-2007年度1面記事-

機関紙「やどかり」4月号
(2007.04.15発行)

<1面 記事>

2007年度 やどかりの里活動方針
運動と創造を両輪で進める
  やどかりの里40周年に向けた,ビジョンづくり

 
  2007年度のやどかりの里の活動方針を述べる前にやどかりの里を取り巻く状況について確認しておきましょう.

1.やどかりの里を取り巻く状況

1)全国的な動向

 「貧困」や「ワーキングプア」などが社会問題化する一方で,生活保護法の見直しなど,社会保障全般の後退が進んでいます.同時に「自己責任」「成果主義」「効率優先」といった考え方が広がる中で,障害者福祉の世界にも市場化の波が押し寄せてきています.
  2005年10月に拙速に成立した障害者自立支援法(以下,自立支援法)が,2006年10月には本格施行となりました.全国各地で障害のある人への自立支援法による影響も大きくなっており,障害者施設も減収となり,職員が働く環境も厳しくなりました.自立支援法への問題提起の声が,2006年10月31日に開かれた日比谷公会堂や野外音楽堂を中心に15,000人が集まる「出直してよ!障害者自立支援法」大フォーラムにつながりました.こうした障害のある人たちや関係者の運動が大きな力となり,本格施行から2か月余りで国による特別対策が発表されました.障害者運動が確実に国の施策に影響を及ぼしています.
 
2)さいたま市の動向

 障害のある人への支援は,市町村が中心になって進められることになりました.さいたま市では,2007年4月に障害者総合支援センターが開所し,新たにさいたま市が就労支援の事業を始めます.また,障害のある人への相談支援事業も各区での支援内容の充実を目指した大切な時期を迎えています.
  さいたま市保健所の実施する退院支援事業も2年目を迎え,援護寮を足がかりに退院するなど,生活支援センターや援護寮の役割がこれまで以上に大切になってきています.
  障害者自立支援協議会も新たに立ち上がり,相談支援事業から見えてきた障害のある人たちの潜在的なニーズを捕捉し,必要な制度や支援を新たに作り出していくための取組みが始まります.

2.2007年度活動方針

1)運動を力に

 変化の大きい障害者施策の動向を読み取りながら,自立支援法の改善に向けた取り組みを進めていきます.市内・県内・全国の関係者と力を合わせた幅広い運動に取り組み,メンバー,家族,職員,法人役員など関係者が力をつけていきます.

2)新事業立ち上げの準備

 昨年度立ち上げた障害者自立支援法対策本部の取組みで,必要性が見えてきた労働支援,居宅介護事業,回復や親からの自立を考える活動などがあります.地域にある潜在的なニーズを捕捉する努力を行いつつ,新事業の立ち上げに向けて準備を進めます.

3)創立40周年に向けて,ビジョンの構築

 やどかりの里は2009年8月に40周年を迎えます.障害者自立支援法対策本部を発展的に解消し,やどかりの里ビジョン検討委員会を立ち上げます.メンバー・家族・職員・法人役員など関係者が参加し,活動理念を明確化し,やどかりの里の使命の再確認をします.そして,やどかりの里全体を見定め,やどかりの里に対するニーズを把握し,具体的な取組みの方向性を描き出し,行動計画を立てていきます.その中で新事業への移行時期,移行後の活動のあり方も具体的に検討していきます.しかし,自立支援法への対応を考えるだけでは,やどかりの里の未来は切り拓けません.地域のニーズや事業起こしの発想を豊かにしながら,新たな創造に向けて準備を始めます.

3.やどかりの里の5つの課題と今年度の活動

1) 学習を進めていく課題
  社会の情勢を読み取る努力とその共有化のための学習,自立支援法の改善に向けた取組みのための学習,障害者の権利条約について学び,実際の活動に生かすための学習などを行います.

2) 精神医療に関する課題
  長期入院の人たちの退院支援を進める中で,医療機関,保健所などの公的機関,市内の生活支援センターとの連携を深め,精神科医療を開かれたものとしていきます.また,やどかりの里のメンバーへの支援から見えてきた精神科医療の問題を医療関係者と共有し,問題の解決に向けて取り組みます(精神障害のある人たちの権利意識の醸成も含めて).

3) 働く場を広げていく課題
  やどかりの里の働く場が,まだ利用できていない人たちにとっても開かれた場所となっていくように,市内の関係機関などへの周知を図っていきます.また,各事業所では新たに働く人を受け入れられるような態勢を整えていきます.さらに,労働支援の視点で,障害のある人たちの働くための準備性を高め,自分の体力や回復に合わせた働き方を見つけ出す支援,そのために必要な労働行政などとの新たな連携を進めます.
  地域の人たちのニーズを掴む努力を重ねつつ,地域の中で必要とされる新たな仕事おこしについて検討します.

4) 財政基盤を拡充していく課題
  公的な補助金が減少する方向性の中で,公的責任性を問いながら,補助金減額に対して問題提起を続けます.
  現状の支援態勢の中で,不足している支援を新たな事業として進めることで,財政基盤の確立を目指します.

5) やどかりの里の活動の価値の普遍化の課題
  コンサートやバザーの取組みを通して,やどかりの里の問題意識を伝え,市民との協力の輪を広げていきます.やどかりの里の考え方,取組み,大切にしているものなど,つねに情報発信を継続します.同時にさいたま市,埼玉県,全国各地でのさまざまな取組みから学び,相互に学び合う関係を構築していきます.そして,やどかりの里の活動を検証しつつ,活動を前進させていきます.

 

 


機関紙「やどかり」5月号
(2007.05.15発行

<1面 記事>

障害のある人の権利条約採択の意味
学習することから始めよう

 
  2006年12月13日,第61回国連総会において障害のある人の権利条約が採択された.今後,各国で批准の手続きに入っていく.本紙でも何度か取り上げたが,今回は,条約が国連で採択された意味について考えたい.

  この条約が重要なのは,その位置づけにある.批准されれば,国際条約は憲法と一般法の中間に位置する.一般法にも影響を与えるのだ.従って,批准した条約とかけ離れた法律は改正が,未整備な法律は制定が求められる.この間,障害者自立支援法(以下,法)の改善に向けた運動を展開してきたやどかりの里にとっては朗報である.署名活動など,当事者の声を届ける運動の一方で,条約の批准を通して法の改善を図る可能性も開けたのである.また,条約の批准にあわせて,新たに差別禁止法等の制定も求められよう.

  条約の中身であるが,紙面の都合もあり,ここではかいつまんでお伝えする.条約は「障害のある人のすべての人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有」を目的としている.
  条約採択までの議論のなかでも「障害」ならびに「差別」の定義をどうするか,各国で見解が分かれ大きい論点の1つとなった.「障害」の考え方については,前文と目的条項(1条)に織り込まれ,種々の障壁との相互作用による障害も含むことになった.また,「差別」に関しては,「合理的配慮の否定」も「差別」に含むとされた.「合理的配慮」とは差別を除去していく実質的な手段で,そうした手段を講じない場合も「差別」に含まれるのである.いずれも,障害のある人ではなく障害のある人をとり囲む環境に着目した点は大きい.このことで,今まで日本国内で「差別」と認識されてこなかったことが「差別」となる可能性も出てきたのである.障害のある人にとって,主張できる権利が広がったと言えよう.権利を行使していくにも,まずは条約について当事者である私たちが学習して知っておく必要がある.

  来る6月30日には,条約のための国連特別委員会に政府代表顧問として参加されてこられた東俊裕さん(DPI日本会議常任委員)をお招きしての学習会が,やどかり研究所主催で開催される予定である.多くの方の参加を期待したい.こうした学習を積み重ねて,条約についての理解を深め,私たちの権利を拓く手燭としていこうではないか.

 


機関紙「やどかり」6月号
(2007.06.15発行)

<1面 記事>

第36回通常総会開催
40周年に向け方向性を描き出す1年

 
  5月26日(土)に,本年度の通常総会をやどかり情報館で開催した.冒頭,土橋敏孝理事長は去る5月19日に終了したチェコ少女合唱団のコンサートの成功に感謝し,一方でメンバー・家族の高齢化の問題や労働支援,退院支援など今後の課題にふれた.そして40周年以降のやどかりの里を考えるためにも,十分審議を尽くしてほしいと述べた.
  会員総数351名,出席者59名,委任状提出者217名により本総会は成立し,掘澄清理事が議長を務めた.

第1号議案:平成18年度事業報告及び決算報告承認の件
  増田常務理事は「所報」を元に,特に障害者自立支援法(以下,法)が施行されたことによる影響,その改善に向けてやどかりの里が内部で,市内で,全国でどう対処し運動してきたのかを中心に,報告した.続いて法人事務局は新しくなった後援会の活動にふれた.生活支援活動,居住支援活動では,法によって移行した生活支援センター,あるいはグループホームの状況を具体的に報告した.また労働支援活動では「働きたい思い」を実現していくために取り組んできたことなどの報告がなされた.そして決算の審議に入った.国の施策により揺さぶられ続けた財務状況,運営費補助金等の状況が説明され,第1号議案は承認された.

第2号議案:平成19年度事業計画案及び予算案審議の件
  法の改善運動に取り組むこと,一方では新事業の立上げの準備を進めつつ,40周年に向けてやどかりの里の今後を描いていくことが大きな目標となる.また改善運動の考え方の基盤として「障害のある人の権利条約」を据え,学習していきたいと考えている.これらに沿って相談支援・生活支援活動,居住支援活動,労働支援活動など計画の詳細が説明された.予算では新公益法人会計基準を平成19年度より導入し,それに基づいたものであること等,今後の帳票類の説明があった.そして,事業計画案,予算案も異議なく承認された.

第3号議案:定款変更承認の件
  公益法人制度改革,及び新公益法人会計基準導入に伴い,財務帳票の保存期間が5年から10年に変更されるため,定款の変更が必要になるとの説明を受け,本件は承認された.
 
  審議を終了したのち,新人職員,新規会員,初めて総会に出席した会員等の紹介があった.また辰村泰治理事の閉会の挨拶が出席者の心を和ませ,総会は無事終了した.

 


機関紙「やどかり」7月号
(2007.07.15発行)

<1面 記事>

コムスン問題を考える
問題の本質はどこに

  介護サービスの最大手企業「コムスン」が,介護事業で不正行為が発覚し,売却されることになった.全国の高齢者や障害者が,日常生活に不安を抱えていると思うと,心が痛む.

  今回のこの事態,問題の本質はどこにあるのだろうか.一企業であるコムスンの経営陣を責める野次馬的な報道に,問題の本質をすりかえ,全てをコムスンの責任だとする厚生労働省に,危機感と怒りを覚えずにはいられない.
  「介護の社会化」を謳った介護保険法が施行されたのは2000年.そして,「介護サービス」を担う事業所を全国各地域に増やす目的で,国は規制緩和を図った. そんな中,コムスンは,訪問介護サービスや施設サービスを日本全国で展開させてきた.24時間365日の訪問サービス,離島でもサービスを提供するという企業は,コムスンだけだった.
  そうしてコムスンは,介護保険法の波に乗り,企業として利益を上げてきた.同時に国は,「全国一律に介護サービスを」という方針をコムスンのような企業の存在によって実現してきた.いわば,これまで両者の利害は一致していたと言える. それなのに,なぜこのような事態に陥ったのだろうか.

  今回の事態の引き金となったのは,介護保険制度そのものの不備ではないか.コムスンの不正行為は良くない.しかし,全てがコムスンの責任に期して,問題解決とは言えない.今回のような例は,氷山の一角ともきく.事業所や人材を確保し,良質の安定したサービスを提供し続けられるだけの制度なのか,介護報酬の単価の低さからしても疑問である.

  そもそも,規制緩和の名の下に「福祉」を介護ビジネスとして市場化した,国の政策の誤りなのではないか.企業は,利益を上げねばならない.どんなに必要で重要な介護サービスを担っていたとしても,儲からなくては,撤退するしかない.そんな企業が本当の「福祉」の担い手になりうるのだろうか.国が「福祉」の担い手を,できるだけ少ない財源で確保しようとしているように見えはしないか.

  今回,厚生労働省は「利用者のサービスを確保し,不安を解消することが最優先課題」としている.どこか,無責任に聞こえてならない.コムスンが事業撤退するだけで終わらせるのではなく,制度そのものの根本的な見直しこそが必要なのではないか.
  また,介護保険法との統合を視野に入れた障害者自立支援法の影響を受ける私たちにとっても,見過ごしにできない.私たちは,そこに内包している問題の本質を,きちんと見据え,考え,行動していこう.

 


機関紙「やどかり」8月号
(2007.08.15発行)

<1面 記事>

やどかりの里の働く場が組織にもたらしたもの
今,改めて組織の原点を見つめ直す

 今年度,食事サービスセンターエンジュ(通所授産施設),喫茶ルポーズ(小規模作業所),やどかり情報館(福祉工場)が活動を開始して10年が経過した.やどかりの里としても,組織の変革に取り組んできた10年であり,この3か所の働く場が組織活動に与えた影響も大きかった.

  喫茶ルポーズは,1996年8月に,「普通の喫茶店で働きたい」という1人のメンバーの夢から活動を開始した.喫茶ルポーズは,街の中の喫茶店として,また,地域の人の憩いの場として,活動を充実させてきた.また,地域の高齢者の宅配事業の配達拠点としての役割も果たし,配達のボランティアを職員,メンバーが行っていた時もあった.そうした取り組みから,街で暮らす人の顔や暮らしぶりが見え,地域の課題は自分たちの課題でもあると,「地域を見る視点」ができたことは,その後の新たな活動展開の柱となっていった.

  翌年1997年4月には食事サービスセンターエンジュの活動が開始.障害のある人が健康を守りながら働く仕組みづくりと同時に,地域に暮らす高齢者の食のニーズに応える取り組みが始まった.障害のある人が働くことを実現することだけでなく,地域に求められるサービスを提供していくという発想は,「やどかりの里があってよかったと思える」お互い様の関係を地域の中に創り出していった.
  この2か所の働く場の取り組みから見えてきたことは,これまでサービスや支援を受ける立場にあった障害のある人たちが,地域の人たちへのサービスの担い手でもある,という大きな価値転換をはかるきっかけとなったことである.

  また,同じく1997年に開始したやどかり情報館の取り組みからは,メンバーが労働者として働く意味や,メンバーと職員の協働の取り組みの重要性が浮き彫りとなった.障害のある人の体験をマイナスからプラスへと転換していくことに価値を見出し,出版活動・研究活動・講演活動を通して,社会へ発信していく取り組みを行ってきた.
  やどかり情報館の取り組みは,障害のある人の労働という視点を強く意識したことが大きい.権利としての労働,そしてそれを支える仕組みづくりと,制度が確立されていくことの重要性を明らかにした.

  各活動が開始されて10年.活動からの学びや気づきを通して,やどかりの里は組織としても成長してきた.地域の人の顔が見える街づくり,地域に貢献する住民との支え合いの活動づくり,障害のある人の労働者としての権利の保障,障害の体験や生きざまの中にある普遍的な価値,職員とメンバーとの協働など,現在の組織基盤をなす柱を実践から作り出してきた.

  本紙では,これら3か所の働く場の活動づくりがやどかりの里の組織に何をもたらしたのか,その取り組みを来月号より連載で報告していく.各活動の10年の節目を機に,再度,組織の原点を見つめ直す企画としたい.

 


機関紙「やどかり」9月号
(2007.09.15発行)

<1面 記事>

やどかりの里と私
活動の原点に立ち戻る「里祭」

 やどかりの里が活動を開始したのは1970(昭和45)年8月15日,この日を記念して毎年8月に「里祭」が開催される.今年は8月2日に開催,長年やどかりの里の会員として参加している方から,今年度生活支援センターに登録したばかりで,これから会員になりたいと初めて参加した方まで,50名近くが集まり,「3年後のやどかりの里と私」というテーマで語り合う時間をもった.

  やどかりの里では,職員研修会,若手の職員がやどかりの里の歴史を学ぶ自主的な学習会(温故知新班)での学習,そして今年度から始まったビジョン検討委員会と,学習や話し合いの機会を多様にもち,やどかりの里の歴史を丁寧に学ぶ機会をつくってきた.また,本紙をはじめとして,活動を記録として残していくとりくみも長年続けられ,研修・研究・出版の3つの柱が組織活動にしっかりと位置づいていることが,40年近くたった今も変わることなく活動理念が継承されている理由ではないだろうか.そして,年1回開催される里祭も単なる記念の日ではなく,やどかりの里の歴史を改めてたどり,関わってきた人たちの思いに触れる大切な学びの機会となっている.

  やどかりの里の活動に長年関わっている人たちは,みなやどかりの里のことを「里」と呼ぶが,そこには,ふるさとのようなあたたかさや,仲間が集まる場所といった響きがある.今年の里祭は,日頃あまり顔を合わせることのない人たちが一同に「里」に集まり,1人1人が自分の思いを語り合う,そんな時間であった.その中で,やどかりの里の創設者の1人である「茶の間のおばさん」こと今は亡き志村澄子さんのことが多くの方の発言の中に登場してきた.古き良き「里」の原点ともいうべき,茶の間の空間やそこにいた志村さんの姿が目に浮かぶようであった.あるメンバーが「無条件に受け入れられる環境」と表現しているように,家族にとっても,メンバーにとっても,職員にとっても,茶の間は疲れた羽を休め,傷ついた羽を癒すそんな場所であった.

  しかし,ここ十数年は,活動が地域に広がり,組織も拡大し,それぞれに休むことなく走り続けているような状況が続いている.そこに障害者自立支援法の大波が追いうちをかけ,誰かが躓けばみんなが転んでしまうような,そんな危機感がそれぞれの活動現場から見え隠れしている.そんな状況だからこそ,夢を語り合う今年の里祭のような時間をもつことが,明日のやどかりの里を切り拓いていく力やエネルギーになっていくのだろう.今年の里祭には,かつての茶の間を彷彿とさせる時間と空間があった.
  「3年後も,こうした思いや願いを語り合えるやどかりの里でありたい」,そんな思いを1つにした時間であった.

  これからもやどかりの里にとって,8月は「里」の原点に立ち返る大切な日である.そして,障害者自立支援法が成立した10月31日もやどかりの里にとって忘れ難い日となった.これまで運動を共にしてきた全国の多くの仲間と自立支援法の問題を改善するために語り合い,力を出し合い,私たちの声を社会に届ける,そんな日にしたいと思う.

 


機関紙「やどかり」10月号
(2007.10.15発行)

<1面 記事>

応益負担問題を改めて問う
障害者自立支援法と松嶋元障害保健福祉企画課長問題

 2005(平成17)年10月31日,忘れもしない,障害者自立支援法(以下,「法」)が成立した日だ.この「法」は,応益負担,報酬の日額払いへの変更など,従来の福祉制度を大きく変質させた.なかでも応益負担の導入は,この国の福祉の根本を覆すものであった. そして,障害のある人や家族を直撃し,いのちさえ脅かす状況を招いている.

  そうしたなか,今年8月,障害福祉関係者が愕然とする報道があった.前厚生労働局長九州厚生局長の松嶋賢氏が,2005(平成17)年11月に,大阪府枚方市の社会福祉法人から中古の高級車を無償で譲り受けていたことが分かった.他,個人家屋のリフォーム代など,利益供与の総額は数千万円とみられている.当時,松嶋前局長は社会福祉法人を監督する立場にあり,利害関係者からの金品の受け取りを禁じた国家公務員倫理法に違反する疑いがもたれると報道された.

  松嶋前局長は,2002(平成14)年8月から厚労省社会・援護局の地域福祉課長,2004(平成16)年7月から同局障害保健福祉部障害福祉課長を務めた.かの「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」が出されたのが10月.この施策が諮られた社会保障審議会障害者部会で,松嶋氏は福祉課長として,村木企画課長,塩田障害保健部長と並んで座していた.
  また,2005(平成17)年10月,まさに法案が国会に再提出される局面には,同部企画課長の任に就いていた(後,昨年9月に九州厚生局長に就任,8月24日に厚労省を辞職).企画課長職は,障害のある人たちの暮らしに関する事実上の政策責任者である.その任にあった彼が,「法」成立の直後,数百万の高級車を受け取っていたのだ.

  今年6月,埼玉県内の障害関係6団体で行われた障害者自立支援法に関するアンケート調査では,回答のあった232施設のうち,「法」成立後の退所者が75人,退所後施設を利用していない人が26人,利用料の滞納が156人という結果が出た.滞納の理由として,負担が多くなり家族の暮らしが成り立たないとする人が34人あった.もうすでに退所してしまった人々は,いま,どのような日々を送っているのだろうか.利用料を滞納している人々は,どんな思いにさらされているのだろうか. あたりまえに暮らすこと,働くために必要な支援を受けるだけのことに,なぜ,これほどの苦痛を強いられなければならないのか.

  一方で,市井の金銭感覚もなく,公人としての倫理に触れる疑いが持たれる人が「法」設計の責任者であったかと思うと,強い矛盾と憤りを感じずにはいられない.退職金の返納で問題解決,これでよいのだろうか.
  そもそもこの「法」は,国の財政問題に起因し,応益負担はその最たる象徴である.福祉の基本理念にかかることに十分な議論のないまま施行され,そのずさんさが人々を追い詰めている.本来福祉とは,人々の幸せを支えるものであったはずだ.

  10・31を今年も迎えようとしている.10月30日に,「法」見直しを求める集会が日比谷で開かれ,31日には国会要請行動が行われる予定である.
  改めて,この国の福祉のあり方を問うていこう.

 


機関紙「やどかり」11月号
(2007.11.15発行)

<1面 記事>

「障害者自立支援法」抜本見直しの大きなうねりを!
10.30全国大フォーラム開催される

 2005年10月31日に障害者自立支援法(以下,法)が成立して2年.この時期に合わせて,今年も10月30日に「私たち抜きに私たちのことを決めないで!今こそ変えよう!『障害者自立支援法』10.30全国大フォーラム」が,日比谷野外音楽堂で開催された.

  集会は,各地からの実態報告に続いて政党シンポジウムが行われた.
  先の参議院選で民主党が勝利したねじれ国会で,民主党が法の改正法案を参議院に提出したこと,また,臨時国会は早ければ11月10日までという限られた時間が,テロ特措法,防衛省問題の審議に費やされている状況など,政治の動きに左右されるなかで開催された集会である.各政党の発言が注目を集めた.

  シンポジウムでは,与党も野党も認識のずれはあるとはいえ,法に課題があるという見解は共通していた.「(作業所に)払うお金と(工賃で)もらうお金を差し引くと手元には10円しか残りません」「(母として)うちの子たちの療育は習い事じゃないんです.(負担増で)貯金を切り崩す生活です」など,各地の実態報告でも悲鳴に近い報告がされただけに,野党の議員からは「一刻の猶予もならない.今臨時国会で審議すべき」「民主党案は緊急一時処置,法の影響をまず押しとどめて,改めて抜本見直しを」といった意見が相次いだ.与党の議員も最後には「応益負担はいささか乱暴であった.延長してでも臨時国会で審議すべきこと」との見解を示した.与党も見直す方向に間違いはないが,なお,見直す内容とその時期についてはしっかりと注目していかなければならない.会場も固唾を呑んで見守り,議員の一言一言に,どよめき,野次,拍手が沸きおこる緊迫した集会であった.

  閉会の挨拶では,集会の参加者が6,500人を超えたことが報告された.やどかりの里からも80名を超える参加があった.「法をなんとか変えたい」その思いで,全国の仲間と一緒に参加したフォーラム.これまでのさまざまな運動が,確実に状況を動かしていることを確認できた1日ではなかっただろうか.

  また,翌31日には,全国の障害のある人,その家族,関係者300人ほどが国会の議員会館に集まった.36の班を編成し,720人の衆・参の国会議員全員に法の問題を伝える国会議員要請行動を行ったのだ.やどかりの里からも浜砂会(家族会)の人も含めて3人が参加した.運動は続いている.

  さあ,さらにもう一歩,前へ動きを作っていこう.各地で開かれている集会,議会への働きかけなども報告された.埼玉県でも12月5日に集会が予定されている.私たちの声を私たちの地元に届けていこうではないか.

 


機関紙「やどかり」12月号
(2007.12.15発行)

<1面 記事>

やどかりの里の2007年を振り返る
−組織の活力となった今年の5大ニュース−

 今年も残すところあと僅かとなった.やどかりの里はこの1年,地域の仲間との活動を広げてきた.特徴的な出来事を「2007年の5大ニュース」として振り返ってみたい.

ビジョン検討委員会がスタート
  2009年に迎える40周年を前に,毎月第3木曜会の時間に,検討委員会を開催している.現在は,これまでの話し合いで明らかにした理念と活動方針を柱に,今後の実践面と財政面の計画づくりを行う予定だ.メンバー,職員,家族が話し合いを重ね,理念を明文化することができたのは,40周年を迎えるやどかりの里の歴史の中でも初めての作業で,大切な時間になった(本紙5月号参照).

チェコ少女合唱団「イトロ」公演
  平和,いのちの大切さを,イトロの皆さんの素晴らしい歌声と共に,埼玉会館大ホールを埋めた大勢のお客様に伝えることができた.会場に1,000名ものお客様をお迎えできたのは,やどかりの里に関わる1人1人が,丁寧にチケットを手売りした結果だった.コンサートを共に企画して下さった中村雪武さんにも深く感謝したい(本紙6月号参照).

埼玉新聞で「やどかりの里通信」連載スタート
  地元紙埼玉新聞で,毎月第1水曜日に連載されている.記事を担当するのは,常務理事の増田だ.やどかりの里のメンバー1人1人の姿が生き生きと描き出されている.地元埼玉の人々に,やどかりの里の活動や,障害のある人が地域で力強く暮らしているということが伝わったら嬉しい.

バザー200万円の売り上げ!
  売り上げが200万円を超えたのは,やどかりの里バザーの歴史が始まって以来のこと.物品提供や広告費,協賛金など,これまでつながってきた多くの地域の方々からの協力にも多謝.ボランティアもなんと140名を超え,やどかりの里には応援団がたくさんいることを改めて実感.初めての第2バザーの試みも“エコ”が叫ばれる時代に即し,大成功を収めることができた(本紙11月号参照).

私たちがつかんだ宝物 発刊!
  昨年の夏,さいたま市への負担軽減策を求めた請願署名運動で,多くの市民が私たちの声を受け止め,77,019筆という署名をさいたま市議会へ届けることができた.その取り組みをまとめた本がこの度出版された.全国の方々がこの本を手に取り,さいたま市で起こっている運動のうねりを感じてもらいたい1冊だ.私たちが手にした宝物が一杯詰まっているこの本を,是非ご一読いただきたい.

 さて,皆さんにとっての2007年はいかがでしたか.あなたの5大ニュースは!?

 


機関紙「やどかり」1月号
(2008.1.15発行)

<1面 記事>

未来を明るく照らす
やどかりの里の宝物

 2008年が始まりました.障害者自立支援法の3年後の見直しの年に当たり,障害分野には厳しい状況が続くことが予測されます.1970年にやどかりの里の活動が始まって38年,さまざまな危機的な状況を乗り切ってきたやどかりの里です.活動を継続する中で培ってきたやどかりの里の強み,特徴を再確認してみたいと思います.

1.1人1人が生きる力を獲得し,日々生きることを楽しむ
  精神疾患の発症,精神科病院への入院体験を通して人生のどん底を経験してきた人たちが,仲間との出会い,自分の力を発揮できる場を得ることなどを通して,もう一度生き直す人たちの輝くいのち.やどかりの里のエネルギーの源泉です.

2.学習し,実践につなげる力
  やどかりの里は学習することを大切にしています.新たな知識や情報を得るだけではなく,実践から学び,その学びを実践に生かしていくこと,それがやどかりの里に関わる1人1人の成長につながっています.

3.やどかりの里に集う多様な人たちの輪
   −互いを認め合い1つにまとまる力−
  精神障害のある人,その家族,職員,役員,多くの支援者,さまざまな生き方や価値観を持つ人たちがやどかりの里に集い,互いに認め合い,尊重し合い,まとまっていく力.この力がやどかりの里を支えます.

4.やどかりの里を後押しする多くの人たち
  やどかりの里後援会をはじめ,やどかりの里を応援する人の輪が広がっています.バザーのボランティアは150名を超え,チェコイトロ少女合唱団のコンサートには1,000名を越える人が参集しました.やどかりの里の応援団にエネルギーをもらっています.

5.さいたま市内のいろいろなつながり
  行政との連携・市内の障害者施設や障害者団体とのつながり,エンジュのお弁当を利用する高齢者との関係,作業所のドリームカンパニーや喫茶ルポーズを利用して下さる地域の人たち等々,さいたま市内に幾重にも重なるつながりが生まれています.やどかりの里の未来を切り拓くことにつながっていきます.

6.地域社会で支え合う力,地域社会を創る力
  やどかりの里は,地域で他の施設と力を合わせ,障害のある人の問題や課題について,地域住民に理解を求める取り組みを進めてきました.同時に地域社会の一員として,視野を広げて地域を意識すること,地域に貢献できること,やどかりの里が大切にしていることです.

7.全国に発信する力
  障害のある人たちの体験や意見,やどかりの里や各地の地道な実践を全国に発信していくことは,やどかりの里らしい運動の取り組みです.全国の人たちとのつながる力を強めています.

 


機関紙「やどかり」2月号
(2008.2.15発行)

<1面 記事>

初代理事長岩本正次先生ご逝去にあたり
やどかりの里の存在の確認

 2008年1月22日,やどかりの里の初代理事長である岩本正次先生がご逝去されました.
昨年末に体調を崩して入院され,お亡くなりになる直前まで意識もしっかりしており,看護師さんたちにソーシャルワークを講義されたり,ご家族やご友人のお見舞いに冗談を交えてお話しされていたとのことです.
  入院する直前まで本紙に目を通してくださっており,やどかりの里のことを気にかけてくださっていたそうです.入院中も「やどかりの里に行かなければ……」とお話されていたと伺いました.
  岩本先生の傍らにはいつも折り紙と計算機がありました.やどかりの里にいらっしゃる時にもあっという間に折りヅルを作られて,「はいっ」とプレゼントされた人もたくさんいるはずです.

  1972年に社団法人やどかりの里が認可され,岩本先生が理事長に就任され4期8年を務められました.1976年に出版された「『精神障害者』の社会復帰への実践―やどかりの里の試み」(存続が危ぶまれていたやどかりの里の5年の歩みを記録化した本)に,岩本先生の「やどかりの里の存在の確認」という原稿があります.改めて読み返してみると,やどかりの里が現在まで大切にしていることが記されています.1.仲間の中で仲間作りを自分達がやるんだということ,2.仲間作りを進めるに際して,周りと関わりながら進める,3.みんなの心が通い合える程度の,心を知りつくせる程度の小さな集団であること,4.暮らしの中でお互いに学んでいくこと,5.仲間が一生懸命に頑張っている姿をみて,自分も甘えないでやっていけるんだと実感で知ること,6.精神病を病気として見ない視点ー病気を治すことではなく暮らしを整えていくことで病気といわれてきたものは治っていく,7.自分が魂をもって周りと関わりながら,前向きに生きていること,の7つをあげていらっしゃいます.

  心が通い合える小さな集団が大切だが,集団は孤立するのではなく,周りと関わりながら進めること,地域で活動することが大切なのだと伝えてくださっています.人と人との心が通い合えるようなつながり,そのつながりを地域の中に広げていくことの大切さを岩本先生は伝えています.

  現在のやどかりの里の活動は,先達のさまざまな努力や労苦の中で引き継がれてきました.岩本先生の「精神病は本当に病気なのだろうか」という根源的な問いかけに,やどかりの里は実践を重ねる中でその問いかけに答えていく必要があるのだと思います.いつもやどかりの里のことを気遣い,心を砕いてくださっていた岩本先生に改めて感謝の気持ちをお伝えしたいと思います.ありがとうございました.

 


機関紙「やどかり」3月号
(2008.3.15発行)

<1面 記事>

2007年度総括会議

創立40周年に向けたやどかりの里のビジョンを描き出す
1人1人の成長が発展のエネルギーにつながった1年

障害者自立支援法施行から2年,法への改善運動とその対応に追われた2006年度.そして,その運動を力に一歩前に歩き出したのが2007年度である.今年度は「運動と創造を両輪で進める〜やどかりの里40周年に向けた,ビジョンづくり〜」を活動方針に掲げ,取り組みを進めてきた.
今年度もっとも時間をかけて取り組んだことは,ビジョン検討委員会を立ち上げ,やどかりの里の活動理念・活動方針を描き出すことであった.めまぐるしく変化する社会情勢,多様化するニーズ,そして,活動の公共性がより一層求められるようになった.激動期にあるやどかりの里にとって,話し合うこと,学び合うこと,そして創り合うことが一歩前に進むための大きな力となった.

障害者自立支援法をはじめとした社会の動きを学習することに多くの時間を使ってきた昨年度とは異なり,今年度はビジョン検討委員会での度重なる話し合いや,里祭での語り合いなど,お互いを知ることや,やどかりの里についてじっくり話し合う機会が多かった.それだけ,学習の機会や情報共有が日常的に活動の中に定着してきたともいえるだろう.
こうした話し合いの積み重ねの集大成が,2月21日に開催された2007年度総括会議であった.社会全体の動き(大状況),埼玉県やさいたま市の動向(中状況),そしてやどかりの里が取り組んできたこと(小状況)のまとめが報告され,45名の参加者が9つのグループに分かれ,グループ討論を中心にそれぞれの1年を振り返る時間をもった.
その中で,今年度はやどかりの里に登録する271名の状況についても共有する機会をもった.登録者は昨年度末から比べると約20名の増加.その背景には,障害者生活支援センターがより公益性をもった機能を果たしてきたことや,働く場の利用者が増加してきたこと,退院支援事業による退院者の増加など,やどかりの里の1年の取り組みが大きく影響している.

  271名の登録者から見えてきた新たなニーズ,多様化するニーズにどのように対応していくのか.すでに労働支援プロジェクトの取り組みや居宅介護事業所の立ち上げなど,今年度は新たな事業展開も進められた.しかし,登録者の家族の状態や地域の中に埋もれている「見えないニーズ」にはまだまだ支援が届いていない.活動の公的責任性が問われてくる中で,こうした課題に,やどかりの里がどのような機関,どのような分野の人たちと取り組んでいくのか,そして,生きている実感,働く実感を一人でも多くの人が感じられるようなネットワークづくりと地域づくりをどのように実現していくのか,40周年に向けて取り組むべき課題は大きい.

  新事業移行までのタイムリミットが近づく中,運動と創造を両輪で進めていくために,1人1人が成長し,前向きに取り組んだ1年.その1人1人の思いを重ねて描き出したビジョンを現実のものにしていくことが,来年度以降の取り組みになってくるだろう.

 

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