南信州地域問題研究所 研究交流集会報告
共通の価値を目指す勇気をもらって
2月15日,16日と,南信州地域問題研究所主催の第15回飯伊地区地域づくり職場作り研究交流集会が行われた.
南信州地域問題研究所は,状態調査でお世話になった鈴木文熹先生が,地元長野県南部の方々と活動している組織だ.
今回のテーマは,「競争主義に対抗する新たな価値観の芽生えと参加型運動の核心を考える」.リポーターとして,島根県のいきいきいわみから寺本恵子さん,やどかりの里からは増田一世さんが2日間にわたり報告した.
増田さんの1日目の報告は,「私が大切に思っていること,大切にしてきたこと」.やどかりの里の活動を提示しながら,増田さん自身が働く中で何を思い,見出して来たのかを報告した.なぜやどかりの里で働き続けるのかについて,「私の原動力は,一緒に働いている人に感動しているから」と話した.2日目は「この6〜7年やどかりの里の活動はどのようにすすめられてきたのか,これからの方向性をどう描いていくのか」と題して,この数年間の組織運営のあり方について報告した.
もう1人のリポーターである寺本さんは,島根県石見町(平成12年現在:人口約6500人)で300人規模のボランティア組織「いきいきいわみ」の活動を報告した.「私たち自身が安心して老いることができる社会をつくること.人として生きられるまちづくり」を目指している.農業の機械化で仕事の減ってしまった高齢者の働く場としてのふれあい農園,作った野菜の産地直送販売など,町の人の声から何が今必要なのか見極め,実行している事例がたくさん報告された.
やどかりの里といきいきいわみの報告に共通していた言葉は,「共に生きよう」だった.そのことを,コメンテーターの田中夏子さん(長野大学産業社会学部助教授)が「いろんな力の出し方を認めていこう.長期的に見ればお互い様」と表現していた.単純な利害を超え,周囲の人と共生しようとする価値観が持てるかどうかが重要だと思った.
寺本さんのお話の中で出てきた「地力」という言葉も印象深かった.「水田の地力が低下してしまい,土づくりの運動をしたことから,健康な土から健康な野菜ができることを実感した」という話だった.増田さんは,やどかりの里の組織運営のあり方が揺らいだ時期と重ね,「当時は,やどかりの里の地力が衰えていた」と表現した.組織の一人一人が,土の一粒一粒のように欠かせない存在なんだと思い知った.
当日の参加者は,労働組合,農業協同組合,保健師など立場は様々だった.皆,熱心に聴いて受け止めていた.増田さんの自分史のところに強く共感した若い参加者,経済学の視点でのコメント,2つの報告についての共通
する要素を見つけようとする発言もあった.とても共感できるものと,実はちょっとよく分からないものもあった.ただ,「大事なものがきっとある.見つけよう」という空気があることは確かに実感できた.
やどかりの里が大切にしている価値や,進もうとしている方向は,とても大事なことだ.けれど,社会では少数派で共感してもらえないのではと日頃から感じていた.今回の研究交流集会では多くの参加者が共感してくれて,嬉しかった.日常的に取り組む事柄が違っても,共通
の価値を目指すことができるという勇気をもらった.参加して一週間経った今,そう感じることができた.勇気をもって日々の活動に取り組んでいこうと思う.
(檜山うつぎ)
機関紙「やどかり」3月号より
新人職員一年間の振り返り
違いと迷いの中から気づきを得た一年間
座談会参加者:玉
手佳苗(浦和生活支援センター),神谷悟(やどかり印刷),
工藤菜乃(やどかり出版),鈴木裕隆(大宮中部生活支援センター),
中村由香(アトリエなす花)
やどかりの里に来る前と来てから
玉手 皆さん,やどかりの里に来る前は他の所で働いていた事がありますよね.何か違いはありますか?
神谷 会議が多いよね.それでよくもつなぁと思って.でも,必要.自分は2001年まで印刷業の経営者だった.小さな会社だった為,1人で営業,印刷,製本,納品など,全体を見ながらやっていた.でも,やどかりの里では組織の一員として行動しなければならないから会議や連絡があり,気持ちの切り替えが大変.それに,やどかりの里の意味がわからなかった.どういう障害の人が来ているか聞いたが,実感が湧かなかった.高校生の時の奉仕とか慰問とか言うものしか知らないから.
工藤 確かに入った時は会議が多いのでビックリした.最初は何の会議か全然わからなかったけど.あと,やどかりの里は温かいですね.皆「ウェルカム」ていう感じ.理不尽な事を言う人はいないです.
鈴木 そのままの自分ですっと入れるなっていう印象があった.私という個人がとても大切にされていると感じた.だから相手も大切にしたいと強く思える.
中村 私もすごい居心地がよかった.前の職場の病院では何か空虚だったし,今思えば,自分も他人も大切にしていなかったような.違いの根本は「人間を大切にしてるか,してないか」だと思う.やどかりは,「人間を大切にする」という事から出発していると感じる.辛い事も逃げたい事もあるけど,充実感はある.
働き始めて気付いたこと
鈴木 今,研修として働く場にいるんだけど,仕事をついつい効率で見ちゃう.でも,それだけじゃなくて,それぞれの目的なんかをお互いに大事にしていくことが大切かなって思う.逆に支援センターでは,相手を知ろうという所から始まって,話を聞くけど,自分を出していなかった.信頼関係を作っていくのは自分をわかってもらうことも大事だと思うんですよね.
玉手 私も支援センターと作業所に行っていて,違うことをやっているように感じていた.でも,仕事として何をするのか,自分で意識することが大事かもって.どちらも同じやどかりの里の活動なんだってつながった.
神谷 はじめは彼らに認めてもらえるかなって思った.メンバーというのもなじみがなく,ただの同僚と思った.でも,一緒にやっていく中で,お互いに手助けしながら作業を進めていかないと,という事に気づいた.
工藤 最初は私もメンバーに認められるかなと考えた.でも入職して間もない頃,あるメンバーさんに全く覚えがないことを言われた.その時,変に気を使うより本当のことを言った方がいいと思い,言い返した.それから,メンバーさんには変に気を使ったり,へり下ることも,えばることもなくなった.それに,つきあっていくうちに「皆,もっとできるじゃん」と思うようになった.
中村 できると思う.前の職場では,皆,「可能性が…」と言っても,心底は可能性を信じていなかったと思う.でも,やどかりに来て,時間はかかるかもしれないけど,可能性は広がっていると思った.
やどかりの里って……!?
中村 やどかりに来て,自分の価値が常に揺らぎません?これが正しいって決まった所で動かない.一般
企業だったら「利益追及」を目指せばいいけど,そうじゃない所でバランスを取りながらやってる感覚が強い.
玉手 正しいという事がなく,こういうのがいいなという所で迷いながら進むような.
中村 そう.常に変動していく感じはすごい感じる.時間が経てば経つほどそうで.
玉手 これだけ考えさせる職場って,何がそうさせるんだろう?
中村 かなり人との密度が濃い!人と関わると成長できるし,意識が広がるだろうと思う.
鈴木 一人よがりな社会じゃないよね,やどかりって.いろんな価値観や思いがある.
玉手 だから会議が多いのかもしれない.
神谷 そういうことか!言わなくちゃわからない,聞かなくちゃわからない.
これからに向けて
鈴木 自分自身を知ってそれを出していかないといけないなって.相手が本当はもっと大事にしたい事が別
にあったりするのに,自分の変な価値観や社会的常識があり,その思いだけが強く出たりしてしまうから.
神谷 これからも驚きを感じる自分でいられればいいけど.どっぷり何かに浸かって,そのままというのは困るよね.
玉手 自分の持っている感覚は,他の人にはないかもしれない.言葉にしないと伝わらないよね.意識するだけじゃなく,言葉にして,一緒に活動を創っていきたいな.
工藤 私は一番新人で,わかってない所がある.皆が忙しいのも知ってるから,こうしたらいいと思うことでも言い出せない時もある.私の今までの考えと,やり方が違っている所もあるし…….まだ,どう伝えたらいいのかわからない時もあるし.
中村 その時に思った事を大事にしていきたい.気になる所を自分の中だけでおさめないで,伝えたり,相談したりする中でいろんな事が見え,いろんな価値が生まれてくると思う.そこをこれからも大事にしていきたいなって.
(一同同感!!)
機関紙「やどかり」3月号より
「さよなら清和荘」
〜グループホームを巡る現状〜
天沼グループホームとして活動していた「清和荘」に立ち退きの話が出たのは,一昨年の夏頃だった.不動産屋からは,理解ある大家さんが亡くなり,老朽化していたアパートを取り壊すことになったと説明を受けた.それを聞いた私は,入居されている5名のメンバーの顔が浮かび,さてどう説明したらいいものか,引っ越し先はすんなりと見つかるだろうかと頭を抱えたことを覚えている.
「清和荘」が天沼グループホームとして補助金対象事業となったのは,平成4年のことである.当時やどかりの里は,地域において住む場・働く場を積極的に開拓し始めた時期で,現在では10ヶ所に及ぶグループホームの先駆けとしてスタートした.法人がアパートの部屋を借り受けて,メンバーに貸すというスタイルをとり,生活面
での様々な相談を職員が受けていた.「清和荘」のメンバーも多くの人が長期的入院を経験しており,病院で染み付いた集団生活から,全てを一人でやるアパート暮らしへの移行は,自由の獲得でもあり,反面
大変な苦労があったと思う.
先日,清和荘に約9年間住んだというある女性メンバーが新たなアパートへと越していった.「これでお別
れと思うと何だか寂しいね」.32年間という長期間精神病院に入院していた彼女が,人生で初めての一人暮らしをスタートしたのが「清和荘」だった.当時は買い物・掃除・洗濯・食事作り・金銭管理と,生活の何もかもが初めての体験で,自分のペースを掴むまでが大変だったと言う.そんな彼女が頼りにしていたのが,ずっと「清和荘」に住んでいた先輩メンバーだった.生活の中で次々と出てくる疑問を一緒になって考えてくれたのだと言う.
やどかりの里のグループホームは職員のサポートだけでなく,いやそれ以上にメンバー同士の助け合いが自然に行なわれているのが特徴である.職員は24時間共に過ごしているわけではない.共に住んでいるメンバー同士は,困った時,寂しい時,すぐに声を掛け合える.同じアパートに知った顔がいるという安心感は大きいのかもしれない.
先日,最後のメンバーが越し,5名全員の引っ越しが終了した.スムーズにいくのだろうかと不安だったが,実際に動いてみるとやはり困難の連続だった.物件がなかなか見つからないのだ.メンバーの中には市から手当てが出ている人もいて,それには家賃補助額の上限が決められている.経済的にも余裕のないメンバーは必然的にかなり安価な物件を探さざるを得ない.すると,老朽化している物件しかないのである.近年では地主さんが亡くなると,相続の問題で古い物件は壊され,マンションや駐車場となることが多いのだという.安価なアパートは姿を消していかざるを得ない.幸いにも,いつもお世話になっている不動産屋が病気や経済状況も含めて大変理解のある方で,結果
的に今回の引っ越しは皆良い物件と巡り会う事ができた.しかし,病気を抱えながらアパートを見つけようとする時,他にも様々な問題と直面
する.病気に対する偏見の問題や,保証人の問題もよく聞く話である.不動産屋,大家等,周りに理解者を募っていくことは大切なことだと実感しつつ,今の地域の状況にも考えさせられる.
「清和荘」に住んでいたメンバーで「ぼろくても自分にとっては安心できるお城なんです」と話す人がいた.住む場というのは,人間にとって根を生やす大切な場所である.地域の中で皆の城を確保していくことは,とても重要なのだ.「清和荘」は住んでいたメンバーに思い出を残し,また私にも色々なことを教えてくれたのだと感じる.
(高村 美鈴)
機関紙「やどかり」2月号より
働く支援について考える
―就労準備コースの研修を通して―
ここ最近,生活支援センターの相談窓口に就労に関する相談が多く寄せられている.「今すぐ働けるところはありませんか」「就職先を探してくれますか」「就職するための訓練をしてくれるんですか」など,その多くは作業所や授産施設などのいわゆる福祉的就労ではなく,一般
就労を目的とした相談である.現在やどかりの里では,一人一人が自分の健康と折り合いをつけながら生活をする中で,無理なく働いていくことを大切にしつつ,作業所や授産施設,また,最低賃金での労働を保証している福祉工場を利用するための支援を行ってきている.だが,一般
事業所への就労斡旋業務や,訓練的なプログラムは提供していない.すぐに一般
就労をしたいという要望について早急に対応することはやどかりの里だけでは難しいのが現状である.そのため,一般
就労ができる場所を探しているといった相談者に対しては,他機関への紹介を行うという対応をすることも多い.利用希望者が「仕事」や「働くこと」に対し,どのような捉え方をしているのか,得て,不得手としていることは何かなど,電話や面
接の相談だけで判断をすることは非常に難しく,また限界もある.
そのような状況を踏まえ,昨年末,大宮東部・大宮中部・浦和の各生活支援センターで,相談業務を担っている職員3名が埼玉
県立精神保健福祉センターのデイケアの就労準備コースで研修をさせて頂いた.やどかりの里だけでは就労に向けたサービスを提供できないが,他機関と連携することで補うことができないかと考えたからである.また,就労準備コースの存在は前々から耳にしていたものの,実際にどのような目的で,どのような機能があるのか把握していなかったというのも正直なところだった.
当日はプログラムに丸一日参加し,利用している方々と時間を共に過ごすことで,実感を伴った情報を得ることができた.事前の「職業技能を得る場」というイメージは払拭され,作業はあくまでも環境への適応力や,集中力をつけることの大切さを知る一手段となっていた.自分の現在の能力と向きあうことになるため,困難さを伴うが,「働く」という目的に向けて積極的に準備するプログラムをそろえているという印象が残った.
今回の研修を通して,就労に向けて自分を客観的に知る機会をつくることは,とても大切な支援であるという視点が新たに加わった.現在やどかりの里で行っている活動の中でも参考にしていけることもあるのではないかと思う.また,研修をきっかけにして,就労準備コースの担当の方々と今後も連携し,様々なニーズに対応できるサービスの選択肢を広げていきたいと考えている.やどかりの里が持つ機能と他機関が提供するサービスを組み合わせつつ,お互いの機関では足りないことについても検討し合う機会が必要である.そして,まだ地域に無い資源についても,新たに作り出すという視点も大切であると思う.
精神障害を持ちながらも豊かに働いていける環境は,ほとんど整っていない.一般
雇用の厚い壁と,就労希望者とのギャップをいかに埋めていくかが大きな課題であるが,地域の生活支援センターとして,就労に眼を向けた活動を今後も取り組んでいきたい.
(渡辺 奏子)
機関紙「やどかり」2月号より
「精神障害者就業・生活支援事業」
県内で始まった支援員との協働
埼玉県精神障害者小規模作業所連絡会(以下,埼精作連)は県内に73箇所ある作業所のうち9割近くが加盟しており,やどかりの里にある6ヶ所の作業所もすべて加盟している.「作業所間の横の連携を強化する交流活動と組織化を進めていく」「精神障害者福祉に関する情報の提供を行い,会員の意見集約を基に政策化要望行動へとつなげる」「県市精神作業所運営費水準の引き上げ行政へ働きかける」などを活動方針として掲げており,県内の作業所の活性化と事業安定のため要望活動,啓蒙などを行っている.
昨年,埼玉県から埼精作連にむけて精神障害者就業・生活支援事業実施についての打診があった.この事業は国の雇用対策の一環として,ハローワーク等で広く人材を募集し,埼精作連が各作業所に支援員として派遣し,働いてもらうというものである.予算として年間4,500万円が県より交付され,その大半が,この支援員への人件費に充てられることになる.端的に言うと埼精作連が各作業所に向けて人材派遣をする事業と言えるであろう.
作業所の現状を見ても,職員不足のためメンバーへのきめ細かな支援ができないという状況もあり,実施について埼精作連で話し合いがもたれた.そこでは「就労支援に協力してくれるのはいい」「来てもらっても活動される場が限られる」「作業所で人を採用することができ,それに人件費が出るのなら受けることを前提で考えてみてはいいのでは」「この事業を通
し市民の人たちに精神障害者への理解が深まるといい.県と協力してやっていきたい」などの意見が出た.コーディネーターを埼精作連側に専任で置かないといけなかったり,支援員の雇用は6ヶ月に限るなど使いづらいところはあるが,埼精作連で事業を行っていくことを確認した.9月に支援員の募集を始め,10月から各作業所にて活動が開始された.初回は45ヵ所の作業所に51人の支援員が派遣された.支援員はハローワークを通
じて見つけてきた人や作業所の推薦で応募した人が多く,染色の専門家,営業,海外で仕事をしていた人など様々な分野からの応募があった.事業を開始して3ヶ月が経ち,実際に支援員を採用した作業所からは「常勤職員が女性だけなので男性が入りバランスがよくなった」「個別
ケアができるようになった」「常勤職員が60代なので若い人が入って明るくなった」「普段やれないことに手が回るようになった」「メンバーの話をじっくり聞いてくれる」「ガーデニングが得意でメンバーも興味を持ってやるようになった」という声が出ている.支援員同士の研修会も開催され,盛んに意見交換された.2月より4月から働く新たな支援員の募集を始める.事業の公平性を考え,今回は支援員を採用していない作業所を優先に新たな支援員の派遣が行われる予定である.実績を見て,今後3年にわたり事業が行われる見通
しである.
埼精作連の活動に関わった当初は,支援員の採用に期限があるということや,どう制度を活用していいのか分からないところがあった.しかし,実際に支援員を採用した作業所の職員の話から,支援員として集った人たちは様々な得意分野を持ち,熱意のある人たちが多いと知った.この事業を開始したことでメンバー,職員,そして支援員,すべての人が互いに気づき得たものは大きいと思う.専門家だけでなく様々な分野の人と手を組み,力を借りることで,新たな理解が生まれ,お互いに地域での暮らしが充実したものになっていくのではないかと思う.
(鈴木 恵)
機関紙「やどかり」2月号より
やどかり出版の本が書店で手に入るようになりました!!
昨年度からやどかり出版では,販売促進活動の一環として書店さんに置いてもらえるよう営業活動をしておりました.その甲斐あって,須原屋本店(浦和)地下1階,ジュンク堂書店池袋本店6階の各コーナーに置いてもらえることになりました!
皆様,是非1度足を運んで,見て,聞いて(店員さんに「やどかり出版の本探してるんですが…」と声をかけると効果
的!),買って下さい!
ご家族,お友達にもどんどん宣伝して下さると大変有難いです.売上いかんで今後も置いてもらえるかが決まります.なんとか置きつづけてもらえるよう,皆様のご協力の程,宜しくお願いします.
寒ぅ〜,思いは熱く!地域交流祭開催
〜新たな出会いと地域の方々からの支えの輪を改めて実感〜
去る12月1日(日),中川自治会館及びグランドにてやどかりの里地域交流祭が行われた.当日は,朝からどんよりとした空.準備にとりかかるも,バザー品を陳列している間に雨がポツポツ….そこへ,クリーニング組合(埼玉
県クリーニング業環境衛生同業組合大宮支部)の方々が,急遽,自宅からシートとポールを持って来て,屋根を作って下さったのである.クリーニング組合の方々には,毎年品物集めや当日のお手伝いに大きなご協力を頂いている.感謝,感謝である.
10時開場.小槌会による太鼓が鳴り響いた.来場のお客様は,いったん自治会館へ向かうも,グランド会場へ方向転換.自治会館内は,バザーではいつも修羅場となる売場だったが,今年はゆったりとした空間だった.
今回の地域交流祭の主たる企画である,福祉に関する情報や相談,交流のコーナーを自治会館内に設けた.中川にある高齢者グループホーム「うれし家たのし家(NPO法人生活介護ネットワーク)」の方が介護相談を担当.健康相談には,さいたま市大宮保健センターから保健師さんと栄養士さんを派遣頂き,体脂肪や血圧のチェックと相談に応じた.
浜砂会のお母さん方は,お手玉のコーナーを担当.何ヶ月も前から,布や数珠玉
を持ちより作られたお手玉.初めて手にする子もいたようで,嬉しそうに持ち帰っていた.
なす花は,皮工芸の作成体験コーナーを担当.子どもたちが座卓を囲み,なす花のメンバーに教わりながら,ペンダントを作っていた.
自治会館前の輪投げコーナーには,事前に配布したチラシについていた「輪投げ券」を握りしめて来た子もいた.
グランド会場では,模擬店やバザーで賑わった.手作りのプリンともつ煮込みを用意して参加の荒井さんご夫妻,採れ立ての野菜をたくさん持って来て下さったのは大宮南東ロータリークラブ(国際ロータリー)さん,いつも売上金の一部をやどかりの里に寄付頂いている.バザー品売り場では,ボランティアの方々も声をあげ売り子に徹して下さった.
舞台では,大正大学の学生さんが企画したゲームに子どもたちが集まった.今年で3回目となるアームレスリング大会には,中川にある知的障害者通
所授産施設「あいこう」から6名がエントリー.前日の準備にもお手伝いに来て頂いた方々だ.成人男子の部では,きりしき共同作業所(精神障害者通
所授産施設)のメンバーが2連覇を制した.
2時終了.4時には片付けも終わり,簡単なお茶会をして散会した.
恒例のバザーとは,一味違う今回,毎年のバザーにご協力頂いている方々には,時期もずれた上,連絡の不備もあり,多くのご迷惑をおかけした.改めてお詫び申し上げると共に,やどかりの里を支え続けて下さっている方々の輪の大きさを実感した.バザーの品物は,持込みか郵送で,とお願いしたが,140件ものお宅からお寄せ頂いた.収益は寄付金をあわせ44万円に及んだ(純益26万).ご協力下さった方々に感謝の気持ちでいっぱいである.中川自治会の皆さんには企画段階から相談にのって頂いた.今回の取り組みを通
して,中川の地域や自治会を意識し,新たな出会いが生まれた.一方で,これまでのバザーを通
して,様々な方々との接点や地域の輪が幾重にもあることを改めて実感したこと,この学びを大切にしたい.最後に,やっぱり,イベントは秋がいいな.
(香野恵美子)
機関紙「やどかり」1月号より
安心して生活できるまちを育もう
〜第6回日本健康福祉政策学会学術大会in静岡〜
12月14〜15日の2日間に渡り,静岡県 立大学短期大学部にて第6回日本健康福祉政策学会学術大会が開催された.昨年はやどかりの里が主催であった.今回は11名がやどかりの里から参加した.
昨年のメインテーマ「響き合って生きる〜いのち・くらし・こころを育む街へ」に込められた思いを引き継いだ今回の学術大会「安心して生活できるまちへ〜健康福祉の質の保証と当事者の参画」は松田正巳大会長(静岡県立大学)の基調講演から始まった.
はじめに看護職を目指す学生が宮沢賢治の「雨ニモマケズ」をもじって書いた詩が読まれた.自分の足で地域を回り強い信念を持ち欲もなく褒められもせず決して怒らずいつも静かに笑っている,そんな看護職になりたいと語りかける詩に,皆が初心に立ち戻る思いがした.そんな思いを胸に各々の活動を繋ぎ,ぶつかる壁について語り合い,自らをエンパワメントし,市民同士が対話して共感するという学術大会の大きな流れが共有された.
続く特別講演では藤田雅美さん(WHO西太平洋地域事務局HIV/AIDS担当官)がタイのエイズケアの現状と当事者の役割についてご本人の思いを交えながらお話をされた.素材はエイズケアであったが,当事者のポテンシャルを信頼して活用する支援活動の重要性や,施設等のハードだけが増えてもそこに患者を捨てる結果
になる,といったお話は現代日本社会においても普遍的な課題であると感じさせられた.
やどかりの里からは3つのポスターで,日加交流における職員とメンバーの協働を通
して,当事者主導の事業運営や政策決定が皆にとって暮らしやすい町づくりに必須であると考えるに至ったプロセスと当事者主導の考えをいかに生かしていくかについて発表した.
ワークショップは2日間で6つ企画された.私が参加した「難病患者と自立生活」では,専門家が人の「生きる」に近い存在であるという自覚と,自分自身も「生きている」という自覚を持つことで,当事者に対する権利意識が育まれるとの石川左門さん(愛隣舎)からの強いメッセージがあった.しかしそれを具体化するシステムを考える時,それが置き去りにされている現実がある.いつの間にかシステムに人の生活をはめ込んでしまう思考である.介護保険や支援費制度等のシステムにそういった側面
があることを今一度意識したい.システムは生命倫理と人権の意識を中心に据えて人の「生」を保障しなければならないと感じた.
各企画の報告を受けて,2日間の最後を締めくくったのはまとめのセッションだった.共に何かを作り上げる時の基盤となるものは専門家も住民も各々異なる専門性を生かすところにあるという捉えから,誰もが当事者であることが語られ,当事者の主体参加に話が及んだ.具体的にいかに当事者の政策参画を保障するかを討論するには時間が足りず残念であったが,安心して生活できるまちを目指し,様々な背景をもった人たちが集い対話をすることの難しさと重要性を噛み締めた時間となった.
リラックスした雰囲気の学術大会であった.未消化の思いを各々手土産に,充実した2日間が終了した.
(堤 若菜)
機関紙「やどかり」1月号より
第2回ヘルスケア関連団体ワークショップに参加して
10月25日〜27日にかけて,ヘルスケア関連団体ワークショップが行われた.このワークショップ
は,全国の患者団体のリーダーが集い,団体間の交流やネットワークづくりを目的に1年に1回開催
される研修会である.今回は,昨年に続き2回目の開催となり,海外からのゲストも迎え64名の参加
となった.やどかりの里からは,増田さん,香野英勇さん,私の3人が参加し,昨年に引き続き2回
目の参加となった.増田さんは,このワークショップの世話人も引き受けている.
昨年は,「私を活動に駆り立てるもの」として開かれた.私自身,様々な患者団体の人たちと出会う
ことは初めてであり,新鮮な体験でもあった.集まってきた団体の規模も様々で,少数の団体から全
国的に活動する大規模な団体もあり,財政規模も様々であった.また,参加者の多くが,団体の活動
を中心に進めてきている人たちで,一人一人が主体的に活動に取り組み,前向きではつらつとしてい
る人たちばかりだった.中には,私自身初めて知る病気もあった.病いを持ちながら生きていく現実
と,それでも生き生きと暮らしている人たちの話は新鮮な感動だった.
2回目の参加となった今回のテーマは,「ひとりの気づきはみんなの気づき」.2日間に及ぶ研修会
は,各テーマごとに8つのグループに分かれ,それぞれのグループで各テーマについて自由な討論を
行ない,その討論の内容は全体へもフィードバックされ,参加者全員で共有されるものとなった.1
日目のグループ討議の合間には各グループの発表もあった.また,最終日には,2日間に及ぶ各グル
ープの討論の内容がOHPや模造紙を使って 報告された.イラストなどを使って表現するグループやグループメンバー全員で報告するグループな
ど,各グループ趣向を凝らしての発表となった.それぞれグループのカラーが出ていて,同じような
発表はふたつとなかった.その後は全体での討論が行われた.
私が参加したグループは,「疾病や障害についての情報提供および教育」についてだった.グループ
メンバーは様々な患者団体の人たちで構成され,自由且つ活発な討論が繰り広げられた.団体として
情報提供や教育に関して様々な取り組みを行っているのだが,それをそれとして整理する必要がある
のではないかという話にもなった.日常の取り組みをしていると,自分たちの活動を客観的に整理す
ることはなかなか厳しい.それに加え,患者団体の多くが自分の時間を削って活動をしていたりする.
改めて,活動を距離を持って整理する大切さを実感する機会となった.また,共感を持って互いを理
解する大切さも確認された.
2回目の参加となった今回は1年ぶりの再会となる人たちが多く,昔の旧友に再会するような懐か
しさを感じた.それがこのワークショップの魅力のひとつかもしれない.それは,立場性を越えて個
人対個人で出会える心地よさから来ているように思う.そして,お互いに相手を尊重し合えるのであ
る.
来年もワークショップは開催される.「1年後にまた会いましょう」と声を掛け合えるワークショッ
プは,参加者みんなが元気になるワークショップでもあり,そのエネルギーが団体の活性化につなが
っていくのだろう.とても有意義な2日間だった.
(三石麻友美)
機関紙「やどかり」12月号より
べてるの家との交流会に参加して
地域に根ざした活動を続けることの大切さ
10月26日(土),北海道浦河町にある浦河べてるの家から9人のメンバーと職員がやどかりの里に
来里し,交流する機会があった.
交流会は,講師派遣登録者の何人かが中心となって企画し,辰村泰治さん(通
所授産施設エンジュ) の司会と,吉江まさみさん(やどかりの里中部生活支援センター)のサブ司会にて進行していった.
やどかりの里からは9人のメンバーと職員の参加があった.
最初に自己紹介が行われた後,お互いの活動紹介を行った.べてるの家は北海道浦河郡浦河町の中
にあり,小規模授産施設,共同作業所,共同住居からなる「社会福祉法人 べ
てるの家」と,介護ショップや介護保険のレンタル事業等を行う「有限会社
福祉ショッ プべてる」があるとのこと.利用者は約150名とのことであった.(詳しくは http://www.tokeidai.co.jp/beterunoie/)
その後のディスカッションでは,やどかりの里のメンバーから共同住居で生活しているべてるの家
のメンバーに対し,「プライバシーが保障されないのではないか」との質問があった.全国にあるグル
ープホームの中には,1軒の建物を借りたところも多く,お互いの生活が干渉され,自由が束縛され
てしまうのではないか,という思いから出た質問である.
この質問に対して,「べてるの家では,やどかりの里のように,アパートを借りたグループホームも
ある」という答えであった.利用する人のニーズに合わせて,賄い付きの共同住居や,1人暮らしの
形のグループホームなど柔軟に対応しているようである.また,共同住居にも各自の部屋に鍵が付い
ており,ルールは自分たちで決めているとの事だった.
自分の生活は自分自身で組み立てる,そして,プライバシーのないところでは人は生き生きと生活
できないという当たり前のことを私は改めて実感した.
また,精神医療に対する考えも述べられた.私が驚いたのは,べてるの家のメンバーは医療を身近
なものと捉えていることだ.「ちょっと休息するか,という感じ.2,3日で退院して講演に出かける
人もいる」という.また,退院の決まった患者のところへメンバーが出かけていき,べてるの家を紹
介するのだそうだ.浦河町では,医療機関が何よりもまず,患者を中心に考えていること.そして,
退院の決まった方の援助をする,浦川べてるの家のメンバーの主体性を支える仕組みがあることに関
心を抱いた.
浦河町は人口1万6千人の小さな町である.べてるの家の利用者は150人だから,浦河
町の全人口の1%をべてるの家のメンバーで占めていることになる.これだけ狭い地域だと精神病を
持つ自分を隠して生活することなどできないのであろう.病気を持つ持たないに関わらず,地域に根
ざして生きていこうという姿勢にやどかりの里の取り組みと共通したものを私は感じることができた.
交流会の最後に,下野さんというべてるの家のメンバーが自分で作詞作曲をした「人間なんだ」と
いう曲をギター片手に歌ってくれた.「人間なんだ.あなたも私も同じ人間なんだ.病気とかを持って
いても」という言葉がとても胸に響いた.
地域に根をおろし活動している2つの団体が,距離を越えて出会い,お互いの存在を確かめ合えた
ことは今後の活動のエネルギーにもつながる,そんな1日を過ごすことができた.
(長谷川健一)
機関紙「やどかり」12月号より
日米メンバー交歓会報告
メンバーの主導って何?
2002年10月14日から10月21日までの間,アメリカ・カリフォルニア州・ロサンゼルス郡の精神障害者当事者組織,プロジェクト・リターン:ザ・ネクストステップ(以下PR:TNS)のメンバー5名,スタッフ1名,合計6名をお迎えした.
1996年から始まった日米メンバー交歓会は,日本とアメリカの精神障害者が,お互いを理解して,少しでも精神保健福祉の向上につながればとの思いで始まった.アメリカから日本に来日されたPR:TNSメンバーは現在までで,30名を越えている.目的である,国を越えた精神障害者同士の理解と親睦は,継続している.
2001年1月7日から,その年の来日するPR:TNSのメンバーの受け入れを,やどかりの里のメンバー自ら考えようと集まりが始まった.
2001年のPR:TNSのメンバーの来日に際して,その集まりを「来日メンバー受け入れを考える集い」と称し,7名のメンバーで日米メンバー交歓会を考えるようになった.
しかしこの年の受け入れが困難だとの,私たちの判断で,やどかりの里以外の活動に受け入れてもらおうと動き回ったときもあった.
結果,その年の受け入れは叶わず,他の用事で来日していたPR:TNSのディレクターのビル コンプトンさんをはじめ4名のアメリカのメンバーとやどかりの里の来日メンバー受け入れを考える集いのメンバーで,今後の日米メンバー交歓会のあり方について話し合ったこともあった.
おおよそ2年間の来日するPR:TNSのメンバーとの日米メンバー交歓会のあり方について,来日メンバー受け入れを考える集いでは,月に1回の割合で2時間の話し合いを繰り返し続けた.最初はメンバー主導で,アメリカのメンバーを受け入れるとは,具体的にどういうことなのか等を話し合った.また,主導を担い,実行するという所で,
「できないことは何でも,できる人に頼めばいい」という人や,
「それでいいのか,違うと思う」など話し合いがなされた.
私たちが主軸となり,協力者を募ることが良いのでは,と話が最終的に納まったこともあった.前へ進んだり,後ずさりしたりして進めてきたグループだった.結果
多くの協力者の方々の力を頂き,アメリカのPR:TNSのメンバーには,楽しんで頂いた8日間であった.
私たちのグループは,まだまだ力が足りないことを痛感しつつも,一貫して中心に居た事を実感できたことは,今後につながっていく自信の1つであると考えている.
成田空港で見送りの際,ガラス越しに,来日のメンバーの1人,初老のパール ジョンソンさんが,投げキッスを私たちにしてくれたことが,私たちの使命である,思いやりのあるおもてなしの完了であると実感した.これを英語で言うと「ミッション コンプリート」というそうである.これからの日米メンバー交歓会の発展を願って止まない.
(来日メンバー受け入れを考える集い 香野 英勇)
機関紙「やどかり」11月号より
日米精神保健福祉セミナー報告
アメリカと日本のメンバーが暮らしと人生を語る
私たちのエンパワメントって何?
それぞれの人生を見つめよう
10月19日(土)アメリカのプロジェクト・リターン:ザ・ネクスト・ステップの方たちを迎えて,日米精神保健福祉セミナーが開かれた.会場には,やどかりの里近くの精神病院の患者さんたちや遠くは愛知県,宮城県からの参加者など70名程が集まった.
やどかりの里の職員とメンバー10名でセミナー実行委員会を組織し5か月前から,企画を練ってきた.アメリカと日本では医療や保健,福祉などの制度の違いはあるが,精神障害者が社会で暮らしていく上での偏見や差別
といった社会的障壁は同じようにある.そのような中で,発表者たちが精神障害を体験しながら人生をどのように切り開いてきたのかを聞き,参加した一人一人が自分の生き方や人生を見つめなおす機会になるようなものにしたいという思いがあった.
当日は,午前中にエイミー・シングソンさん,フォルティーノ・アラストーレさん,ロクサーヌ・ワレンさんらアメリカの方たちの発表があった.午後はやどかりの里の辰村泰治さん香野英勇さんが発表した.(発表の詳細は「響き合う街で」に掲載を予定しています)
5人の発表者は,自分の体験を語る中で,諦めないこと,自分の可能性を信じること,自分に常に問いかけ,自分を見つめること,目の前の人たちを愛すること,思いやることといった共通
した言葉を語った.また,生きるということを楽しんでいるということ,エンパワメントされていることが伝わってきた.
5人の話を聞いて,3年前の日米交歓会で香野さんが「響き合う街で」に書いてあった言葉が思い出された.そこには「アメリカと日本では精神医療の遅れはあるかもしれない.それは,専門家側の遅れであって,精神障害を持った当事者の『ちから』がないということとはまったく関係がない.『ちから』は生きとし生けるものが持っているものである」と書かれてあった.
その自分自身のちからというものを,自分で区切ることがあってはならない,自分の可能性を信じることが大切だということを教えられた.私自身も,今回のセミナーで司会という役割を与えられたことは,私にとって大きな出来事であった.皆でひとつのことを企画してやり遂げる楽しさを知った.新たなことにチャレンジすることで,自分の持った「ちから」に気づくことができるのだと思った.加えて,私たち精神保健福祉に携わる者として,精神障害を持つ人たちの「ちから」を区切ることが絶対にあってはいけないと感じた.
日本の精神保健福祉は,まだまだ十分なものではない.精神病院には何万人もの人たちが社会的入院を強いられている.また,社会で暮らす上でも正しい情報がないための偏見がある.多くの精神障害者が,人生のどん底から自分のちからで人生を勝ち取ってきたように,かすかな光があるところから,同じ思いを持った人たちと手を組み,偏見のない社会を切り開いていくことができると思った.
(日米精神保健福祉セミナー実行委員 福田むつみ)
機関紙「やどかり」11月号より
「心の健康フェスティバル」の報告
さいたま市にとって必要なイベントとは
10月4日(金),「さいたま心の健康フェスティバル」が開催された.浦和駅近くのさくら草通
りにて展示販売,その隣にある埼玉会館小ホールでは講演会が行なわれた.展示販売コーナーには計28団体の作業所やクリニックのデイケア等の参加があり,商店街の一角にテントを張り,日頃製作している作品を販売した.講演会にも多くの人々が会場を埋め,「こころの癒し」と題した講演と当事者体験発表会が行なわれた.やどかりの里からは作業所3ヶ所が販売コーナーに参加.当日は晴天で,売上も上がったようだ.
この「心の健康フェスティバル」は,平成2年に国の心の健康づくり事業の一環として,埼玉
県精神保健総合センターを中心に埼玉県の事業として始まった.当時は県内に作業所も少なく,どちらかというと地域住民に向けての啓蒙活動的な要素が強かったようである.平成6年からは場所を浦和に設定し,展示販売と講演会という今のスタイルができた.この頃からは社会復帰施設も増え始め,イベント準備の実行委員会にも地域で活動する団体が参加するようになった.展示販売にも作業所等参加団体が増えていった.また,11年からは浦和の他にも,川口・戸田・春日部と各地域での開催も開始していった.12年からはさいたま市も協力を開始.今年はさいたま市の保健所が中心となって事務局を担っていた.来年度からはさいたま市が政令指定都市になることもあり,事業自体は市の担当に移っていく予定であるという.
先日フェスティバルを終えての反省会がさいたま市保健所にて開かれた.今回事務局を担った市保健所,県のセンターの職員の他,地域で活動する8団体からも参加者があった.各団体にとって今回のイベントがどのようなものだったのか話し合われた.運営が厳しい状況に置かれている作業所にとっては,売上を獲得する貴重な場であること.更には,各団体同士やお客さんとが交流できる場として考えた時,参加者は販売することでその余裕が持てなかったこと.今回は事務局中心に準備が進められた為,もっと各団体でも担い合い,そこから機関同士のつながりが深められるのではないかということ.様々な意見が出た.
来年度,このイベントに市の予算が付くのかははっきりしていない.しかし,予算が付くからイベントをするというお金の問題なのではなく,関係機関にとって何が必要か,またさいたま市の地域住民にとって何が必要かということから考えていくべきなのではないか.そこからイベント自体の必要性も見えてくるはずである.今回講演会の参加者にとったアンケート集計結果
にて,今後要望することとして「社会資源や病気のことについて知りたい」「当事者や家族の話を聞きたい」等の声が上がっていた.心の問題や不安を抱えながらどこの機関にもつながっていない人は,やはり的確な情報が欲しいのである.そんな人たちの要望に応える為には,関係機関のつながりは不可欠である.連携が取れていないと,そのしわ寄せは利用者に行ってしまう.
今後の話し合いはまだ設定されていないが,より多くの関係機関の参加が期待される.さいたま市という地域に責任を持つ行政と,関係機関が一堂に会して話し合いを進めていくことで,今この地域で何が必要なのかから話し合うことが大切である.このイベントの今後は多くの可能性を秘めていると考えている.
(あゆみ舎 高村 美鈴)
機関紙「やどかり」11月号より
第21回障害者体験発表会
夜明け前の星に願いをこめて
9月17日(火)第21回障害者体験発表会「私たちの人生って何?ともに学び,ともに働き,ともに暮らす」を開催した.今回の会場は,JR北与野駅に近い,埼玉
トヨペットのショールーム内のパティオの森のステージで体験発表会を行った.当日は,100名を超える参加者があった.ショールームが会場なので,周りはガラス張りで,開かれた空間という感じがあり,障害者体験発表会が開放的な場所で行われたことは,今までの障害者体験発表会の中では,特別
だったと思っている.
また今までの体験発表会の時間帯とは異なり,夕方の5時から8時の時間帯だったので,これもいつもと違った雰囲気であった.ステージの上とステージの後ろには,電球にあかりがともり,そのイルミネーションは,時間が経つにつれ外は暗くなり会場の雰囲気を趣きのあるものにした.
発表者は,OMIYAばりあフリー研究会の傳田ひろみさん,続いてやどかりの里の辰村泰治さん,そめや共同作業所の五十嵐良さん,最後に,埼玉
県身障者問題をすすめる会の大嶋仁さんという順番で発表して頂いた.
発表者からは,「電動車いすに乗ったことで自分の行きたい所に行ける楽しさ,すばらしさ」「生活していく中で近隣の人たちと仲良くなり,お付き合いすることで偏見を改善できた」などが語られた.また「私は今,地域で暮らしているので幸せだが,自分が体験した精神病院での辛い境遇を,今もなお病気が良くなって退院できる状態であるにもかかわらず退院できない人がいる.そうした人が厚生労働省の発表でも7万人もいるそうで,それを思うと辛い」という発言や「制度やサービスのすきまの問題」などが話された.最後に「みんなで障害や思想信条を越えて結び合うことが,ともに学び,ともに働き,ともに暮らすことに前進できることと思います」という発言で幕を閉じた.4人の発表者の方々の生き様や思いが語られ会場の参加者の方々は,熱心に聞き入っていた.時間の関係上,最後に予定していた全体討論をすることができなかった.多くの参加者の方々と双方向の思いの共有ができなかったことは悔いるが,多くの方々が発表者の思いに共感されていたことは,司会をしていた私には感じることができた.
今回の障害者体験発表会を通して,私が気づいたことは,「ああしたい」「こうしたい」と個人のわがままのように言う前に,身近な人たちと,1人1人の思いを語り合い,対話して,互いを認め合い,許し合い,連帯を意識できれば,より多くの人たちの共通
する夢,ともに学び,ともに働き,ともに暮らすことが,明確になっていくのではないかと思った.
第21回障害者体験発表会の閉会の時に,またこのような機会をつくると皆さんと約束をした.ふと司会の役割を終えて見上げると,電球で作られた星がくっきり目に入り,障害者のより良い社会が成り立つのは,これからだと思ったら,電球が夜明け前の輝く星に見えて元気が湧いてきた.
(やどかり出版文化事業部 香野英勇)
機関紙「やどかり」10月号より
バザーから,地域交流祭へ
〜地域の活動を知り,やどかりの里の文化を発信しよう〜
秋に入り,「今年のバザーは?」とお問い合わせを頂いたり,バザーへの提供品が届いたりする.やどかりの里バザーが,資金づくりという目的に向かいながら,多くの方々と接点を持っていたと実感する.今年度は,より「地域交流」に重きをおいた「地域交流祭」へ衣替えしようと話し合いを進めている.
第1回目の集まりでは,「自治会の運動会や一斉清掃に参加したりするが,密に交流しているというわけではない」「日常的な関わりも大切ではないか」と振り返った.企画については,例えば,自主製品を売るだけでなく一緒に作ったり,活動を発表したりするような体験・参加型のお祭りにしてはどうか,また,企画づくりの段階から他の団体の方にも加わって頂けないだろうか,と話し合った.
まず,やどかりの里本部のある中川の自治会のとりくみを知ろうと,元自治会長さん,現在の自治会長さんにお話を伺った.中川の地域性や文化活動に触れ,また,普段あたりまえのように歩いている町も,そこに住む人々の努力によって環境が整えられていることを学んだ.同じ中川にある,高齢者のグループホーム「うれし家たのし家」や知的障害者の通
所授産施設「あいこう」も自治会に加入されていると知るが,福祉団体同士でも接点を持っていないことにも気づく.お祭りの企画について意見を伺うと,「子どもたちが楽しめるものを」というのがお二人の共通
項だった.その後,子ども会の会長さんに状況を伺うと,子ども会への加入世帯がずいぶん減り,子どもたちをとりまく環境の変化が伺えるとのこと.会長さん自身「地域密着型」をと思い,婦人会との交流や,自警消防団の消防車放水訓練に参加体験するなど,身近な交流を試みているとのことだった.
こうした経緯をふまえ,地域の文化サークル,子ども会,福祉団体,これまでバザーにご協力頂いている団体が会し,地域の方々とともに,それぞれの持ち味(文化)を交流し,楽しむようなお祭りを,という方向が定まった.お祭りを通
して福祉の問題が身近に語られるきっかけになれば,という願いがある.
8月には,他の団体にも参加を呼びかけ,拡大実行委員会を開いた.日頃からおつきあいのある鴻沼福祉会きりしき共同作業所の職員の方が来て下さりお話を伺うことができた.施設を建てる時に半径300m以内の全世帯から賛成署名が必要だったこと,知的障害を持つ仲間が地域に出て行くことによって,地域との接点も広がった,というお話が印象的だった.この話し合いで,健康について身近に相談できる場もあれば,という提案もされた(次回の拡大実行委員会は11月16日(土)13時から会館にて予定している).
「バザーはどうなるの?」とやきもきされていた方も多かったのでは?お知らせが遅くなりすみません.ぜひ,ご協力・ご参加を.一味違うお祭をみんなで楽しみましょう.お問い合わせは法人本部へ.
(香野恵美子)
やどかりの里地域交流祭
日時:2002年12月1日10時〜14時
場所:中川自治会館&グランド
<内容>
・地域の活動をポスターなどで紹介
・自主製品を一緒に作る体験出店
・子ども向けゲーム
・模擬店
・舞台等での活動発表,アピール
・ミニバザー
・青空相談(健康相談)
機関紙「やどかり」10月号より
「夏の響き」コンサートin熊本
生きることは素晴らしい
やどかりの里では来年度の事業で新しいイベントを試みようとしている.それが広島で被爆した橋爪文さんの語りと彼女の詩に曲を載せた歌で紡ぐ「夏の響き」コンサートである.
「夏の響き」コンサートとの出会いは私の所属する通所授産施設「エンジュ」が配食するお弁当が縁を取り持った.私がお弁当の利用者である中村雪武さんから「やどかりの里の活動に自分のできることで協力したい」とのお声がかかったのは昨年12月のこと.作曲家である中村さんは,これまでも様々な地域でコンサートを開いた経験をお持ちだった.
中村さんは,人を人として扱わない戦時下の状況と人間の尊厳が保障されなかった精神病院の状況,被爆者も精神病患者もいわれのない偏見を背負ったことなど,当初から戦争や被爆の体験とやどかりの里の共通
性を感じておられた.人間が生きていくときに絶対に犯してはならないことは一体何か.それを一緒に考えられるとの思いをお持ちでお声を掛けて下さったのだ.
そんな中村さんの思いをよそに,そのコンサートの内容を聞いて,やってみたいと感じながらも重たいテーマだけに私たちの力量
がついていけるのか,正直不安があった.一旦はお断りしようと中村さんのお宅に伺った香野恵美子(通
所授産施設)だったが,逆に是非埼玉の地でこのコンサートをやってみたいと心動かされ,やどかりの里の全体に提案を行い,来年度の事業として取り組む事になった.
やどかりの里では現在約10名で企画に向けて話し合いを進めている.やどかりの里が何故今回の企画に取り組むのか,また何を伝えていきたいのかを共有していく一方で,具体的なコンサートの企画作りも進めているところである.そこで平成14年9月6日に中村さんの出身地である熊本市で開催された「夏の響き」コンサートに私と宗野政美(やどかり印刷)が出向き,熊本の実行委員の方からお話を伺ったり取材をすることになった.
当日は600名弱入るホールはほぼ満席で,熊本県知事も客席にいた.橋爪さんは「私は被害者意識とか加害者意識は持っていない.ただ生きていて良かったと思った.それをお伝えしたいのです」と話し始めた.穏やかな口調がそのすさまじい体験を際立たせていた.ホールは水を打ったように静かだった.そして中村さんのギターに合わせて古木信子さんが橋爪さんの詩を歌うように朗読.そしてソプラノ歌手の鈴木房江さん,ピアノ奏者の米倉邦子さんの息の合った迫力の演奏は,30分という演奏時間を全く感じさせないものだった.詩の内容は原子爆弾が広島に投下されてからの橋爪さんの体験を綴ったものだ.悲惨さも悲しさも喜びもそこにあり,決して楽ではない人生を生き抜く人間への賛歌に満ちていた.「生きることは素晴らしい」というフレーズに,まさに震える程の感動があった.
出演者の方々や熊本の実行委員の方々のお人柄に触れ,この御縁を大切に,「生きることは素晴らしい」と思えるようなコンサートを是非開催したいと強く思った,熊本での滞在となった.
現在やどかりの里内部で会議を行っているが,今後は中村さんや橋爪さんをお招きしてコンサートのより具体的な姿を描き出していく予定である.また追って報告していきたい.
(堤 若菜)
機関紙「やどかり」10月号より
さいたま市障害者計画協議会に参加して
部分と全体を考えることの大切さを実感
まずはお互いに知り合うこと
現在さいたま市では,高齢者保健福祉計画,障害者計画,児童育成計画,母子保健計画,ヘルスプラン21の策定作業を進めており,その総括的な計画として保健福祉総合計画がある.
本紙8月号で,さいたま市障害者計画策定に向けての各団体へのヒアリングのために,さいたま市からの要請を受けて作成したやどかりの里の調査票の内容について報告した.さいたま市障害福祉課では6月末から7月にかけて,市内の77団体のヒアリングを実施した.(調査票は97団体に送付され,85団体から返送.そのうち77団体がヒアリングを行った)
7月31日には第4回さいたま市障害者計画協議会が開催され,この会より谷中会長のあとを引き継ぎ,私が出席することとなった.谷中会長はさいたま市保健福祉総合計画審議会の委員でもあったため,この2つの委員会には今後私が参加することになった.
7月31日の障害者計画協議会の中心的な議題は障害者計画の基本方針であった.この障害者計画協議会は傍聴が認められており,回を重ねるごとに傍聴者が増え,この時には36名が傍聴した(やどかりの里からは3名が参加).多くの傍聴者の見守る中で,協議会の審議は進行した.障害福祉課が事務局案を提示し,それに基づき討議するという方法で進められる.
これまで傍聴席で審議を聞いていたのだが,委員の1人として出席することになり,その責任の重さを感じるとともに,それぞれの障害の特質があり,その全体を把握しながら,議論することの難しさを感じた.
各委員に求められるのは,もちろんそれぞれの障害の実態やそれに基づく施策やサービスの必要性を明確にすることであろう.しかし,そこを基盤にしつつも,さいたま市の障害者計画としては,自分の立場性を越えて,さまざまな障害者の生活実態を理解し,どのような施策を必要とするのかという視野を広げた視点で,検討することであろう.
そして,もちろん市民が自ら考え,行動すること,協力しながら進めることは大切だが,さいたま市が自治体として責任をもってやるべきことは何なのかを明確にすることも重要な課題ではないだろうか.
開催日数,期限の定まった協議会で,そうした議論を展開するのはかなり難しい.それは,障害を越えたネットワークが全市的に作られていないのが一因であろう.各団体がバラバラで,互いのことをあまりにも知らないという現実がある.
こうした現状の中で,もっとお互いを知り合い,話し合うことの必要性を痛感し,やどかり情報館では市内の各団体の協力を得て,障害の違いを越えた障害者体験発表会を企画している.
テーマ 私たちの人生って何?
ともに学び,ともに働き,ともに暮らす
日 時 9月17日(火)午後5時30分〜8時
場 所 埼玉トヨペット本社ビル
パティオの森
参加費 無料
(詳細はやどかり情報館までお問い合わせください)
さいたま市民,市内の各団体,計画づくりに携わる委員の方々,そして,さいたま市の障害者のさまざまな制度や施策に携わる方々に多数参加していただき,横のつながりを創る一端になればと考えている.
(増田一世)
機関紙「やどかり」9月号より
障害者計画に当事者や現場の声を
〜さいたま市のヒアリング報告〜
本紙でも度々取り上げているように,さいたま市では3市合併に伴い,保健福祉総合計画,障害者計画などの策定を進めている.障害者計画は平成15年度制定に向け検討協議会が作られ協議を進めている.
今回その障害者計画に向け,さいたま市内の障害者団体,施設にさいたま市のヒアリングが実施されたやどかりの里には6月28日に市の障害福祉課より2名の職員が来里し,ヒアリングが実施された.
やどかりの里ではヒアリングに先立ち,短い期間の中で話し合いを重ねて市からの調査票を作成するなどの準備をした.(詳しくは本紙7月号4P第三木曜会の記事を参照)当日は予定していたメンバー2名,家族1名,職員2名の他にメンバー,職員数名が加わりヒアリングに臨んだ.
ヒアリングは事前に提出した調査票に沿って,やどかりの里側の提言を述べる形で進められた.まず,「精神障害者の現在の状況から見えてくる課題と,障害者計画の中に取り入れるべき課題,その取り組み方」として8項目を挙げ,メンバー,家族,職員それぞれの立場からの補足説明を加えた.以下調査票を引用しつつ,その8項目を掲載する.
1)社会の無理解による差別・偏見という大きな障壁の打破
精神病を罹患し,精神障害を抱える人々は,この社会の中で生きづらいという事実がある.これは精神病に対する社会全体の誤った認識に基づく偏見や差別
があるからだ.
社会の無理解による差別,偏見を取り除くために市民の生涯研修の必要性,さらに小学校,中学校の学習の中で,精神病について正しく理解し,精神障害者の実際を知ることが大切である.そのために精神障害者自身の発言の場が数多く作り出されることが必要で,地域の民間団体とさいたま市の連携の中で,広報活動,啓蒙活動を展開していかなければならない.
2)発症により生じる経済的な問題へのサポート
発症すると仕事やそれまでのネットワークをすべて失ってしまうことも多く,社会の中で孤立して生きることにつながり,同時に経済的な問題を抱えることになる.経済的な保障をどう実現していくかが課題である.
障害者手帳保持者への手当ての創出,他の障害者と横並びの交通費の減免,障害年金,生活保護のあり方の見直し,働く場の創出に取り組むべきである.
3)精神病院で長期入院を余儀なくされている人々の退院の促進
病状が安定していても,住む場所や支える仕組みがないために入院を継続せざるを得ない現実がある.
福祉の民間団体,医療機関,さいたま市が連携を図り,実態把握をすること.そのうえで住宅の確保,支援の態勢づくりが求められる.市営住宅の優先入居,民間物件を借りる際の保証人の確保,グループホームの形態の多様化,補助金の増額などが必要である.
4)安心して受診できる精神医療等の医療の質の確保
これまで民間の精神病院が精神医療を担ってきたために,精神医療の質にかなりのばらつきがある.
民間精神病院一手に医療を委ねるのではなく,市民病院等に精神科の設置が求められる.
5)その人の回復にあった働く場の確保と拡充
発症をきっかけに仕事を失う.また,働く経験をもたず発症する人もおり,働く機会が少ないという現実がある.病気を隠して働かざるを得ない場合は継続した就労が難しい現実もある.
企業の理解を深める努力をすること,障害者の法定雇用率の中に精神障害者も対象にしていくことが求められる.また,作業所や社会復帰施設の充実も求められ,通
所者への交通費補助,作業所や社会復帰施設への運営費補助の引き上げが必要である.
6)思春期のさまざまな葛藤を抱える人たちへの支援
思春期における何らかの躓きの中で発達や成長の機会を失っている人たちは,現在の保健・福祉の制度の谷間におかれている.
この問題は精神障害者の福祉サービスだけの範疇で考えるのではなく,教育,児童精神科といった医療機関,家族,そして保健所や精神保健福祉センター等との連携が欠かせない.関係者の連絡会議設置の必要性,その中から新たなサポートネットワークの形成を考えねばならない.
7)地域で暮らす精神障害者の高齢化の問題への支援
長期入院を経験した人の多くが50代,60代の方々である.長い入院を経て,やっと自由を取り戻し,自分の暮らしを築いた人たちが安心して老後を送れる支援体制が必要.民間団体の生活支援サービスとホームヘルプ事業などを組み合わせて支援体制を作っていくことが求められる.長期入院は当事者の責任で生じたことではなく,社会的な問題.この人たちが安心して暮らすためのサポートは社会的な責任において行わなければならない.
8)地域生活支援センターの機能の拡充とさいたま市との連携
以上の個別の課題を整理し地域全体の課題としていくために生活支援センターの充実が1つの課題である.各区に1ヶ所の生活支援センターの設置し身近に利用できるようにすること,各区の保健センターに総合相談窓口を設置し早めの相談が受けられる態勢を作ることが求められる.また関係機関の連携を図る要として自治体の責務が問われることになる.
以上の8項目を提言した上で,「さいたま市がこれからの5年間に優先的に進める障害者施策」として以下の7項目を挙げた.
1.精神病院に長期入院している患者の実態の把握と退院の促進,そして生活を支えるサポートシステムづくり.
2.精神障害者の作業所,グループホーム,社会復帰施設を他の障害者の活動と横並びの補助金態勢,通
所者へのサポートを実現すること.
3.精神障害者の所得保障,手帳取得者への手当ての創設,生活保護,障害年金の見直し.
4.安心して受診できる精神医療等の医療の質の確保.
5.各区に総合相談窓口を設置すること.
6.さまざまなネットワークづくり.
7.当事者団体の支援,市民の情報交換のサポート.
調査票に基づいた話が終わったところで,障害者計画があまりに早急に策定されようとして,本当に当事者や現場の声が反映されるのかという危惧があることも併せてお伝えした.
1時間半のヒアリングが終わった.このヒアリングの声を,今後障害者計画検討協議会に反映させるという話であった.1度策定された障害者計画は5年間見直しがされない.それだけに今回の策定でどれだけ当事者や,現場の声が盛り込めるかが重要である.今後の計画の策定過程を大きな関心を持って見つめていきたい.
機関紙「やどかり」8月号より
地域交流イベント
モダンダンスの世界 幸せを実感,JOYFUL,JOYFUL
去る6月29日(土)2時半よりモダンダンスの世界と題して地域交流イベントを開催した.14年前からやどかりの里でモダンダンスを披露して下さっている,早稲田大学モダンダンスクラブ(会長 杉山千鶴氏)の方々と,東京創作舞踊団の方々が総勢13名で来て下さった.片柳公民館を会場にして,当日は20名を超える人たちが参加してくれた.
第1部のダンスパフォーマンスが始まり,私も席についたが,周囲を見回すと参加者は老若男女様々で,中には,かわいい小学生の姿もあり,皆熱心に見ていたことが印象的であった.また早稲田大学モダンダンス部からは,今まで男性が来たことはなかったが,今回は,お1人来て下さった.話はそれるが,もともと早稲田大学モダンダンス部には男性部員はいたそうだが,やどかりの里での男性部員の方のダンスパフォーマンスは,初めてだったので新鮮に感じた.また,ある方が,ダンスパフォーマンス全体を通
して,ダンスのタイトルがパフォーマンスによく現われていると言っていた.見ている人,皆にイメージを湧かせる楽しいパフォーマンスがほとんどだった.ダンスパフォーマンスが終わると先程の小学生から花束が手渡され,会場からは割れんばかりの拍手が沸き起こった.
ダンスパフォーマンスが終わると,第2部では,一緒に踊ろうJOYFUL,JOYFULと銘打って,会場の全員で一緒にダンス「JOYFUL,JOYFUL」を踊った.振付けを教えてもらい,参加者一同,熱心に覚えて踊った.
自らが踊ることで楽しさも倍増した.私は踊ること自体にエネルギーが要ることと,なによりも踊ることで得られるエネルギーの強さ,凄さに感動さえ覚えた.
その後,第3部では,ジュースやお菓子が用意され,テーブルを皆で囲み,話に花を咲かせた.一緒に踊ったことで,なんだかそれぞれの人が初めて会った者同士には,感じられなかった.そして,参加者全員から感想をもらった.中には,「私もモダンダンスを始めたくなった」という人まで現われた.
こんな,人の心を動かすダンスパフォーマンスこそがモダンダンスの真の世界なのだと感じたのは,私だけであろうか.これからも素敵な交流をもっともっと続けるために,末永くこの地域交流イベントを大事にしていきたいと考えている.
(やどかり出版文化事業部 香野英勇)
機関紙「やどかり」8月号より
ミニシンポジウム・さいたま市を安心して暮らせる街にするために・1
私達はこんなふうに暮らしたい
5月24日,午後5時30分からミニシンポジウム・さいたま市を安心して暮らせる街にするために・1「私達はこんなふうに暮らしたいー障害を体験した人・家族からのメッセージ」が開催された.会場は北与野駅前にある埼玉
トヨペットの3階の会議室,主催は「さいたま市の障害者計画について考える学習会」である.
シンポジストは吉田桂子さん(地域の学校に通う障害児の親の会),本願初男さん(鴻沼福祉会あざみ共同作業所),中村秀臣さんとそのお母さん(鴻沼福祉会あざみ共同作業所),香野英勇さん(やどかりの里),精神障害者の家族会もくせい会の会員,井上昭雄さん(OMYAばりあフリー研究会)の7人である.それぞれの暮らしの実際を語りながら,街の中でともに学ぶこと,働くこと,住むことの大切さを語った.
さいたま市が障害者計画を策定しつつあることは,本紙でも何回か報告してきた.さいたま市障害者計画策定協議会の委員の1人である傳田ひろみさん(OMIYAばりあふりー研究会代表)から,委員になったので,この計画づくりを一緒に考えて欲しいという声かけがあった.そして,障害者計画を考える学習会が開かれることになり,やどかりの里からも数人の職員とメンバーが参加している.
おおよそ月に1回開かれる学習会には,さいたま市内のさまざまな障害者団体が参加している.委員である傳田さんや飯塚寿美さん(もくせい会会長)から,さいたま市障害者計画策定協議会の協議内容の報告を受けつつ,学習を進めている.5月に開催される協議会は障害者計画の理念について検討されることになっており,この理念を考える際に,障害を持った人たちの暮らしの実態,願いや思いを知ってもらうことが大切だと5月8日の学習会で確認され,傳田さん,飯塚さん,そして私の3人が世話人となり,上述のミニシンポジウムを開催したのである.
広報をする時間も限られており,いったい何人の方が足を運んでくださるのか心配だったが,60名ほどの方が集まり,7人の話を熱心に聞いてくださった.さいたま市の障害福祉課の職員も4人参加してくださった.
さいたま市障害者計画策定協議会の三ツ木任一会長が出席し,「とかく行政計画は市民が何も知らないうちにできている.そして市はこれ以上のことをしないという公約になってしまう.市で実施したアンケート調査には今日のご発言のような立ち入った話は出てこなかった.こうした市民レベルの働きかけは大切だと思う.市民レベルで学習されて,それを計画に反映させていこうという取り組みを心強く思う.学習会での成果
を反映させていく努力をうちからも外からもやっていきたい.学習会を重ねて,市や県を揺すぶって欲しい」と力強い応援をいただいた.
学習会もミニシンポジウムも始まったばかりの試みである.これは,計画づくりをどう考えるかということを通
して,障害や疾病の違いを超えて,どうネットワークを作っていくのかという取り組みでもある.一朝一夕では実現しないが,まず第一歩を歩み始めた.共感の輪をさいたま市内に広げていきたいものである.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」7月号より
浦和学院高校の文化祭から
2年前の平成12年からやどかりの里は,浦和学院高校の文化祭(白翔祭)に関わり始めた.浦和学院高校の父母会OBでつくる,しらさぎ交友会のお招きがあったからだった.平成12年の文化祭の時に,しらさぎ交友会とやどかりの里が,なんらかの接点を持てないかという会長(当時)の泰さんからのお誘いから,やどかりの里では,やどかり情報館が中心となって講演会をしようということになった.1年目は,やどかりの里の職員による講演と会場となる教室で,作業所のあゆみ舎やなす花の製品の販売などを行った.今振り返ると文化祭当日の学生さんたちのにぎやかで活気ある校舎に近づくだけで,なにやらこちらも力が湧いてくるような感じを受けたのを覚えている.
そして昨年はメンバーによる講演も実現した.その大役を私は引き受けて,自分の精神分裂病の体験を通
して,精神障害者を理解してもらおうと,努力した.私にとって講演前は多少の緊張はいつものことだが,その時は緊張はしたものの,いつもと違い「とにかく自分の思いを伝えたい」と強く感じた.それは,私の浦和学院高校の人たちと親しくしたいと思う気持ちがあったからだと思う.講演終了後,しらさぎ交友会の方々にコーヒーを頂きお話をさせてもらい,自分の伝えたいことが伝わっていると確かな手応えを感じた.響き合い語れる人たちが目の前にいると実感した時の頼もしさは何といっていいのか,こころが和らぐような感じだった.その浦和学院高校の文化祭が終わり,時間が経ったある日の新聞で甲子園に出場とある.私は他人事と思えず,そのシーズンの高校野球での浦和学院高校をまるで母校のように感じ見守った.甲子園を舞台に活躍する選手,応援団,皆私にとったら身内のように感じた.
それからしばらくして,文化祭での収益を学生の皆さんが,やどかりの里に寄付してくださるという申し出があり,一も二もなくありがたく浦和学院高校を,常務理事の増田一世氏とセルフヘルプネットワークに所属する私で訪問した.生徒会の方々4名が私たちに,文化祭での収益を手渡してくれた.校長先生はじめ先生方,泰さんも同席してくださり記念写
真に納まった.
私は文化祭当日の生徒たちの模擬店などでの努力を見ているだけに,皆さんの思いのこもった寄付金は何よりの財産だと思った.
生徒会の皆さんと握手を交わして,改めて多くの人たちが,やどかりの里に理解を示してくれて,応援してくれているんだと感じた.
実際にはこれまでの2回の文化祭での講演会は,生徒の人たちの参加はないけれど,これからはもっともっと親しくなりたいと思った.そしてより一層交流を深め,理解し合えたら,真の意味で地域のパートナーとして,浦和学院高校とやどかりの里の未来が輝くのではと私は強く思った.
(セルフヘルプネットワーク 香野英勇)
機関紙「やどかり」7月号より
上尾市の取り組みから
住民と自治体の協働のあり方を学ぶ
平成14年4月末,隣接する上尾市に新しく地域生活支援センター『杜の家』と通
所授産施設『グリーンドア』が開設された.上尾市は人口約21万人.地域生活支援センターと通
所授産施設は,公設民営の施設で運営される市内で初めての資源となり,当事者,家族,関係者の期待も大きいようだ.4月28日には開所式があり,やどかりの里からも職員3名が出席した.閑静な住宅街の中にある上尾医療センターの2階のスペースが,地域生活支援センターと通
所授産施設である.通所授産施設『グリーンドア』は,印刷,給食,清掃の3つの業務を行う.地域生活支援センター『杜の家』は,上尾市の精神保健福祉サービス機関として,相談や地域交流活動などに取り組んでいく.
開所までのプロセスには,当事者,家族,関係者の熱い思いがあったようだ.上尾市に家族会が発足したのが平成6年.平成8年12月には,当事者,家族,行政,関係者等で構成された『あげお福祉会』と初めての小規模作業所が開設されている.平成9年には,上尾市が障害者計画の策定を開始している.
やどかりの里は,今この上尾市の取り組みに注目している.これからの住民と自治体との連携のあり方に対して,様々な気づきをもたらしてくれると感じているからである.
やどかりの里は,今まで必要な資源やサービスは自分たちの手で作ってきた.資金がなくても必要なものは作る,それはやどかりの里の活動の特徴でもあった.しかし一方で,こうした自己完結型の活動の限界を感じるようになった.そして,様々な活動を通
して,精神障害者のことだけを考えていては本当の意味での地域づくりには至らないことが明らかになり,私たち1人1人がどう暮らしていきたいのか,生きていきたいのかを考え,自分たちの暮らす地域,暮らしを支えるべき施策への関心を持つようになったのである.
現在やどかりの里は,自己完結型の活動からネットワークづくりを通して活動を展開していく取り組みへの転換を図ろうとしている.自分たちの願いや思いをどう施策化していくか,その際に自治体との協働をどう実現していくかということへの問題意識を強め,具体的な取り組みに向けて模索し始めている.精神保健福祉サービスの市町村への移管という社会の動きからも自治体との協働は欠かせない.
上尾市の職員である渡辺繁博さんは,「平成14年度から精神障害者の本格的な人権保障の時代が始まる.障害者施策は憲法25条から13条へと流れを変えてきている.それは,ごくあたりまえのノーマルな生活を保障する社会へ変えていこうということだ」と主張している.理念と実践がワンセットになっている上尾の取り組みから,私たちが学ぶことは多い.この7月には,1年ぶりに第5回人づくりセミナー(当事者と専門職で学びあう研修会)を再開する.そこで上尾の取り組みを学習する予定である.やどかりの里が築いてきた価値の普遍化を目指しながら,自治体との協働をどう図っていくか,上尾の実践に学びながら自分たちの地域での取り組みを始めていきたい.
(三石麻友美)
機関紙「やどかり」6月号より
立場性を越えた関係づくりを目指して
―さいたま市保健施設準備室職員研修―
4月23日〜24日の2日間,さいたま市保健施設準備室の職員研修の依頼を受け,やどかりの里で行った.
さいたま市では来春平成15年4月開設を目指して,政令指定都市に必置とされる精神保健福祉センターの準備を進めている.その準備を保健施設準備室が中心に取り組んでいる.今回,この保健施設準備室に配属された4名の新人精神保健福祉士と2名の保健師を加えた6名の研修を引き受けた.
この研修の大きな目的は当事者の生き生きした姿に触れ,彼らの暮らしや思いを理解する専門職として何が大切かを学ぶ,である.特に当事者の話を聴いたり,じかにその人の暮らしに触れられるようなプログラムを工夫した.以下,研修に参加した職員の声を織り交ぜながら2日間の様子をお伝えしたい.
1日目の午前はやどかりの里の各資源をまわるプログラムとした.大宮東部,大宮中部の各エリアに分かれて,生活支援センター,作業所,グループホームを見学した.それぞれの場所ではメンバーからの話を聞く時間を設けた.グループホームのメンバーのお宅を訪問し,お茶を入れてもらって話を聞く時間を持てたグループもあった.午後はやどかり出版文化事業部が企画をしたメンバーによるミニシンポジウム「いま輝いている私たちの暮らし」に参加した.
ここでの感想は「障害者に対して『悲しい』だとか『つらい生き方』だとか,知らないうちにイメージを私自身作り上げていたことに気付いた」「障害のあるなしに関わらず,自分らしく,素敵に生きていくことの大切さを学んだような気がした」「ありのままの自分を受け入れる,という言葉は口に出すと簡単なことに聞こえがちだが,いろいろな経験をされてきた彼らの言葉だからこそ大変重くて深いものだと思った」というものであった.
2日目の午前は,各資源の活動に実際に入ってもらい,精神障害者と触れ合う体験を通
して学ぶプログラムとした.「働くこと,役割を担っていること,地域の方と関わること,仲間がいることなど全てがその人の暮らしに影響力を持ち,生きるエネルギーにつながっている」といった感想が寄せられている.
24日の午後は,前日のメンバーのミニシンポジウムとのワンセットを意識して,やどかりの里職員の体験発表「自分づくり・仕事づくり」を行った.ここでは「自分自身を振り返る姿勢やメンバーの思いを大切にする姿勢を学んだ」「『人として付き合う』という言葉の重さを改めて感じた」「大事なものを大事にできるようにこれから経験を積んでいきたい」と感じたようだ.
全体を通して「あるがままを見せる安心感,信頼感が人間関係をつくる基本だと改めて感じた」「多様な価値観を大切にしたい」「常に当事者の目線を忘れずに仕事ができたらいいなと思った」といった感想をいただいた.やどかりの里の大切にしている価値を,1人1人が感じとった研修になったのではないだろうか.このように価値をお互いに共有できたことは,我々にとっても貴重な体験となった.
平成14年度を迎えた今,さいたま市の精神保健福祉の向上に向け,自治体と民間の立場の違いを越えて共に考え,取り組める関係を築いていく必要がある.今回はお互いの立場性を越えて,共通
基盤をつくることの大切さを改めて感じた研修になった.
(白石 直己)
機関紙「やどかり」6月号より
おかげさまで一周年
働きやすさと厳しさの両立を目指して
あなたとあそぶ手づくりの店 You遊
平成13年8月4日にYou遊がオープンしてから,間もなく一年が経とうとしている.準備段階を含めると一年半が過ぎ去ったわけだが,これまで実にさまざまな事柄について,考え合い,話し合い,そして決断し事業を進めてきた.この一年間のなかで多くの事を学んだわけだが,一番大きかった事は作業所としてのあり方と,事業としてお店を営業することのバランスの取り方と,その難しさである.
作業所としてのあり方とは,メンバーそれぞれにとっての働きやすさ,働きがいであり,事業として営業することとは,お店を営業することの厳しさということに置き換えられるが,オープンから半年間ほどはお店を開けることに精一杯の状態で,作業所としてのYou遊はどこに向かおうとしているのか,まったく考えずにがむしゃらに働いていた記憶がある.そこには個人の願いや想いにはまったく触れずに,進んできたYou遊があった.メンバー5人と職員1人の6人で店の営業を担い,それぞれがお互いに思いやりながら進めてきたが,考え合うこと,話し合うことは営業のことについてばかりであったことは大いに反省すべき点である.
そのバランスを考えはじめたのも,メンバーからやりたい仕事について,積極的に声があがってきたことが大きかったと思う.これまでは働くメンバーが少ないからという事で,販売員しかできなかった状況であったが,販売管理から在庫管理,新規商品開拓などさまざまなやりたい仕事の希望がメンバーにあることがわかった.「この何ヶ月間か働いてきて,お客さんは普通
のお店としてYou遊に入ってきて,買っていく.そのなかで自分たちも普通に接客ができて仕事ができる,ということが実感できた.これをステップに次につなげていきたい」あるメンバーの言葉であるが,そのような中で働いてきたことが一人一人の自信につながっていると強く感じている.
働きやすさと働きがい,そして事業としての厳しさのバランスを考えながら,今後のYou遊はその進むべき道を探っていく.
オープン当初は作業所8ヶ所,個人作家3人の計11ヵ所の取引先であったが,14年5月現在では作業所11ヵ所,個人作家11人の計22ヶ所の作品を置くまでになった.販売点数も当初の150点から300点を越すまでになり,バラエティに富み,手づくりならではの温かさに満ちた作品の数々と,お店になってきている.働くメンバーにとってもそんなYou遊であるように,ともに考えあい創りあげていきたい.
(石黒 学)
一周年感謝セールのお知らせ
7月16日(火)13:00より7月27日(土)18:00までの9日間
(日曜日,月曜日,7月20日の海の日は休みになります)
この一年間の感謝を込めて,また作者の御好意により,普段お店で販売している全商品が一割引になります.
すべてが手づくりの作品,すべてが一つしかない作品です.この機会にお見逃しなく!!
機関紙「やどかり」6月号より
地域交流委員会報告
11月17日のイベントに向けて発進
昨年度,恒例のやどかりの里大バザーについて,第三木曜会等で見直しを行ってきた.バザーは,資金づくりの要として,多くの市民の方々に協力頂き,やどかりの里でも総出で取り組んできた.たくさんのエネルギーも費やす.もともと,何もないところから出発することの象徴のようなバザー.無理は承知だが,各々の業務が確立する中で取り組んでいくには,日常業務に支障すらきたしかねなくなってきた.しかし,バザーを通
じて「やどかりの里」を知った方も多いだろう.また,私たちとしても,バザーの企画づくりにメンバーとスタッフが共に頭を悩まし,みんなで汗を流した楽しさもあった.
今年度,地域交流委員会が出発した.第1回目の会合では,「地域交流」について話が出た.「会館近くのバス停で,一緒に待っていたおばさんが『この辺も変わった』と話していた.僕たちは会館を出入りしているけど,どう見られているんだろう,と思う」「自治会の運動会等,行事に参加はするけど,それ以外はあまり接触がない」と,自分たちが働く場の地域について改めて目を向ける機会となった.これから取り組むイベントについては,地域の方や,これまでバザーに関わって下さった方に意見を聞きながら,また,できれば実行委員会に参加して頂きながら企画を進めていけたら,と意見が出た.まず,地域の方々にお話を伺い,こちらの意見を伝えたい…….
今回のもう一つの目的は,「会員交流」.みなさんもぜひご意見,ご参加を.どうぞ宜しくお願いしますネ.
(香野恵美子)
機関紙「やどかり」6月号より
はあとねっと「輪っふる」スタート
ノーマライゼーションを理念に
4月1日,北与野駅前,国道17号沿いの埼玉
トヨペットのショールームの1画に,「輪っふる」という場とその場を活用する活動がスタートした.さまざまな障害者団体が協力し,埼玉
トヨペットが提供するスペースを活用し,働くことについて考えたり,講演会や相談事業などに取り組み,すべての人々が「共生」できる社会の実現に向けて取り組んでいこうと考えている.埼玉
トヨペットという企業との連携も新しい取り組みである.
この発端はOMIYAばりあふりー研究会と埼玉トヨペットとのお付き合いから始まっている.それをもっと広げていこうと声がかかり,さいたま市内を中心に活動がスタートした.まだまだ手探りの段階であり,OMIYAばりあふりー研究会に依拠するところが大きいが,横のつながりを願う人たちの輪が広がっていく.
4月1日のオープニングには,さいたま市の障害福祉課も招かれ,関係者や埼玉
トヨペットの新人社員も加わり,盛大に行われた.発足記念式典の実施にあたりアルバイトが募集され,障害者関係の施設や団体から,さまざまな障害を持つ人が,受付,ウエイター,ウエイトレス,駐車場案内など,各所で活躍した.やどかりの里からも4人のメンバーが受け付けなどで働いた.
さまざまな障害や疾病を抱えた人たち,あるいはともに活動する人たちが,顔を合わせる場ができたことは,とても大切なことである.まずはお互いが理解し合うこと,そして共同作業できることを探していくこと,さまざまな試行錯誤の中で,お互いの学びと気づきを大切にして,新しい活動が育っていくのではないだろうか.
(増田 一世)
機関紙「やどかり」5月号より
新人職員座談会
新人職員,自分を語る!
やどかりの里に今年も新しい顔が加わりました.鈴木裕貴さん(大宮中部生活支援センター),玉
手佳苗さん(浦和生活支援センター・まごころ),深瀬久博さん(大宮東部生活支援センター・エンジュ),中村由佳さん(アトリエなす花)の4名です.4月17日(木)に新人さんとインタビュアー(旧新人職員:渋谷・福島)で座談会を行いました.
皆さんそれぞれにやどかりの里に出会う前後の思いを語って下さいました.その様子を皆さんにも紹介したいと思います.
≪やどかりの里に出会うまで≫
鈴木:大学受験の時に阪神大震災があり,高速道路とかバタバタ倒れているのを見て,自分にもできることがあるんじゃないかと思い土木の道に進んだ.土木の世界に入ると現場を転々として,金を転がしている商社みたいな仕事だった.自分の中では住み良い国を作っていきたいと思っていたんだけど.でも実際は,何とか利益を上げ,仕事を回しているだけの感じで,何か違和感を覚えた.
元々人と接する事が好きで人の笑顔が大好きなんですね.作業員のおじさんと良い関係を作って,仲良くワイワイとやっていたんだけど,プレハブの建物で生活し,6畳一間で相部屋だった時期もあり生活スタイルが人間的じゃないと感じ始めた.もっと人と接していく仕事がしたいなというのがあり色々と道を探し始めた時,精神保健福祉士というのがあることを知り,興味を持ち始めた.
やどかりの里の実習を通して,自分のことだから自分で何とかしていかなければいけないという思いをメンバーからすごく感じた.人と人として接して共に歩んでいけるような関係を作っていけたらというのが理想.その方が楽しいじゃないですか.
深瀬:ばあちゃんが医者をやっている時,患者さんの立場にたって自分の体調のこととか結果
を聞くのが怖いという人達に対して,「誰だって病気はするし,怪我とかするんだから,そういうのがないほうがおかしいんだよ」と言った.それを聞いて,自分もばあちゃんのように,人に関わることをしたいと思った.大学進学の際にセミナーでソーシャルワーカーって仕事があるというのを知り福祉系の大学を探した.
大学では,ある先生との大きな出会いがあり,考えることの面白さや人との関わりの中で学ぶことがあった.例えば利用者の人がこういうことがやりたいって言ったら,もしその人が失敗すると自分が分ったとしても,それはその人の意思だから,本人の意思を尊重させてあげなさいという考え方ができるのがすごいなって.自分の気持ちとかが先行しがちだけど,先生がそういう見方が強かったから,あぁすごいなって思って.こういうことをもっと考えていけたらいいなと思ったのがきっかけです.
玉手:私は大学で心理学を専攻していた.目に見えないものに関心があり,外に現れる表情や行動などに興味をそそられた.自分が相手にどう見えているのか?こうすれば人はこう思うのではないか?とか色々と考えていた.私の中では根本的興味がそこにあり,その周りに生活があるということに気づいた.福祉のことは全く頭になく,学校に入って初めて福祉の勉強をし,生活面
からいろんなことを見ることができるようになった.
やどかりの里は,地域の中に住んでいる人の生活に密着していて,生活を支えるという基盤を作っているところに私は共感したので,一緒にやっていきたいなと思った.
中村:私は高校生の頃は自分が大好きで自分のことばかり考え自分に興味があった.実際に私も友人もきつい時があったが,その時,生活は動いてどうにかなった.どうにかしたいと思う時,解決する具体的な方法が心理よりも生活の方が多い様な気がした.そして,年を重ねて,色んな人に会えば会うほど自分に向いていた事が外に向くようになっていった.高校時代があるから今があると思う.
やどかりの里は人間を大切にしてくれる所という印象があった.昨夏にやどかりの里の研修に参加し,そこで運転手のような事をして相談に乗らなくても,全体をみれば大切なんだという話を聞き,そういう考え方って大切なんだと思った.こういうところで働きたいと思った.
≪仕事をして感じること≫
玉手:難しいなぁと思うことも多いが自分の生活などで前向きに考えられるようになった.自分らしくやっていきたいと思った.
鈴木:お互いに自分を出しやすい環境であるなと感じている.
深瀬:最近もっと自分らしくして良いなと思ってきた.腹たつことは腹たつで良いのかなって…思うようになってきた.
中村:仕事をしていて色々戸惑うことはある.でも今は身近に相談できる人がいて好きな事をしゃべれるしそのことを皆聞いてくれている感じがする.
≪インタビュアー談≫
私は特に,これまでの人生で大事にしてきたことが,どんな風にやどかりの里に通
じていったのかを聞きたかった.人生のなかで貴重な出会いや体験を経て,やどかりの里に共感して来られたと改めて知る事ができた.(渋谷 文香)
私は今回座談会に参加し,人は色んな出会いがあり色んな刺激を受けているのだと感じた.また人の人生って面
白いなと思い,更には色んな可能性を秘めているのだと実感した. (福島理恵子)
機関紙「やどかり」5月号より
ホームヘルパー研修に取り組んで
昨年度後半より,生活支援センター本部では,さいたま市内の関係機関からの研修を積極的に受け
てきた.この4月からの精神保健福祉業務の市町村移管を前に,研修を依頼されることが増えた.生
活支援センター本部では,さいたま市の精神保健福祉の充実を図っていくためにも依頼された研修は
積極的に取り組んだ.
去る2月には,さいたま市のホームヘルパー研修に取り組んだ.この研修は,4月から始まる精神
障害者居宅生活支援事業を控え,市内のホームヘルパーの人たちを対象として,大宮保健所,さいた
ま市障害者支援課,さいたま在宅ケアサービス公社の三者で取り組んだ研修である.やどかりの里に
は,3回行う研修の内の1回を,ホームヘルパーの人たちが精神障害者と触れ合う機会として依頼さ
れた.研修を受けた目的としては,メンバーとの話し合いの中から精神障害者に必要なホームヘルプ
事業を考えるきっかけになればと考え取り組んだ.
研修に参加したホームヘルパーさんは22名.研修日は1人1日で,計6日間おこなった.午前中は
生活支援センターでメンバーと過ごし,午後はメンバーのアパートにお邪魔して話をしたり,ホーム
ヘルプ事業についての話し合いやホームヘルパーさんたちとの意見交換などを行った.研修内容は生
活支援本部で検討し,8人のメンバーが協力してくれた.
6日間の研修が終わった後,研修に参加したメンバー,職員とで感想を出し合う機会を設け,ホー
ムヘルプに関する様々な思いを出し合った.「ホームヘルプサービスは誰でもが必要とするサービス.
性別や年齢,障害を超えて必要なもの」と,あるメンバーは今回の研修を締め括った.
また,3月には今回の研修の反省会が,主催者とホームヘルパーさんたちとで行われ,私も参加さ
せていただいた.全体の研修の感想としては様々なことが語られ,やどかりの里での研修の感想とし
ては,「実際に精神障害者と話せたことが良かった」「生活支援センターで安心感をもって過ごせたこ
とでこれからホームヘルパーとして彼らと関わる上でも安心して関われる」「精神病院に行ってみて
くださいと言われたことがとても心に残っている」などが語られた.
印象に残ったのは,ホームヘルパーさんたちひとりひとりが,とても熱心に,真剣に,ホームヘル
プ事業に取り組もうとしていることであった.中には,やどかりの里の研修でメンバーから言われた
「お茶をゆっくり一緒に飲む時間も大切」という意見について,これから自分たちがホームヘルプサ
ービスにどう取り組んでいくかを真剣に考えている人もいた.
今回の研修を通して,ホームヘルプ事業に真剣に取り組もうとしているホームヘルパーさんたちと
出会い,質のいいホームヘルプ事業がさいたま市で展開されていければと思う.これからも,地域精
神保健に関わる様々な事業がより充実していくために,市内の関係者と協力しながら,やどかりの里
としてできることを可能な限り取り組んでいきたい.
(三石麻友美)
機関紙「やどかり」4月号より
退職される方たちへのインタビュー
やどかりでの学びを胸に,新たな道を歩み始める!
山口 光太郎さん(やどかりの里歴:4年)
Q:この4年で,変わったなと思うことは?
山口:自分の思いを表現して,伝えたり,実際行動に移せるようになった.それまで,自分に対し
ても,人に対しても,なぁなぁで済ますことが多かったように思う.
Q:そう変わったのは,どうしてですか?
山口:たくさんの貴重な出会いがあったからだ.人と関係を築くことは,相手と自分がいてできる
ことだから,気持ちを分かりあいたいと思った.それらの出会いと,一緒に過ごした時間は,自分に
とって財産だと思う.
Q:退職を決められた理由は?
山口:やどかりの活動が楽しくて好きだった.その半面,より自分の事を活かせ
る場があるのではないかと考え始めた.この4年間があったからこそ,新しい道を見つけていきたい
と思うことができた.
Q:これからのことを教えてください.
山口:精神保健福祉分野だけでなく,広く地域を視野に入れた活動をしたい.それを目指して,学
習や活動をしていきたい.
小林 文さん(やどかりの里歴:3年)
Q:どんな3年間でしたか?
小林:1年目は,憩いの場での役割を見つけられず,何か失敗すると悔やんでばかりだった.自分
に目が向いて,周囲に目が向かなかった.2年目は,メンバーがどんな思いで生活しているかを感じ
とることが課題だったけど,やっぱり自分に目が向いていた.先輩のアドバイスは絶対だと思って行
動して,一生懸命になればなるほど分からないことを聞けず,結局ずれてしまうこともあった.3年
目になり,意識の転換をする機会があった.すると,自分が好きになり,相手のことも見えてきた.
物事に積極的に関わるようになった.自分の人生を振り返った3年だった.
Q::退職を決められた理由は?
小林:人生の勉強をさせてもらって,居心地もいいけど,自分にはもっと別
な道もあるのではない かと考えるようになったから.
Q::これからのことを教えてください.
小林:物を作る仕事がしたい.N形になるものを作り,デザインなどもしたいと考えている.
仁木 美知子さん (やどかりの里歴:12年)
Q:やどかりの日々はどんなものでしたか?
仁木:激動の時代を過ごして,慌しかったの一言.でも,いつもメンバーの方々と一緒に,小さな
ことを一つ一つ作りあげてきた.人と人との関わりがとても大切な思い出.
Q:退職を決められた理由は?
仁木:私は,時代の節目を大切にしてきた.研修センターもやどかりの里では変わり目を迎えた.
次世代への期待と願いを込めて.
Q:これからのことを教えてください.
仁木:まずひと息,リフレッシュ.人間関係は大切で切れるものではない.私は変わらず,関わり
が少し変わるだけ.
Q::みんなにメッセージを.
仁木:ごくあたりまえの生活の実現とは,まず一人一人違ってあたりまえという,違いを認めるこ
とから始まる.障害があってもなくても,何かができようができまいがそのような事は問題じゃあな
い.どなたもかけがえの無い大切な人.お互い仲良く暮らしていきたい.私も日々自分探し.やどか
りの里が,いい方向に向かうように願っている.
みなさん,本当にお疲れ様でした!そして,ありがとうございました!
(渋谷 文香)
機関紙「やどかり」4月号より
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