなく就学時や乳幼児期も含めて対象となるのではないか」「市民が欲しているものを提供する役割があるのでは」「1年1年で考えず,市全体を見たところで継続した取り組みとして内容を検討する必要があるのではないか」等の意見が出された.

 これまでフェスティバルは,作業所製品の展示即売会と精神保健に関わる講演会という2つの枠組みがある程度固定され,その枠の中で企画を考えるという傾向があった.だが今回は,実行委員会で多くの関係者が意見を出し合い,様々な視点からフェスティバルを点検することができた.「誰のための,何のためのフェスティバルなのか」という目的を考えるきっかけとなったといえる.特に区保健センターの保健師の方々が実行委員として参加されたことで,「心の健康=精神障害者」ということだけではなく,全ての市民に関わる大切な問題なのだと投げかけて頂いたことも大きかった.

 実行委員会では今後,来年度に向けての取り組みとして,さいたま市における精神保健福祉の現状をそれぞれの活動現場から出し合い,フェスティバルとして取り組むべき事柄を整理する予定である.

 さいたま市障害者計画(2003年〜2007年)では,心の健康に関する普及活動の充実を図るため,一般市民への精神保健福祉の普及・啓発に努めるという趣旨の施策が位置づいている.心の健康を保つための予防的視点からも,市民への普及・啓発を進めることは重要な施策である.さいたま市全域を見渡し,必要とされている普及活動とは何かを関係者と共有し,様々な機関の協力を得ながら継続して取り組んでいくことが求められている.      

(渡邉 奏子)
機関紙「やどかり」2006年1月号より


精神障害者リハビリテーション学会報告
1人1人の人がその人らしく生活するために


 12月3日(土)〜4日(日)の2日間で精神障害者リハビリテーション学会第13回大阪大会が大阪府立大学中百舌鳥キャンパスにて行われた.

 「なにわともあれ語り合おう やったらええやん!リハビリテーション」を大会テーマに掲げ,基調講演,シンポジウム,テーマごとに分かれたワークショップや一般演題などが行なわれた.また,前日には,サテライト企画として,第12回堺市精神保健福祉セミナーが開催された.やどかりの里からは12名が参加した.

 今回やどかりの里では,一般演題(ポスター)で「障害当事者が参画する退院支援の活動展開(第1,2,3報)」と「精神障害者と労働についての一考察(第1,2,3報)」の計6報について発表を行った.

 「退院支援」をテーマにしたポスターでは,社会復帰施設を建設してから現在まで行ってきた長期入院者の退院に向けた実際の取り組みと今後の施策化へどうつなげるかということから,取り組みの意味や意義について発表した.何人退院できたのかという効果や効率で考えるのではなく,地域で生活するために必要なことは何かということを見て,1人1人に合わせた支援を行うことが大切であるというやどかりの里の生活支援の理念を改めて伝え,会場の参加者と考える機会となった.

 また,「労働」をテーマにしたポスターでは,授産施設と福祉工場の協働の姿について発表し,働く人たちにとってどのような意味や効果があるのかということ,障害者自立支援法が成立することでどのように変わるのかということを伝えた.

 障害者自立支援法では,何人が退院したのか,何人が一般就労へ移行したのかなどの成果を評価しており,数字上の効果や効率を優先している.それゆえ,やどかりの里の取り組みの意味や意義を伝えなければならないと感じ,演題発表となった.

 シンポジウムでは,それぞれ自立支援法と退院支援をテーマに,シンポジストから意見や実践報告がされた.当事者のシンポジストから「なぜ障害者だけが自立しなければいけないのか」と問いかけられ,フロアーからもいくつか質問が出ていた.
 また,シンポジウムの退院促進事業の全国調査の報告から,行政中心になることで理解を得やすいこと,新たな連携が生まれるというメリットがある一方,退院促進事業の効率や効果のみを取り上げてしまいがちになること,退院後の地域生活をどう支えるのかまで考えていくことが大切だと報告された.

 2日間のシンポジウムを通して,法律や事業の枠の中でその人の暮らしを考えるのではなく,その人らしく生活するために必要なことを見ていくということに共感することができた.
 今回の学会への参加を通して,やどかりの里が大切にしてきた価値,活動の意義や意味を伝えていくことで,多くの人たちと共有することの大切さを改めて感じることができた.今後の活動へとつなげたい.

(玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2006年1月号より



「このままの障害者自立支援法案では納得できません!
当事者・地方の声を国会に届けよう!2週間行動」報告


 去る10/18〜28の土日を除いた9日間,DPI北海道ブロック会議議長の西村正樹氏をはじめとした福祉関係者8名の呼びかけにより,「このままの障害者自立支援法案では納得できません!当事者・地方の声を国会に届けよう!2週間行動」(以下,2週間行動)が行われた.これは障害者自立支援法(以下,自立支援法)の審議にあたる全衆議院議員に対し,慎重な議論を強く求めたものである.障害当事者や家族,施設職員が連日全国から集結し,やどかりの里からも延べ74名が参加した.

 自立支援法は,別々に提供されてきた知的・身体・精神の3障害のサービスを統合し,これまでの煩雑な施設体系を見直すと共に,サービスを利用する当事者に利用料の定率1割の応益負担を求め,財政的な制度の持続を図るものである.この法律が提出された背景には,支援費制度導入後のサービス利用の急増による財政破綻があると指摘されている.

 1/21〜8/8に開かれた第162回通常国会では,郵政民営化の混乱による衆議院解散により,一旦廃案となっていた.これは11,000人が集結した7.5緊急大行動(本機関紙8月号1面参照)をはじめとした反対運動により,当初の予定よりも大幅に審議が延びたことで,成立を見ないまま持ちこたえた成果とも言えよう.この法律の文言の中で明確に定められているのは,利用者がサービス利用に関わる費用の1割を負担するという点のみに留まり,詳細は200項目以上にも及ぶ政省令に委ねられた.低所得者に配慮した減免措置も講じられてはいるものの,障害が重いほど多くの負担を強いられる応益負担が導入されることへの反対の声に対して,納得のいく回答はないままである.

 2週間行動における要望は,
(1)「応益(定率)負担」の導入と食費等の自己負担の再検討 
(2)現行の障害者医療費制度の存続 
(3)家族負担の撤廃・本人所得のみに着目した負担制度 
(4)本格的な所得保障制度の確立 
(5)不十分な地域サービス基盤の整備 
(6)実体に合った障害程度区分の判定 
(7)障害当事者・関係者の声を反映した政省令
 の7件である.

 連日訪れても国会議員に直接会えることは稀で,ほとんどが秘書による対応であった.秘書に「先生はこの法案についてどのようにお考えか」と尋ねても,「忙しくしているので聞いていない」などという不誠実な答えが返ってくることも多く,特に自立支援法に賛成の立場だった自民,公明両与党の対応は冷たいものであった.
 所得に応じた応能負担を原則とし,現行の支援費制度に精神保健福祉を統合するという内容の法案を,自立支援法への対案として提出していた民主党も,与党に数の論理で押し切られては成す術がない,といった反応であった.それでも当事者が進んで声を上げていくことの手応えは確かにあった.自分の名前を言うだけで精一杯な人や,精神に障害を持ち,薬を飲み続けながら生活する困難さを自らの言葉で訴える人の切実な思い.秘書たちも,それらの声には目を合わせて耳を傾けていた.

 2週間行動の事務局を務めたきょうされんからは,参加者の声や情勢の変化についてのFAX等が逐一各加盟施設に配信され,現場の熱気を伝えるとともに,関係者の意識を高めていた.やどかりの里でも独自に,国会までは足を運べないメンバーや家族からコメントを寄せてもらい,要望書と共に国会議員に手渡している.また,2週間行動の連続性をもたせるために,1日ごとに参加者の感想を集約し,翌日以降の参加者と共有した.「自分の後ろには100名以上のメンバーがいるという気持ちで頑張った」「国民の代表として選ばれているはずの国会議員に,声を届けることにも既に壁がある.そのことに腹が立ち,悲しくなった」との声が挙げられている.

 一方で,マスコミが取り上げたのは,同時期に行われた内閣改造に関わる話題ばかりであった.障害者福祉を国民全体の問題にできない無力感,歯がゆさも同時に感じる.

 この2週間行動の間にも,10/26には衆議院厚生労働委員会での採決が見込まれたため,全国から約800名が国会前に集った.結局採決は28日に延びたが,その際にも約1200名が各地から国会周辺に集結.委員会採決の後には,民主,共産,社民各野党議員も,集結していた関係者の元に駆けつけ,最後まで自立支援法について反対の姿勢を貫いて共に闘っていこうと確認し合った.私たちと思いを同じくする議員の言葉に励まされ,一旦は沈み込んだ会場の雰囲気も熱気を取り戻した.

 また,自立支援法の成否が諮られる衆議院本会議を午後に控えた10/31の午前にも,緊急で要請行動が行われ,本会議の傍聴も含めてやどかりの里から10名ほどが参加した.反対の声がこれほどあるにも関わらず,「法案」が「法」になる瞬間は実にあっけないものだった.形ばかりの討論が行われ,淡々と採決に移り,与党の賛成多数で可決成立,散会.要した時間はたったの30分程度である.こんなにも簡単に,国民の命に関わる法律が決められてしまう事実に愕然とするばかりだった.傍聴席にはショックのあまり,「ひどい…」と言って泣き出す当事者の姿.最も影響を受ける人たちの生活実態が真摯に把握されることなく法律が作られてしまう.そんなこの国の貧しさがその姿に如実に現れているように感じられ,憤りとともに空しさすら覚えた.

 自立支援法は,来年4月より施行される.きょうされん常務理事の藤井克徳氏は,自立支援法の成立について「今日は日本が世界に嗤われる日です」と締め括った.世界の先進国をどう見渡しても,福祉サービスの利用者に応益負担を強いる法律は存在しない.車椅子を使う人がトイレに行くためにヘルパーを活用すること,聞こえない人が手話通訳を利用すること,果ては障害を持つ人が働くということさえも何故「益」とされるのか.厳しい状況にある今こそ,おかしいことはおかしいと,諦めずに訴え続けなければならない.国の不条理な仕打ちに簡単に屈する訳にはいかないのだ.この国の障害者福祉の行く末を握っているのは,国会議員だけではない.私たち国民1人1人なのである.

(渡辺 里子)
機関紙「やどかり」2005年12月号より



日米当事者交流会に参加して   


 アメリカ研修旅行に行ってきました.プロジェクト・リターンの招待に応じてです.
 2005.10/23〜11/5までの14日間である.目的は当事者交流,ペンフレンドを得ること.どのような活動をしているのか,その実際を知ることの3つである.

 26〜28日のオルタナティブ・カンファレンス(全米のコンシューマー,サバイバー会議)に参加する為,アリゾナ州フェニクスに移動し,参加登録を済ませてからディナーとなる.この際のアトラクションが良くできていて感心させられる.太鼓に合わせての合唱.当事者で精神科医のスピーチなど,最後に我々当事者も頑張ろうといった時には立ち上がって拍手する当事者もいたのであった.

 27日から会議は始まり,10時15分〜11時45分に日米より4人ずつ計8人の発表の後,質疑応答となり,日本では精神病に羅患したことで,どのような困難を抱えるか.岡山から参加した倉田真奈美さんが,日本社会には<恥>概念があり,その為発病初期から本人及び家族が病気を隠し,すぐに医療を求めない事が多い.その為重症になって初めて医療にかかる人が多く,長期の原因の1つになっている旨答えた.

 1日,アンテロープヴァリーディスカバリーセンターで交流会並びに6人がスピーチをした.ここは,約60人程の登録メンバーがおり,毎日約30人位出てくるとのこと.工賃は1日5$,10$,15$,20$の4段階で,昼食は無料との事であった.施設長は発病した時には,自分がこのように貢献できるなどとは考えてもみなかった,また,こうして働くことが快復にとってとても大切であることが分ったとのことだった.

 2日,パールジョンソンパワーセンターで交流・発表があった.施設長さんより,ここは文字の読めない人もいるので識字教室も行っていると.また,昼食は無料で,現に昼食をして帰って行く人も多かった.残った人たちで交流会を持った.どのような話し合いがあったかあまり覚えていない.終了後それぞれホームステイ先に向かった.僕はビル・スロークムさんの所である.この方はメンバー・職員でロングビーチ市に自分だけ寝泊りするアパートを持っており,そこに案内される.夕方, 3人で海岸をサイクリングする. 夕食はサイクリング道路を真下にしたレストランに案内される.座席はサイクリング道路・港を正面にした所で,このような所にも相手をもてなす心の細やかさを感じ,さらにスロークムさん,ゲインズさんは,心の細やかさが発病原因の1つではないかと考えさせられたものでした.

 3日夕方よりビレッジのカフェでお別れ会があり,アメリカ側から秋吉芳美さんなど, 25名位参加した.初参加の4人に日米交流の証書が贈られ,皆がサンキューメッセージをして会は終わった.ホテルに戻ってから,明日帰国することに皆安堵の気持で,コーディネーターの宇田川さんの部屋で飲み会を開き,皆良く飲んだ.

(31日ハロウィーンのために,西ハリウッドに行った折に,小生が皆と離ればなれになってしまい,アメリカのメンバー,日本からのメンバーに多大な迷惑をお掛けしましたこと心より申し訳なく,大きな責任を感じてるところであります)       

(堀 澄清)
機関紙「やどかり」2005年12月号より

 



志村のおばさんが私たちに残してくれたもの   

 
 去る11月17日に茶の間のおばさんとの思い出を語り合う会を行った.40名ほどの参加があり,おばさんの遺影を囲んで,それぞれの思い出を重ね合わせていく2時間だった.

 本紙10月号でもお伝えしたとおり,「茶の間のおばさん」こと志村澄子さんが4年余りの闘病生活を経て,平成17年9月12日,89歳にて逝去された.やどかりの里の皆にとってもおばさんの存在は大きかっただけに,それぞれの胸に湧いてきた悲しみの深さはいかばかりかと察する.訃報に接し,その死を悼む声を聞くにつけ,おばさんとの思い出を皆で分かち合える機会が設けられたら,と,今回茶の間のおばさんとの思い出を語り合う会を開催する運びとなった.生前おばさんと所縁のあった何人かの有志で企画をし,呼びかけさせていただいた.

 当日の参加者の中には,古くからおばさんと付き合いのあった人も,最近やどかりの里の仲間に加わりおばさんのことを話でしか知らない人もいた.それぞれの人のおばさんとのエピソードが語られ,私たちが本当にたくさんのものをおばさんからいただいていたことが分かった.

 涙がこぼれそうになったとき,我慢しなくて泣いていいんだよと声をかけてくれたおばさん.SOSの声に,メンバーの自宅まで駆けつけてくれたおばさん.やどかりの里で24時間の電話相談などなかった時代にも,自宅の電話で昼夜を問わずメンバーからの相談を受けていたおばさん.本当にしんどい時に自宅を訪れたメンバーを,何も問うことなく受け入れたおばさん.やはり共通して出てきたのは茶の間で癒された体験で,茶の間に行けば,お茶とお菓子,そしてゆっくりと流れる時間があって誰もがくつろげた.メンバーも職員も訪問者も分け隔てなく迎え入れてもらったことが伝わってきた.

 参加者の話を通して様々なおばさんの姿がよみがえってきた.優しいおばさん.ときに強く凛としたおばさん.上品でユーモアや茶目っ気のあるおばさん.生きていれば,おばさんを囲むこのような会を開くこと自体を断ったであろう,目立つ事の嫌いなおばさん.一方で,家族でありながら,職員でもあった立場の難しさを抱えていたおばさん.また,おばさんがやどかりの里に精力を注いでこられたのは,陰にご家族の支えもあったからということも改めて確認できた.

 会の最後に職員の増田一世から「おばさんは安心の保証などやどかりの里の核になる部分を創ってくれた人.今年は35周年のお祝いの年でもあったのに,おばさんの後を追うように先日副理事長の孤嶋さんが亡くなられ(本紙1面を参照),心の支えを失う深い悲しみの年にもなった.やどかりの里にとってはいろいろな意味で節目の年になった.おばさんたちからたくさんの財産を引き継いで,私たちの活動もどう進めていくか問われているのだと受け止めている」と話があった.

 悲しみもあるけれど,おばさんとの思い出を語り合うことで感謝の想いが湧いて優しい気持ちになれる,そんな時間を過ごすことができた.

(呼びかけ人を代表して 白石直己)

機関紙「やどかり」2005年12月号より



政策決定過程に私たちの声は届くのか    


 11月12日,13日,第9回日本健康福祉政策学会学術大会が杏林大学三鷹キャンパスで開催された.やどかりの里からは,総勢7名が参加した.

 学会メインテーマは,「こころでつながる健康福祉のネットワーク」大会全体の参加者は約200名で,5つのワークショップ,壁新聞発表,公開シンポジウムが行われた.また,壁新聞のうち3つのテーマについて井戸端会議(自由討論会)が開催された.

 やどかりの里は,ワークショップ「政策決定過程に私たちの声は届くのか−障害者自立支援法をめぐって−」を担当した.増田一世がコーディネーターとなり,浅見典子,白石直己,辰村泰治,堀澄清の4名とやどかり研究所から田中良明さん(東京大学客員研究員),松田正己さん(静岡県立大学看護学部)が話題提供を行った.まず,精神障害者の処遇の歴史,法律の変遷を整理し,障害者自立支援法の制定の背景と過程を参加者と共有した.そして,この法案に対するやどかりの里の取り組みと,応益負担への危機感,医療剥奪の恐れ等の意見を述べた.

 ワークショップ参加者からは,様々な意見が挙げられたが,印象的だったのは以下の3点である.(1)長年障害の認定や生活のサポートをしてきたが,これからは行政はサービス等を切っていく役割をしなくてはいけなくなってきている.行政と住民を切り離し,分断される構造になっている.(2)イギリスなどでは政権が交代し,新自由主義をやめ新しい道を模索し始めている現状もある.そういった世界の動きも見ながら,日本の社会保障をどう見ていくかが重要である.(3)精神障害は,急性期,慢性期の医療と,日常的生活支援が混同して捉えられている.まずは精神病院を解体し,地域精神医療と生活支援に分けていく必要がある.また,これは精神保健福祉分野だけで解決できる問題ではなく,弁護士や隣接分野とも情報を共有し,協力し合い,マスメディアも巻き込む戦術をもつことが課題であるという意見があった.

 この学会は,安心して健康に暮らせる地域社会を目指して活動し,今年創設10年を迎えようとしている.その中で,@ 市民・行政・専門家の間にある壁だけでなく,市民生活における孤立化,縦割りの行政,学問の専門分化など,三者がそれぞれに抱えている壁を乗り越えるための方策を整理すること,A 社会保障費を抑制する方向で進んでいる国の政策転換をどう捉えるか,どう対処するべきか整理すること,が課題として基調講演で提案された.政策学会としても自立支援法など国政策に提言するような動きも必要ではないかという意見も出された.

 今回の学術大会では,「協働」が焦点となり,公開シンポジウムにおいても,市民,行政,専門家の立場から発言があった.合意形成のプロセスを協働という言葉で表現していたが,やどかりの里がここ数年,職員と当事者の間で築いてきた「協働」との違いを感じた.私たちはこれから,行政や地域の人たちとどう協働していくのか,そしてそれぞれが足場で,地域でしっかり繋がっていくことが大事だと感じた学会だった.

(佐々木千夏)
機関紙「やどかり」2005年12月号より



バザー報告
雨の中,一丸となって大バザー開催!

 本誌1面で取り上げた,やどかりの里大バザー当日の様子を報告する.
 2005年10月16日(日)バザー当日の朝,天気予報に反して前日より降り続く雨の影響で,バザー会場のグラウンドは水浸しであった.朝一番から売り場づくりをするための排水作業に難儀したが,テントやゴザを持ち寄り,飛び込みで準備に参加して下さった方々などにも助けられ,一部店舗を除き,定刻に販売を開始することができた.雨の中,朝早くから並んで開場を待っているお客さんが入場してくると,バザーの始まりが実感できた.集客数に不安があったものの,雨が上がった後,来場者数も伸び,一安心であった.

 衣類・靴・鞄・雑貨等のバザー品売り場,フランクフルト・コロッケ・豚汁・クレープ・焼きそば・手打ち蕎麦・たこ焼き・おでん・梨等の15店舗もの模擬店の出店,小槌会の太鼓演奏・アームレスリング・オークション等のイベントが会場を賑わせた.来場者からは,「売り場の種類が豊富だった」「見ごたえがあった」等の感想をもらっている.また,例年は中川自治会館で販売している日用品・食品類を,今年はやどかりの里本館・別館会場で販売した.会場が2か所であったため,お客さんの誘導方法等に課題が残った.
会場の中では,約90名のボランティアが各売り場や駐車場係,会場整備から後片付けまで,縦横無尽にご活躍くださった.

 今年のバザーでは売上を上げるために,1)バザーへの協賛企業の募集,2)模擬店の売上アップの取り組みを行った.バザーへの協賛企業の募集では,協賛金によるご協力だけでなく,地域の企業などにやどかりの里の活動を知ってもらうことにもつながった.短い期間での取り組みではあったが,約20社からの協賛を頂き,協賛金は合計9万円となり,協賛者はチラシや会場にて紹介させていただいた.模擬店の売り上げアップへの取り組みについては,売れ筋商品,原価計算等の工夫・検討をし,模擬店だけで約50万円の売上を上げることができた.

 たくさんの方々のご協力の下,盛大にバザーを開催でき,地域の方との心温まる交流ができたことは,力強い励ましをもらったように感じた.ご協力いただいた皆様に心より感謝いたします.

バザー会計報告
 売上合計 \1,543,854
 経費合計 \ 296,659
 収  益 \1,247,195
 (2005年10月28日現在)

(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2005年11月号より



報告 第2回さいたま市障害者施策推進協議会
障害者計画の中間見直しに向け

 10月11日,第2回さいたま市障害者施策推進協議会(以下協議会)が西部文化センターで開催され,委員として増田一世が出席し,やどかりの里からは5名が傍聴した.

 2001年度から,
1) 障害者計画の進行管理と中間見直し(取りまとめ役 鴻沼福祉会斎藤なを子さん),
2)相談支援システムの構築(取りまとめ役 増田一世),この2つのワーキンググループを設け,関係者のヒアリング等を重ね検討を進めてきた.今年度は,障害者計画の中間見直しの年に当たっている.

 協議会は,ワーキンググループで検討され,課題として導かれたものに対し,さいたま市としての考え方を示し,それについて協議会で議論するという進め方である.

 協議会の冒頭,浅井障害福祉課長の挨拶で,障害者へのホームヘルプサービスの課題に触れられ,障害福祉課の各担当者から,施策の課題,対策と計画の修正点の案が説明された.
 大きな検討の柱として,
1) ホームヘルプサービス.ケアマネジメント体制の確立やホームヘルプサービス業務の範囲の検討が課題として上げられている.
2)施設サービス(日中活動).心身障害者デイケア施設,精神障害者小規模作業所の運営基盤の確立の課題に対し,格差是正,小規模授産施設への移行支援,補助金体系の再検討を行うとされている.また,アクセスしやすい施設配置の必要性やニーズの変化に対応する施設サービスの提供のために,地域のサービス調整会議(仮称)の設置が具体的に提案されている.
 精神障害の分野では,社会的入院者の退院促進事業の推進が新たに加わり,退院支援のための環境整備,ネットワークの構築などの課題が盛り込まれている.
3)住む場としては,自立生活の実現のためのグループホームの早急な増設,ショートステイについての実施体制の確保のために,国に対し適正な報酬単科の設定を求めていくとしている.

 計画書には盛り込まれないが,精神障害者の実態把握のためのアンケート調査の実施を検討しているとの報告もあった.精神障害者の実態はなかなか見えづらい.実態の見えない中で描く計画は得てして絵に描いた餅になりがちである.そういう意味では,最初の一歩をどう踏み出すのか,重要であろう.

 今回は,障害福祉課の報告が中心であったが,次回以降,行政から示される障害者計画の改訂案について,委員が意見を述べることになっている.中間見直しに向けて,これからが重要な局面になるであろう.そうした議論を踏まえて出されることになる「計画書」は,パブリックコメントにかけられる.さいたま市民として,障害者施策に対し意見を寄せる機会である.
 障害者自立支援法案によって,大きな影響を受ける可能性もあるが,法や制度が変わっても,障害のある人たちの健康課題,生活課題は変わらない.国の制度転換によって,支援やサービスが低下することがないように,さいたま市の障害者施策に関心を持ち続ける必要がある.  

(増田 一世)
機関紙「やどかり」2005年11月号より



報告 きょうされん第28回全国大会inとちぎ
誰もが生きる権利を保障される社会にするために  

 9月23日,24日の2日間にわたり,「きょうされん第28回全国大会inとちぎ」が開催された.「きょうされん」とは,成人期障害者の地域生活を支えていくための多様な社会資源の集合組織で,事業体であり運動体としても活動している団体である.やどかりの里からは5施設が,昨年4月より加盟している.

 栃木県宇都宮市で行われた今大会に,両日合わせて9名が参加した.1日目には,基調報告と記念講演,利用者フォーラムがあり,やどかりの里からは辰村泰治がシンポジストとして出席した.2日目には分科会が行われた.今回は1日目について報告したい.
 
 1日目の冒頭,きょうされん常務理事の藤井克徳氏による基調報告がなされた.国の責任放棄とも取れる現状を踏まえ,今後のきょうされんの活動について方向性を示唆した.まず国際的な動きを上げ,「2007年に国連で採択する『障害者の権利条約』(日本も批准する見通しで,国内の法律を拘束)の水準を高められるよう積極的に関与していく」とした.一方,国内の動きに関しては,戦後60周年を迎えた今,戦争被害は障害者が最も大きいことを上げ,「戦争と障害者の関係について伝えていきたい」としている.

 報告の中では,障害者自立支援法案についての評価も改めてなされた.法案が国会に再提出されるにあたり,応益負担を始めとする問題点の確認とともに,その丁寧な検証と消去を求める「緊急提言」を発表し,共有された.これまでの一連の運動についても,今回の廃案への影響は多大であったとして,運動の重要性が再確認され,さらなる運動への一歩を踏み出す大きな力をもらえたように思う.

 続いて,クレヨンハウス主宰の落合恵子氏の記念講演が開催され,参加者は自らの人権意識を問われる時間となった.落合氏自身が「非嫡出子」として生まれ,周囲の差別的な目,社会の中での微妙な位置づけを感じながら,人として持っているはずの権利が奪われていく経験をしている.それでも自分が自分であることを大切にし続け,「誰の足も踏まないこと・誰にも自分の足を踏ませないこと」が「人権を守る」ことであると語る落合氏の姿を前に,会場全体が熱い空気で包まれていた.話の中で彼女は,声の小さい人が切り捨てられる現状に対して,様々な形で声を上げていくこと,そして「個人的体験の社会化」「社会的体験の個人化」の必要性を訴えた.それは,「人は社会や人とつながりながら,誰にも脅かされることなく尊い人生を歩む権利がある」という力強いメッセージであった.

 1日目の最後は,利用者フォーラムで締めくくられた.その中で,シンポジストの辰村は「今の暮らしが続くことを願っている」と語った.この声を原点として,藤井氏,落合氏,それぞれの方から,私たちが「拠って立つ場所」を指し示され,再確認できたような気がしている.障害者自立支援法案を巡る情勢は厳しいものの,誰もが生きる権利を保障される社会にしていきたい.そのために,社会の動きを自分ごととし,原点となる声を,様々な取り組みや運動を通して社会化させていきたいと思う.

(中村 由佳)
機関紙「やどかり」2005年11月号より



報告 第33回埼玉県精神保健福祉卓球大会
スポーツを通した新たなつながり  

 9月30日,行田グリーンアリーナにて第33回埼玉県精神保健福祉卓球大会が開催され,やどかりの里は初めて出場することとなった.
 この大会は埼玉県精神保健福祉協会が主催し,スポーツを通して精神障害者相互の交流を深めるとともに,社会参加の促進を目的として行われている.やどかりの里では,前年度までは数人のメンバーからの参加希望はあったが,出場最低限の人数に満たなかったために参加することができなかった.
 今年度は,「気軽にスポーツを楽しんだり,体を動かしたりできる機会を持てれば」という趣旨で参加呼びかけを行い,9名が集まった.参加したメンバーは,やどかりの里の作業所や生活支援センター,援護寮などを利用しており,初対面同士がほとんどであった.それぞれ学生時代や友人と,また,デイケアや入院中に卓球経験があり,参加したようだ.

 大会当日は,埼玉県内の病院,デイケア,精神障害者社会復帰施設,小規模作業所から全24チームが出場した.試合は団体戦で行われ,初めに予選リーグ,その後各決勝トーナメントが実施された.やどかりの里チームは,予選リーグを1勝1敗の2位で通過したが,決勝トーナメントは残念ながら第1試合で負けてしまった.
 しかし,1つ1つの試合が手に汗握る接戦であった.皆,試合前の穏やかな面持ちとは一変し,試合に臨む表情はとても真剣だった.最後まであきらめることなく闘う姿を見ているうちに,得点係だった私は得点をつけることさえ忘れそうになりながら試合に見入ってしまった.その試合の興奮も冷めやらないままに,帰りに打ち上げを行った.

 参加者は,
「今日1日楽しかった.参加することができて本当に良かった」
「試合に負けて悔しかった」
「もっと練習して上手くなりたいと思った.来年も参加したい」
「久しぶりに運動して疲れたけれど,すがすがしい疲れを味わうことができた」
「もっと練習する機会があれば,どんな結果だったのか.継続した練習を続けていければと思う」
と,とても生き生きとした表情で感想を出し合った.

 今回は,卓球大会という形で外部機関との交流ができた.
 また,やどかりの里内でも所属部署や働いている場所を超えて関わりを持つことができた.
 スポーツを通して,互いの新たな一面を発見する機会になったかもしれない.近年,やどかりの里ではそれぞれの部署での活動が増えてきたこともあり,スポーツ活動に参加する方が少なくなっていた.しかし,体を動かしたい,スポーツを通して交流を図りたいという声は少なからず挙がっており,今回の大会参加は新たな活動づくりのきっかけになったとも言える.スポーツ活動を通して参加者の新しいつながりがより広く強くなっていくよう,継続した活動に積極的に取り組んでいきたい.

(黒坂 牧子)
機関紙「やどかり」2005年11月号より



さいたま市における
体験型居住支援モデル事業(チャレンジハウス)の成果報告

 フィリップモリスジャパンの活動助成をいただき,昨年10月より体験型居住支援事業(チャレンジハウス)に取り組んできた.(経過報告については先月号の機関紙にて報告)今年6月末をもって助成期間が終了となり,去る8月25日にはフィリップモリスジャパンにおいて完了報告会が開催された.

 そこで,今回はチャレンジハウスの取り組みと,そこから見えてきた成果と課題について具体的に報告する.

 チャレンジハウスは,入所型の施設とは異なった「より1人暮らしに近い環境で生活体験すること」を目的とした体験型住居として位置付け,今年2月から利用を開始した.大宮中部生活支援センターに隣接する物件を確保し,日中は生活支援センターで生活上の相談や不安に対応できる態勢をとった.これまでに利用した人は6名で,
(1)家族と離れてみる体験をするため,
(2)1人暮らしに向けた生活体験をするため,
(3)単身生活から共同生活に移行するための練習,
(4)自宅を離れてリフレッシュするための利用(休息利用)など, 実に様々なニーズに対応した.
 利用期間は1泊という人もいれば,2泊3日を数回体験して次は1週間利用してみるという人,1か月単位で利用する人など,様々であった.

 取り組みの中で見えてきたチャレンジハウスのメリットとしては,
(1)短期間からでもチャレンジできる,
(2)経済的リスクが少ない(アパート確保に係る費用や家賃など),
(3)生活課題が明らかになりやすい,
(4)繰り返し体験を積み重ねることができる,
(5)永住型ではないため多くの人が利用できる資源となること,という5点が挙げられる.
 また,現在退院促進プロジェクトの取り組みの中で援護寮への体験宿泊がされているが,今後はチャレンジハウスの活用も検討し,入院中に1人暮らしの体験を試みることで実生活のイメージをつけ,退院への不安を軽減することにつながればと考えている.

 チャレンジハウスの利用が始まって8か月が経過し,やどかりの里の利用者だけでなく,さいたま市内の生活支援センターや精神病院からの利用希望や見学希望が出始めている.従来の入所型の生活訓練施設や福祉ホーム,またグループホームなどが持つ機能の合間を埋めていくような機能がチャレンジハウスにあるのではないかと言える.

 今回は既存の資源にはない新たな資源開拓の立ち上げということで,フリップモリスジャパンより活動助成をいただいて取り組んできたが,今後この体験型居住支援事業を持続可能な資源としていくためには,実績を積み重ねていくこと,と同時にさいたま市の社会資源としての施策化を図っていくことが大きな目標となってくる.

 先に廃案となった障害者自立支援法案が,秋の特別国会に再提出されようとしている.誰のための,何のためのが見えない法案が1人歩きしようとしている今,改めて「ニーズに基づいた,実践に裏づけされた」ソーシャルワークの本来あるべき姿を見失わないように取り組んでいきたいと思う.

(鈴木 美紀)
機関紙「やどかり」2005年10月号より



地域生活支援活動の基本を学ぶ3日間研
自分で考え,思いを伝える大切さ

 9月13日〜15日の3日間,「地域生活支援活動の基本を学ぶ3日間」と題し,精神保健福祉の現場で働く新人職員を対象にした研修会が,やどかり出版の企画で開催された.研修会では,生活支援に従事する職員の実践に基づく講義,実際の活動の見学,グループ活動・ミーティングの体験,メンバーの体験発表などがプログラムされ,各地の地域生活支援センター,援護寮,通所・入所授産施設,グループホーム等から13名(やどかりの里からは今年入職した3名)が参加した.

 3日間を通じて,それぞれの研修の場面で自分なりに考えたこと・感じたことを参加者全員で話し合い,共有し合うことであった.日々の業務や障害当事者との関わりを振り返り,迷ったり悩んだりしていることを率直に出すことで,“人”と関わる仕事の根本となることを改めて確認し合った.参加者からは,自分を見つめなおす機会になった,自分1人では気づけなかったことに気づけた,気持ちを出すことを大丈夫だと思える空間が持てたことがよかった,などの感想が出ていた.以下,研修に参加したやどかりの里の職員3名の感想を紹介する.

 日頃から自分の思いを言語化することが苦手で,そのことに関する評価を恐れ,今までできるだけ「自分の考えを伝えること」を避けてきた.この3日間では,自分で考え,感じたこと・思いを自分の言葉で伝えることが多く求められたが,はじめは素直な「自分の思い」ではなく、「受け入れてもらえそうな意見」を考え話している自分がいた.しかし、3日間参加者皆で毎日振り返りをし,少しずつ話し合いを進めていくにつれて,自分の思いを伝えること,そして安心して伝えられる場の大切さを,実際に体験することで感じることができた.日々の業務に追われる毎日であるが,時折時間を止め、活動を振り返り,自分を見つめ直し,自分で考えることを大切にしていきたいと思う.    
(阿部 友恵)

 自分の気持ちを表現することに苦手意識があり,それを隠すために普段からどこか他人任せにすることが多かった.そのことを繰り返しているうちに,日々の業務・生活の中で,「自分で考える」ことさえしなくなっていたように思う.目の前にいる人にも仕事にも,主体的に関わっているようで関わっていないという状況を無意識のうちに自分で作っていた.それでは誰にも何も伝わらないし,響いていかないことに研修の中で気づいた.今回の気づき,学びを1つずつ自分のものにしていけるよう今後も精進したい.
(黒坂 牧子)

 私は普段の仕事の中で「あなたはどう思うか」「あなたは何を感じているか」を大切にしている.しかし研修中は,逆に「私はどう思ったか,何を感じたか」を問われ続け,自分の思いを言語化する難しさを感じた.そして相手の思いに気持ちを添わせていくのであれば,まず「私自身がどうしたいか」を意識しなければならないことを学んだ.今回,私たち研修生は「共感・共有」が強く出たグループで,笑う・泣く,の感情を共にし,「相手と共鳴する心地良さ」を体験することができた.この貴重な体験を礎とし,今後の活動をより良いものにしていきたい.
(久松 明子)

機関紙「やどかり」2005年10月号より


さいたま市障がい者施設連絡会の取組み
「要望書」についての市との協議

 8月3日,さいたま市障がい者施設連絡会(以下,さい障施連)は,平成18年度予算要望書をさいたま市へ提出した.(詳細は,機関紙9月号に掲載)その要望書への回答書に基づいたさいたま市との話し合いが,9月2日午後6時30分から,県障害者交流センターにて行われた.さいたま市障害福祉課より7名,さい障施連の会員約80名が出席した.
 
 さい障施連では,要望活動に向け,施設種別ごとの話し合い,全体会,政策委員を選出しての要望書の作成等を重ねてきた.やどかりの里からは,精神障害者社会復帰施設を代表して三石麻友美が,政策委員として加わった.

 当日は,要望項目ごとに市の説明を受け,話し合いの時間が持たれた.今回のさいたま市の回答には,残念ながら特筆すべきトピックスはなく,予算がない,理解して欲しいという論調に終始した.

 一方さい障施連の会員からは,活発に意見が出された.
「私たちが作業所を続けられなくなった時,20名の障害者が路頭に迷ったら,彼らを市はどうするつもりか聞きたい」,
「この回答は,回答とは思えない….憤りを感じる.私は,自分の待遇をよくして欲しいと言っているのではない」,
「若い職員が,夢を持って働けるだけの小規模作業所であって欲しい」
 どの発言からも,各施設の日頃の活動がギリギリの努力の積み重ねで維持され,職員1人1人に負担を負わせているかが伝わってきた.この現実が少しでも,さいたま市の担当者の人たちに伝わって欲しいと思った.

 また,出席者の幾人かが「予算が無いのは施設側も分かっている.しかし,目の前に支援を必要とする障害者がいる.予算の無い状況下でさいたま市がどうするのか,市の姿勢を見せて欲しい」と語ったが,十分に伝わったという実感を得ることができなかった.
 しかしながら,会終了後,さい障施連のある役員は,「今までの会の中で1番良かった.皆,正直に話していた.これまでになかったことだ」と感慨深げに話してくれた.

 さいたま市精神障害者小規模作業所連絡協議会役員会でも,この話し合いを振り返った.
「デイケア(知的・身体障害の方々の小規模作業所)など他の施設の人たちが,精神障害者小規模作業所を応援する発言をしてくれ心強かった」,
「障がい者施設連絡会に入って,一緒に活動している意味があったと思う」という感想が上がっていた.

 やどかりの里の増田一世は,デイケアや精神障害者小規模作業所の人たちが,現状を声にして訴えたことに今回の重要な意味があったという.昨年は,市の回答を受けての反論や質問すら限られた人しかできなかったからである.

 私自身,小規模作業所で10年間働いてきたこともあり,当日は大変興奮気味であった.後日,その場に出席した仲間たちの声を聞き,あの話し合いの意味を実感できた.
 障害や施設の種類を越えて,大きく1つにまとまって運動を展開していこうとする,さい障施連.さいたま市の今後の行方は,まだまだ見えてこないが,会としての活動は着実に積み重なっている.

(檜山 うつぎ)
機関紙「やどかり」2005年10月号より


さいたま市の障害者施策を後退させないために
さいたま市障がい者施設連絡会で要望書を提出

 8月9日(火),さいたま市障がい者施設連絡会(以下,さい障施連)で,平成18年度予算編成に関する要望書をさいたま市へ提出した.昨年度に引き続いて2回目の提出となる.今年度の要望事項の大きな柱は5点.
1)「障害者自立支援法案」など国の制度改革について,
2)障害のある人の日中と地域生活を支える基盤整備について,
3)現状の施設運営の改善,
4)就労支援と授産振興について,
5)障害者計画の中間見直しに向けて,である.
 さい障施連として今後のさいたま市の障害者施策の向上を考え,障害者施設ごとで要望事項の検討を進め,その内容を集約し,来年度の要望として必要な内容について整理したものである.

 さいたま市の障害者施設の実態は,その多くが民間の施設に依拠している.第6回さいたま市障害者施策推進協議会の資料によると,現在,知的障害,身体障害の日中活動の場はさいたま市内で49か所,約70%が民間である.精神障害者の働く場においても,さいたま市内で21か所,全て民間であり,その内 85%が小規模作業所である.総計すると,さいたま市内の障害者施設の約78%を民間施設が運営しており,その中でも心身デイケア施設と小規模作業所の約57%は無認可施設である.しかし,各施設への相談内容は多様化しており,潜在的なニーズの充足を考えても基盤整備は重要な課題である.

 また,さいたま市内には6か所の精神病院があり,病床数は1,267床.平成16年6月30日現在で,1,144人が入院している.その内,1年以上の入院者数は804人で,全体の70%にあたる.しかし,こうした入院中の人の実態把握はされておらず,さいたま市民で他市や他県に入院している人の実態把握もされていない.こうしたニーズ把握も今後の課題である.

 さいたま市の障害者計画が平成15年3月に策定されて2年.今年度は,障害者計画の中間見直しの時期でもある.障害者の暮らしを支える社会資源や福祉サービスの充実,重点課題とされている相談支援システムの再構築など,まだまだ課題は山積みである.

 障害者施策を進めていく上で重要なことは,障害を持った人の暮らしの実態把握である.潜在的なニーズ把握も含めて実態把握に努め,そこから地域の課題を明らかにし,基盤整備を進めていくことが必要である.障害者計画の数値目標も,実態から積み上げられた数値でなければ,本当の意味で障害を持った人の暮らしを支える数値目標とはならない.

 国会で審議されていた「障害者自立支援法案」は衆議院解散に伴って廃案となったが,厚生労働省は秋の臨時国会への再提出の意向を示している.障害者施策が大きく改革されようとしている動きは変わらない.国の制度改革の動向に注目し,運動に参画していくことは大切である.一方,地域に視点を転ずれば,国の施策動向に関わらず,さいたま市の障害者施策を後退させない取り組みが必要である.要望書の回答を受けてのさいたま市との話し合いは,9月2日に予定されている.さいたま市からの回答を期待したい.   (三石麻友美)

機関紙「やどかり」2005年9月号より


退院促進プロジェクト報告
1人でも多くの人が,地域で生活できるようになってほしい!

 今年度に入り,退院促進プロジェクト(以下プロジェクト)には新たに職員とメンバー3名が加わった.昨年度同様,市内の病院と連携し,グループでの体験宿泊や見学・交流会を行なっている.今回は,新たに交流を深めている市内2つの病院との取り組みについて報告したい.

 7月6日(水),13日(水)の2週に渡り,聖みどり病院(さいたま市南区)の作業療法に参加する人たちが来里した.援護寮と支援センター,グループホームを中心に,地域生活を支える資源の見学会を行なった.参加者からは,「全て1人でやらなくていいんだ」「自分も退院できるかもしれない」等の感想があった.今までは私たちが病院を訪問し,地域資源について伝えてきたが,実際に見ることで地域生活のイメージをより具体的に持ってもらえたのではないかと感じた.

 7月20日(水)には,埼玉精神神経センター(さいたま市中央区)をプロジェクトのメンバー2名,職員2名で訪問した.「地域生活をイメージするためにメンバーの体験を聞きたい」「施設についての説明をしてほしい」などの要望を受け,院内で退院に向けた活動をしているグループに参加する人たちに,地域生活の楽しさを伝え,少しでも不安を和らげてもらうことを目的に体験談を話してきた.

 当日は,職員約15名,入院中の人たち約30名の参加者があった.最初に総師長の挨拶があり,次にプロジェクトメンバーの千葉,大村が入院中から退院に至る経緯,その時の不安や地域生活の楽しさ・充実感,仲間との繋がり等について話をした.その後,参加者からの質問に答えながら意見交換を行なった.質疑では活発に手が挙がり,「生活費はどれ位かかるのか」「援護寮はどんな所か」「仕事はあるのか」等の質問が出ており,退院後の生活に不安を抱えていることを感じた.「まずは退院してみようと思うことが大切.退院してから分からないことは私たちが手伝います」とメッセージを伝え,交流会は終了した.最初参加者の表情は緊張していたが,話し終えた後は笑顔が多く見られたのが印象的であった.地域生活を支える資源があることを今回初めて知ったという人も多く,病院を訪問し話をすることの大切さを感じる1日となった.

 また今年度より,市内全体で退院促進について考えるため,保健所主催による「退院支援に関する連絡会議」が開催されている.医療・保健・福祉の関係者が定期的に集まり,退院を阻む要因や地域に必要な支援や制度についても検討されている.長期入院となっている人が1人でも多く退院できるよう,関係者が皆で考えていくことが必要になってくるのだと思う.プロジェクトと連動し,市内の長期入院が解消されるよう願っている.
 以下,今年度より新たに加わったメンバーの感想を紹介する.
(玉手 佳苗)

 7月20日,埼玉精神神経センターに行ってきた.ぶっつけ本番の発表であったが,反響は大いにあった.私はもっぱら退院して,自由な生活を謳歌している事を述べた.誰もが,幸福になる権利がある.皆が自由になることを望まずにはいられない.
(大村 祐二)

機関紙「やどかり」2005年9月号より


真に共に歩むこととは
やどかりの里の時の流れから学んだ事

 放送大学大学院臨床心理プログラム修士課程5名の臨床実習が7月27日から8月5日まで行われた.実習を引き受けて3年目.朝9時から時には深夜まで,各自がそれぞれの部署で体験してきたことを振り返り,体験を共有する作業を続けた.学生達は,彼らの暮らしの中で,あらためて『時間』の持つ意味,『聴く』ことの意味を考え,『もう1つの価値』の存在を体験した実習であった.  (柳 義子)
 
 実際にやどかりの里に行って9日間を過ごすまで,利用者の方々の歴史や思想に多く触れることができるとは正直思ってもみませんでした.それは,単にやどかりの里の利用者が「実習生慣れしている」ということとはずいぶんと違っていたと思います.やどかりの里がかけがえのない場所であるという利用者の思いが,実習生に対して,やどかりの里での経験を大切にして欲しい,誇りに思って欲しいというメッセージとして伝えられているのだと感じました.
 利用者のそういった思いは,1人1人がやどかりの里を支えているという意識にもつながっていて,その意識においては,職員と利用者の間には何ら垣根もないということは,権威を背景にしていることを常に意識して仕事をしている私にとっては,大変新鮮に思えました.職員と利用者が互いに刺激し,意識を高め合う雰囲気に,歴史を背負い,注目を浴びる存在になった現在のやどかりの里の成長を支えてきた,組織の底力を見たような気がします.私が,今の仕事に何か「足りない」と感じているとすれば,それは自分が所属する組織への思いなのではないだろうか.やどかりの里でそんなことを考えました.
(木村 結花)

 肌を刺すような日差しと,深夜まで仲間と語りあった実習でした.多くの施設を訪問し,出会ったメンバーさんたちと多くのことを話した充実した時間でした.
 私はスクールカウンセラーとして中学校で働いています.週に1回の勤務で,相談者と1時間の枠で話をしていきます.子どもをどのように適応させ,子どもや親の心をどのように安定させるかが大きな課題となります.常に時間に追われる感覚があり,「次は○○のことを話そう」とさらに効率的に話が展開するようにしています.
 これはやどかりの里とは大きく異なる点でした.生活支援センターや作業所にはゆったりとした時間が流れていました.援護寮や上木崎の家には家庭的な雰囲気がありました.そしてメンバーさんたちが,誰よりも自分が人生を楽しんでいる,人生を主体的に生きている様子を見て,「適応」の意味を改めて考えさせられました.
 仲間と語り合い,出会ったメンバーさんから多くを学び,包み込むように支えてくださった柳先生や職員の方,これらの貴重な体験は私の中で1つの種となりました.やがて春が訪れ,その種が芽生え,大きな木となることを私自身も期待したいと思います.
(立川 弘司)

機関紙「やどかり」2005年9月号より


やどかりの里35周年記念祝賀会 開催
夢や希望を持って,たくさんの仲間と歩んでいきたい

 7月23日(土),会員やお世話になった方々を招いての『やどかりの里35周年記念祝賀会』を,午後1時よりサンパレス大宮にて開催した.この祝賀会は,やどかりの里(以下里)35周年記念事業実行委員会が主催した.実行委員長は理事の山崎光夫氏(山崎工務店)に引き受けて頂き,主に法人の理事が主体となって,メンバー,職員が協力して開催運営にあたった.この日,およそ180名の出席者が集う中,少し緊張した雰囲気で開会した.

 来賓には埼玉県障害者福祉課長霞悦雄氏をはじめとする8名の方々をお招きし,会は2部構成で進められた.第1部では,この5年間の里の活動に注目し「活動を振り返りこれからの歩みを語り合う」というテーマのもと,「やどかりくんの旅〜この5年で気づいた大切なこと〜」と題したスライドショーと,「やどかりの里と私,この5年を振り返る」と題したメンバーによる公開座談会が行われた.

 スライドショーは,今年入職した職員3名による,緊張しながらもはつらつとした声のナレーションのもとに進んだ.この企画は中村由佳(大宮東部生活支援センター),堤若菜(やどかりの里通所授産施設)が担当し,この5年の里の歩みを,「やどかりくん」が旅をする絵と里の写真を使って表現した.その中では,谷中会長のリーダーシップのもと次々に資源開拓を図り,精神障害者が安心して暮らせる基盤が整ってきた時代を経て,谷中会長が現場から退いた後,戸惑いながらも職員とメンバーの協働の組織運営を行い,その過程で何を学んできたのかが語られた.そして,これまでは里内だけで完結させようとしてきたことを,さいたま市内の様々な障害の枠を越えた関係機関との連携のもとに取り組み,「誰もが幸せに暮らせる地域を作ること」を願い,これからの活動に取り組んでいきたいと伝えて幕を閉じた.

 続いて2つめの企画,メンバーによる公開座談会に移った.この企画は講師登録者学習会運営委員で担当した.また進めていくにあたり,講師の意見のみを集約するのではなくメンバー,職員,ご家族の意見も伺おうと,アンケートにご協力頂いた.里に対しての思いがたくさんつまったその集計結果を,座談会の前に増田一世(やどかり出版)より報告した.その後,星野文男氏,堀澄清氏,辰村泰治氏,三浦紀代子氏,末吉俊一氏の5名のメンバーによる公開座談会で,5名それぞれの里に出会うまでの話,この5年間の思い,そして今後の里への夢が語られた.働いている作業所の発展を願う夢,メンバーの力を生かしたホームヘルプサービス事業所を作る夢…….それぞれの話をこの紙面でご紹介できずに残念だが,どれも可能性を信じ,より生き生きと暮らせる場所を作っていくことを求めているように感じた.そして里が持っている温かい雰囲気や安心の保障を,いつまでも大切にしてほしい,という思いが込められていたように思う.

 そして2つの企画終了後,増田よりこの5年間のまとめがされた.それは,里が設立以来大切にして貫いてきたことが「人間の尊厳」であること,そしてそれを脅かされるようなことがあれば,私たちは何としても立ち向かっていかなければならないという,将来に向けて強い意思を感じる言葉で締めくくられた.

 その後,「皆様からのメッセージ」として里の活動に関わる4名の方々からメッセージを頂いた.里に長年にわたり関わって下さっている,精神障害者の人権擁護の立場から精神医療改革に取り組んでおられる同愛記念病院の広田伊蘇夫氏をはじめ,日本福祉大学の長坂謙吉氏,日本健康福祉政策学会副会長佐谷けいこ氏,共に地域活動を展開しているOMIYAばりあフリー研究会代表傳田ひろみ氏より,里に対する期待の込められた暖かいお言葉を頂くことができた.そして,谷中輝雄会長からの言葉で第1部を締めくくった.

 35年という節目の年,激動の社会情勢に直面しているが,それでも私たちは夢や希望を持ち続けて歩んでいきたい,そう感じさせる第1部であった.

 第1部終了後,里に関って下さっている皆様への感謝の気持ちを込め,第2部「感謝の集い」を催した.ここでは,特に長年にわたりお世話になっている,南中野にある東洋ランドリーの川端昭二氏をはじめとする10名の方々へ感謝状を手渡した.皆様,里にはなくてはならない存在だ.他にも多数ゆかりある方々やメンバー,ご家族,会員の皆様とともに,おいしい食事を囲み,和やかな時間を持つことができた.会の中盤には,やどかりの里授産施設で製作した「35周年」を型取ったクッキーの添えられたケーキが登場し,その蝋燭の灯を歴代理事長の3名で消すセレモニーも行われた.また,ゆかりのある皆様からのお言葉も頂いた.途中,大きな地震があり,驚く場面もあったが,最後まで和やかに終えることができた.

 1部・2部を通して,里の活動に関わって下さっている方々への深い感謝の気持ちが,出席して頂いた皆様へ伝わっていればいいと思う.

 今回,本紙の記事や祝賀会の企画に携わり,大袈裟かもしれないが,里は多くの人の思いがつまった血と涙の結晶だと感じた.そして何よりも,「人間の尊厳」を見つめ続ける芯のぶれなさは確かなもので,これから先も確かなものであり続けなければならない.里がこの地域に根を下ろして35年.たくさんの人に支えられてきたが,この先も手を携える多くの仲間がいることを実感し,喜びを味わった1日であった.

(中村 由佳)
機関紙「やどかり」2005年8月号より


埼玉新聞(2005年8月10日付朝刊13面)

 


第1回さいたま市障害者さいたま市障害者施策推進協議会開催
障害者計画中間見直しに向けて
障害者施策の水準を上げていくために

 2005年7月12日,施策推進協議会が開催された.2003年,2004年に引き続き,2期目の推進協議会となる.やどかりの里からは,常務理事の増田が委員として参加することになった.
 
 冒頭,岡安福祉部長からは今回の推進協議会での障害者計画の見直しの4つの視点について,説明が行われた.まず,さいたま市の予算が毎年マイナスシーリングであることに触れ,1. この4月に岩槻市がさいたま市に合併し10区になったこと,2. 発達障害者支援法や現在国会審議中の障害者自立支援法など,制度上の変動期であること3. 2003年,2004年に推進協議会のワーキンググループで行われてきた検討から導き出されている現状と課題,4. 当事者団体,関係団体からの要望,以上の4つの点を踏まえた協議を進めていきたいと述べた.

 そして,前期に引き続き,会長は宗澤忠雄(埼玉大学教育学部助教授),副会長は金尾美知子(さいたま市ボランティア連絡協議会副会長)がそれぞれ選出された.審議は,課題の整理と今後のスケジュールについて行われた.課題の整理については,事務局から用意された資料「さいたま市障害者計画の見直しの要因等について」に基づき,説明された.続いて,昨年度実施されたワーキンググループ「障害者計画の進行管理と中間見直しについて」「相談支援システムの構築」で明確になった課題について,増田から報告した.

 今後のスケジュールについては,第2回の推進協議会を10月に予定しており,その間に3回のワーキンググループを開催,また,ワーキングの取りまとめについては,引き続き斎藤なを子委員(鴻沼福祉会常務理事)と増田が行うことになった.

 障害者自立支援法は衆議院本会議で可決され,審議の場は参議院に移った.この法案のゆくえも,さいたま市の障害者施策推進協議会での検討に大きく影響する.障害者自立支援法では各市町村で障害福祉計画を立案することになっており,障害者計画との整合性が必要になる.現行の障害者計画は2003年に策定され,2007年までの5か年計画である.そして,サービスの見込み量を盛り込むことになる障害福祉計画は2006年度中に策定し,2008年までの3か年計画になる.2つの計画の期間のずれをどう考えていくのかも1つの課題である,と事務局からの説明があった.
 
 大きな施策変動の中で,さいたま市の障害者施策も影響を受ける.「市町村中心に3障害一元的な体制」が,障害者自立支援法の基本的な視点であり,実際にさいたま市がどのような障害者施策を進めていくのか,施策推進協議会だけではなく,市内でのさまざまな関係者との議論を重ねていく必要がある.障害のある人やその家族,ともに活動する人たちの声を反映させ,障害があっても安心して暮らせるさいたま市を実現していくことが大きな課題である.政令市としてのさいたま市の障害者施策の水準を上げていくために,行政,障害に関係する人たちのネットワークの構築,互いの知恵の出し合いが欠かせない局面にある.

(増田 一世)
機関紙「やどかり」2005年8月号より


さいたま市障がい者施設連絡会第1回全体会開催
さいたま市を住んで良かったと思える市にするために

 
 市内の連携を図りながら施策要望の声を挙げる 7月12日,さいたま市障がい者施設連絡会(以下さい障施連)第1回全体会が埼玉県障害者交流センターにて開かれ,約80名(やどかりの里より15名)が出席した.

 さい障施連は,障がいのある人たちにとって住みよいさいたま市となるよう,さいたま市内の障がい者施設がまとまりながら,情報交換と学習を重ね合うことを活動の柱にしている.昨年度に引き続いて,さい障施連では,活動計画の1つにさいたま市への要望活動を挙げている.今年度は要望活動を展開していく際に,より現場の声が反映されるよう,全体会に先立って市内施設の簡易アンケートを実施した.

 まず,アンケートの中間報告がなされ,さいたま市への要望活動にあたって障がい種別ごとに協議を行った. 協議は,1. 施設種別ごとの市への重点要望事項,2. さいたま市障がい者施策全体に関わる要望・意見,3. 障害者自立支援法案の動向等に関わる要望・意見を討論の柱として,デイケア施設,精神障害者小規模作業所,精神障害者社会復帰施設,支援費施設の6グループに分かれて行われた.やどかりの里の参加者も,精神障害者分野の討議に参加した.
 
 各グループからは,現状の共有と合わせて様々な要望事項が挙げられた.中には,精神障害者小規模作業所に対する補助金制度の大幅な引き上げや,就労支援の充実ならびに授産活動の活性化など,昨年度さい障施連として要望した継続課題も含まれていた.そして,障害者自立支援法案の影響については,どの施設からも,「今の施設活動や利用者のニーズは,法案に都合よく当てはまらない」「医療費負担の増大に対する不安の声が多い」などの意見が出された.全体会の最後には,施設種別ごとに政策委員が1名ずつ選出され,今後討議の整理を行い,8月にはさいたま市への要望として提出する予定である.

 これまで国の施策について学習を積み重ね,多くの障害当事者,家族,関係者たちが声を挙げてきた.それでも障害者自立支援法案が衆議院本会議を通過し,今国会での成立が見込まれている.国・県・市の施策についての情報を共有した上で,さい障施連としてさいたま市とどのように連携を図っていくかが大変重要であると感じた.今回の全体会では,利用料などのデータ化したものを合わせて要望することが必要ではないか,利用者にどういう生活をしていきたいかを聞いてまとめたい,といったような,要望するにあたっての知恵も多く出された.

 障害者自立支援法案が成立したとしても,国の政策の後追いではなく,政令指定都市さいたま市として,障害者の暮らしが守られるような施策が講じられなくてはならない.今後もさい障施連の加盟施設の一員として,誰もがさいたま市に住んで良かった,と思えるような市にするために,活動していきたい.

(椿原 亜矢子)
機関紙「やどかり」2005年8月号より


ロサンゼルスからさいたま市へ
当事者交流が国境を越えて拡がる

 6月15日から6月25日にかけて,アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡の精神障害者当事者組織,プロジェクトリターン・ザ・ネクストステップ(以下PR;TNS)より5名のメンバーが来日した.今年度は,ロサンゼルス郡精神保健協会より,PR;TNSのメンバーの訪日についてのコーディネートを委嘱された宇田川健氏(越谷市在住)らが窓口となり,滞在期間前半は北九州,後半にやどかりの里を訪問することとなった.やどかりの里への滞在期間中(6/19〜6/25)のプログラム「日米メンバー交歓会」の企画・運営等を「来日メンバー受け入れを考える集い」で取り組んだ.今回は,この交流会がやどかりの里が開催する「日米メンバー交歓会」から,さいたま市における当事者が中心となった国際交流事業として,今後発展していけるようにと願って取り組んだ.
以下にその様子を報告したい.
 
PR;TNS来日メンバー ゲインズ・ライオンズ氏,キース・デュボア氏,フレッド・リー氏,マリ子・オカモト氏,サワコ・ニタオ氏

6月19日(日)
 北九州での交流会を終え,やどかりの里があるさいたま市へと到着した.来日メンバー受け入れを考える集いのメンバーとささやかなウェルカムパーティーを行った.今回は3名の方が日本語を話すことができ,初日から和やかにコミュニケーションがとれた.

6月20日(月)
 この日は,鎌倉日帰り旅行が企画され,観光,交流を目的としたやどかりの里有志と来日メンバーの計13名が参加した.色鮮やかに咲き誇る紫陽花,禅の古刹が満喫できた旅であった.特に,大仏の壮大さ,昼食に食べた串揚げがよい思い出になったようであった.

6月21日(火)
 やどかりの里の活動場所各所を巡るプログラムを行った.それぞれの場所でのメンバーとの出会いと交流,どのような資源が地域にあり,活用されているのかを知ってもらうことを目的とした.まずは,やどかり情報館の出版,印刷の働く場の見学をした.次に大宮東部生活支援センター,ドリームカンパニーの見学,交流,買い物をした.毎回恒例になっている買い物は,今回も好評だった.次の大宮中部生活支援センターでは,餅つきを行ない,交互に力一杯餅をついた.ルポーズ自慢のランチを食し,憩いの場で談笑した後,上木崎憩いの家,グループホームすずらん荘へと向かった.英語での挨拶を用意し,緊張して待っていたメンバーが,無事に挨拶を済ませ,ほっとして喜ぶ笑顔が印象的だった.

6月22日(水)
 精神障害者の回復に関するシンポジウムを開催した.(機関紙やどかり7月号5頁参照)
 シンポジウム当日,会場にいらした約150名の参加者の内,54名よりアンケートの回答を頂いた.その一部を紹介する.「前向きに生きていこうとする姿は,アメリカも日本も変わらないと感じた」「病気の回復とは単に就学とか就労できる状態になることではなく,障害を背負いながらも生きがいを見つけたり,自分を理解してくれる人たちとの出会いを通して自信を持って生きてゆけるようになることだということを学び,大きな励みになりました」「自分の体験を話し合って話を整理することで回復につながるのではないかと思います.そういう機会を作ってほしい」「ぜひ継続して欲しい」これらの意見を受け,今後も継続する方向で考え,様々な立場の方々と企画していけるよう検討していくこととなった.

6月23日(木)
 午前中は蕎麦打ち体験を行った.櫻流蕎麦打ち研究会から講師を招き,エプロン姿の来日メンバーが手ほどきを受けて蕎麦を打った.お昼に,打った蕎麦を茹で,エンジュ,まごころで協力して揚げた天ぷらを皆で賞味した.打ちたての蕎麦,揚げたての天ぷらを楽しみに,約40名の参加で賑わった.午後はやどかりの里援護寮のヨガサークルを体験.やどかりの里のメンバーと一緒に体を動かすことで,とてもよい交流ができたとのことだった.

6月24日(金)
 この日は,毎年人気のある100円ショップでの買い物と,さいたま市で開催されていたポップサーカスを観に行った.100円ショップにて土鍋を求めた方は,季節外れで品切れになっていて購入できず,非常に残念そうであった.サーカスを楽しんだ後,やどかりの里に戻り,夕刻より,さよならパーティーが催された.約60名の参加者があった.司会者の頑張りにより,やどかりの里のメンバーの余興や来日メンバーのカラオケなどが目白押しで大盛り上がりであった.「また日本に来て皆に会いたい」「ぜひアメリカにも来て欲しい」などのメッセージを受け,心が温まり,人と人とのつながりの素晴らしさを感じた.

6月25日(土)
 名残惜しい中,お互いを称え合い,やどかりの里の皆に見送られ,彼らは帰っていった.
 今年度の日米交歓会では「全体のコーディネートを宇田川氏らが行い,やどかりの里は部分で関わった」「さいたま市内のネットワークを生かし,シンポジウムを企画,運営した」という点が新しい取り組みだった.今回の会を通し,PR;TNSでの活発な当事者活動から我々さいたま市民が学べること,学びたいことがたくさんあることが明らかになった.この会をさいたま市の皆の国際交流事業に発展させていけたらと夢が膨らんだ.
 
来日メンバー受け入れを考える集いのメンバーを代表して,辰村泰治氏の感想を載せたいと思う.「集いの代表が体調を崩され,例年より来日する時期も早くなり,どうなることかと心細かったのですが,皆様の御支援,御指導のお蔭で無事に終える事ができて,今更ながら,やどかりの里の伝統の底力に感服致しました」

(鈴木裕貴)
機関紙「やどかり」2005年8月号より


さいたま市における体験型居住支援モデル事業(チャレンジハウス)中間報告
さいたま市内のニーズ調査とチャレンジハウスの取り組みから

 昨年10月よりフィリップモリスジャパンの市民活動助成金を受け,今年6月末までの9か月にわたって「さいたま市における体験型居住支援モデル事業(チャレンジハウス)」に取り組んできた.この事業の目的は,1. さいたま市内の社会的入院の解消,退院促進,2. 家族同居の人たちの自立生活の実現に向けた支援のあり方を探っていくこと,3. 具体的な資源開発をすること,である.

 事業を施行するにあたって,市内5か所の生活支援センターと援護寮とでチームを結成し,さいたま市内の精神障害者のニーズ把握に取り組んだ.精神障害者の実態を的確に把握しているところは市内のどの機関にもない現状があり,相談窓口となる各区の支援課・保健センター,保健所,こころの健康センターに出向き,聞き取りを行った.そこから見えてきたことは,介護保険によるヘルパー派遣で,精神疾患を持った家族がいることがわかり,受診援助するケースや,地域の資源につながらない人たちへの訪問支援の報告などから,地域で家族が抱え込んでいる実態が浮かび上がってきた.

 退院促進に関しては,保健所が主催する連絡会が開催され,医療・保健・福祉の関係者が定期的に顔を合わせ,話し合う機会ができた.既存の資源や支援だけでは退院困難な人たちへの退院支援について話し合われ,退院を阻む要因や地域に必要な支援や制度についても検討が進んでいる.

 当事者や家族へのニーズ調査は,やどかりの里の家族同居の人を対象に家庭訪問を行い(30件),その後家族連絡会(15名参加)を開催し,今後必要となる支援についての意見交換をした.そこから見えてきたことは,「所得保障があれば1人暮らしが可能」「仲間とのつながりを持つことが将来の生活の大きな支えになる」「1人暮らしに必要なことを身につけるチャンスがない環境にある」など,これは市内の生活支援センターのニーズ調査からも同様に見えてきたことである.家族同居の多くは30,40代で年金や家族の支援といった経済状況にある.所得保障の課題を見据えつつも,親亡き後の不安を漠然と抱えるのではなく,1人暮らしをしたいと思える支援を今後確立していく必要が明確になってきた.

 こうしたニーズ調査等から,体験的に利用できる居住施設の必要性が明らかになり,大宮中部生活支援センターに隣接する物件を借り,「チャレンジハウス」と名づけた.援護寮から1人暮らしに移行する人,家族と離れ1人暮らしの体験をしてみる人,自宅から離れてリフレッシュしたい人,共同生活を始めるにあたっての練習,といった様々なニーズに対応する場として有効に活用されてきている.
 
障害者自立支援法が施行されれば,既存の資源は規定の利用しかできなくなることが予想される.と同時にこの事業のような多様なニーズに柔軟に対応できる居住支援事業の必要性はますます高まってくるものと思われる.今回の事業の成果を踏まえ,助成継続の申請をする予定である.

(鈴木 美紀)
機関紙「やどかり」2005年8月号より


やどかりの里35周年記念企画
5年間の軌跡をたどる

 35周年を迎えて それぞれの思い やどかりの里は今年設立35周年を迎えた.この35年の間には様々なことがあった.先輩たちはやどかりの里を立ち上げ,財政難の中にあっても活動を守ってきた.社会情勢も大いに変化し,やどかりの里もそれと共に変化してきた.その一方で,やどかりの里の理念は脈々と受け継がれ現在に至っている.
 今回はやどかりの里の礎を築き長く活動に関わってこられた方々の,35周年を迎えてのそれぞれの思いをメッセージとして載せる.

いつも新鮮さを失わずに

谷中輝雄

 やどかりの里が35年間よくやってこられたことを会員の皆様と共に喜びたい.そしてご苦労様といたわりあいたい.
 私が各地で講演した折りに一番多く発される質問は,「何が一番困りましたか」「大変だったことは何ですか」である.ほとんどその答えは「お金の工面」と言ってきた.30周年を経過した時,これでみんなに任せて北海道で新しいことをやると決意して5年.早いもので,この時間の経過とさいたま市と北海道の距離の遠さは気持ちに大きな変化をもたらした.苦しかったことも,大変だったことも今では懐かしく,苦労も楽しかったことと思えてきたのである.

 人がいなくて困っていた時に,向こうから歩いてくる足音が聞こえるといっては,それは幻聴だと言われた.しかし,本当に人が集まり,その人がやどかりの里に加わることで,新しい局面が展開した.

 そして,「やどかりの里」を活動のモデルにして全国に普及させるのだといっては,誇大妄想が始まったといわれた.何もなかった時代(制度や法律の改正など)に今日の社会復帰活動を想像できなかったが,とても大きく変化した.まだまだ足りないと思ってはいるものの…….

 ある人からは「やどかりの里」は天の配剤だといわれたことがある.神様が必要に応じて用意をしてくれた人と物という意味なのでしょう.その時はそんなことを言っても,まだ時代の変化はなく,精神に障害を持った方々の幸せはないではないかと思ったりもした.

 時の経過と共に,人間が丸くなってきたのでしょうか.素直に人間の力だけではないものも感じられ,また,自分の力だけでなく,多くの方々の力があったからだとも思えてきて,深い感謝の念が湧きあがってきた.

 とはいえ,35年間頑張ってもまだ楽になってない「やどかりの里」を始め,全国の社会復帰に携わっている方々へは心が痛み,「今に見てみろ!」と言って見ているだけの自分がさびしくなる時もある.あらためて精神保健福祉に携わる方々への燃えつきないための支援の大切さを感じ,余力を残して最後の仕事に全力を投入したいと思っている次第である.

 やどかりの里の活動が輝いていて,その上にのって今からできる仕事でもある.35年経っても常に新鮮さを失わない「やどかりの里」であって欲しい.

 

継続は力なり

湯浅和子

 やどかりの里の活動を共に担った時代がありました.その中で特に思ったこと,それは「継続は力なり」ということです.補助金のない時期が長いことありました.活動には資金が必要です.お金のないところで活動を続けていくのはとても無理な話です.全てを自分たちで工面しながら,もがきつつこの活動をつぶさず続けていくことが,当時の私の目標でした.新しい年度が始まる時,もしかしたら今年度で終わりかもしれないと思ったものです.続けることによって信用もでき,地盤も確立できます.私達が道を作ることによって,同じ思いを持っている方々が続いてこられます.一緒に手を携えていけます.活動が広がり大きなうねりを作れます.大きな力になるのです.

 資金不足の中頑張っている姿を見て,沢山の方々が手を差しのべて下さいました.つくづく「人は財産」と実感しました.1人1人とのつながりを大切にしていけばお金に勝るのだと.無給で働いて下さった職員の方も多勢いました.手を貸して下さった方,金銭面で御協力下さった方,書き出すときりがありません.あちこちの皆様に感謝の時代でした.

活きることの楽しさを大切に

菅原 進

 花火がドーンと朝7時頃になると「運動会」と妻の和子に聞いたものである.でも以前,自治会の運動会で煙草の火付け競争で1番だったのに,スタッフのNさんに「追い抜くぞ」とでかい声で叫ばれたので,自分はびっくりして振り向いて転んでしまった.そして2位になってしまった.その時,近くのご婦人が「やどかりさん,がんばって」と声をかけてくれて,偏見と差別がなくて嬉しかった.
 
 雪村いづみさんのチャリティーコンサートの時,志村のおばさん(やどかりの里創設者の1人)と藤井達也さん(現・大阪府立大学)が抱き合って喜んだそうである.私も花束を渡す光栄な役割で,握手した時のフワッとした感触がまだ忘れられません.募金も雪村いづみさんがちょいと声をかけると沢山集まりました.今は長兄は亡くなりましたが,次兄が1人しかいない弟なんだからといろいろ支援してくれています.

 でも私の印象ではやどかりは昔は家庭的な暖かみがありましたが,今は管理的になってしまってちょっと冷たい面があると思います.今後の課題は1人1人が本当に生きることの楽しさを大切に考えていって欲しいと思います.最後にやどかりで伴侶を得たことがよかったと思っています.

創立35周年に寄せて

菅原好男 

「やどかりの里」が,今年の7月をもって35周年をお迎えになられるとの事,日頃から色々とお世話になっている家族の一員として,心からお慶び申し上げる次第です.

 私がやどかりの里の存在を知り,初めて訪れたのは昭和58年6月の事でした.
 当時,弟は埼玉江南病院に再入院して4年近く経ち,既に退院許可が出ていましたが,高校受験を控えている長男がおり,同居は無理と妻に言われ,かと言ってアパートに一人住まいさせるのも不安で困り果てていた頃,当時,ソーシャルワーカーをしていた松本さんに「やどかりの里」を紹介され,藁にもすがる思いで弟と共に扉を叩いたのです.

 あの日から,既に20年の歳月が流れ,当時の古い木造の建物は,鉄筋3階建ての素晴らしい施設に生まれ変わり,規模も当時とは比較にならないほど拡大発展し続けている事は,職員皆様の昼夜を問わぬご尽力の賜物であり,喜びと感謝に耐えません.

 今後とも,創立者である谷中先生や支えてこられた志村のおばさん,諸先輩の方々の血の滲むような努力を忘れる事なく,精神障害者の希望の灯を点し続けて行って下さい.

 

機関紙「やどかり」2005年7月号より


ソフトバレーボール大会で善戦!
雨の後には虹が出る!頑張れレインボーズ!! 


 5月22日(日)に,全国精神障害者スポーツ(バレーボール)さいたま市大会が与野体育館にて開催された.この大会は,第6回全国精神障害者スポーツ大会の選考会である関東ブロック大会に出場するさいたま市代表の選手団の選考会でもある.

 やどかりの里レインボーズは,大会出場を目指し,昨年度よりメンバーの自主的な活動として継続した練習を行ってきた.仕事や個人活動等の合間をみては,月3〜4回の自主練習や保健所主催の市内他団体との合同練習に取り組んできた.しかし,昨年度同様メンバー不足に悩み,思うように練習できない日も多々あった.必死の参加呼びかけも行ってきたが,今年度は競技人数の6名が集まらなかったために,他チームの選手やボランティアの方とで編成される合同チームで当日の試合に臨むことになった.

 当日は全4チームが出場し,他にボランティアの方や各チームの応援団,大会関係者など大変多くの方が参加した.やどかりの里からは4名のメンバーが参加し,2試合に出場した.この試合は,非公式の合同チームになるため,勝ってもさいたま市代表にはなれないという“交流試合”の形で行われた.結果は両試合とも負けてしまったが,強豪チーム相手に善戦を繰り広げ,会場を沸かせた.以下,大会に出場したメンバーの声を紹介する.

 レインボーズは人材不足の為,公式試合にはマッチメークされず,交流試合の合同チームで,ソウルフルズAとBとでやりましたが,白星には恵まれず,参加といういわゆるソフトバレーボールさいたま市大会が伝説となった.   (米波 龍也)

 1セットとった!!…これがやっとでした.でも,「すごい!」とも言われました.混合チームでしたが,頑張りました.皆も参加して下さい.ボールに触れることから始めましょう.試合も楽しい.休み時間も楽しい.黒坂ちゃんも元気!!
(武田 あゆみ)

 チームの連携する力が弱くて練習不足を感じた.個人的には試合中に病気の症状がひどくなり,周囲の状況をつかめなかった.楽しい時間を過ごす事が出来た.来年も参加できたらいいなと考えている.
(Y.Y.)

 練習場所を確保するのも大変で満足に練習も出来なかった.参加者もなかなか集まらず,最終的には4人が集まり練習し,大会を迎えた.1セットしか取れなかったが,その時の勝ちたいという気持ちを忘れず,今後につなげていきたい.
(佐藤 晃一)

 当日に出会った他チームの選手やボランティアの方たちと試合に臨んで,これほど良い戦いが出来るのかと正直驚いてしまった.“楽しむ”ことを第一に取り組んだはずの試合も,いつのまにか勝つために皆で必死になっていた.私は今年度からの参加で,ルールさえ詳しく知らないのだが,諸先輩方の熱心な気持ちに支えられ,自分なりに楽しんで参加している.6月下旬には試合の反省と打ち上げを行い,今後の活動について話し合う機会を設けている.興味のある方はぜひ参加して欲しい.

(文責 黒坂 牧子)
機関紙「やどかり」2005年7月号より

 


食事サービスセンターまごころ
小規模作業所から小規模通所授産施設に移行

 4月1日,「まごころ」は小規模通所授産施設になった.全国で30か所しか国の予算が確保されておらず,また,昨年度さいたま市内に2か所の小規模通所授産施設が設置されたばかりの狭き門だった.今回の決定は,まごころの実績が認められたものであり,今まで応援してくださった皆様のおかげだと,感謝しております.

 まごころは,平成5年秋に開設,2年後の平成7年秋に精神障害者小規模作業所の認可を受けた.平成10年春に,バザーの収益を元に設備整備し,仕出し弁当の営業許可を取得.一般の方々への昼食弁当事業を開始.「美味しくて安全なお弁当をお客様に提供する」ことを目標に,メンバー,職員一丸となって日々奮闘して11年と6か月.食を通して地域と繋がっていること,やどかり里の仲間への夕食作りをしていること,そのことが働くメンバーの生きがいややりがいになっている.

 営業許可を取得した頃より,小規模作業所で弁当屋事業を継続するのは大変厳しい状況で,法人の応援を受けて何とか成り立ってきた.そこで,まごころとしては,事業の安定と拡充,より多くの人々への働く場の提供を目的に,1つ大きな枠組みである小規模通所授産施設への移行を目指すことを決定した.平成15年4月,小規模授産開設準備委員会を結成した.委員には元社会福祉協議会職員,きりしき共同作業所の施設長,10年間のお付き合いのボランティア,利用者の家族になっていただいた.メンバー,職員も委員になり,2年間で通算7回の委員会を開催した.

 委員会では小規模授産施設への移行にあたり,今後のまごころがどういう事業をし,どんな働く場を提供するのか検討された.その 中で,「メンバー1人1人のペースにあった働く場を作っていくこと」と「事業の効率化」をバランスよく実現させていく事が確認された.そのための具体的な課題を導き出せたことが,日々の活動にも非常に大きかった.
 小規模通所授産施設は,補助金額や職員配置は小規模作業所の約2倍である.小規模作業所では,事業収入の多くを家賃等の運営費に充ててきた.必要な運営費が一定担保されること,また,利用定員が19名に増えたことは,これまでとの大きな違いである.一緒に働く仲間を増やし,ゆくゆくは仕事内容に見合った利用者への収益の還元を考えていきたい.

 しかし,小規模通所授産施設になったと, 喜んでばかりもいられない.今,国会審議中の障害者自立支援法案が成立すれば,施設体系の見直しが図られ,平成18年度以降,新しい事業に移行する.先行きは不透明だ.
そのような社会情勢の中ではあるが,開設準備委員会は,運営委員会に移行し,運営委員会とまごころミーティングで,更なる発展を図っていく.

 日常の仕事は,何も変わらず続いている.最近は,店売り弁当が順調に売れて忙しく,嬉しい悲鳴をあげている.2年前,小規模通所授産施設を目指そうと提案した時,メンバーから,「ただ働く場ではなく,いろいろな目的を持って働く場であること」,「協力して作っていく場であること」が話された.どんなに社会の状況が変わっても,そういう場を守っていきたいと思う.今後ともまごころをどうぞよろしくお願いします.

(檜山 うつぎ)
機関紙「やどかり」2005年6月号より



報告> 5・12「障害者自立支援法」を考えるみんなのフォーラム
〜どうなる どうすべき わたしたちの明日を〜


 2005年5月12日(木),日比谷公会堂・日比谷野外音楽堂にて「5・12『障害者自立支援法』を考えるみんなのフォーラム〜どうなる どうすべき わたしたちの明日を〜」が行なわれ,全国から障害者当事者とその家族,関係者が集まった.当初の目標5000人を上回る6600人が駆けつけたことからも,「障害者自立支援法案」に大きな危機感を持っている人たちが大勢いることがわかる.

 午前10時から始まったプログラムでは,各団体の代表者が思いの丈を次々に訴えた.その中には知的,身体,精神のみならず,谷間の障害といわれる脳障害,自閉症,心臓疾患などの障害者団体も,その実情を訴えた.その訴えの激しさ,厳しさが会場にいる人たちの共感を呼び,大きく心を揺さぶった.

 それを受けて,各党の国会議員のシンポジウムも行なわれた.
「 応能負担では生活できない,我々だって払えるものなら払いたいが,現状の生活では到底無理だ」
という憤りに対し,与党である自民党・八代英太議員は,
「払える人には払ってもらうが,払えない人は国が払うのはわかっている」
としながらも,
「で はなぜ応能負担ではないのか」
という質問には,
「今はこの法案をみんなで議論し育てる時期.必ず見直しをする」
といった,我々の切実な思いとはまったく相容れない不誠実な答えを繰り返すばかりであった.

 閉会式では,このフォーラムのアピール5項目が採択され,フォーラムは幕を閉じた.この参加者全員の切なる思いが通じることを願わずにはいられない.
 やどかりの里からも,23名が参加した. 感想を話し合った際,ある職員は,
「66,000円の年金収入だけで生きろ,というのは憲法違反ではないか.文化的生活を営む最低保障になっていない.生存権の侵害ではないか.私たちの職場,仕事も奪われかねない.障害者だけの問題ではない」
と怒りを持って発言していた.

 1人のメンバーは,
「この法案が成立してしまったら,いつか1人暮らししようと思い描いていた自分の将来設計が崩れてしまう」
とあきらめたようにつぶやいた.「あきらめざる得ない」といった彼の声が,私の心に強く響いた.
「国がお金がないのだから,負担するのは仕方がない」
というのは絶対に間違っている.
「障害を持っているから,いきいきと暮らせない」
というのは絶対におかしい.この集会に参加した人たちの声を,国はきちんと受け止めて欲しい.
 今後も,障害者福祉全体,日本の施策全体をきちんと捉え,見極め,向き合っていかなくてはならないことを痛感した1日であった.

(工藤 菜乃)
機関紙「やどかり」2005年6月号より


さいたま市の障害者の暮らし・障害者施設の活動の質の向上のために
第2回さいたま市障がい者施設連絡会総会・総会企画シンポジウム開催

 5月24日(火)埼玉県障害者交流センターを会場に,さいたま市障がい者施設連絡会(以下さい障施連)第2回総会・総会企画シンポジウムが開催された.昨年5月の発足総会から1年間,役員会で活動の方向性を議論しながら,さいたま市への予算要望,さいたま市の関係部局との話し合い,研修会,中越震災募金の取り組みなどを行ってきた.やどかりの里の各施設も加盟している.

 加盟施設は64施設,障害種別を越えた施設が加盟している.この日は,52の加盟施設から93名,その他5名,計98名の参加があった.2004年度事業報告・決算,2005年度活動方針・計画,予算,役員の選任が一括審議され,参加者の承認を受けた.

 そして,総会後には「作業所・施設の立場からさいたま市の障害者施策を考える〜自立支援法(グランドデザイン)の動向の中で」と題したシンポジウムが開催された.
シンポジストの課題提起は,「さいたま市内のデイケア施設の状況と課題」山本宏(会長・デイケアさくら草),「さいたま市の障害者施策推進協議会での検討から見えてきたことーさいたま市の障害者施策と障害者の実態,そして今後の課題」増田一世(幹事・やどかり情報館),「障害者自立支援法と私たちの課題」斎藤なを子(事務局長・そめや共同作業所),そして,小規模作業所の職員とショートステイ事業を行っている施設の職員から実 態の報告を含めて発言があった.

 さいたま市の障害者施設の77.8%が民間の施設であり,そして57.3%が無認可の小規模作業所である.もちろん精神障害の施設は100%民間で85%が無認可の小規模作業所である.最も厳しい運営を強いられる無認可作業所がさいたま市の障害者の施設活動を担っている現状を共有し,自分の施設のことだけを考えるのではなく,さいたま市の障害者を意識していく重要性が話された.そして,障害者自立支援法の影響についても話題となった.短い時間であったが,シンポジウムの中で,さいたま市の障害者施設がどのような状況にあるのかが確認され,さい障施連の役割も見えてきたように思う.

 まずは国・県・市の施策について情報を共有し,障害者の暮らしや施設の運営にどのような影響があるのか,考えていく必要がある.そして,基礎自治体であるさいたま市とさい障施連との連携が重要になるだろう.そのためには,それぞれの施設の現状と課題を共有し,互いに活動の質を高め合えるような知恵の出し合いが必要であろう.障害者福祉の大きな曲がり角で,生まれたばかりのさい障施連の役割は大きい.やどかりの里の各施設もこれらの活動に参加し,やどかりの里の経験を生かしつつ,さいたま市全体の障害者福祉の水準を上げていくための努力を続けていきたい.

(増田 一世)
機関紙「やどかり」2005年6月号より


新人職員紹介インタビュー
出会いを大切に,地域の中で一緒に活動し,成長していきたい!!


今年もやどかりの里に新しく職員が加わりました.阿部友恵(大宮中部生活支援センター),黒坂牧子(やどかりの里援護寮),久松明子(浦和生活支援センター)の3名に直撃インタビューをし,それぞれの思いを語ってもらいました.
やどかりの里に来たいと思ったのは?
 阿部 実習でお世話になったことがきっかけ.もっと長く関わりたいと思った.メンバーと職員がすごく楽しそうに見えた.
 黒坂 昨年からアルバイトで関わらせていただいた.メンバーと職員が一緒に作り上げていくところがいい.私も混ざりたいなという感じがした.
 久松 やどかりの里は歴史があり,地域に根付いていると思った.退院後の受け皿として地域で支える人になりたいと思った.

どんな職員になりたいですか?
 阿部 職員とメンバーが対等なところに魅かれたので,対等な関係を築けたらと.
 黒坂 出会いを大切にして,1人の人として関わっていけたらと思っている.
 久松 憩いの場でいつもそこにある場所,いつもそこにいる人というので,安心感を持ってもらえたらと思う.

趣味は?
 阿部 散歩をすること.映画もみたい.
 黒坂 これから見つけていこうと思っています.無趣味なもので・・・
 久松 買い物ですね.ストレス発散にもなる.

将来の夢は?
 阿部 車を乗り回せるようになりたい.運転免許は持っているが・・・
 黒坂 趣味を見つける.日本を一歩出ることと行ったことのない県に行きたい.
 久松 ドイツ人の友達がいるので,ドイツ語ができるようになって話したい.

この仕事を目指したきっかけは?
 阿部 小学校の隣に盲学校があり視覚障害の友達がいっぱいいたのがきっかけ.その時は当たり前だったが,差別があることがわかり嫌だと.福祉の大学に行き,精神分野を知った.差別や他に知られてない分,大変な状況だと知り,何かできたらと思った.
 黒坂 最初は介護をやろうと思っていた.大学で精神分野を知り,興味がでて,ボランティアに行った.そこで,話をしているうちに自分にも返ってくることや考えさせられることがあり,こういう仕事をしたら面白いだろうなと思って選んだ.
 久松 自分がやりたいことは何かを考え,人に安心感を与えたり,お互いに安心感をもてたり,居場所であったり,そういう関わりをしたいと思った.自分と同じ目線に立ち,一緒に歩んで行けるのはなんだろうと思い,精神の分野に入ってきた.人と向き合う仕事だが,自分がどう思うか,自分とも向き合っていく仕事.自分も周りの人たちと一緒に成長させていけたらと思った.

【インタビュアー;斎藤 正文,玉手 佳苗】

 メンバーと職員が共に地域に密着してやっていきたいと言う3人の話が印象的でした.感じたことを大切に,一緒にがんばっていきましょう!! 

 (玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2005年5月号より


社団法人やどかりの里
2005(平成17)年度事業計画(案)

事務局
総務 経理
 公益法人制度改革が進み,社団法人についても法律改正が行われる.この法改正がやどかりの里にどのような影響を与えるのか注意深く経過を見守っていく.また,障害者自立支援法やグランドデザイン案が提示されたことに伴い,施設体系も変化が生じる.この1年は18年度以降のやどかりの里の運動・活動を左右する節目の年となる.
 1.法人会員,後援会会員の組織強化を目指し,協力者の輪を広げ,財政基盤を強固なものとする.
 2.長期的な視野に立った事業計画と修繕計画を連動し,修繕積立と長期借入金の返済を両立していく方法を探る.
 3.18年4月導入予定の新会計制度基準準則の準備をする.
 4.やどかりの里35周年記念式典を挙行する.

生活支援活動
生活支援本部
 昨年度は10月に厚生労働省から出された「改革のグランドデザイン案」を始めとして,