2005年2月17日から25日まで(日曜日月曜日を除く),やどかり情報館で,大西暢夫さんの写真展「ひとりひとりの人 僕が撮った精神科病棟」を開催した.大西さんは,現在,さいたま市在住のフリーカメラマンで,やどかりの里の近くで暮らしている.出会いはごく最近,やどかりの里が月刊誌『精神科看護』からの取材を受けたことである(4月号に掲載予定).大西さんは,全国のダムに沈む村の住民たちを撮影し続けることでも知られ,その写真集「おばあちゃんは木になった」では第8回日本絵本大賞を受賞している.
初めて大西さんの撮影した精神科病棟の人たちの姿を見たとき,写真のなかには障害や疾病を持ちつつも前向きに生きる人たちの姿があった.カメラに笑顔を向ける女性,ベッドの上で窓越しに外を見ながら語り合う男性2人,病棟の角の喫煙所のベンチの横でハーモニカを吹く男性,しかし彼らの背中に写っているのは鉄格子.私たちは,精神科病棟の中で生きているひとりひとりの姿を,ぜひ多くの人たちに見て欲しいと,この写真展を企画したのである.
大西さんが精神科病棟の人たちを撮影し始めたのは月刊誌『精神科看護』のグラビアを撮り始めたのがきっかけである.
「身体障害者や知的障害者は街で見かけるが,精神障害者はどんな人かわからなかった」
「精神科病棟に暮らすひとりひとりの人を知りたくて撮ってきた」と大西さんは語っている.
普段の姿を撮影するために何度も足を運んだそうである.この各地の精神科病棟で撮影された人たちの姿は,児童書「ひとりひとりの人 僕が撮った精神科病棟」(精神看護出版・1890円)として出版されている.今回はその中から30点をお借りし,やどかり情報館に展示した.
会場には新聞の効果もあり,やどかりの里とこれまで縁のなかった一般の方々も足を運んでくれた.ひとりひとりの方に,何か響くものがあったようだ.いただいたメッセージからいくつか抜粋して紹介したいと思う.
「存在感のあるひとりひとりの人が,写真の中から話しかけてこられるような気がした」
「もっと暗いイメージでいました.皆さんの明るさ,生き生きとした表現,笑顔に感動しました」
「みんな町の中で当たり前に暮らせたらいいですね」
「精神科のベッド数が多いのは問題ですね」
「飾らない姿,みなさん魅力的ですよね.いろんな才能をお持ちですばらしい」
「年老いたと見られる写真がありますが,例え病院で亡くなるにしても,残された一日一日が明るく,曲りなりにも希望に向かう人生であることを祈らずにはいられません」
「ひとりひとりの人生,その人が大切にしているもの,そういった細やかなものを感じることができました」
「知ったからには,この笑顔が似合う背景になるように,動くしかないですね.きっかけありがとう」
「主婦です.本,夫に持って帰ります」
現在の日本には,32万人が入院し,7万人以上の人たちが社会的入院といわれる状況で,精神科病棟に暮らしている.彼らの思いや願いは特別なものではない.一日も早く,まちの中で暮らす日が当たり前になるようにしていかなければならない.精神科病棟で一生を過ごすなんてこと,絶対にあっちゃいかんのだ.
(佐々木千夏)
機関紙「やどかり」2005年3月号より
今年度のやどかりの里(以下,里)の新人職員は,精神病院で作業療法士として7年間の勤務経験がある岡登陽子(エンジュ),里でボランティアやアルバイトをしていた椿原亜矢子(まごころ),渡辺里子(ドリームカンパニー),知的障害者・高齢者施設で勤務経験がある山田千鶴(ルポーズ)の4名.
今溢れる思いを熱く語って戴きました!
聞き手 里に来て今までとの違いは?どんな印象?
山田 精神障害は成長してからなり,知的障害は生まれたときから.知的障害者施設では,全てこちらがレールを引く感覚があったが,一緒に相談しながらやる違いを発見した.
岡登 病院の患者さんは,職員に気を使って何十年も生きていて,消極的になってる人が多い.でもエンジュはミーティングとか言いたい放題!気にせず自由に意見を主張できる.
椿原 今までうやむやにして過ごせてきたことが,そうさせてもらえず苦痛を感じた.でも段々何でこうしたのかと自問するようになり,曖昧にしないことの大切さを感じてきた.
渡辺 メンバーが初対面で家族との葛藤など,ためらいなく話してくれて驚いた.土台に信頼関係があるからできることだと思う.
聞き手 自分たちの生活はどんな感じ?
椿原 半年は片道2時間を実家から通った.慢性的な疲れも慣れない仕事の緊張感と思ってたけど,引越してかなり楽に.ゆっくり眠ったり,発散する時間がもてるようになった.
山田 前は夜勤があったが今は19時には帰れる.買い物もこれを使って何ができるか試そうと考えたり,生活の中にルポーズがある.
岡登 これまで持ち帰りの事務仕事があった
けど今はない.自分の自由な時間が持てる.
渡辺 基本インドア派.でも遊びに行ったり, 一人暮らしは半年位でバランス取れてきた.
聞き手 これは困った,戸惑った,ということは?
椿原 今後もまごころでワーカーの役割を果たしてほしいと言われて迷いの渦中に.これまで特に意識せず弁当を作る日々.調理担当職員が抜ける不安も重なった.何を求められ,何をすればいいのか.相談するとワーカーとしての視点はどこでも変わらないと.でもそれなら何で私はまごころにいるのかと.今は目の前の人を大切にし,何のためにこれをやるかと積み重ねる一つ一つがワーカーとしての視点だと気づいた.
岡登 悩みは入ったときから,5分おきくらいにやめようって.私は厨房の仕事のためじゃなく,地域で働く精神障害者の役に立ちたいから就職したんだと.それにメンバーと職員の作業内容が分かれていて,何で?一緒にやろうよ!と思ってた.チーフに相談したら,それならメンバーのスキルアップに野菜の仕込をやろうかって.徐々にそういう事を始めて,働いていけるかなと.メンバーからのねぎらいの声もあり,やっていこうかって.
渡辺 実質的に切り盛りしてくれていた非常勤さんが退職し,何かあればすぐに聴けてた人がいなくなり,どさっと任された気がした.実際は,周りの職員やメンバーに聴くことはできたけど,最初は戸惑った.今は器の大きい温かいメンバー達に助けられている日々.
山田 悩みを感じる暇も無いほどの現場.最近,段取りを自分で組んで流れが見えるようになって迷い始めた.作業所と知らない方は普通以上のサービスを求めてくる.今は駅前のドリンクバーが180円.そこを350円も払ってコーヒーを飲むんだから,経営とメンバーにかかる負担,その兼ね合いは,難点,ネック,アキレス腱…!
それを,年の功で綱渡り中.
聞き手 皆と楽しい,嬉しい,をどう共有してる?
岡登 もっとラフに遊びたい. 仕事で分かりあえることに加えて,仕事以外の楽しさも通じ合えるともっと楽しい.それを共感したい.
山田 メンバーが一生懸命やった分は還元したい.できる限り皆が一緒に楽しめるようにしたい.自分が皆の親の世代だからかなぁ.
渡辺 作業中のおしゃべりで,聴いてもらって皆すっきりして帰ったり.行事も楽しいけど皆普段の仕事が楽しみで大切なのかも.
岡登 行事に参加しなかった人がいたら,何してるのか自然に興味がわく.うるさく思われるかもしれないけど,何に興味があるか聴いて,その人の興味に自分も共感できれば.
椿原 まごころの人たちは本当に商売熱心.売れたら楽しいし嬉しい.それがボーナスや旅行に還元され,形になるとさらに嬉しい.
山田 ウチも3,4年ぶりの冬のボーナスに大喜び!それを見て,私も本当に嬉しかった.
聞き手 社会や里の動きの会議が多いけど大丈夫?
山田 他の作業所と接点がない.知りたくて,やどかりの本を自腹で買った.時間ができたら,他の作業所の活動を知るツアーをしたい.
椿原 話し合いが多いから,私はまだ何とかついていける.メンバーの関心はまごころがどうなるか.そこを国の動きの一部として捉えてほしいとわからないながら考えてる.
渡辺 会議などに意欲的に参加しているメンバーがいて,そのメンバーが実感を込めて話すことが皆に現実感をもたらす.職員からの情報発信とは危機感が違い,助けられてる.
岡登 エンジュミーティングは活発で,メンバーは社会の動きに関心も高く,教えられること多い.ミーティング巡りもしてみたいな.
山田 お店をやりながらのミーティング.だから突っ込んだ話ができない.いつか店を閉めてやってみたい.いろんな郵便物もあり,一つ位,皆がどう思ってるか聴きたい.皆で話せば反応しあう事もあるのでは?と思って.
聞き手 皆さんの今後の夢や目標は?
渡辺 夢はドリカンハウス.今は作業場での休憩で気が休まらない.裂き織りする空間と休憩室,作業場,店舗,できれば一軒家を.何年先になるか.でも皆の夢,私もかなえたい.その人の思いを大切に,例えば店をもっと素敵にしていくとか,そこに役割をもちたいし,一人一人と向き合っていきたいと思う.
椿原 私はワーカーの役割もありつつ,やはり弁当屋.基礎から料理を学びたいなって.
(一同) オーッ! 素晴らしい!
椿原 メンバーが安心して働ける場所にするには,きちんと調理を知る人がいることも大切.一方で援助計画や面接する力もつけたい.
岡登 一人一人,どんなことをやりたいか,これが得意,大胆なのが好き,細かいのが好きとか,この人はこんなところがあるから,こういう仕事があってると.その人がキラーンと光るところに携われたら,自分も光るんじゃないかって.そんな風にしていきたい.
山田 壮大な目標は,2階を畳の休憩室に,ケーキ工房をガラス張りに…!ささやかな願いは3畳位の畳の部屋.まさにルポーズ,憩いの場であってもいい.がむしゃらに働くだけでなく,家庭とまた違う時々クソッと思いつつ,この仲間をみるとホッとするような場所でありたい.話してて,お互いが分かりあうと,もっといろんなことができる感じがする.ドリカン&ルポーズハウスをつくって,裂き織りしながらケーキ教室.そこにまごころとエンジュがお弁当を運ぶ…とか!
(一同) いいよね〜!
(聞き手 澁谷 文香)
機関紙「やどかり」2005年2月号より
どうなる?私たちの生活
〜通院医療費公費負担制度の改変案について皆で語る〜
本誌1面でも取り上げた,精神障害者通院医療費公費負担制度(以下,32条)の改変案を受けて,実際に制度を利用しているやどかりの里メンバーが,32条をどう利用し,この改変案をどう捉えているかなどを語りあう座談会を1月18日に開いた.メンバー,職員合わせて10名の参加者があった.
まず制度改変案についての情報共有をした. 既に勉強会等で問題意識を持っている方が多かったが,32条がなくなり,自立支援医療費(仮称)として位置づけられた場合,具体的に個々の負担がどう変わってくるのかを検討してみた.この中で,家族同居をしており,月2回の通院をしている方を例に挙げてみる.
【現在(32条適用)(概算)】
通院1回につき 診察代 240円
薬代 1,300円
合計 1,540円
1か月にかかる医療費
1,540(円)×2(回)=3,080円
【改変後(概算)】
通院1回につき 診察代 1,440円
薬代 7,800円
合計 9,240円
1か月にかかる医療費
9,240(円)×2(回)=18,480円
この方の場合家族同居で,世帯単位の所得税額が30万円以上であり,自立支援医療費の対象外となる.従って医療保険のみ適用され,3割の自己負担となる.(現在の6倍)
この方は,障害基礎年金を受給しており,その中で自分なりに遣り繰りしているという.改変後に制度の適用から外れ,自己負担が増えることで,経済面での圧迫による精神的ストレス,継続して必要な医療を担保することができるか,友人・家族との関係の悪化,何もできずに引きこもってしまうのではないか等,不安を切実に語っておられ,参加者全員で深刻に受け止めた.
上記のような具体的に身に迫ってくる問題と照らし合わせて,危惧される点などの意見を出し合った.
「この案には国の財源不足を埋めるという大前提があり,その為に出てきたものだろう.障害者がどういう状況に置かれるかは二の次だ」
「自己負担が増えると医療を受けられなくなる可能性がある.今だって受けたくても受けられない人がいるのに」
「病気再発の恐れがある.必要な医療が受けられなくなれば,再入院になってしまう」
「医療の剥奪だ!僕らは死ぬまで医療が必要なのに」
「家族に負担をお願いしても,お前が稼げといわれるだろう.働く事を目指して頑張っているが,すぐには難しい.何もできなくなってしまう」
「制度が整っていないのに自立しろ,働けというのは矛盾している」
「弱いものに厳しい制度になってくる.一人で寂しく生活保護を受けて生活した方がいい身分ということになるのではないか」
「私たちの声を無視して制度をつくらないで欲しい.どうなってしまうのだろう」
「好きで病気になったのではない.これを考えた人だって病気になるかもしれない.きちんとした保障をして欲しい」
「すごいスピードで様々な事が決められていく.こちらも勉強して,読み取っていかなければならない」
それぞれの切迫した思いに危機感が募るばかりである.32条を利用して生活・生命を保っている方達の実態を踏まえ,人間らしい暮らしを守る為にも,声を合わせて訴えていかねばならないと感じる.
(鈴木 裕貴)
機関紙「やどかり」2005年2月号より
厳しい社会状況の中,今私たちが取り組んでいきたいこと
作業所のあり方を考える会は,運営補助金の削減など作業所が置かれている厳しい現状を共有し,それに伴う学習と検討を通して,作業所の活動を担うメンバーと職員が一緒に今後の作業所のあり方について考えることを目的に掲げ,2003年2月に誕生した.その後,さいたま市内の他の作業所からの声かけで,さいたま市精神障害者小規模作業所連絡協議会(以下,連絡協議会)が発足することになり,そこで今までやってきていたような学習や話し合いができていくのではないかということで一旦休止となった.しかし,連絡協議会は職員中心の会として進められており,今後の作業所のあり方についてメンバーと職員が一緒に考えていける場が必要だということで,2004年4月から作業所のあり方を考える会を再開した.
再開後は,それぞれの作業所の事業内容や収支についての情報共有を中心に話し合いを進めてきた.5月からは作業所を取り巻く現状を地域の方たちにも知ってもらおうと作業所のあり方を考える会でバザーの事務局も担った.今まで行ってきた情報共有とバザーの終了を区切りに,再度作業所のあり方を考える会で何を課題とし,今後どんなことに取り組んでいきたいのかということについて話し合った.
やどかりの里の作業所がそれぞれに取り組んでいる事業の内容は異なっている.しかし,それぞれの作業所が抱えている課題を出し合ってみると,
「補助金削減など運営状況が厳しく,工賃も少ない.事業を安定させ,工賃を少しでも上げたい」
「事業を充実させながらも,自分たちの働く場所として,大切な居場所としてのバランスを大切にしていきたい」
「スペースや運営状況から働く時間や日数が限られる.一人一人の働く意欲を大切にしていきたいと思いながらも作業所の状況が追いつかない」など,ほぼ共通した意見が出てくる.
そこから作業所が抱える共通の課題として, @ 事業の安定と作業工賃の向上を目指すこと, A 精神障害者の働く場所として働きやすい環境を整え,それを維持していくこと,の二点をあげた.また,作業所の活動はその二点のバランスをとっていくことが大切であることを確認し,今後,作業所のあり方を考える会の課題として取り組んでいくことになった.
具体的には,社会や福祉の動向など作業所を取り巻く状況についての情報共有とそれに伴う学習や検討を行う.社会や福祉を取り巻く情勢が大きく動いている中,それらの動向を見極めつつ,自分たちの足場となる活動をつくっていくことを意識し,社会状況と自分たちの活動をつなげて考えていきたい.事業面については,今まで自分たちの活動について検討する機会が多かったこともあり,必要に応じて,他団体の事業や活動を学ぶ見学研修等も行いながら,事業の安定を目指していく.また,作業所では働いている人の思いや将来への希望に触れることも多く,作業所で働く人たちのニーズを把握し,それらをどう実現していけるのかについても話し合っていきたい.
作業所のあり方を考える会は,それぞれの作業所の活動を担う職員とメンバーの代表が参加している.この会で話し合われたことをそれぞれの作業所に持ち帰り,この会の課題を自分たちの問題として考えていくことを大切にしていきたい.
(宗野 文)
機関紙「やどかり」2005年2月号より
平成17年1月20日に第3木曜会が行われた.内容は以下の通りである.
1. 日本健康福祉政策学会ポスター発表
12月に行われた第8回日本健康福祉政策学会(1月号4面)のポスターセッションで発表されたエンジュの活動をまとめたポスターを,エンジュの堤と山本が報告した.発表のテーマは,「一食のお弁当がいのちをささえる」で,2つの視点から発表がされた.1つ目は,職員とメンバーが協働する組織づくりのプロセスに着目した報告.2つ目は,エンジュの活動とお弁当利用者への調査から見えてきたこと,更に今後の展望に着目した報告であった.ポスターはとても見やすく,写真なども活用されていた.
発表後,出席していた人から感想をもらい,その中で,「自分の活動に落として考える機会になった」「今回の話の中でエンジュの全体像が見えてきた.この活動は施設活動ではなく,地域の支え合いの仕組みを作っていこうとしていることだと気付いた.今後は,働くメンバーの状態調査があっても良いのでは」という意見も出された.
2.35周年記念事業について
機関紙やどかりで35周年に向けて,企画中.その企画にむけて,平成12年から平成16年までの5年間を振り返る座談会をメンバーと職員と一緒に行なった.座談会に参加した人達からは,「この5年で,外からやどかりの里を見ることが出来た」「メンバーと職員が一緒に活動していることを実感」「社会情勢の厳しさが明るみになった」等の感想が語られた.また,7月には法人として35周年記念事業を開催するので,それについては今後実行委員を募って取り組んでいくことが確認された.
3.精神障害者通院医療費公費負担制度
改革のグランドデザイン案の中にある,通院医療費公費負担制度の変更について白石が説明.(本紙6pを参照)
説明の中で,それぞれの負担が大きくなると,家族に負担がかかり,それによってメンバーの肩身が狭くなり,病院に通院しづらくなるのではという危惧があると話された.
また,安心して治療が受けられる環境を守るためにも,当事者団体が集めている30万人署名にやどかりの里も協力することが確認された.署名が多く集まっても,この流れが止まるわけではないが,きちんと運動をしていくことが大切であることを再確認した.
4.防災対策について
現在,生活支援センターの登録者に対して確認を行なっている防災対策についての情報共有を行なった.(震度5以上の地震が起こった場合,対策本部をやどかり情報館に設けること.万が一のときのために各自薬の処方箋を携帯し,自宅の近くの避難所に避難をすること.等)
また,地域レベルでどのような避難所があるのかについてのマニュアルを作成中.でき次第皆に伝えていく.
5.その他
(1)署名の依頼
きょうされんで,改革のグランドデザイン案(1月号6p)で出されている応益負担に反対する団体署名がきている.各施設の責任者の人に依頼.
(2)(仮)さいたま市障害者総合支援センター
さいたま市で知的・身体・精神の障害者生活支援センターが出来る.ホームページでパブリックコメントを募集中.
(文責 飛内 理恵子)
機関紙「やどかり」2005年2月号より
今後の障害者福祉施策について(改革のグランドデザイン案)
をめぐる情報共有会
10月12日に開かれた第18回社会保障審議会障害者部会において,「今後の障害者福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」(以下グランドデザイン案)が提案された.グランドデザイン案は,障害者の生活や労働を支える仕組みを抜本的に変えていく重要な内容を含んでいる.やどかりの里では,この内容を全体で共有しておく必要があるとして,11月の第3木曜会の日程を変更し,12月9日(木)に情報共有会として集まりをもった.
はじめに,増田一世(やどかり情報館)が現在把握しているグランドデザイン案の内容について,スライドを使って整理し説明した.
グランドデザイン案は,現行の制度的課題を解決し,新たな障害保健福祉施策体系を構築するという大義の下,(1)制度の持続可能性 (2)自立支援型システムへの転換 (3)障害保健福祉の総合化
の三つを改革の基本的視点に掲げている。また障害者福祉の義務経費化を目指し,(1)障害者区分による定量化 (2)ケアマネジメント (3)応益負担
を挙げている.
グランドデザイン案が提案された背景には,三位一体改革の流れや,障害福祉分野における支援費の不足等,国の財源不足が根本にある. 具体的な内容はほとんど描かれておらず,障害者が必要なサービスを受けながら本当に地域で暮らしていけるのか,大きな課題を抱えている.最後に増田からグランドデザイン案の枠組みの中だけで物事を考えていくのではなく,情報を皆で共有し,具体的要求に声を挙げながら,地域に根ざした活動を関係機関とともに進めていくことが大事だということが話された.
その後,きょうされん埼玉支部や埼玉県セルプで主催されたグランドデザイン案についての研修会に参加した人がそれぞれの思いを述べた.
「今までの活動展開を無視されているようで,不安を抱いた.一見改革的に見えるが,財源ありきの施策で展望がなく、やどかりの里もこれからどうなっていくのかわからない.活動は誰かにつくってもらうものではない.それぞれが自覚的に考えていかなければならない」
「財源不足の解消が厚生労働省の姿勢.今まで積み上げてきたものを一気に変えられてしまう危険性を感じた.」
「市町村単位で考えると障害者の人口が少なくなり,運動として成り立たない等,市町村だけでは進めていけないこともある.」
「何のための福祉施策なのかということが見えなくなっている.国の財源安定のためにここまで大きく物事が動いていくことに驚いた.一つ一つのことが一人ひとりの生活に大きく影響することには目を向けず,矛盾することばかり.でも振り回されていてはいけないと感じている」
参加していた人からも
「就労移行に重点をおいているようだが,障害者を闇雲に社会に放り出すのは不幸.現実の労働の中身を見直さなければ進んでいかない.」
「精神障害者の未来が不安」
「社会は競争が激しい.やどかりの里のような場所がたくさんできたらいい」
「他障害との格差が問題になっていたが,今はそれどころではなくなっている.国から一方的に降ろされてくる変化に気をつけなくてはならない」
「やどかりの里は情報を共有し,互いの不安をどう解消するのか,皆で話し合って作っていく力を持っている.こういうときこそ,ピンチをチャンスに変えていこう」
等の意見が出され,今までのやどかりの里の歴史の中で,制度の谷間の活動を続けてきた原点に立ち戻り,やどかりの里が大切に培ってきたものをこれからも確認しながら活動をつくっていくことが確認された.
(宗野 文)
機関紙「やどかり」2005年1月号より
<報告>退院促進プロジェクト
一人でも多くの仲間が地域で暮らせることを願って
12月1日(水)に,退院促進プロジェクト(以下プロジェクト)で聖みどり病院(さいたま市南区)へ出かけた.今回は,聖みどり病院に入院中の人たちの作業療法のグループの担当者から,「是非,地域の社会資源のことを知りたい」「どんな風にメンバーの方が日常地域で暮らしているのかについて話して欲しい」等の希望があり,プロジェクトから,須藤守夫,千葉英世,三石麻友美,中村由佳,玉手佳苗が参加することとなった.
当日は,職員と入院中の人たちを合わせて約20名の人たちが集まってくださった.やどかりの里から参加した須藤さん,千葉さんは,自分自身の長期入院での体験,地域で生活していくうえでの楽しさや充実感など,現在の自分の生活について体験を語った.途中,やどかりの里がどんなところなのかなどの説明も加え,参加してくださった人たちと意見交換しながら,お互いの思いを語り合った.
今回参加してくださった人の多くは,退院への関心と同時に大きな不安を抱いていた.交流を通して,そんな不安な気持ちを吐露する人もいた.彼らに,退院を願う私たちの思いが少しでも届いていたら,と思う.
入院中の人にメンバーが自分の体験を話す機会はまだまだ少ない.今回は,お互いを知り合うとても貴重な時間を過ごすことができたと感じている.以下,当日参加したメンバーの感想を紹介する.
(中村 由佳)
聖みどり病院に交流に行き,私の昔入院していた病院と違い,近代的な新しい建築の病院だった.また,中に入ったら綺麗に掃除してあり感じが良かった.
私たちが部屋に入り,少し経って患者が看護師に付き添われ,15名くらい来た.職員がやどかりの里の活動を話した後,私と千葉さんが長期入院の体験や,やどかりの里に来てからの援護寮の暮らし,地域に出ていろいろ体験して自信をつけていったことを話した.一番感激したのは,長期入院で病院の環境に慣れてしまい,社会に出るのが怖いという話をした患者がいた.私の昔のように,退院に向けてなかなか決断がつかないという同じ悩みに共感した.
途中休憩があり,患者の輪の中に入って話をした.ある患者に話しかけたら,「余計なことを聞くな」と怒られて気になった.休憩の後また話し始めた.私たちは同じ病気をした仲間だから理解し合える話をしたら,後で私に怒った患者が「さっきはどうもすいません」と言って,握手を求めて来た.私の気持ちを理解してくれたと思いうれしかった.退院できるのに家の都合とか,受皿がなく長期入院している患者が沢山いるのだと感じた.私はやどかりの里に来て自由で束縛されずに暮らせて幸せだなと思った.又機会があったら,病院に行って,やどかりの里の活動を話したい.
(須藤 守夫)
聖みどり病院に行き驚いたことは,20年,30年の入院はざらで,ただ引き取りの人がいないので入院している,これは残念だった.
病気も落ち着いていて退院できる人に私は見えた.ぜひ退院して欲しい.退院しても自由がある.ただ自由と言ってもいろんなことが ある.病院では出来ないこと,早く言えばたばこが自由に吸える.ただ,自由といっても一人暮らしのマナーはある.火事を起こさないとか,薬を飲むとか.ぜひ退院の一歩を踏み出してほしい.
(千葉 英世)
機関紙「やどかり」2005年1月号より
<報告> 日米メンバー交歓会海を越えた当事者交流
海を越えた当事者交流
11月23日から12月1日にかけて,アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス郡の精神障害者当事者組織,プロジェクトリターン・ザ・ネクストステップ(以下PR:TNS)より3名のメンバーが来日した.1996年から始まった日米メンバー交歓会は,日本とアメリカの精神障害当事者が,お互いを理解して,少しでも精神保健福祉の向上に繋がればとの思いで始まった.
本年はやどかりの里のメンバーが組織する「来日メンバー受け入れを考える集い」と5名の職員が準備を担ってきた.9日間に渡る日米メンバー交歓会の様子を報告したい.
<来日メンバー>
ゲインズ・ライオンズ 氏
メルセデス・モレノ 氏
バーバラ・マックタガード 氏
11月23日(火)
メンバー2名,職員3名で出迎え,やどかりの里に着いたのは夜8時過ぎ.来日メンバーには長旅の疲れも若干見えたが,ゲインズ氏が日本語を話せたので連絡事項等がスムーズに済んだ.来日メンバーにお会いして,準備を重ねてきた交歓会が今まさに始まったのだと感じ,出迎え隊の気持ちは高揚した.
11月24日(水)
やどかり出版文化事業部の案内でやどかりの里の各所を巡った.活動場面を見てもらい,普段のメンバーの姿に出会ってもらうことが目的だ.この日は,国際交流協会から通訳の女性が1名来て協力してくれた.まず大宮中部生活支援センターでメンバーの生活サポートに関する情報交換,カードゲームやギター演奏をした.昼食はルポーズで新メニューにと考案された手づくりパンとビーフシチューを頂き,あゆみ舎を見学.ドリームカンパニーで着物に袖を通したり買い物を楽しんだ後,やどかり情報館の出版,印刷の働く様子を見学した.来日メンバーは,「ゆったりした空間,時間を大事にしているのは,アメリカでも同様だ.また,ブックレットのように1人の人生をきちんとまとめている本は素晴らしい」と話してくれた.車中からの木々が美しいと言って,日本の風景も楽しんでもらえた様子だった. (佐々木 千夏)
11月25日(木)
この日は文化体験交流の1日.午前中は,講師を招いて茶道を体験.その歴史についての話にも華が咲いた.その後,浜砂会に作って頂いたスペシャルランチを囲み,彼らの使命である私たちに向けてのメッセージが語られた.それぞれに様々な経験を経て,PR:TNSに出会い自分を取り戻していることが伝わってきた.午後は,七宝焼作りと,援護寮のヨーガサークルを体験.体を媒体にしてのコミュニケーションが,私たちに不思議な一体感をもたらし,大いに交流できた一日であった.
(中村 由佳)
11月26日(金)
連日のイベント尽くしに疲れも出るだろうと午前中ゆっくり過ごしてもらい,昼からさいたま新都心にある「ジョン・レノン・ミュージアム」へ行った.エンジュの有志と,通訳の松井勝巳氏(やどかりの里理事)と総勢10名で行った.新都心に着いて100円均一ショップへ行くと,来日メンバーはスリッパを嬉々として大量に買い込んでいた.昼食は中華で餃子やチャーハンを堪能した.ミュージアムではゆっくり時間をかけて回った.見終わると皆彼の生涯に心動かされ,興奮が冷めない様子で,「今ヨーコはどうしているのだろう」「二人は出会って本当の愛を見つけたのだね」とおしゃべりし,大いに盛り上がった.
11月27日(土)
第4回県内生活支援センターメンバー親睦会に参加した.JR大宮駅より電車で会場の深谷駅市民サービスセンターギャラリーへ向かった.親睦会には68名が参加し,大賑わいであった.ゲームで盛り上がった後,グループに分かれて座談会が行われた.「働くこと」「健康について」等,思い思いに語り合った.最後にグループのまとめを発表し,日本とアメリカの考え方の違いに驚いたなどの意見が出ていた.帰りの電車の中,ゲインズ氏は日本語で「大変有意義であった」と感想を語っていた.(鈴木 裕貴)
11月28日(日)・29日(月)
PR:TNSのメンバーが来里したときに法人会員親睦旅行会を挙行できないか,そんな提案を受けて復活した旅行会も今回で3回目.今回はこれまで通訳を務めてくださった青木常男氏が現在千倉在住で,来日メンバーとやどかりの里のメンバー,そして千葉の当事者が交流できる機会がもてたらよいと,房総半島の天津小湊が宿泊地となった.
28日,26名を乗せたバスはまず東京湾アクアラインを経由しマザー牧場へ.ここで食べ放題のバーベキュー.そして宿では鴨川の作業所で活動するメンバー4人と家族,職員等計11名が私たちの到着を待っていた.早速始まった交流会では,PR:TNSのメンバーがメッセージを伝え,鴨川のメンバーも今の思いを伝え合い,短時間ではあったがよい交流の機会となった.翌日の観光ではPR:TNSのメンバーは全員仁右衛門島へ渡り,ゆったりと散策.日本の漁村の古い暮らしを満喫してもらえたようだ.「アメリカの海より美しいですね」という彼らの言葉はそのままに受け取ろう.その後,片倉ダムのほとりにある道の駅で紅葉見物と休憩.ずっと食べ続け,しゃべり笑い,時に眠り,バスは無事さいたま新都心へ到着した. (浅見 典子)
11月30日(火)
ある来日メンバーの強い希望で大宮盆栽町へご案内する日.朝思いがけず入間市の当事者団体「松ぼっくりの会」から女性2人を含む数人の方が来ておられた.間もなく当日のコーディネーター香野英勇が3人の来日メンバーと現れ,東武野田線で大宮公園駅まで行ったが,昼間なのにすごく寒く,盆栽町へ行く前に暖房施設の整った埼玉県立博物館に行く事にした.アメリカの方は興味を示し熱心に見ていた.その後大宮盆栽町の「芙蓉園」というお庭を拝見し,終わったのが3時頃.やどかりの里に戻って間もなく5時過ぎからさよならパーティーが開かれ,韓国料理を皆で賞味し,ボランティアのお琴の演奏を聴き,お互い記念品を渡し合い無事終了.とても充実感に溢れた1日だった.(辰村 泰治)
12月1日(水)
ショッピングがしたいとのことで予定時間より早く出発.やどかりの里からの出発時,たくさんの職員,メンバーの見送りに「こんなに暖かいもてなしは初めて」と感謝の意を伝え彼らは帰って行った.
(文責 堤 若菜)
機関紙「やどかり」2005年1月号より
<報告> 彩の国まごころ国体・第4回全国障害者スポーツ大会に参加して
力を合わせて大型イベントに挑戦!
大会グッズ委託販売・自主製品販売を通して
第59回国民体育大会「彩の国まごころ国体」が9月11日〜14日(夏季大会),10月23日〜28日(秋季大会),第4回全国障害者スポーツ大会「彩の国まごころ大会」が11月13日〜15日に埼玉県で開催された.
やどかりの里では埼玉県社会就労センター協議会及び埼玉県社会福祉協議会から施設利用者の社会的自立の場の提供と一定の収益を得ることによる利用者工賃の向上の一助としようという主旨の声掛けがあり,国体グッズの委託販売や自主製品の販売で参加した.(競技参加への取り組みはP4参照)授産施設を中心に小規模作業所5か所が協力し参加した.部署間を越えて事業収入向上を目指した今回の取り組みについて報告したい.
窓口となった授産施設をはじめとして各部署はそれぞれが日常業務をしながらの参加となるため,どのような参加が可能か検討した.打ち合わせを何度か開いたが,10月初めにはやどかりの里大バザーがあり,関わる職員やメンバーが重なっていたため時間が取れなくなってきた.そこでメールでやりとりをし,大会事務局からの情報や,各部署の参加者の状況などを共有した.大会当日の販売員の配置は何度も作り直し,各部署が最大限に参加できる態勢をつくった.
こうした検討の経過で,大会記念グッズの販売だけでなく,より売上アップを目指して各施設の自主製品の販売にも力を入れることになった.既に製品化されている物だけでなく,大会記念グッズとして開発したのが大会キャラクターである「コバトン」をモチーフにした「コバトンクッキー」であった.これは授産施設と喫茶ルポーズ(小規模作業所)が連携して開発したもので,両施設で分担して3,000枚のクッキーを焼き上げて,袋詰めと箱詰めを作ったが,最終日を待たずに完売した.また同時に販売した各部署の自主製品の売り上げも好調だった.
<売り上げ合計>
コバトンクッキー 190,000円
なす花製品 26,350円
やどかり出版 4,400円
ドリームカンパニー製品 1,120円
事業を抱えながらの取り組みで,日々の慌しさは一層増したが,部署を越えて協力し合ったからこそ取り組めたと感じる.授産施設や小規模作業所において事業収入を増やし働くメンバーに還元したいという思いは共通のものである.そのためには商品開発や販売方法など各部署が持っているノウハウを生かしあって連携することが一つの対策になるのではないかと今回の取り組みを通して感じている.
ここで各大会に販売員として参加した方の感想をいくつかご紹介する.
当日朝7:30から大和田第2公園で国体グッズ販売をした.朝8時頃から夜6時までだったので堪えた.品物がめくるめく売れるのにも圧倒されて,品物チェックもままならなかった.普段厨房でやっていることとは違うけれど,品物を売るっていうことも,結構楽しんでできた.こういう経験は今後もまたできればやってみたい.
前日しっかりと約束の場所と時間を決めたのにやっぱり曲がる角を間違えてドライバーが遅刻.でも道が割合空いていて車中で手作りサンドイッチとおにぎりを食べながらドライブ気分.さあ販売開始と思ったが,なかなかお客さんが来ない.「前日よりも売ろう」が合言葉の3人だけど少しへこみ気味.昼過ぎくらいから本領発揮.大きな声を出し,なんと閉店数分前にコバトンクッキーを完売.思わず全員でハイタッチ.そして,帰りの車中のにぎやかな事.今度はどこにイベントに行こうかな.
何十年かぶりに埼玉県で行われた今年の国体は,とてもまごころに溢れていて家庭的でした.お疲れ様でした!!
10月26日(火)に国体グッズ販売に行ってきました.当日は雨で寒かったです.お店にはドリカンのさき織商品やお菓子,ぬいぐるみなどが並びました.コバトンクッキーがよく売れたのは嬉しかったです.そして3時半頃に帰りました.もっと天気が良かったらなと思い,残念に思う1日でした.他の作業所の皆さん,エンジュの皆さんもご苦労様でした.
(文責 堤 若菜)
機関紙「やどかり」2004年12月号より
熱く燃えたソフトバレーボール大会!
11月14日,第4回全国精神障害者スポーツバレーボール大会が越谷市立総合体育館で開催された.全国から勝ちあがった12チームがしのぎを削り,応援合戦も白熱した.やどかりの里では,ソフトバレーボールチーム「やどかりの里レインボーズ」を中心に応援団を結成し,皆でボンボンを作り,熱い応援をした.そこで,ここに至った経緯を伝えよう.
これまでも,やどかりの里はソフトバレーボール大会に参加してきたが,今年は意気込みが違った.それは今年の国体の開催地が埼玉県で,出場枠が全国大会さいたま市代表と関東ブロック代表の2枠あり,頑張れば手に届きそうなところに出場権があったからだ.
早速,練習!といっても,メンバーは働いたり活動している人が多く,練習は休日.バレーコートの確保は苦労した.月1回程の練習の中,他団体にも声をかけ合同練習も行った.その間も,保健所で大会の打ち合わせ,レインボーズの打ち合わせと忙しかった.
4チームが参加したさいたま市選抜大会.選手は前日の夜になってやっと6名揃い,かろうじて出場できた大会だった.練習の成果もあり善戦したが,1勝2敗の3位.1,2位のチームから1セットも取れなかったことが一番悔しかった.今後の活動をどうするか話し合う中,悔しさ・達成感・楽しさが語られ,来年度の大会を目指した自主的な活動として,継続することが決まった.現在もバレーコート確保に苦労しながら,夜間や休日を利用して月1回程の練習を継続している.
その中で,さいたま市保健所から応援団参加への呼びかけがあった.私達は,よく知らない仲では人が集まらないかもしれないと伝えると,お互いを知ることから始めようと,保健所主催の合同練習が開かれる事になった.
合同練習は3回.強いチームの練習を目の当たりにして驚かされつつ,できそうな練習方法はどんどん取り入れようと刺激を受けた.
保健所から,さいたま市カラー(オレンジと白)のスズランテープを戴き,手間隙かけ皆で大量のボンボン作りをした.苦労した分応援の気持ちが盛り上がった.さいたま市は惜しくも予選敗退したが,埼玉県は全国2位と大活躍だった.今後も楽しみながら活動していきたい.以下,当日応援団として参加したメンバーの声を紹介する.(佐藤晃一,澁谷文香)
男性の中に一人二人女性が入り,男性に負けず劣らずプレーをしていました.見てると段々熱気に溢れてきます.プレーを拝見し,自分もどこまでできるか分かりませんが,練習してみたいとうずきました.(M.K.)
2年間弱ソフトバレーに関わってきた.全国大会の予選も2度体験した.バレーは楽しい,皆も年々上手になっている.メンバーをもっと増やしたい.他チームとも仲良くなりたい.3段階ができるようになりたい. (武田あゆみ)
やどかりの里からは,総勢6人の応援団で応援に行った.会場は各地域の応援合戦で熱気につつまれて盛り上がっていた.私も血が騒いで,恥ずかしさも忘れ,必死でエール交換など応援していた.(佐藤 晃一)
昨年のやどかりサンダースは仕事で出れず.今年はやどかりレインボーズ.腰痛でさいたま市選抜ではコート外で観戦.そして全国大会を目の当たりにして選手のまぶしかった事.加えて応援に至るまでのレインボーズの面々の地道なボンボン作り.必ずや2年後の兵庫県での全国大会出場は叶う.(香野 英勇)
機関紙「やどかり」2004年12月号より
<報告> 第4回ヘルスケア関連団体ワークショップに参加して
専門職の養成に当事者が参画すること
2001年から,「ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会」という新しい取り組みが始まった.疾病や障害の違いを越えた,さまざまな団体のリーダーの集まりである.やどかりの里からも増田が世話人の1人として,会の立ち上げから参加している.現在は13名の世話人とファイザー(株)のペーシェントリレーションズ室の協力で会が運営されている.現在は会の中にいくつかの委員会を組織し,第4回になる今回はワークショップの準備委員会がワークショップの企画・運営を担った.
第4回ヘルスケア関連団体ワークショップは,10月30日,31日にファイザー(株)の研修所を会場に全国,そして,アメリカ,インド,香港からの参加者を迎え,46団体,78人の参加者で開催された.そして,ファイザー(株)の社員がボランティアとして,運営を助けた.やどかりの里からは三石麻友美と増田が参加し,やどかり出版がワークショップの報告集の制作を引き受けている関係で,黒崎夢がカメラマンとして参加した.
今回のワークショップのテーマは「未来に向けて・充実と広がり」,具体的な課題は,「これからのNPOの運営」「ヘルスケア関連団体による医学教育へのかかわり」の2つに絞られていた.1日目には,本会の1年間の活動の報告に続き,2つのテーマについて講師を招いてお話を伺った.田尻佳史氏(日本NPOセンター事務局長)は「NPOという組織のあり方,存在とは」について語り,北村聖氏(東京大学医学教育国際協力研究センター・東京大学医学部付属病院総合研修センター長)は「医学教育とヘルスケア関連団体」について語った.この講演のあと,参加者が選択したテーマで,8人から10人のグループに分かれてグループでの話し合いを行った.翌日にもグループでの討論が行われ,グループ討論の終了後に全体会でグループで話し合われたことを報告した.
いっしょに参加した三石は次のような感想を寄せている.
「ワークショップへの参加は,今回で4回目となる.今回は,NPOの組織のあり方,医学教育とヘルスケア関連団体,という2点についての研修となった.私は,専門職養成に関して教育体系にどう当事者が参画していくのか,まだまだ分からないことがある.そんな関心から,今回のワークショップに参加した.専門職と患者との対等な関係を構築していくためにも,また当事者中心の視点を養い,人間性豊かな専門職として成長していくために医学教育に当事者が参画していくことのいくつかの方法,合わせてそういった学問体系を作ることの課題などが見えてきたワークショップとなった」
この会には,さまざまな疾病や障害を持った人たち,家族,支援者が参加している.その多くの人たちが,疾病や障害の体験が,社会の中で役立ちうるのだという実感を持っている.その体験や実感を学問体系にどう位置づけるのかとさまざまな意見が出された.
今回は「医学教育」にフォーカスが当たったが,これは福祉や看護にも共通する課題であろう.障害や疾病を体験した人たちと専門職がどのように相互に育ち合えるのか,やどかりの里の大切な課題でもある.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」2004年12月号より
やどかりの里大バザー報告
〜台風22号を吹き飛ばして無事開催〜
10月10日(日),中川自治会館及びグラウンドにてやどかりの里大バザーが開催された.
今年のバザーは,(1)精神障害者小規模作業所の国庫補助金削減を切り口にしながら,作業所や福祉の現状を伝えることを通して,やどかりの里の活動資金を確保する,(2)地域との交流の機会として,やどかりの里の活動を知ってもらう,という2つを目的に掲げ,売上目標を100万円に設定した.事務局は,一昨年度からやどかりの里が運営する作業所6か所が集まって取り組んでいる「作業所のあり方を考える会」から代表者を4名選出し,バザー全体の調整役を担った.「作業所のあり方を考える会」では,事務局以外にも,先に(1)で掲げた目的達成のため「企画部」を立ち上げ,クイズや抽選会の企画,活動紹介パネルの作成などに取り組んだ.
今年は,バザーの準備が追い込みに入った頃から台風22号の影響が心配され始め,直前には台風直撃の場合は中止もやむを得ないというところまで話し合い,雨天時の対応等ぎりぎりまで調整を重ねながら準備を進めた.今年ほど,バザー当日の天気がどうなるのか気をもんだ年はなかったのではないだろうか.
バザーの準備に関して,例年は前日準備の際にテントを張り,荷物を搬入し,当日は朝から販売の準備を中心に行っている.ところが,今年は台風の雨風を警戒し,テントも張れず,荷物の搬入もほとんどできなかった.
さんざん心配した台風は,前日の夕方から夜にかけて通過し,当日は曇り空で迎えた.当日は朝7時から,前日できなかったテント張りや荷物の搬入,売り場の準備が平行し,10時のオープンに向けて皆が一丸となって準備を進めた.台風一過の「曇り空」で行うバザーにどれくらい来場者があるのかも心配の一つであったが,会場時間前には例年同様,大勢のお客様が来場し行列をつくっていた.
今年は,バザーの売り上げを上げるため模擬店にも力を入れた.イベント用のステージをなくし,その分立てられるだけのテントを張り,やどかりの里の内部だけでなく,ボランティア,関係団体等,18店舗が軒を連ねた.お客さんにも例年好評の大宮南東ロータリーの方々による「採れたて野菜」や梨の委託販売でもおなじみの江原さんの「新高梨」,毎年ご協力頂き今年も時間をかけて仕込みをしてきてくださっているボランティアの方による「牛すじ煮込み」や「手打ちそば」,「たこやき」.やどかりの里の内部からも,お好み焼きや焼きそば,ミニカレーライス,焼きおにぎりなどが出店され,昼食としてもおなかにたまるものも充実した.フランクフルトや豚汁,ジュースなどもバザー後半まで模擬店を盛り上げた.また今年は浜砂会でも,夏前からバザー用にティッシュケースや巾着袋などの小物を手作りし,当日模擬店で販売してくれた.
会場内では,今年も餅つきを行った.浜砂会のお母さん方を中心に準備が進められ,来場していた人たちと一緒についた約200食の餅は皆に振舞われた.他にも,JR東労組青年部の有志の方々とNPO法人「あるさ」の協力によるヒーローショー「エンカイダー」も登場しバザーを盛り上げてくださった.
そして,模擬店や会場で行われるイベント,各売場の熱気が曇り空であることを忘れさせ,大盛況のうちに幕を閉じることができた.晴れ間こそ覗かれなかったものの,無事に予定通り開催することができたことが何よりも嬉しかった.
バザーの開催にあたっては,今年も多くの方々のご協力を頂いた.当日集まってくださったボランティアの方は120名にもなった.また,今年は大宮南ロータリーの方が物品提供以外に前日準備と当日の片付けにとトラックの提供を申し出てくださり,助けられた.バザー後,大宮南ロータリーの方からは「体を使ってのボランティアは楽しかったよ.また来年もぜひ参加します」という温かい感想を頂いた.毎年ボランティアとして参加してくださっている方たちのなかには「年中行事としていつも楽しみにしています」という方もいる.バザーを通して,やどかりの里の活動が多くの人に支えられていることを改めて感じている.
物品提供にご協力頂いた方々や毎年衣類売り場で大活躍してくださっているクリーニング組合の方々,市内のボランティアグループの方々をはじめ,当日を中心に力を貸してくださった120名のボランティアの皆さん,会場や備品を快く貸し出してくださった関係機関,関係団体の方々など,バザーにご協力いただいた多くの方々に心から感謝申し上げます.
<バザー会計報告>
売上合計 ¥1,383,974
経費合計 ¥ 238,244
収 益 ¥1,145,730
(平成16年10月15日現在)
※ 今回のバザーの収益金は,作業所をはじめとしたやどかりの里の活動資金に充てさせていただきます.
(バザー実行委員長 宗野 文)
機関紙「やどかり」2004年11月号より
精神病院の暗い歴史を繰り返すのか
〜「障害者の要介護認定に関する調査」を受けた話し合いから〜
やどかりの里通所授産施設(エンジュ)は,さいたま市障害福祉課及び高齢介護課から依頼を受け,「障害者の要介護認定に関する調査」を受けた.この調査は,財団法人日本公衆衛生協会が国庫補助を受けて実施.現行の介護保険制度の要介護認定の仕方で障害者に対して行い,介護保険制度の見直しに反映させようというものである.
対象者は,13政令市の身体・知的・精神障害の施設利用者1,350名.エンジュは10名の依頼を受けた.調査には,(1)専門員による面接調査,(2)主治医の意見書,(3)利用しているサービスや支援の内容,(4)調査対象者のケアにかかる時間の評価,が求められた.7月末に国から市に依頼があり,9月半ばにとりまとめという急な要請であった.
依頼を受けて,まず,ミーティングで話し合った.辰村泰治さんが,「この調査を受けて,介護保険化に賛成,と捉えられるのではないか.国は調査を都合のいいように使うだろうし,介護保険化に反対している仲間は大勢いるのだから,私はこの調査を拒否したい」と口火を切った.
末吉俊一さんは,「ただ,拒否するだけが答えではないと思う.やってみてから意見したい」と応えた.このやりとりから端を発し,他のメンバーから「調査結果によって,入院させられることなんてないよね」「重大な調査なの?責任を感じちゃう」と次々に率直な思いが出された.
昨今話題になっている障害者施策の介護保険制度への統合化が,いよいよ迫ってきたと思えた.また,自分たちが受けた介護認定の経験を伝えていくことも必要ではないか,と話が及んだ.それぞれの情報量の違いもわかり,オープンな話し合いの場,「意見を交わす集い」(以下「集い」)を持つことになった.
第1回目の「集い」では,自分の介護保険料はどこから支払われているのか,という事柄から,施策の急激な動向に対する危機感,福祉のあり方など話が多岐に渡った.
一方,9月3・6・10日に,在宅ケアサービス公社の調査員の方が来訪,個別に面接調査を受けた.調査票の設問には,身体機能や,排泄等の自立状況,季節や日時の理解,問題行動に関するもの等々があるが,本人を前に,調査員の方も躊躇していた.今回の調査に,これだけの労力と費用を費やす意味がどこにあるのだろうか,調査でそれぞれが抱いた違和感を,調査の主体はどれだけ予測していたのだろうか,と疑問を抱かざるを得なかった.
第2回目の「集い」では,調査に対しての感想や意見を出し合った.そして,これらを文書にまとめることにした.
10月8日,さいたま市障害福祉課に辰村さんと香野恵美子で出向き,国と実施主体宛の文書を提出した.主に,@ 施策の動向について説明して欲しい.A
障害の状態をきちんと把握するよう幅広く調査して欲しい.B 調査結果をどう反映させていくのか,調査協力施設にフィードバックして欲しい.という内容にまとめた.市は,国にあげるとのことだった.
「集い」で,辰村さんは,「小泉首相は何でも民間任せにする方針.明治政府は,精神病者を民間病院に丸投げし,そこから精神病院の暗い時代が始まった.その歴史を繰り返すのか」と語ったことがあった.22年間の長期入院を余儀なくされた彼の言葉が重く響く.
今般議論されている様々な制度改革は,一体,誰の願いのもと,誰のためになされようとしているのだろう.仲間と学び意見を交わしながら,見据えていきたい.
(香野 恵美子)
機関紙「やどかり」2004年11月号より
さいたま市の障害者施策の方向性は
さいたま市障害者施策推進協議会上半期を終えて
本紙7月号で障害者施策推進協議会で「障害者計画の進行管理と中間見直し」(取りまとめ役―斎藤なを子氏)と「相談支援システムの構築について」(取りまとめ役―増田一世)という2つのテーマで関係する人たちからのヒアリングを受けながら,ワーキンググループが行われていることをご報告した.今年度前半で,2つのワーキンググループ合わせて7回の検討が行われ,その報告とワーキンググループの検討から明らかになった課題について,10月5日のさいたま市障害者施策推進協議会で報告した.
ワーキンググループ1「障害者計画の進行管理と中間見直し」では,市内のホームヘルプサービスの利用者や事業者にその実際を聞いた.施設サービスの従事者からも報告を受け,運営基盤の弱い心身障害者デイケア施設や精神障害者小規模作業所の実情も明らかになった.また,生活ホームや,精神障害者のグループホーム等に従事する職員がその実態と課題について報告した.障害者計画自体についても議論され,数値目標が掲げられているものの,充分納得できる計画ではなかったことが指摘され,具体的な施策と財源の確保の問題も課題となった.
そして,ワーキンググループ2「相談支援システムの構築について」では,家族や当事者,市内の生活支援センター,市内の行政の窓口による相談支援の実際について各担当者から報告を受けた.課題の多い就労相談の現状について,ハローワークや障害者職業センターからの報告を受けた.そして,相談支援システムの構築に重要なケアマネジメントについての考え方を共有する機会を設けた.
市内,県内の関係者の協力を得てワーキンググループを行うことによって,さいたま市における障害者施策の課題も輪郭を表してきた.そして,今後の検討の課題としては,ワーキンググループ1では,(1)整備目標の見直しに向けた現状と課題の整理をしていくこと,(2)地域生活を支える基幹施策のあり方について検討していく.前半のワーキンググループでの討論を受けて,行政としての考え方が示される予定だ.ワーキンググループ2では,さまざまな相談機関の連携の必要性と多様なニーズや複雑な問題を持つ人への支援を行うためのサービス調整会議の必要性が明確となり,そのための3障害共通のケアマネジメントの考え方の確立が課題となった.また,さまざまな相談から市内の社会資源の開拓や開発につながるような仕組みづくりの必要性もあがっている.
今年度後半もワーキンググループは継続されていくが,同時に障害者ケアマネジメント推進協議会,さいたま市が計画している障害者総合支援センター(仮称)の検討会なども予定されており,これらの検討と整合性を図りながら,ワーキンググループが進んでいくこととなる.
国の障害者施策が大きく変化しようとする中で,さいたま市の障害者の暮らしの実態を踏まえて,障害者施策が検討されることが重要である.基礎自治体であるさいたま市で,障害者自身や障害者福祉に関係する人たち,行政の関係者が議論を尽くし,多くの障害を体験した市民が「さいたま市に暮らしていてよかった」と思えるような障害者施策を実現のための努力を続けていかなくてはならない.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」2004年11月号より
第1回さいたま市地域生活支援フォーラム報告
連携とネットワークづくりを目指して
去る9月29日,さいたま市こころの健康センターの主催する,第1回さいたま市地域生活支援フォーラムが中央区下落合公民館で開催された.計画当初は市の職員向けに,地域生活を送る当事者やその支援者を招き研修会を持つ目的で準備を進めていたが,さいたま市の呼びかけもあり,関係する医療機関のソーシャルワーカーや社会復帰施設の職員にも参加の声がかかり,当日は市の職員をはじめとする地域の施設職員,ワーカーなど約60名(やどかりの里より5名)が参加した.
当日はさいたま市こころの健康センター所長黒田安計氏の開会のあいさつから始まり,午前は「地域支援の現状と課題」と題されたシンポジウムが開かれた.「生活支援センターの立場から」は地域生活支援センター来夢の大須田潤子氏,「作業所の立場から」は作業所まいむの山田恵子氏,「就労支援の立場から」は埼玉障害者職業センターの岩佐純氏,「当事者の立場から」はやどかりの里の辰村泰治氏がそれぞれの足場から精神障害者の地域生活支援について語った.
精神障害者福祉の三点セットである「住む場」「仕事の場」「憩いの場」を支えるためにはまだまだ社会資源が不足しているという問題や,支援者間がもっと相互理解をし,顔の見える関係機関のネットワークづくりを進めていくことが重要だという課題を,辰村氏は挙げられた.
シンポジウム後は昼休みをはさみ,5つの分科会((1)作業所利用をどう考えるか,(2)家族への支援,(3)就労支援,(4)地域生活支援〜ホームヘルプを中心に〜,(5)社会的入院を解消するために地域でできること〜埼玉県退院促進支援事業の実践から〜)に分かれ,それぞれ事例を通して地域生活支援を考え合った.
私が参加した分科会(1)では,作業所に直接関わる職員や,働く場や憩う場としての機能をもつ作業所に興味関心を寄せる市職員,計6名が意見を交換した.財政的基盤の脆弱さも語られつつ,作業所として利用者の願いや目的(一般就労を目的としたステップアップの場,体調を考慮しながら自分のペースで仕事をする場など)によって様々な機能を持たせていくことの必要性が挙げられた. また,ここでも利用者を取り巻く様々な立場の機関の連携が必要であることが確認された.
フォーラムと同時に,会場内で作業所等作品展示コーナーが設けられ,やどかりの里からはやどかり情報館,You遊,ドリームカンパニー,まごころがそれぞれの作品やチラシを展示し,参加者に向けて活動紹介を行った.
今回のフォーラムを通して声高に挙げられたのは連携とネットワークづくりであった.地域生活支援を充実したものとするためにも,今回のような学習の機会を継続していく必要があると感じている.
(椿原 亜矢子)
機関紙「やどかり」2004年11月号より
様々な声に応えられる援護寮に
〜上半期の取り組みから〜
援護寮では昨年度から従来のあり方を見直し,さいたま市内に1か所の宿泊機能を持った施設としての役割と機能を探ってきた.同時に職員態勢も強化し,取り組みから見えてくるニーズに応えるよう活動を行ってきた.
昨年度の活動をふまえ,今年度の事業計画では次の5つの機能を実際に果たし,実績作りに取り組むとしている.(1) 退院に向けた体験宿泊の場として,(2)
退院後の生活を組み立てていくための準備期間の場として,(3) 生活体験の場として,(4) 休息利用の場として,(5) 家族の事情によるショートステイの場として,である.今回,上半期が終わったところでいくつかの変化について報告したい.
まず,(1) の退院に向けた体験宿泊の場として,退院促進プロジェクトとも連動し,昨年度から継続して,市内の精神病院から退院に向けたグループの体験宿泊を受け入れている.従来,援護寮では,援護寮を利用することを前提に試験宿泊を行ってきたが,この取り組みでは退院する気持ちもまだ固まっていない人たちを受け入れている.今年度に入ってそのグループに参加していた人の中から3人の人が退院している.体験宿泊を通して,退院してみようという気持ちが膨らんできた結果である.今後も,1人でも多くの人が,退院に向けたきっかけを掴んでもらえる機会を提供していきたい.
大きく変化してきているのは,(2) の退院後の生活を組み立てていくための準備期間の場として利用する人たちが増えてきたことである.従来,退院して援護寮を利用する際には,グループホームかアパートなど,今後の生活の拠点を同時に確保してもらっていた.自分の生活の拠点と援護寮を同時に利用しながら,地域生活に移行することに重きを置いたためである.職員態勢も強化された今年度からは,援護寮にまず退院し,援護寮を生活の拠点として活用しながら,地域での生活に向けた準備を行う人の利用ニーズが高くなってきている.
(3)の生活体験の場としては,主に家族同居の人が活用している.親と離れた生活を,まずは集団生活の中で送りたいという人である.実際のアパートに近い環境で生活体験をしたい人には,今後,援護寮よりもチャレンジハウス(1面参照)の活用が有効だと考えられる.
(4) の休息利用については従来どおり行っており,(5) のショートステイについては現在市に申請中である.
以上のように,従来に比べると援護寮の利用の幅が広がり,今までは受け入れられなかった人たちも受け入れることができるようになってきた.今後もさいたま市内に1か所しかない援護寮として,できるだけ多くの人たちの希望に応えていけるよう活動を行っていきたい.
援護寮の利用の幅が広がったことで,様々な課題も見えてきた.生活の場としての使いづらさや,利用者が増えてくるとやはり空間的に手狭な部分も多い.当面,生活の場として使いやすくするために利用料の支払い方など仕組みを見直している.建物の広さに関しては,援護寮も平成2年の開所以来14年が経過し,建物の傷みも出始めているので,改装改築も含めて検討する必要が出てきている.大きく手を加えることにもなるので,長期的な計画を立てて取り組んでいく.
(白石 直己)
機関紙「やどかり」2004年10月号より
やどかりの里における実習への取り組み
〜今年度の精神保健福祉援助実習と臨床心理士現場実習から〜
やどかりの里では年間を通じて,見学や研修,実習目的の人が多く訪れる.平成12年度からは,精神保健福祉援助実習を生活支援センターで受け始め,平成15年度からは大学院修士課程の臨床心理実習をやどかり塾がコーディネートしている.
精神保健福祉援助実習は,福祉系の大学,通信課程,専門学校から,年間約20名の学生を受け入れる.年度当初には実習説明会を開催し,学生は自分の実習課題の整理をして90時間以上の実習に臨む.やどかりの里の実習では,当事者との出会いから何を学ぶのかを基盤に据え,限られた期間での実習を通して,当事者の暮らしへの理解を深めるとともに,組織や地域,社会がどうあったらいいのか,そのためにはどのような専門職となっていくことが大切なのか,理解を深めていく.
今年度からは,実習への取り組みをメンバー,職員で臨めるような態勢を作った.昨年度までも,メンバーの1日に同行する実習プログラムなどを提供してきたが,部分的な協力のみで実習そのものを一緒に作るものではなかった.そこで,やどかりの里として実習にどのように取り組んでいくのか,職員とメンバーで共に考えていけるような話し合いの機会を作っていくこととした.
まず,実習を引き受けてきたメンバーとの座談会を開き,やどかりの里で何を大切にして実習を行っているのかについて話し合い,その後,今年度の実習をどのように組み立てるかを検討する話し合いをもった.そして,実習説明会では,メンバー,職員,学生,大学教員らが参加し,やどかりの里の実習が何を大切にしているのか,学生はどのような姿勢で実習に臨むのかをお互いに確認する機会とした.今年度は5月8日に開催し,グループに分かれ,「どのような専門職になりたいのか」について話し合い,その後全体討論で学生1人1人が感想を出し合った.メンバーからのストレートな質問に真剣に応える学生の姿も見られた.
精神保健福祉援助実習は,今年度前期で5名の学生が実習を終えている.今後も大学の担当教員の学習支援を得ながら,メンバーと職員とで丁寧に実習内容を作っていきたい.
また,今年度やどかり塾が受けている臨床心理の現場実習については,7月末から8月にかけて,濃密なスケジュールの下,10日間の実習が行われ,4名の方が終了されている.今回それぞれの実習の感想を報告させていただくことにする.
(三石 麻友美)
実習を通して,生活する場や働く場など,メンバー自身が「生き生きと自分らしい生活をしたい」という思いをもち,それを実現するためにメンバーとスタッフが協力して,それぞれが役割分担して,生活を共にする感覚で関わり合っている姿を学びました.その環境の中に入れていただけた10日間は貴重な体験でした.メンバーの方々が暖かく実習生を迎えてくださったことが有難かったです.具体的なやりとりを通して,人生の中で培ってきた体験をもとに,「仕事があることは生きがいになるだけではなく,社会から必要とされていることである」,「相手の身になって行動するさりげない気遣いが,退院促進プロジェクトに関わる人たちや地域の人たちとの関係をつくる.人間関係はお互いに支え合うものだ」といった,人間として社会の中で生きていくために大切なことを教えていただきました.「お互いさま」の精神が生きているやどかりの里で実習させていただいたことによって,私自身が日常業務の中でいかに「支援される人と支援する人」という固定的な物の見方で接してきたかを実感させられました.日常業務を客観的に見ることができ,支援者として生きていく上でも,人生を生きていく上でも何を大切にしていけばよいのかを考えるきっかけをいただきました.
(下園 裕子)
短い実習期間ではありましたが,実に沢山の方々と接する機会をいただきました.皆さんとの出会いを通してしみじみと感じているのは,「自分の居場所」がいかに大切なものであるかということです.
やどかりの里には,退院後間もない方,社会との接点を広げつつある方,より積極的に社会参加を進めている方など,様々な方がいらっしゃいました.多くの方が今の自分にとって居心地の良い場で,周りの人たちと適度に存在感を認め合いながら,心の穏やかさや活気を得ている印象を受けました.私たちが学んでいる臨床心理の分野でも,心の居場所が有るか無いかについてはとても重要なテーマです.短期間では解決できそうにない悩みを抱えていても,相談の中で辛い過去を思い出して気分が落ち着かなくなった時も,心の安定を取り戻せる「居場所」があってこそ乗り越えていけるもので,面接室だけでできることではありません.しかし,これまでの私は,面接室という限られた時間内の出来事ばかりに目を奪われがちだったことに気づかされました.地域での生活ぶりにもっと関心を持ち,居場所づくりを応援していく活動も大事だと,今回の実習で実感を伴って教わることができたように思います.
(高浪 恵介)
メンバーの方やスタッフの方のお話を聴かせていただいたことは,どれもみな重みがあり,心動かされるものばかりでした.やどかりの里を心から大切にしていることが肌から伝わってくるという感じもしました.私自身が,茶の間の雰囲気に癒され,同時に励まされているような気持ちになり,自分自身の職場を改めて見直せたような気がしております.
実習の間,福祉の場で心理職が果たす仕事の役割について考えるうちに,現在の学校現場でスクールカウンセラーとして臨床心理士が果たすべき役割と似ているような気持ちがいたしました.特に義務教育の学校の教師は,子ども達とかなり長い時間を共に生活しており,時にPSWとよく似た動きをしていると思います.教科の指導だけでなくいわゆる生活指導という名のもと,時にはプライベートな時間を割いて子どもに関わり,燃え尽きそうになる場だからこそ,心理の視点をプラスすることで,多面的なアプローチができるのではないかと考えています.教育行政の端にいる意味をもう一度考え直し,自分なりに進もうと思うことができました.
(藪岸 和寿子)
今から10年以上前,学生時代の友人から「福祉の仕事したいんでしょ」と言われました.社会福祉の仕事にはある種の情熱が要るということも知っていましたが,自分が傷つくことが怖くて仕方がなかった私は,社会福祉の仕事に対して情熱をもつということを怖がっていました.その後大学を卒業し,私はバブル景気に乗っかり,某一部上場企業に就職しましたが,数年たって,私は少年院という司法福祉の分野に転職して働くことに決めました.
やどかりの里では,学生時代に何度も見た,私自身の人生の原風景に似た風景を見る機会が何度かありました.臆病だった私,そしてそんな自分が嫌で仕方なかった私が蘇ってきました.実習での10日間,自分自身の昔の気持ちや今現在の自分自身の思いを再確認することができました.非常に有意義だったと感謝しています.
(出原 進一)
機関紙「やどかり」2004年10月号より
生活支援に従事する職員としての基本を学ぶ
3日間の集中研修
8月25日〜27日の3日間,「生活支援に従事する職員としての基本を学ぶこと」を目的に,精神保健福祉の現場で働き始めて1〜3年目の施設職員を対象にした研修会が,やどかり出版文化事業部の企画で開催された.各地の地域生活支援センター,通所授産施設,援護寮,地域作業所,病院の職員9名が参加し,やどかりの里からも職員3名が参加した.
この研修会は,講師にやどかりの里の職員,メンバーの協力を得て,やどかりの里の活動を素材にしながら(1) 自分の目で見て,自分で考えて,自分なりに伝える
(2) 個別の関係からグループを意識し,グループの一員になることを体験する (3) 先輩職員,精神障害者から体験を学ぶの3つを柱に,地域生活支援活動のあり方を,参加者同士で学び合っていくものである.
研修プログラムは,実際に「体験」することと講義で構成され,自分なりに考えたこと,感じたことを毎日アンケートに記入し,それを参加者で相互に交換し,1日を振り返り,話し合いを基本にしながら研修が進んでいくことが特徴である.
当日までに,お互いを少しでも知り合おうと,自己紹介や参加の動機づけについてのアンケートを事前に送付してもらい,それを参加者に配布したうえで研修を開始した.
1日目は,生活支援センターで,大宮中部生活支援センター施設長鈴木美紀から「精神障害者とともに活動することとは−生活支援活動のイロハ−」の講義を受けた.その後地域作業所を見学し,午後からやどかり情報館で,やどかり出版の香野英勇から「精神分裂病の体験から見えてきたこと−マイナスからプラスへ−」の講義を聞いた.その後は,今日感じたこと,分からなかったことなどを出し合い1日を振り返った.またそのことを整理し書き留めておくためにアンケート(レポート)に記入し,参加者で相互に交換した.
2日目は,やどかり塾の柳義子を講師に「メンバーとの関わりをめぐって−グループ活動のイロハ−」の講義を受け,午後から参加者が実際にミーティング体験をした.そして,ミーティング体験の振り返りの時間を持った.
3日目は,大宮東部生活支援センター職員宗野文が「精神障害者とともに活動することとは−職員としての成長のプロセス−」を語った.午後からは,研修会での気づきと自らの課題の整理のためにアンケートに記入し,3日間の振り返りを行なった.
参加者からの感想は,この研修が自分自身と向き合う時間になったこと,自分の行動パターンを知るためには,日常の関わりの記録化が重要であること,研修会のグループでの体験で,共感や安心を実感したことが挙げられた.また,今まで失敗しないように正解を見つけようと行動したり,無難にやり過ごしてしまっていたが,失敗をおそれないで,こんなことやってみたいな,このことから始めたいという思いを行動にしてみようといった前向きな発言も出された.
3日間で,自分のことをなかなか表現できずにいた人たちが,次第に自分の言葉で語るようになっていった.そして,これを機に,内弁慶を返上したいとの願いを込め,「グループ 外弁慶・2004」の呼称で,今回集まった参加者同士で,今後の仕事づくりに役立つようなネットワークを作ろうと準備を進めている.
(佐々木 千夏)
機関紙「やどかり」2004年10月号より
第24回体験発表会
精神障害者からのメッセージ
私たちの人生って何?
仕事,生きがい…前向きに人生を語る
2004年9月18日(土)午後2時より,やどかり情報館主催の「第24回体験発表会 精神障害者からのメッセージ 私たちの人生って何?『今,ここにある幸せ〜安心と生きがいを持てる仕事』」が,やどかり情報館にて開催された.発表者は,大橋千恵子さん(東京都練馬区在住)と三浦紀代子さん(やどかりの里・地域作業所リサイクルショップドリームカンパニー).司会は香野英勇さん(やどかり出版)が行った.埼玉県内の人を中心に,約80名の参加があった.
今回の体験発表会のテーマは「仕事」だ.自分が安心して働き,生きがいを持てる仕事とは何か.2人の発表者は,人生史を交えながら語った.
大橋さんは,大学生の時の発病,入院の経験などを交えながら,仕事をする中での体験や気持ちを話した.退院後,あんずの家共同作業所と出会い,仲間とともに働ける楽しさを感じ,6年間通った.作業所では仕出し弁当やパウンドケーキを作った.仕事内容はプロ並みだと思った.外でも働けるかもしれないと,自信がついた.現在行っている清掃のアルバイトは,作業所に通いながらかけもちでやっていたものだ.アルバイトの場での体験や上司のおばさんとのつきあいについて,表情,身振り手振りも生き生きと語った.
三浦さんの発表は,ドリームカンパニーのスライドから始まった.スライド1枚1枚に,三浦さんが丁寧に解説をつけていた.リサイクルショップとして「店らしい店」を目指して,内装や外装,商品の売り方に,皆で工夫を重ねていく様子が伝わってきた.続く体験発表では,夫の暴力などで苦労を重ねて生きてきた三浦さんの半生が,淡々とした口調で語られた.子どもたちと飼い猫を連れて故郷から埼玉へ移住してから,入院,埼玉県精神保健福祉総合センターの生活訓練施設を経て,ドリームカンパニーに出会った.「一般就労はできなかったけれど,ドリームカンパニーに出会えてよかった」という.
休憩時間には,作業所などの製品が廊下に並んだ.発表者に関係するあんずの家共同作業所,ドリームカンパニー,その他にやどかりの里からアトリエなす花,画廊喫茶ルポーズ,You遊,やどかり出版の計6店が出店した.
質疑応答,全体討論では,家族からの質問が目立った.発表者の体験を,子に重ねて聞いた人が多かったようだ.話す場の少ない家族たちの「話したい,話を聞いてもらいたい」というエネルギーが感じられた.それに対して,発表者たちも丁寧な答を返していた.
次回の体験発表会は,2005年1月に予定されている.1997年から開始したこの会も25回の節目を迎える.今後も「当事者からの情報発信」を続けていく.
* 大橋さんの体験は,『やどかりブックレット・障害者からのメッセージ・7 地域で私たちが生きるために〜心の病を抱えて』(やどかり出版,2002年)に掲載されている.
(黒崎 夢)
機関紙「やどかり」2004年10月号より
「ともに生きる歩み」を考える
やどかりの里の機関紙である本紙で,幾度となく伝えられてきた「存続の危機」.公的な補助金がないまま,十分なマンパワーを配置できないまま,周囲の人たちの支援を受け,自らも資金を稼ぎ出す努力を重ねながら,その存続の危機を乗り越えてきた.やどかりの里は,この8月で35年目を迎えた.
ここ数年,活動の大きな節目を意識し,先輩たちの足跡をたどる取り組みを重ねてきた.
この先輩たちの強い思いと,その思いに突き動かされてきた実践の積み重ねが,今の自分たちの活動を支えているのだと痛切に感じている.その思いの深さと重さにたじろぎを感じつつも,先輩たちの蓄積を財産にしながら,活動を前に進めていきたいと活動を重ねてきた.
この夏,やどかりの里に関わった人間の思いと願い,苦悩と喜びを綴った1冊の本が出版された.
著者は藤井達也さん,著書は『ともに生きる歩み』である.サブタイトルに「家族・研究者・実践者として」とある.藤井さんはやどかり研究所の共同代表の1人で,大阪府立大学社会福祉学部の教授である.
1983年2月,藤井さんはやどかりの里を初めて訪れた.この本には,藤井さんがやどかりの里にたどりつくまでの道程,やどかりの里に関わり始め,そこから何を見出してきたのかが描かれている.藤井達也という人間がこの本の中で語られ,藤井さんが活動した当時のやどかりの里の姿が浮かび上がってくる.
藤井さんがこの本の中で描いているやどかりの里は,ある意味ではもっとも厳しい「存続の危機」の時代だったのではないかと思う.
経済的にはジリ貧で,職員を新たに雇用することは不可能だった.そして,新たな地平をどのように切り拓くのかということについても,職員間でさえも一致した方向性を出すことが難しい時期であった.
その中で藤井さんは廃品回収を始めたり,やどかり研究所を会員制の研究所に態勢を整えたり,後半では常務理事としてやどかりの里全体を支えていくことになる.
やどかりの里をさまざまな人たちが語るが,おそらくこの時期のやどかりの里を語れる人は,ごくわずかなのではないかと思う.やどかりの里にとっても,この本が出版された意義は大きい.
そして,この本の終章で藤井さんは次のように記している.
「精神障害者と『ともに生きる歩み』のために,何がいちばん大切なのか.それは,人としての自分が他人と『ともに生きる歩み』をどのようにしてきたのか,自分の『ともに生きる歩み』を振り返り,自分自身の歩み方をよく知ることである.
そして,精神障害者と『ともに生きる歩み』が,味わい深い人生や人間的な社会を創造する道の1つであることを深く認識し,歩み始めることである」
この本をやどかりの里に関わるメンバー,家族,職員,そして会員にぜひ読んでいただきたい.藤井さんが,自らの体験と実践を踏まえて記されたことの中から,日々のさまざまな葛藤や苦悩の中で,ふと見失いがちになる「ともに生きる歩み」を考え,人間的な社会の創造への道を一歩一歩進んでいかれたらと願うのである.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」2004年10月号より
第6回やどかりの里人づくりセミナー報告
内発的な力を共鳴させ合い,学び合う
去る,7月17〜19日,やどかりの里人づくりセミナーがやどかり情報館で開催された.参加者は58名(うち通信講座のみの参加が4名)であった.
人づくりセミナーは,やどかりの里の活動を見直し,方向性を検討していくために,丸地信弘(当時信州大学医学部公衆衛生学教室・現やどかり研究所顧問)氏の協力を得て,1997(平成9)年に第1回目を開催した.
今回のセミナーの開催に当たり,丸地氏,やどかりの里のメンバー,スタッフの他,墨田区保健福祉部の管理栄養士の秋田昌子氏の総勢18名で実行委員会を組織し,8回にわたる実行委員会を開いた.今回は,「原点に立ち返り,主体的に組織活動に参画していく意味を問い直したい」という思いが出発点だった.
1日目,まず,丸地氏が,セミナーの全体像として,自律調節して発展する地域活動のあるべき姿を検討した基礎論文をベースに,素材となる実践報告の関係性を提示した.
その後,1つ目の実践報告,「生かし合って生きる『主体化』への気づき」を秋田氏が報告した.祖母の介護体験で,あるべき姿と実際に自己矛盾を起こしながら,価値転換していくプロセスを経て,共に生かし合う「共創型」の街づくりに向けた取り組みを伝えた.
2日目は,2つ目の実践報告として,辰村泰治,香野英勇,三浦紀代子,増田一世が「共同学習を基盤にした活動が切り拓いていくもの」を報告.やどかりの里のメンバーが,体験を語っていく営みと,事業化の道程,さらに,「体験発表から地域づくり,ノーマライゼーションへの道」と題して,こうした活動が地域に根づき始めていることを描いた.
最終日の前半は,「連帯と協働の組織開発 やどかりの里の組織活動の見直しと見通し」を宗野政美が報告した.浅見典子の,総務の職員の立場から民主的な組織活動に参画していった,成長のプロセスをベースに,宗野がやどかりの里の組織活動の機能と構造を検証した.
後半は,「やどかりの里の地域開発の実際と今後の展望」について,やどかりの里が施設活動から地域活動へどのように転換していくのかを,大澤美紀が述べた.
セミナーは,実践報告を受けて,グループ討議,全体討議を重ね,「みんなの幸せ」や「地域開発に向けた4つ(自己・人材・組織・研究)の開発」をキーワードに,学びを深めた.
最終日の総括では,参加者が学びを語った.
「専門性から考えて囚われていたが,まず,自分がどうしたいか,が大切だと気づいた」
「自分は突っ走り型.目的をめざして蛇行しながらでも仲間と進む大切さに気づけた」
「地域を見ているようで見えていなかった.自分も地域の一員として,取り組みたい」…
わずかな期間に,準備を尽くしてきた関係者も,やり遂げた手応えに感極まった.
終了後,セミナー用のホームページ上の掲示板に,白石直己がこう記した.
「セミナーで泣いた人,笑った人,嬉しくなった人,落ち込んだ人,それぞれに自分や,他者と向き合ったり,セミナーの現場で起こった出来事を通して自分の日常活動と向き合ったのだと思います.それぞれに内発的な力を共鳴させあってセミナー会場を後にされたように感じました.…『感動した』,で終わらせないで,今回のセミナーで私はいったい何を学んだのかきちんと整理していこうと思います」.
学びを活かすのはこれから,と胸に秘め,現場に戻った.
(香野 恵美子)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
さいたま市障がい者施設連絡会の初仕事
17年度予算編成に対する要望書の提出
2004年5月25日に発足総会を迎えたさいたま市障がい者施設連絡会は,発足後初めての取り組みとして,平成17年度予算編成に関する要望書を作成し,8月6日さいたま市障害福祉課に提出した.
8月27日には,さいたま市障がい者施設連絡会の役員と会員が,さいたま市との要望書についての話し合いの場を設けることになっている.
やどかりの里では,やどかり情報館の増田が幹事として,地域作業所「まごころ」の檜山が事務局担当として,要望書の作成に関わってきた.
これまで,やどかりの里が関係するところでは,精神障害者小規模作業所の連絡会,埼玉県社会就労センター協議会などで,要望書活動に関わってきたが,さいたま市内の3障害の施設の連絡会としての要望書を提出するのは,初めての取り組みであった.
要望書の取りまとめの手順としては,まずニュースレターで各施設に要望事項提出の呼びかけを行い,大宮地区,浦和地区の障がい者施設連絡会,精神障害者施設連絡会,それぞれで優先要望事項,重要要望事項をまとめ,それらを協議資料として,役員と事務局が2回ほどの会合を開き,要望書を作成した.要望書を取りまとめるにあたり,確認してきた考え方は,
1. さいたま市内の障がい者施設がまとまって要望する意味を大切にすること,
2. 要望内容は,できる限り優先的,重点的なものに絞り込む,
3. 全体が合意でき,また,お互いの状況を理解し合えるものとする,
4. 施設ごとの個別要求は,さいたま市障がい者施設連絡会の要望活動に合わせて提出できるように配慮する こととした.
7月28日には,さいたま市障がい者施設連絡会全体会を開催し,作成した要望書についての説明を行い,意見交換を行った.
要望書は,(1)優先的な課題と(2)さいたま市障がい者施策全般についての2つの柱で構成された.
(1)優先的な課題では,精神障害者小規模作業所に対する補助金制度を心身障害者デイケア施設と同じ水準にすることを筆頭に据えた.障害格差の問題に焦点を当て,政令市としての水準の向上を求めた.
2点目には法定施設と無認可施設の格差を指摘し,補助制度の見直しを要望した.また,法外施設の法定施設への移行に際しての支援の必要性,就労支援の充実,ならびに授産活動の活性化についてが,優先的な課題として挙げられた.
さいたま市障がい者施設連絡会の予算要望に,精神障害者小規模作業所の問題が優先的に挙げられたことは,大きな意味のあることではないだろうか.それぞれの障がい者施設の関係者が精神障害者施策の大きな立ち遅れを認識し,優先的に改善する必要があると合意したわけである.こうした予算要望が,一朝一夕に実るわけではないが,障がい者施設間の情報交換や交流が,さいたま市内の障がい者施設のまとまりを作り,行政に対しても説得力のある要望を出していくことになる.政令市となって,大きくなったさいたま市での,障がい者施設の関係者のネットワーク構築の第一歩を踏み出したといえよう.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
おかげさまでYou遊も3周年!を迎えました
「商売の難しさ」と「販売する楽しさ」を実感しています
「あなたとあそぶ手づくりの店 You遊」も今年の8月4日で開店3周年を迎えることができた.日頃のお客様へ感謝を込めて,7月16日(金)〜8月7日(土)まで「3周年感謝セール」と題し1割引セールを行った.さらに店内メインテーブルを利用し,月替わりにテーブル作品展を開催し,お客様に楽しんでもらっている.猛暑の影響もあってか,例年のセールに比べ来客は少ない状況であったが,セール目当てに来店するお客様もいて,売上も30万円を超えまずはホッとしている.日替わりで店員が変わるため,お気に入りの店員さん目がけて,決まった曜日に来店されるご近所のお客様もいて,すっかり「手づくり雑貨屋」として定着した「You遊」がある.
今でこそ委託仕入先として作業所13か所,個人作家50人で作品点数500点を販売するまでに至ったが,開店当初は作業所8か所,個人作家3人で商品点数も150点あまりの規模で始ったのであるから,商品の充実度はかなり満足できるレベルにまで達している.今後もお客様の好みに合った品揃えの充実に取り組んでいき,作家との協力関係を築きあげながら利益を追求していきたい.
これまですべて委託販売方式で手づくり作品を販売してきたが,初の試みとして下駄サンダルを仕入れ,販売した.これは仕入れによるリスクを覚悟で,将来を見据えた利益向上のための第一ステップとして開始した.残念ながら今回は利益を生み出すまでには至っていないが,仕入金の回収は達成されそうである.こうした経験を積み上げ,利益の確保につながるように継続していく予定である.今後の仕入れ商品にも注目していただきたい.
「よく3年ももったよね,途中でつぶれるかと思ってた」冗談とも本気ともとれる感想をメンバーがつぶやく.これまでのYou遊の歩みを端的に表していると誰もがうなずける.今年度より時給200円を支払えるようになったが,オープンしてからの1年間は毎月の売上による時給変動制により,時給30円という月もあったほど.「とても時給とは言えないね」と今だから笑い話にもできるが,その当時はとても深刻な状況だった.しかし現状に満足せずに,時給とともに働きがいや働きやすさの向上についても追求していきたい.
「商売の難しさ」と「販売する楽しさ」を肌で実感してきた3年間であり,それは確実に我々に変化をもたらしてきた.毎週2時間にも及ぶミーティングの中で,誰もが「自分たちの店」だという強い意識をもち,現状に満足せずよりよい店舗にしようと絶えず模索しながら,終わりのない奮闘は続く.
日々変化し,進化し続けるYou遊に,ご来店ください.(大宮区役所からハタボウルに向い50メートル進んだ右側にあります.営業日:火〜土,営業時間:10:30〜18:00です)素敵な作品と店員がお待ちしております.
(石黒 学)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
「一人暮らし」について話す,見る,聞く
〜暮らしをテーマにしたグループ活動〜
これから一人暮らしをしようと考えている人たちに向けて,不安や疑問をみんなで話したり,実際に体験をしていく中で,自分の生活について考え,どうすれば一人暮らしができるだろうかというイメージ作りを目的に,昨年11月末から7月まで「一人暮らしに向けたグループ活動」を行なった.
作業所などの働く場で活動しているメンバーが作業をしながら悩みや暮らしについて話している姿を見て,暮らしについて話せる場があったらいいのではないか,その中から自分にあった暮らし方について考え,生活していくことができるのではないかと感じた.また,同じ目的を持つ仲間と話をすることで,暮らしの中でどんなことがあればいいのか,様々なサービスや機関などの使い方を知るきっかけとして,グループ活動を始めた.
4名のメンバーとともに始め,前半4か月はミーティングを中心に活動を行なってきた.「一人暮らし」をテーマに,それぞれの心配や不安を共有し,お互いを知る機会となったように感じている.参加していたメンバーは,「自分の生活では間食が多いと改めて気づいた」「働くようになった」「経済面での心配やコミュニケーションのとり方が大切だと思った」などの感想を出している.また,振り返りの中で「期待していたほど,中身が濃くなくて残念」「一緒に泊まったり,物件を探したりしたかった」「一人暮らしに向けてアドバイスがもらえると思っていた」「一人暮らしをしている人や働いている人など,いろんな面からわかりそうと思っていた」など,ミーティングだけではなく,実際に体験をしたいという声が出された.
それを受けて,グループの中で今後について検討し,自分たちが一人暮らしに向けて何をしたいのか,どんなことがあればイメージしやすくなるのかを話し合った.今までの不安や心配,やってみたいことを出し合い実際に体験し,その後振り返りを行なっていくことになった.ミーティング中心のグループは3月で終わり,5月から3か月間で,『一人暮らしということをテーマに体験をしていく中で,それぞれの今の生活やこれからの生活がより豊かになり,すごしやすくなること』を目的とし,様々な体験を中心に,今まで参加してきた同じメンバーでグループ活動を続けることになった.
料理,一人暮らしの人に話を聞く,グループホームの見学などを実際に体験し,振り返りをしてきた.「思っていたよりも簡単にできた」「一人でやるのは大変だが,みんなでやれてよかった」「話を聞いて,一人暮らしに希望が持てそうな気がした」「グループホームでの生活では仲間の力が大きいと思った」「一人暮らしを暗く想像していたが,工夫次第,自分次第でいい方にも悪い方にもなるんだと思った」などの感想が出された.体験を通して,考えていたことや想像上の生活がより身近にイメージすることができたのではないかと感じている.また,より前向きな感想が増えていることから,それぞれの自信へとつながっているのだと思った.初めの頃よりも,それぞれのやりたいことや,こうして欲しいという意見がより多く出るようになったのは,約半年間のグループの中での変化だと感じている.
「一人暮らし」を切り口に自分たちの暮らしについて考えてきたが,どんな形の生活スタイルでも,体験していないことはやはり不安になる.「見る,話す,聞く」という実際の体験を通して学ぶことの大切さを改めて感じたグループ活動であった.
(玉手 佳苗)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
来日メンバー受け入れを考える集い報告
日米メンバー交歓会開催のお知らせ
今回で12回目となる日米メンバー交歓会が,11月23日(火)〜12月1日(水)の9日間,やどかりの里において開催される.今年度も,アメリカロサンゼンルス郡の精神障害者当事者組織「プロジェクト・リターン・ザ・ネクスト・ステップ(PRTNS)」より下記の4名の来日が予定されている.
昨年に引き続き,来日メンバー受け入れを考える集いが,やどかりの里の会員に向けた国際交流イベントとして日米メンバー交歓会を企画し,彼らをゲストとして迎え入れる.来日メンバー受け入れを考える集いは,現在,メンバー5名,職員5名からなり,ほぼ月1回のペースで打ち合わせを行い,準備を進めている.
なお,来日メンバーの法人会員の親睦旅行への参加や,やどかりの里の活動場所での体験研修,日本文化の体験プログラム等,いくつかの企画を考えているが,詳細なスケジュールやプログラムについては,随時広報をしていくので,楽しみにしていて頂きたい.
<来日メンバー>
Gains Lyons (ゲインズ ライオンズ) PRTNS ニュース エディター
Barbara McTaggart (バーバラ マクタガート) PRTNS メンバー
Mercedes Moreno (ムセイディース モレノ) PRTNS メンバー
Barnara Russaw (バーバラ ルッソウ) PRTNS クラブエイド,PRTNS 委員会会長
(宗野 政美)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
福祉工場活動報告
公益性のある活動を目指して
求人情報の公開とトライアル雇用の試み
この8月より,やどかり情報館は,公的機関を利用した積極的な求人情報の公開と,障害者の雇用機会を広げるための「トライアル雇用」制度を活用し始めた.
まず,求人に関する情報は,福祉工場の公益性を考え,ハローワーク(公共職業安定所)の窓口に集約させた.現在,大宮,浦和,春日部の3カ所の障害者窓口において,求人条件等の詳細情報が,照会可能となっている.今後,やどかり情報館に就労を希望される方は,原則としてハローワークで求職申込みをしてからの利用となる. またこれを機会に,やどかり情報館の求人は,全て「トライアル雇用」専用の求人とした.
トライアル雇用の制度は,ハローワークが紹介する障害者を,事業者が短期間(原則3ヶ月間)試行的に雇用し,その間,業務への適正や,職業能力を相互に見極め,その後の雇用への移行や雇用の枠組みづくりの促進を図るねらいで,障害者の雇用機会を広げるためにつくられた制度である.雇用対象者は,雇用保険適用者(週20時間以上の労働者)という条件があるので,やどかり情報館では,週4〜5日の勤務が可能な求職者がその対象となる.なお,週3日以下(週20時間未満)の求職ニーズについては,この制度とは別に,実習制度の中で,個別の状況に配慮した就労機会を提供していくことになる.
これらはまだ,試行的に始めたばかりであり,今後,制度を活用し運用する中で,公益性を考えた福祉工場の就労窓口の在り方や,労働行政機関との連携の在り方などは,関係者とともに整理していかなければならないと考えている.
(宗野 政美)
機関紙「やどかり」2004年9月号より
退院促進プロジェクト報告・4
医療と福祉の連携を目指して
大宮厚生病院ソーシャルワーカー 峯岸由美子氏
今回4回目となる,退院促進プロジェクトの報告は,やどかりの里と共に取り組む医療機関から,活動の取り組みについて報告してもらうことになった.
私は,大宮厚生病院「つばさグループ」(機関紙7月号参照)の担当者の一人である.まずは「つばさグループ」について説明したい.
「つばさグループ」は,大宮厚生病院の男子開放病棟で社会復帰を目指して活動しているグループである.入院中に現実に即した活動を行い退院への不安を軽減し,自信をつけてもらうために平成14年4月に発足し,現在まで8名の方が退院に至っている.入院が長期化した結果,キーパーソンが両親から兄弟に移り自宅に戻るのが困難な人,入院生活に慣れてしまい退院が不安な人,退院後の生活のイメージがつかない人などが構成メンバーである.そして常に10名前後の人たちがグループに所属し活動をしている.メンバーの中には数十年の入院中に一度も外泊をしていない人がいる.外泊をすることにより自分の力を知ることにもなる.「外泊できる場所があるといいですね.」と発足当初からグループ内で話していたものである.
つばさグループでは,単身生活をしていく上で必要な,知識や技術を身につけてもらうことに力を入れている.また,病気や薬についての学習も行っている.活動内容が多岐に渡っているため全てを紹介するのは割愛するが,その一部を紹介する.区役所や市役所に出向いて,手帳・32条・生活保護等の学習や銀行ATMの使い方の練習,調理実習,また退院した患者さんの話を聞かせてもらいアパートに見学するなどである.その中で少しずつ退院後のイメージをつけてもらっている.
昨年度からは,「つばさグループ」と「やどかりの里」が,患者さんの退院に向けて連携し,取り組んでいる.退院を目指す取り組みの一つに,当初から考えていた宿泊場所として,やどかりの里の援護寮を利用させてもらえることとなった.そして,援護寮への試験外泊に先立ち,不安を軽減するためにも,やどかりの里の見学や交流会をしている.やどかりの里のメンバーの話を聞くうちに,援護寮の様子も分かり始め,知り合いが増えたこともあり,宿泊への不安は軽減していったようである.一人では不安があるとの意見から,3名のグループで行うこととし,昨年10月以来,試験外泊を繰り返し行っている.宿泊を重ねていくうちに自信がついてきた人,退院先を現実的に考えることができるようになった人が出てきた.グループの力動により,良い変化が生まれてきた.
その結果,今年度に入り2名が,やどかりの里援護寮に退院した.2名とも通算20年近く大宮厚生病院に入院していた方である.病院側の努力だけでは,患者さんは追い出されるという不安感を抱いてしまうことがある.しかし,地域が受け入れる態勢で「退院しておいでよ!」とメッセージを出してくれることにより,患者さんは受け入れてもらえる安心感を持つ.そういった意味においても,地域からのアプローチは必要である.また患者さんだけでなく家族も退院に対し不安を抱いている.社会資源やサービスを組み合わせ,家族の負担を和らげながら,患者さんの退院を進めていくことも,一方では大事なことであると思う.患者さんの背中をそっと押す「つばさグループ」の取り組みと,患者さんを迎え入れる「やどかりの里」が連携し,彼らの幸せのためには何が必要かを考え,今後も一緒に取り組んでいければと思う.
機関紙「やどかり」2004年8月号より
援護寮活動報告
農作業は楽しい
畑そだて隊の可能性
本紙6月号でも紹介したが,畑そだて隊が5月より援護寮の新しいサークルとして活動を始めている.農作業に取り組んでみたい人,土いじりで汗を流してみたい人,安心できる野菜を作りたい人,皆様々な思いで参加している.援護寮から歩いて10分程度の見沼田んぼの中にある100坪ほどの畑と3反の田んぼが主な活動場所である.農作物の都合に合わせて活動日は変わることもあるが,毎週土曜日を中心に活動している.毎回メンバー,職員合わせて5〜6人が参加している.また,やどかりの里の人だけでなく,ボランテイアグループの「見沼ファーム21」の人たちとも一緒に作業を行っている.
やどかりの里の近くにある見沼田んぼは条令で宅地に出来ない土地で,農家の人が手放してしまう田んぼも多い.そうした田んぼは埼玉県が管理しており,県からの委託を受けて「見沼ファーム21」が,県民参加の米づくり体験のお世話と日常的な管理を行っている.今回,その人たちとの出会いがあり,一緒に農作業をやってみようということになったのである.「見沼ファーム21」の活動にやどかりの里が参加させていただくような形でスタートした.また,県から委託される田畑が,やどかりの里から近い上山口新田に今年から新しく増えたということもあり,やどかりの里と「見沼ファーム21」とのお付き合いがとんとん拍子に進んだのである.
まず初めに今回の趣旨を説明して一緒にやる人を募集したところ,何人かの人から反応があり,農業や農作業に対する関心が高いことを知った.ただ,畑仕事といっても,やどかりの里の人たちは私も含めて全員がほぼ素人で,「見沼ファーム21」の人に教えてもらいながら少しずつ覚えている.
畑のなかで汗をかいて作業をすると,吹く風も爽やかに感じられ気分がいい.7月に入る頃から,インゲン,きゅうりなどが取れ始め,自分たちが汗をかいて育てただけに美味しく食べられる.
しかし一方で,真夏の暑さに体がぐったりしたり,抜いても抜いても生えてくる雑草取りにため息が出るようなこともある.また,きゅうりなどは取れ始めると後から後から大きくなって,取っても取っても追いつかず,作物の勢いに驚かされる.自然を相手にすると自分の都合では運ばないとつくづく思った.
取れた野菜は参加者で分けるほか,援護寮の食事や作業所まごころのお弁当にも使ってもらっている.「美味しかった」という声を聞くと,自分たちで作っているからか本当に嬉しい.農作業をやっている楽しみの1つだ.
野菜はできるだけ農薬を使わないようにしている.エンジュの状態調査を通して,安心できる野菜をお年寄りに食べてもらいたいと思ったという人も参加しており,この活動を1つのきっかけにできないかとも考えている.
また,この活動は農作業の楽しさが味わえるだけでなく,「見沼ファーム21」という地域のボランティア活動に参加する面白さもある.「見沼ファーム21」が管理している田んぼは他にもいくつかあり,米づくりも行っている.県民参加の米づくり体験では350名の市民の人たちと一緒に田植えを体験した.
畑そだて隊は農作業から学ぶこと,安心な食材を考えること,ボランティアとして体験することなど,様々な側面で可能性が広がる活動である.活動に参加する仲間を今後も増やしていきたい.
(白石 直己)
機関紙「やどかり」2004年8月号より
<投稿>
精神障害者の雇用を法定雇用率算定対象に向けて
去る5月25日,厚生労働省は,精神に障害のある人(以下,法的に精神障害者と記す)の雇用を拡大するため障害者雇用促進法を改正する方針を決めた.企業が障害者の法定雇用率を満たすための算定対象として,身体・知的障害者だけでなく,新たに精神障害者も加える.来年の通常国会に法案を提出する予定だ.
ここで私が押さえておくべきこととして考えたのは,法定雇用率そのものがどうなるのかということである.現在,同法は従業員56人以上の企業に身体・知的障害者を全体の1.8%以上雇用するよう義務付けられているが,実際には2003年6月時点で1.48%に止まっている.この帳尻合わせに精神障害者を算定対象にするのでは,身体・知的障害者にとっては既得権の侵害であり,大変失礼にあたる問題ではなかろうか.精神障害者が算定対象になった時点で,法定雇用率の何がしかの引き上げをするべきと考える.
次に長年課題とされてきた,就職後に発病した精神障害者を算定対象にしてプライバシーの保護が不可となる恐れありとされてきた点であるが,実際発病してから退職を余儀なくさせられるケースが多いのではないか.また仕事を続けられている人にとっては,そのまま平穏にしているのが一番である.その人たちにとっては精神障害者保健福祉手帳(以下,手帳)は必ずしも要しないものである.就業している精神障害者に対して手帳取得を要求することは厳に慎んでもらいたい.また,自分たちの企業に多くの精神障害者を雇用していると開けっぴろげに公表するものだろうか.精神障害者を多く生み出したことは企業側にとって恥ずかしいことであり,開けっぴろげに公表することはないと考える.
手帳の取得は,障害のため,あるいは一般就労できない状態のため生ずる生活のしづらさ解消の諸サービスを受けるために,そして判明されるのも了承の上でのことである.そのような人々を支援するために,手帳取得者に限って雇用率に算定することは受け入れられる.精神に障害のある人も他の障害と変わらず福祉サービスを受ける権利,労働する権利があり,それを保障し,その意識の実現に向けて至当な雇用率策定を期待したい.
(フリー当事者・やどかり研究所会員 道見 藤治)
機関紙「やどかり」2004年8月号より
事業活性化に向けて
ルポーズとエンジュの共同プロジェクト発進!
地域作業所「画廊喫茶ルポーズ」と授産施設「食事サービスセンターエンジュ」が,互いの事業の活性化に向けて,「L・Eプロジェクト」と称する共同の取り組みを始めている.具体的には,ルポーズを担当する大澤美紀,エンジュを担当する杉山久美,山本美佐子,香野恵美子で,この3月から月1回程度,商品開発の話し合いを持っている.ここで出た案をそれぞれ担当部署に持ち返り,具体化している.開発した商品の販売も始まり,滑り出しは好調だ.
「好き」を生かしたい
そもそもは,ルポーズの職員から退職の申し出があり,なかなか次の職員が決まらない時に,お菓子作りの好きな杉山の存在がクローズアップしたことがきっかけだった.
杉山は,普段はエンジュで夕食の献立をたてたり,調理したりするのが主な仕事だが,お菓子づくりの腕前も抜群.エンジュでも,お弁当の副菜にデザートを出すことがあるが,手際がよく,トッピングなども鮮やか.
実は,杉山がルポーズに異動する話も一時浮上し,彼女も周囲の者も大いに迷った経緯があった.結局は異動にはならなかったが,何らかの形で彼女の得手を生かせないだろうかと,強く思うようになった.
事業を活性化して働きたい思いを支えたい
一方,大宮中部生活支援センターの圏域でルポーズを見守ってきた大澤は,ルポーズの事業の中身をもう少し充実させたい,と考えていた.ルポーズで働きたいと希望するメンバーがいても,提供できる仕事量が伴わず,断わらざるを得ない状況があったからだ.年間500万程の補助金しかない作業所では,日々の運営に手一杯で,将来的な展望を描き,事業の専門職を雇ったりする余裕がなかなか持てないのが実状である.
部署の枠を越えて
杉山の特技を生かせたらいい,と思いつつ,双方にとってどうあったら良いのだろうかと考え始めた.そして,ルポーズもエンジュも食を扱うこと,メンバーの働きたいという願いを実現していく場であること,という共通の足場を持つことに改めて気づいた.
時期同じくして,エンジュのお弁当利用者の状態調査(機関紙「やどかり」372号参照)を終え,地域の方々に食を提供することの意味や責任の重さを実感していた.より質の高いものを作り,地域の方々に利用頂きたい,そして,メンバーの働き場の拡大や工賃に反映させていくことは,私たちの仕事であると強く思えた.エンジュの管理栄養士である山本もそう自覚していた.
そうして,エンジュやルポーズという枠を越え,食と健康を考える栄養士の専門性を活かし,互いに事業を高めあうことを目指して,共同の話し合いが始まった.
作っていくって楽しい!
月に1度の話し合いでは,ルポーズで作るお菓子やメニュー,販売先の展開など,様々なアイディアを出しあっている..
エンジュのお弁当をルポーズの店頭で販売したこともあったが,全く売れずに早々に撤退したこともあった.向かいのスーパーのお弁当があまりに安く,これにはエンジュの健康指向のお弁当もかなわなかった.ただ,これを機に,ルポーズのメンバーが,「エンジュの弁当って,以前は味が薄いと思っていたけど食べてみるとおいしい.やみつきになった」と定期的に注文してくれるようになった.
また週に1度,杉山がルポーズに出向し,お菓子を作ったり,作り方をルポーズのメンバーに伝授したりしている.やどかりの里内部向けに新作のお菓子を披露すると,「次は〜を作って」と声をもらったり,様々なアイ
ディアをもらったりして盛り立てている.
エンジュでも,ルポーズのお菓子づくりについてよく話題にあがる.2人の栄養士が,お菓子のラッピングにあれこれ悩んだり,試食を振舞ってくれたり….賞味期限の設定のために,「官能検査」(毎日同じものを食べて味の変化を辿る)も初体験した.
そして,エンジュも菓子製造の営業許可を取得した.ルポーズとエンジュの厨房を使えば,大量発注にも対応していける見込みだ.
知恵と工夫で相乗効果を生み出そう
今回のプロジェクトを通して,改めて双方の事業運営の実状や,どんな思いで働いている人たちがいるか,知る機会となった.同じ法人内の施設であり,何となく知っていたつもりでいても,目の前の仕事に追われてきたためか,いつのまにか「部署ごと」という意識が染みついていたように思う.現状を出し合って知恵と工夫で相乗効果を生み出していく.ワクワクする話ではないか.今後も夢を描き取り組んでいきたい.
「やどかりの店」大宮区役所でオープン!? 〜授産製品販売所にて出張販売中〜
さいたま市役所で行われていた,さいたま市授産製品販売所提供事業が,5月から大宮区役所にも拡大した.これに伴い,やどかり出版,なす花,エンジュが大宮区役所での販売に移行し,ルポーズが新規に参入した.
また最近,各施設が乗り合わせての販売を始めている.例えば,エンジュが区役所で弁当の注文販売を行う日に,販売所の机に,やどかり出版の本,なす花の製品,ルポーズのお菓子が並べて販売する.にわか「やどかりの店」の出現だ.
他の部署の製品を引きうけたものの,取り扱いは,慣れないことも加わって非常に緊張する.販売員となったエンジュのメンバーは,「お弁当箱洗いとは違った緊張感がある」と感想をもらした.製品を目の前にして,こういう製品を作っていたのかと知る機会にもなっている.そして売れるとやっぱり嬉しい.
販売中,ある病院の理事長さん,という方がたまたま通りがかり,入院していたメンバーのブックレットを購入頂いたこともあった.大宮区役所では,「あら,やどかりさんが来ているのね」と声をかけて下さる市民の方も思いがけず多い.「やどかりの里」という看板を背負ってお店に出ていると,襟を正される思いになる.
というわけで,なかなか手に入らないやどかりブランドが大宮区役所で手に入ります!どうぞ足をお運び下さい.出店日・時間についてはお問い合わせ下さい.
(香野恵美子)
機関紙「やどかり」2004年7月号より
退院促進プロジェクト報告:3
大宮厚生病院つばさグループとの取り組みから
昨年度からの退院促進プロジェクト(以下プロジェクト)の取り組みで,見沼区の大宮厚生病院と連携して行っている取り組みがある.今回はこの取り組みについて報告したい.
大宮厚生病院と共に取り組み始めたのは,昨年7月からである.大宮厚生病院病棟内で社会復帰を目指して活動しているグループがあると聞き,プロジェクトに関る職員が研修をさせて頂いたことがきっかけだ.このグループは「つばさグループ」と呼ばれ,退院の意思がある人たちが集まって地域生活に関する学習等を行っている.職員の研修をきっかけに,つばさグループと一緒に退院促進の取り組みができないかと考え,グループに所属する人たちの退院を目指して一緒に取り組んでいくこととなった.
まずは交流会を通してお互いに少しずつ知りあった.最初はやどかりの里へ招き,援護寮の見学や親睦会を行い,地域生活についての様々な不安等を語りあった.その後相互に行き来しながら交流を重ね,やどかりの里の生活支援センターやグループホームへ招いての交流も行っている.さらに援護寮への体験宿泊を行い,病院以外での生活を体験してもらっている.時にはプロジェクトメンバーのグループホームで一緒に食事をする等,地域生活の雰囲気を実感できるような取り組みも行った.これらは,長期入院のため地域生活のイメージがもてずに不安で,一歩を踏み出せないでいるつばさグループの人たちに,地域資源の実際と,それを利用してどの様に暮らしているかを感じてもらいたいと考え取り組んでいることだ.そして,退院への不安と地域生活の楽しさを実感しているメンバーが関っていることも大きい.こうした取り組みを通して,つばさグループの人たちの退院を,地域で生活する私たちが待っていることを伝えたいと思っている.そして,それが少しでも彼らの安心感に繋がればいいと思う.
こうした取り組みを半年続けてきたが,一方で安心して地域で生活するためにはどんな支援やサービスが必要なのか,考えていかなければならないと改めて感じている.長い入院生活を経て,地域で安心して暮らしていくには,今のプロジェクトの取り組みだけでは彼らの大きな不安は拭えないと思うからである.
そして今年の5月,つばさグループより退院し,新しくやどかりの里のメンバーとなった.現在は援護寮を利用しながら,アパート生活に向け準備を進めている.つばさグループでの学習とやどかりの里との取り組みを通して現在に至っている.しかし,本当に安心して暮らせるようになるには時間がかかるかもしれない.地域の資源を使って,ゆっくりと自分らしい生活を築いてほしいと願う.
また,つばさグループの仲間が退院したのを機に,数名のつばさグループのメンバーが退院への準備を進めている.これはグループで取り組んでいるからこその気持ちの変化だと思う.仲間がいることの安心感.人と人との繋がり.つばさグループとの取り組みではそういうことが大切なのだろう.それらを大切にしながら,これからも一人でも多くの長期入院の人たちが地域で生活できるよう,病院と私たちとで,お互いにできることを重ね合わせながら取り組んでいきたいと思う.そして何より,こういう思いを持って地域の医療機関と共に退院促進に取り組み始めたことは,これからの地域資源の連携のあり方の可能性を広げたのではないかと,強く感じている.
(中村 由佳)
機関紙「やどかり」2004年7月号より
Book Depot 書楽3階ギャラリー
やどかり出版企画のトークショーを開催
2004年8月7日(土)〜26日(木)の約3週間,北与野にある書店,書楽3階ギャラリーにて行われるイベントに,やどかり出版が出店することになった.
昨年度からやどかり出版では「販売促進会議」を開催している.そこで地元の書店へ営業活動に取り組むことになり,各書店の担当者を決め,挨拶に出向き,新刊のご案内などを重ねてきた.その努力が報われ,さいたま市内にある須原屋,ジュンク堂,そして書楽にやどかり出版の本が置いてもらえるようになった.
そして今回,書楽の担当者から「『こんな夜更けにバナナかよ』(北海道新聞社)(筋ジスの当事者とボランティアとの交流を描いている)の作者,渡辺一史さんの写真展と,トークショーを開催する.それに併せて地元さいたま市内の福祉も紹介しようと思う.ついてはやどかり出版も参加してみませんか」とご提案があったのである.
そこで,やどかり出版では,7月に相次いで2冊出版される新刊「やどかりブックレット」のNo11「私とあなたの響き合い」,No12「私らしく生きる」を,アピールする機会にできるのではないかと考え,その企画をお受けすることにした.
先行して出版されるのは,「やどかりブックレット 障害者からのメッセージ・11 香野英勇Q&A・1あなたと私の響き合い」である. やどかり出版の香野英勇さんが,各地で行っている講演の中から,「病気・障害との付き合い方」「偏見との闘い」「仕事・働く」「家族」といったテーマに絞り,質疑応答をまとめたものである.
2冊目は「やどかりブックレット 障害者からのメッセージ・12私らしく生きる」は,2002年秋に行われた埼玉トヨペットでの体験発表会を収録したものである.トークショーでも講演していただく鴻沼福祉会の五十嵐良さん,OMIYAバリアフリー研究会の傳田ひろみさん,やどかりの里の辰村泰治さん,埼玉県身障者問題をすすめる会の大嶋仁さんの,障害をかかえつつも地域で生き生きと暮らす生活ぶりが語られており,巻末には4人の座談会も収められている.障害者からのメッセージの詰まった,やどかりブックレットシリーズ新刊2冊を中心にした書楽でのキャンペーンを行うことになった.
またこの企画のメインとして,新刊2冊の執筆者によるトークショウも行う.(下記参照)他にも,今までに出版されたやどかり出版の書籍が全部並べられることはもちろん,やどかりの里の活動紹介も,ポスターなどで展示する予定だ.
今回,一般の書店で,普段福祉や障害について触れる機会のないお客さんを相手に,こういった企画を催せることは画期的なことである.この機会に,やどかりの里の会員の皆様にも是非お立ち寄りいただければと思う.
【トークショーのお知らせ】
8月7日(土)
15:00〜 香野英勇(やどかりの里)
テーマ「私とあなたの響き合い」
17:00〜 五十嵐 良,中島嘉宏,進藤貴紀(鴻沼福祉会)
テーマ「私らしく生きる」
8月15日(日)
15:00〜 傳田ひろみ(OMIYAばりあふりー研究会)
テーマ「私らしく生きる」
17:00〜 辰村泰治さん(やどかりの里)
テーマ「私らしく生きる」
(工藤 菜乃)
機関紙「やどかり」2004年7月号より
さいたま市障がい者施設連絡会が誕生
市内の福祉施設が1つにまとまって声をあげよう
5月25日夜,さいたま市障がい者施設連絡会が発足した.さいたま市で活動する,障害を超えた福祉施設のまとまりができたことになる.このことは,さいたま市の福祉施策の向上に大きな意味を持っていくだろう.
<障がい者施設連絡会発足までの動き>
旧浦和市では平成9年から「浦和障がい者施設連絡会」,旧大宮市では平成12年から「大宮障害者施設連絡会」が活動を開始していた.障害者各施設の切実な運営状況を改善しようと立ち上げたものである.
平成15年,さいたま市が政令市へ移行することによる混乱と,支援費制度導入後の先の見えなさ,ホームヘルプサービスの上限問題や小規模作業所の国庫補助金削減問題等の福祉予算の具体的な締め付けが相継ぐ事態が起きた.情勢の激変を目の当たりにし,さいたま市内の福祉施設がまとまって声を上げていかなくてはという気運が高まり,そして,平成15年秋から急ピッチで「さいたま市障がい者施設連絡会」発足に向けて準備が進められた.
一方で,平成15年9月には「さいたま市精神障害者小規模作業所連絡協議会」が結成された.続いて平成16年1月には市内にある9か所の社会復帰施設が集まり,「さいたま市精神障害者施設連絡会」が組織された.更に協議を重ね,2つの会がまとまり「精神障害者部会」として,さいたま市障がい者施設連絡会に加わることになった.協議の過程で確認されたことは,精神障害者の問題を精神障害者の団体だけで考えていては現状を変えられない,他障害の団体と連携していくことが大切だということだった.
<さいたま市障がい者施設連絡会の活動>
こうして,さいたま市障がい者施設連絡会は,「浦和障がい者施設連絡会」,「大宮障害者施設連絡会」,旧与野地域の施設,「精神障害者部会」の,4つの組織から構成されることになった.会の運営は,各組織より,2名ずつ役員を選出して担っていく.その中から,山本宏氏(浦和障がい者施設連絡会会長・デイセンターさくらそう)が会長に選出された.
激動する福祉情勢に立ち向かうために,これまでの各会の活動を継続しながら,緩やかに連携を図り,共通の課題を見据えることを会の目的としている.施設の種類や,障害の種別により抱える課題が異なる点もあるが,それを越えて集結していく.そのための具体的な事業として,情報収集と発信,学習や研修,福祉施策の提言,交流を計画している.
<発足総会>
当日は,総会と記念講演の2部構成であった.予想以上の出席者で,62施設,93名が集まった.各施設の今の情勢に対する危機感の表れでもあろう.
記念講演には,「さいたま市障害者計画を実りあるものに〜施設の皆さんに今,期待すること」というテーマで,さいたま市障害者施策推進協議会会長の宗澤忠雄氏(埼玉大学教育学部助教授)を講師に迎えた.
講演の中では,障害を持ったことによって生計が立てられないことも,自己責任,自助努力に解決が求められる今の流れに対し「行政に金がないから,パートナーシップでそこを埋めるというのはおかしい」と指摘.また施設や職員に期待することとして「専門家として現状に対する意見を出して欲しい」との発言もあり,十分な実践ができてないことを痛感した.
やどかりの里からも各施設が入会し20数名が総会に出席した.誰もが暮らしやすいさいたま市の実現に向けて,この会を大きく育てていきたいと思った.
(檜山うつぎ)
機関紙「やどかり」2004年6月号より
退院促進プロジェクト報告:2
自分の体験を生かせることを感じて
私は,昨年8月から退院促進プロジェクトに参加している.今は主に病院で長い入院生活を送っている人が早く地域生活を送ることが出来るように援護寮へ試験外泊に来る.その方々と一緒に私も泊まり,退院への不安等の話しを聞いている.私も入院生活が長く入院中は同じ様に悩み,苦労し3年が経つ今,自分の生活がようやく出来る様になった.退院してすぐ生活が出来るわけではない.今ではスタッフ,メンバーの支えで心配なく日々を送っている.そのような体験があるため,この活動は自分自身の体験を生かせることだと感じ,継続して参加していけると思った.
今年の2月に大阪の取り組みである退院促進事業の勉強に行き,場所が違っても,皆生き生きと暮らしていることが,私にとって,とても嬉しく,励みとなっている.
また,やどかりの里のスタッフの熱心さが,退院促進プロジェクトの活動中いつも伝わってくる.スタッフはメンバーを特別扱いせず,何でもやらせてくれ,失敗を怒らず,出来る方法を一緒に考えてくれる.何かをしてくれるのではなく,一緒に行ってくれる.そこがメンバーには大事な人だと思う.
今年は退院できる人が1人でも多く地域での生活を送れるように退院促進プロジェクトでメンバーやスタッフと一緒に会議を重ねながら取り組んでいきたいと思っている.
(石黒サナエ)
次号では,大宮厚生病院のつばさグループと退院促進プロジェクトの取り組みについて報告する予定でいる.
機関紙「やどかり」2004年6月号より
働くことについて語りあう会
「働く」をテーマにいかに生きるかを語りあったグループ活動
「働く」ことをキーワードにしながら参加者が体験や思いを語り様々な価値観に触れ,自分の働くスタイルや生き方をつかんでいくきっかけ作りを目的に,昨年12月から5月まで「働くことを語りあう会(以下語りあう会)」が開かれた.
語りあう会は,生活支援本部会議において,病気と共にいかに生きるかをメンバーがつかんでいくことの大切さと難しさを認識し,それを考える入り口として提示されたグループ活動の一つである.「働く」をテーマに,メンバーの関心に応えると同時に,働くことへのニーズの開拓に取り組むという意味もあった.日頃通所授産施設で働くことに関わってきた私の問題意識とも重なったことから,私が担当として活動が始まった.
語りあう会はオリエンテーションや振り返りを含めて9回開催された.場所はやどかりの里別館1階のリビングで,座卓を囲んで膝をつき合わせながらの語り合いとなった.仕事をしていた方もいたので,会は隔週金曜日の17時から19時であった.始まった当初は日が短く,終了して外に出ると真っ暗で寒かったが,活発な話し合いの後のせいか,暗闇で見る皆の顔がほんのり赤かったのを覚えている.
継続した参加者は6名で,内当時働いていた方は3名だった.働いていてもいなくても「働く」ことへの関心が高いことが伺われた.一般就労をしたい方や無理をして働きたくないという方,そしてやどかりの里でずっと働いていきたいと考えている方もいた.それぞれの経験や思いを大切にしていくため,ひとりが話題提供者となり,それについて参加者が話し合うという内容になった.
1回2時間の話し合いは非常に内容の濃いものとなった.「若いときは近所の噂が立つのが嫌だったから働かなくてはと思った」「仕事を選ぶ時には仕事内容だけでなく人間関係が大事」「競争社会に憧れがある.競争もハリになるのではないか」「仕事に生き甲斐を探していきたい」「自分が働いているイメージを描くことが大事」「働くこと,病気のこと,お金を稼ぐこと,全部リンクしている」「生活保護を受けているので働く意欲が削がれる」といった率直な意見が交わされた.その一つ一つが「働く」ことを考える際に重要なテーマである.
担当者としても多くの学びの場となった.働く為には病気を含めた自分自身を知り自分の生き方の方向性をつかんでいくことが大切である.その為には,経験の中から学ぶことや,体験や思いを語り,それを受け止めてもらえることが重要で,「参加して人生観が少し変わった気がする」「今の自分の生き方でいいと思えた」といった参加者の感想からも実感するところである.
語り合う会は,当初の目的が達成できたということで5月に終了した.これまでの話し合いの中で今後,取り組むべき課題が見えてきた.これを受けて生活支援本部会議で話し合われ,当面「就労に関する具体的な資源や制度について学び,それをどう捉えて生きていくか」について具体的に取り組む活動を,語りあう会のメンバー中心に行っていきたいと考えている.また,継続した活動として授産施設に位置付けて取り組むことになった.こうした取り組みをしながら,やどかりの里が今後取り組むべき5つの課題の「働く場所を広げていく課題」について検討していきたい.
(堤 若菜)
機関紙「やどかり」2004年6月号より
やどかりの里アーカイブス
繋がり,拡がる
自然な想いと安心感のある関係
今回は,南埼玉郡白岡町で梨園を営む江原百合子さんとやどかりの里の繋がりを伝えていきたい.現在江原さんには,梨の委託販売や,梨園の枝拾い作業をやどかりの里の作業所の仕事として提供して頂いている.私は作業所の担当者として,一昨年,梨の枝拾い作業を通して江原さんと初めてお会いし,それ以降お世話になっている.
江原さんとやどかりの里の出会いは,やどかりの里が誕生して間もない昭和50年頃であったという.当時江原さんは,大宮厚生病院に検査技師として勤務していた.そこでは,現やどかりの里会長谷中氏がソーシャルワーカーとして勤務し,やどかりの里の活動にも取り組んでいた.それを見た江原さんは,自分とそれほど歳の変わらない職場の先輩方が,厳しい社会状況の中取り組む活動に驚嘆すると同時に,「私にもできること