-TOPICS-
  


2005(平成17)年度 1面 記事

機関紙「やどかり」4月号
(2005.04.15発行)


平成17年度活動方針(案)

35年の蓄積を土台に地域に貢献できる活動づくり
情勢の変動を見つめつつ,協力者・支援者の輪を広げる

 近年さいたま市を意識した活動を展開してきた.その結果,市内のネットワークが重層に作られつつある.障害者福祉施策が大転換期を迎え,市町村の役割が大きくなり,やどかりの里が市内の活動にどう関わり,貢献していかれるか,今年度も大きな課題である.やどかりの里の活動方針を5つの課題に沿って述べる.

1.学習をすすめていく課題への取り組み
 2月に国会に上程された障害者自立支援法は,障害者福祉のあり方を大きく変える.こうした政策転換がどのような社会的な背景の中で行われているのか,その政策転換の持つ意味を学習していくことは当面の取り組みとして行う.同時にやどかりの里の35年間の蓄積から,市町村を中心とした障害者施策に自己プランを持ち,提案していく.昨年までの学習の蓄積をもとに,実践に基づく意見を提案していく.

2.精神医療に関する課題への取り組み
 昨年度の成果として,市内の精神科病院との連携・協力態勢ができてきた.長期入院者の退院の促進,退院者を受け止める地域支援態勢を構築していくためには,長期入院者の地域移行は,地域の課題であるという認識を広げていくことであろう.精神医療関係者,さいたま市や埼玉県の行政,地域の関係者との連携の中で,精神医療の課題を検討できる基盤づくりを行う.

3.働き場所を広げていく課題への取り組み
 障害者自立支援法は,働く場にも大きな影響を及ぼす.授産施設や作業所で働く障害者は多様な目的をもっており,国が提示する事業類型に整理した場合に,谷間に置かれる人が出てくる可能性がある.こうした矛盾を社会の問題として明らかにしていく.また,疲れやすさを持つ人が多い中で,補助金の人払い,日払いの制度が導入されることは,福祉工場や授産施設の存亡に関わることでもある.活動の存続にこれまで以上の努力と知恵が必要となる.

4.財政基盤を拡充していく課題への取り組み
 今般の障害者施策の改変は,背景には財源問題が色濃くある.予算全体の67%を補助金に依拠しているやどかりの里は,4年連続して補助金が減額されている現状の中で,さらに厳しい状況を想定せざるを得ない.援護寮やグループホーム,生活支援センターなどがどのように移行していくのか不透明な中,活動の質を担保するためには,必要な資源やサービスを継続するための財源が必要になる.
 こうした状況を冷静に見つめ,障害者施策を後退させない運動をネットワークづくりとともに進めていかなくてはならない.同時に,やどかりの里全体で自己資金獲得に向けての取り組みを行っていく.

5.やどかりの里の活動の価値の普遍化の課題への取り組み
 35年間の活動の中で培ってきたネットワークを大切にしながら,更に協力者・支援者を増やす努力を行う.そのためにはやどかりの里の活動の必要性や障害者支援の有効性を示していく.


機関紙「やどかり」5月号
(2005.05.15発行)


さいたま市の障害者施策の現状と課題
さいたま市障害者施策推進協議会での報告から


 3月22日,さいたま市障害者施策推進協議会(さいたま市の障害者計画の進行管理を目的とした市条例に基づく会)が開催された.やどかりの里からは増田常務理事が委員として出席したほか,4名の職員・メンバーが傍聴した.審議内容は,前回議事録の承認に続き2つのワーキンググループの報告,(仮称)「さいたま市障害者総合支援センター」基本構想,障害者自立支援法の概要,平成17年度予算における主な取り組みの報告等であった.

 ワーキンググループは,「障害者計画の進行管理と中間見直し」と「相談支援システムの構築」の2つのテーマで行われたが,今回の協議会ではおもに「障害者計画の進行管理と中間見直し」について報告された.身体障害・知的障害分野を中心に鴻沼福祉会の斎藤なを子常務理事が,精神障害分野を増田常務理事が報告した.いずれも12月21日,1月25日のワーキンググループで提供された資料や議論を基に整理された報告であった.紙幅に限りがあるため詳細な報告はできないが,日中活動に注目すると,さいたま市内にある3障害の施設の定員は1,475人であり,そのうち844人分,57.3%が無認可の精神障害者小規模作業所や心身障害者デイケア施設であることが明らかになった.また,住まいについては,民間の施設しか設置されていないこと,540名(身障・知的)の人が市外の入所施設にいることなどが報告された.

 精神障害者は,手帳保持者が1,882人,通院公費負担制度利用者(32条)が7,307人であり,市内にある6精神病院に1年以上入院している患者数653人である.(市内6精神病院の病床数は1.265床)さいたま市長の同意による医療保護入院者は48名(2005年2月16日現在)で,1年以上の入院はそのうち28名である.(10年以上の人は4人,最長は23年)

 3障害をみていくと,手帳所持者のうち,何らかの施設等の社会資源を利用していない人が,身体障害者で8,238人,知的障害者で1,104人,精神障害者で679人(32条の利用者数でみていくと約6,100人)という現状である.これらの人たちのすべてが社会資源を求めているのではないかもしれないが,相当数の人が,必要な社会資源に出会っていない可能性があると考えられる.

 今年度は中間見直しであり,また年度途中で国から「改革のグランドデザイン(案)」「障害者自立支援法」が提示され,その動向も踏まえてさいたま市の障害者施策のあり方を考える必要性が出てきている.いずれにしても,さいたま市の障害者の実態の一端を見ることになったワーキンググループの報告であった.

 これらの実態を踏まえて,今年度また新たに障害者施策推進協議会がスタートすることになる.障害者自立支援法に示された障害福祉計画の策定も視野に入れたきわめて重要な協議になりそうである.


機関紙「やどかり」6月号
(2005.06.15発行)


第34回通常総会開催
35年間で培ってきた価値を基盤に,変動の時代を共に乗り切る


 定刻,渡辺奏子の司会により,社団法人やどかりの里第34回通常総会は始まった.
 冒頭に土橋敏孝理事長の挨拶があった.
「本年度は35年の節目の年にあたるが,やどかりの里は5年ごとに成果を検証し,次の活動へつなげてきた.障害者福祉は大きなうねりの中にある.財政基盤の充実,市内の関係機関との連携など,やどかりの里がこれから目指す方向性を検討し,明日の活動へつながる総会にしたい」
と述べた.

 総会の出席者は61名で予め委任状を提出している者が206名.16年度末法人会員数は353名であり,定款第24条の規程により本日の通常総会は定足数を満たし成立した.なお議長には辰村泰治理事が推薦された.

第1号議案 平成16年度事業報告及び決算報告承認
 まず,この1年のやどかりの里の取り組み,成果について,三石麻友美常務理事が「所報」をもとに報告した.障害者福祉施策の動向だけでなく,社会の動きをとらえる目を持ち学習することが強く意識された1年であったと述べた.障害者自立支援法は国会審議中であり,大きな変革期にあることは今年度も変わらないと報告を結んだ.以下所報に沿い,担当者が順次事業報告を行った.
 また決算報告では,浅見典子常務理事が16年度の決算より報告の方式を,特別会計と一般会計と明確に分離しわかりやすいものとしたこと,長期借入金返済は予定通り済んだことなどを報告した.
 そして平成16年度の事業報告と決算報告は満場一致の上承認された.

第2号議案 平成17年度事業計画及び予算案審議
 障害者自立支援法は今後のやどかりの里の活動,そして障害者の生活に大きな変化をもたらすと予測されるため,まず資料をもとに増田常務理事が法案を説明したのち,やどかりの里の活動方針を説明した.また社会復帰施設後援会は,やどかりの里全体を支援する後援会としての位置づけに変更することを,検討中であると報告された.
 やどかりの里35周年式典の実施,まごころが小規模授産施設として認可されたことなどが,今年度の大きな特徴である.
 次に予算案審議に入り,法人事務局の会計についての使途,続いてやどかりの里全体の会計について説明がなされた.
 ここにおいて議長が第2号議案の採決を諮ったところ,全員異議無く本議案は承認され,平成17年度の事業も無事スタートできる運びとなった.

 最後に理事の飯塚哲朗が,
「様々な人が集い,障害者の自立のための活動に努力していることに敬意を払いたい.しかし今後は運営の面も大事になる.サービスの提供者としての資質が問われる.みんなで努力し協力していこう」
と述べ,閉会の挨拶とした.


機関紙「やどかり」7月号
(2005.07.15発行)


実践や体験に基づく意見を発信していくこと
25年ぶりの日本精神神経学会での発表


 2005年5月18日,19日,20日,大宮ソニックシティで第101回日本精神神経学会総会が,「精神医学・医療の専門性の確立を目指して」というテーマで開催された.20のシンポジウムが企画され,やどかりの里では,そのうちの2つのシンポジウムで発言することになった.歴史を重ねた大きな学会なので,この他にも,5つのワークショップ,14の教育講演,7つの特別講座等々,多岐にわたるプログラムが企画されていた.

 やどかりの里からは,「精神障害に対する偏見克服をどう進めるかー地域生活と自立支援に向けて」のシンポジウムの指定発言者として,辰村泰治さんが当事者として発表した.国の啓発普及の取り組みの報告や統合失調症への呼称変更によって病名告知に実態が変わったか,精神障害に対する偏見の削減,偏見克服と地域生活自立支援といった内容で,4人のシンポジストが意見を述べ,それに続いて辰村さんが発表した.辰村さんは,仲間との数回にわたる学習会での議論をベースに,自分にとっての偏見差別は地域ではなく,精神病院のなかでもっとも激しいものだったと述べた.精神病院での処遇により,自らの内なる偏見も作られていったのだと報告し,その発言は大変大きなインパクトがあった.

「精神障害者の就労支援」のシンポジウムのシンポジストとして増田一世(やどかり情報館館長)が実践を踏まえての報告を行った.やどかり情報館での経験に基づき,精神障害のある人の就労の障壁について述べ,その障壁を低くしていくための課題について述べた.この他,全国の職親会の一般就業への取り組み,障害者職業センターの精神障害者の就労支援の報告,長野の栗田病院問題等で行われた,作業療法の名を借りた不当な労働の問題等を通して,障害者就労施策の労働と作業を整理することの必要性などが報告された.就労について,学会で取り上げるのは今回が初めてだという.この2つのテーマが今後どのように検討され,深められていくのか見守っていきたい.

 やどかりの里が,日本精神神経学会で発表の機会を得るのは,25年ぶりだ.25年前の1979年に谷中輝雄会長が「社会復帰施設の現場から やどかりの里の経験」として発表している.

 辰村さんは,「あれだけ大勢の医師の前で話をするのは初めてのことで,緊張した」と述べている.医師が中心の学会で,精神障害のある人や福祉現場の報告が活発に行われることによって,真に「患者中心の医療」が実現することの一助になればと思う.さまざまな機会を捉えて,自分たちの実践に基づく考えを発表していくこと,さまざまな立場,意見の人たちとも議論を重ねていくこと,35年の歴史の中でも変わらぬ取り組みの1つである.
と述べ,閉会の挨拶とした.


機関紙「やどかり」8月号
(2005.08.15発行)


連帯の中で運動を続け,輪を広げる
障害者自立支援法案 衆議院本会議で可決


 7月15日(金),衆議院本会議にて障害者自立支援法案が可決された.圧倒的な社会資源不足,所得保障の問題などを積み残したまま,障害者の暮らしを揺るがしかねない応益負担制度が盛り込まれた法案に対し,十分な審議を経ないまま,全国の障害団体が反対の意を表明する中での可決となった.

 昨年の10月12日に社会保障審議会障害者部会でグランドデザイン案が示され,その後1月25日に同部会で自立支援法案が示され,2月には閣議決定,5月からは衆議院厚生労働委員会での審議が始まり,7月13日に同委員会において与党の修正案を受けての強行採決となった.

 急ピッチの法案審議の中,不十分な内容に対して危機感を感じた多くの障害団体が,この間,自分たちの声を上げ,運動を展開してきた.4月16日には,緊急シンポジウムとして「このままでいいの?障害者自立支援法案」が開かれ(詳しくは機関紙5月号参照),5月12日には,「障害者自立支援法を考えるみんなのフォーラム」が開かれた(詳しくは「響き合う街でNo.33」参照).特に,障害をもつ当事者やその家族の訴えは,切実かつ悲鳴に近い声となって参加者に響いた.

 こうした障害団体の反対運動が全国規模の広がりを見せる中,法案審議は国会の会期延長を受けてスケジュールが変更となり,厚生労働委員会での法案審議も一時中断.この間,各障害団体と厚生労働省との話し合いが進み,法案賛成の意を表明する団体もあり,障害団体の運動の足並みが揃わなくなった.

 7月5日には緊急大行動が急きょ行われ,全国から約11,000人が集まり,法案の慎重審議や応益負担の撤廃を求め,日比谷から国会議事堂前まで歩き,アピール行動を行った.

 やどかりの里も,メンバー,家族,職員が一丸となってこの間の運動に参画してきた.特に,7月5日の緊急大行動には90人以上が参加した.創設35年の歴史の中で,初めてのことである.

 この法案の背景には,社会保障制度の解体,競争優先,格差社会の構造が透けて見える.生活保護世帯は100万人.介護保険や保育所の民営化など,社会福祉事業への民間参入が進み,病気や障害など生活課題を抱えた人たちが住みづらい社会になってきている.一方,福祉の分野を越えて,今の社会のあり様に危機感を持っている人たちも少なくない.

 今後,こうした人たちとの連帯の中で,運動の方向性を見出していくことが必要だろう.あるべき社会のあり様を描きつつ,運動の輪を広げていくことが今後の取り組みで求められている.


機関紙「やどかり」9月号
(2005.09.15発行)


主権者として,できること
障害者自立支援法案,廃案の事態を受けて


  去る8月8日,障害者自立支援法案が廃案となった.直接の理由は衆議院解散によるものだが,法案に危機感を抱いた各障害関係団体の運動も大きく影響したのではないか.

 7月15日の衆議院可決後,郵政関連法案に関する報道が駆け巡る中,障害者協議会(JD)など各団体が参議院議員会館へ足を運び,要請行動を進めた.さいたま市内の障害関係団体も,11団体連名で応益負担の撤回や慎重審議を求める緊急要望書を提出.中央の家族会組織が法案賛成を示す中で,家族会関係者が直接「自立支援法が通れば当事者は暮らしていけない」と訴え,切実な声を届けた.

 やどかりの里は,これらの要請行動に参加する一方,衆議院,参議院の,厚生労働委員1人1人に要望をファックスで送った.そして,メンバーが「障害者の声を聞いてください」「私たちの権利や自由を奪わないでください」としたためた.
 
 そうした中での廃案の報.この事態を私たちはどう受け止めたらよいのだろうか.
 8月10日に,日本消防会館にて,「『障害者自立支援法案』改善運動の中間まとめと新たな展開をめざす緊急フォーラム」(JD主催)が開催され,やどかりの里からも18名が参加した.基調報告「運動の<あしあと>と今後の課題」では,JD常務理事の藤井克徳氏が,「問題の本質を捉え障害関係団体が結集した意義は大きい」と振り返り,「今後の運動に向け,当事者のニーズに立脚した基幹的な政策づくりへのスタート台にたった」,と述べた.

 シンポジウム「当事者主体の新たな障害者政策の展開に向けて」では,この間の各地での取り組みや,法案のなかで対象とされなかった発達障害児のおかれている状況などが報告され,障害者の実態を把握し草の根の運動を展開することの大切さを確認した.最後にアピール5項目を採択して閉会となった.

 同日,厚生労働省は次回の臨時国会で障害者自立支援法案を再提出することを表明した.予断を許さない状況に変わりはない.

 しかし,私たちがこの間の行動を通して得てきたものも大きかったのではないか.
法 案の国会審議での議員の発言に歯がゆさを感じつつ,自分たちの選挙権の大切さを痛感したこと,議員会館を訪ね,声を中央に届ける道筋も確かにあることを実感したこと,そして他の団体と連帯していくことの力強さ.
 
フォーラムの中で藤井氏は,「三権分立の理念からすれば予算や法律を決めるのは国会であり,法案が厚生労働省主導で進められたのはおかしい」とも指摘した.1人1人の力が真の社会福祉を実現することに繋がっている.本来のあり方を見据え,行動していこう.


機関紙「やどかり」10月号
(2005.10.15発行)


  志村澄子さん 逝去 
「ありがとう 茶の間のおばさん」

 志村澄子さんが平成17年9月12日,89歳にて逝去されました.やどかりの里の理事としてよりも,「茶の間のおばさん」として,長きに亘って親しまれてきた方でした.志村さんは53歳のときに,息子の発病により初めて精神科に足を踏み入れました.息子の回復を願って二人三脚をする中で,早くからこの病の回復には,「人と人との繋がりが大切である」という固い信念を持って活動してきました.自分の息子に限らず,同じ病で苦しんでいる方と共に活動したいという志村さんの姿勢は,昭和40年代,全国でも珍しかった自宅における作業所開催,デイケア開催と,一家族の情熱が専門家を動かし,それが昭和45年のやどかりの里創立につながりました.

 やどかりの里は長い間,電話代も督促状が来るような,緊迫した財政的困難の中にありました.その中で志村さんは,地元に住みながらも偏見を恐れずに,知人,縁故を頼って,休みの日には寄付を集めに歩いていました.寄せられた寄付によって,初めて志村さんがそういう動きをしていることを知った職員がほとんどでした.目立つことの嫌いな方でした.

 でも,いざという時は何事も恐れずに立ち向かう,「大正モガ」の潔さも持っていました.法律の改正によりやどかりの里が紆余曲折の末,社会復帰施設建設に踏み切った昭和62年,志村さんは途方もない資金集めに躊躇する職員を前に,「やってやれないことはないですよ」と谷中会長を支援する一言を投げかけ,それが今につながるやどかりの里を生み出しました.あらゆる局面で重要な役割を担いつつも,決して表に出ない方でした.

 決断の早さの一方で,ゆっくりとした空間「茶の間」をいつの間にか作り上げていました.やどかりの里初期から,「茶の間」には多くの人が集まっていました.「茶の間」の空間で癒された人は,メンバー(当事者)に限らず,職員も訪問者も同様でした.まずはお茶を一杯振舞われ,日常的な何気ない会話がとびかい,その空間にいるだけで心が穏やかになっていく場所,そして時には家族,職員の相談場所でもありました.「茶の間」は不思議な要素を含む空間でした.時代により,それが6畳間から10畳間へと変化しましたが,そこに志村澄子という人間が存在することによって「やどかりの茶の間」が構成されていました.現代の時間の流れとは少し距離を置き,安心して己を語れる時空間を保障し,その中で自分を取り戻していく空間を,志村さんは意識せずに作り上げていきました.

 「この病気は人と人との繋がりで治す」ことを実現する場として,30数年間維持し続けた空間が茶の間だったのです.

 絶えることのない通夜の参列者を見て,志村さんは「私の役目は終わりましたよ」という言葉を穏やかな遺影から,静かに投げかけていたように思われました.

 「壽室澄光信女」はまさに志村さんにふさわしい戒名でしょう.志村さん,本当にお疲れ様でした.そしてありがとうございました.


機関紙「やどかり」11月号
(2005.11.15発行)


地域の方々に支えられて
やどかりの里大バザー開催


 2005年10月16日(日),さいたま市見沼区の中川自治会館前グラウンドとやどかりの里本館・別館にて,秋雨の降り注ぐ中,やどかりの里大バザーを開催した.

 やどかりの里がこの地で活動を始めてから,今年で35年目を迎えた.その間,活動を進めていく上で財政基盤の脆弱さは常に課題であった.そして,バザー等の収益を活動資金の一助にしながら,活動を存続してきたのである.

 今年のバザーは,やどかりの里の活動資金の獲得,地域交流の2つを目的にして取り組んだ.現在国会では「障害者自立支援法(案)」が審議の山場を迎えている.この法案が成立すると,未だ充分に所得保障がなされていない障害者が,サービス利用料の1割負担を強いられたり,医療費負担,家族負担の増大等々,今以上に障害者が地域で安心して暮らしにくくなるだろうと懸念されている.このような状況の中でも,やどかりの里は活動を後退させることなく,障害者が地域の中で自分らしく暮らせる環境づくりを,ますます充実させていきたいと考えている.

 約半年の期間をかけて,実行委員会を中心にバザーの準備を進めてきた.厳しい情勢の中ということもあり,これまでにない200万円という売上目標を立て,協賛企業の募集や模擬店の充実など,売上につながる趣向を凝らしてきた.その甲斐あって,雨の中でのバザーであったにも関わらず,目標には届かなかったものの,約150万円を売り上げることができた. これを成し得たのも,多くの皆様のご協力があってこそ,である.

 今年も,バザー品や寄附金の寄贈,必要な備品の貸し出し,当日のボランティア,模擬店への出店協力,中川自治会をはじめとする近隣の皆様のご理解とご協力など,地域や関係機関の皆様からの惜しみないお力添えがあった.毎年のことながら,大変ありがたく,心強く感じる.心より感謝申し上げたい.

 やどかりの里のバザーが,この地域の恒例行事として根づき,雨天にもかかわらず楽しみに来てくださる方々や,バザーに出店やボランティアなどで毎年のように参加してくださる方々など,地域交流事業としての意味を改めて実感することができた.そして,やどかりの里の活動が地域の方々に支えられて成り立っているということを,強く感じたバザーであった.


機関紙「やどかり」12月号
(2005.12.15発行)


孤嶋圭子さん
温かなエネルギーをありがとう!


 やどかりの里の副理事長を長年務められた孤嶋圭子さんが,11月8日逝去されました.
 やどかりの里が活動を開始し,社団法人が設立されて以来,副理事長としてやどかりの里を支えてきた孤嶋さんは,大輪のボタンの花を想わせる華やかな雰囲気を漂わし,そこに集う人たちにエネルギーと勇気を与えてくれました.谷中輝雄会長や土橋敏孝理事長と大学時代からの友人であり,やどかりの里の創設時から35年を迎える今日まで,支えてきてくださいました.

 孤嶋さんは,昨年の5月に舌ガンの手術を受け,治療を重ねてきました.昨年7月の「里祭」には元気な姿で,「やどかりの里と私」というテーマで約1時間ほどお話くださいました.その中で「やどかりの里は,人の意識体であり,その主体性,自発性,自由性を自らの力で勝ち取っていくことがやどかりの里には欠かせない」と語られたことは,障害者福祉の大きな変革の中で,私たちが改めて噛みしめたい言葉です.

 手術が成功した孤嶋さんは,孤嶋さんらしく活動を続け,亡くなる寸前にはブラジルに行かれていたとのこと,悔いの無い人生をすごされていたのではないかと想われます.しかし,私たちにとっては,あまりにも早い別れであり,残念でたまりません.

 長年活動されていたヒューマンスキル開発センターのセミナーには,やどかりの里の職員も参加し,孤嶋さんの温かな人柄に包まれながら,自分の課題に向き合い,それぞれの成長の機会を得ていました.

 また,やどかりの里で何か困ったこと,相談したいことがあると,ふっと姿を現し,いろいろなおしゃべりの中で,私たちが見失っていたことを思い出させてくれるのでした.
 孤嶋さんを良く知られる方々は,陽気で明るく,苦痛も笑い飛ばしてしまう,そして何やら占い師のような風貌で対応され,悩みも無いような感じでしたが,それが私たちには魅力で,つい甘えてしまうということが多々あったように想います.実際は繊細で心使いの豊かな人であったのだと改めて考えさせられました.

 孤嶋さんは,「私は大切なことがあるので,この世から姿を消すけれど,あなたたちは皆で力を合わせながら,さまざまな課題や問題を切り拓いていくのだよ.あなたたちの主体性,自由性を勝ち取っていきなさい.見守っているからね.大丈夫だから……」と,あの笑みを湛えた顔で語りかけているように思えるのです.
 人と人,人と自然の関わりを大切にし,排除せず,支え合いながら,日々の活動を丁寧に進めていくこと,そこにエネルギーが湧いてくるのだと,孤島さんからのメッセージを受け止めていきたいと思います.

 孤嶋さん,温かなエネルギーをありがとうございました.(合掌)


機関紙「やどかり」1月号
(2005.01.15発行)


豊かな暮らしを創り出すこと

 昨年10月31日に障害者自立支援法が成立し,2006年は今後の活動を展望していく上でも重要な1年になる.社会保障制度改革や医療制度改革など,社会福祉を取り巻く状況も依然厳しい状況が続く.4月から施行される障害者自立支援法は様々な問題を残したまま,具体的なことは213項目の政省令に委ねられるという不透明な状況にある.世帯にかかる定率負担の仕組みの問題,自立支援医療の問題,再編される事業体系の問題など,やどかりの里としても今後の方向性について検討を始めていかなければならない.

  1月には法人内に自立支援法に関する対策本部を立ち上げ,3つのワーキングチーム(居住・就労・生活支援)を編成してやどかりの里におけるそれぞれの事業内容を検討し,整理する.同時に,法によりやどかりの里のメンバーの暮らしがどのような影響を受ける可能性があるか,ということも検討する.

  やどかりの里では,この間,障害者自立支援法に関する情報共有に努め,国会議員に対する要請活動にも積極的に参加してきた.法律の成立過程に自分たちの声を届けるべく1人1人が実感をもって関わったことは,多くの職員,メンバー,家族の問題意識を深め,今後の運動に向けてのエネルギー源となるのではないか.

 また,さいたま市においては,増田が施策推進協議会の委員としてワーキングチームの取りまとめを引き受け,障害者の相談支援システムの構築に関しての意見を取りまとめたり,さいたま市保健所と市内5ヶ所の生活支援センターとの研修会の企画など,行政や他団体との取り組みの機会が増えた.障害者施設との関係でも協議の機会が増え,精神障害の問題だけでなく,障害の違いを越えて,さいたま市における障害者福祉の展望を描く上でも重要な機会となっている.

 現在,やどかりの里は,約200人のメンバーが利用している.しかし,まだ必要な支援を求めている人々が多数いるはずであり,そうした人たちの暮らしの実態把握に努め,障害のある人たちの暮らしが本当に豊かになっていくための仕組みを関係する人たちとともに知恵を出し合い,検討し,つくり出していくことこそが,今やどかりの里が取り組むべきことだろう.


機関紙「やどかり」2月号
(2005.02.15発行)


「共生の原理」の可能性
障害者自立支援法施行を前にして

 障害者自立支援法の施行が4月に迫り,事態への対応が慌ただしくなってきた.
 先月からさいたま市では,各区において説明会が行われ,早速,精神科帳院医療費の公費負担制度(通称32条)から自立支援医療への切り替え手続きが始まっている.また今月には,自立支援給付の4月施行事業である居宅系サービスと言われるホームヘルプサービスやグループホームの利用と負担に関する手続きも始まる予定だ.

 法人内に設置した自立支援法に関する対策本部も,3つのワーキングチーム(居住・就労・生活支援)が動き始めた.ワーキングのねらいは,第1に,個々のメンバーに生じる生活への影響を明らかにすること.第2に,施設活動の実態と有効性を分析すること.第3に,活動の継続という視点から新制度の活用法を探ることにある.
 法施行の具体性は,213項目におよぶ政省令にあり,新たに知ることになる事柄は多岐に渡り情報量も多く,公布自体も遅れている.
 組織体制の具体化については,報酬基準の考え方や職員の配置等の実施要項が明らかにされてからの検討ということになろう.

 何よりも理解すべきことは,この新制度の中で,やどかりの里に関わる誰1人として,暮らしへの影響がでない人がいないということである.そして,新制度の考え方とその構造は,競争の原理と自助努力の原則を標榜する政策の上に成り立っていることであり,この点で社会福祉の根底がゆるがされる状況下にあるということだ.
 組織としては,最終的には新制度を受け入れることになるだろうが,これまでに獲得してきたメンバーと職員の対等性や積み上げてきた協働の価値と理念を捨て去るわけにはいかない.

 私たちは,障害のある人のあるがままが尊重され,人間的な生き方・幸福を追求するという普遍的な価値に基づき,個人の尊厳に基礎をおいて,自己決定を尊重すること,多様な価値,多様な人が共存しうる社会秩序を維持するという「共生の原理」に基づく実践を貫いてきた.

 困難な局面を向かえることにはなるが,活動理念,忘れまじ,今一度,会員同士,「共生の原理」の可能性を確かめ合い,知恵と行動を結集し,眼の前に迫る事態への対応はもとより,自立支援法の3年後の見直しに向け,地域の仲間と共に,誰もがいきいきと暮らせる社会をつくりだす積極的な提案を行っていこうではないか.


機関紙「やどかり」3月号
(2005.03.15発行)


やどかりの里の理念を今後に繋げよう 〜1年の活動を振り返る総括会議開催〜

 2006年2月16日(木),やどかりの里の総括会議がやどかりの里2階ホールにて開催された.この総括会議の目的は,今年度やどかりの里の取り組んできた活動と,やどかりの里を取り巻く情勢の動きを皆で共有し,今年度の活動の意味を確認するための会議である.

 今年度は障害者自立支援法(以下「法」)に向けて,実に様々な取り組みを,多様なネットワークの中で進めてきた1年であった.やどかりの里内部においても,情報共有のための学習会が頻回に開催され,きょうされんをはじめ関係する団体と力を合わせて,「法」に関する要望書の作成,国会議員への要請行動や緊急大行動などに取り組み,これらの取り組みに延べ280名を超えて参加している.自分たちの実情や思いを声にして伝えることを学び,法律についての意見を持ち,その意見を何とか「法」に反映させようと行動してきたといえるだろう.

 報告の中で「障害者自立支援法が成立したから終わりではない」「やどかりの里設立から目指してきた『ごく当たり前の生活』を忘れてはならない」という投げかけがあり,これから法律が施行されていく中で,我々が忘れてはならない原点がそこにあることを皆で再度確認することができた.

 そして,午後はこの「法」だけを見ていくのではなく,保健・福祉・医療に関する国の動向を幅広くみていくこととした.その1つに介護保険法の改正がある.介護保険と障害福祉との統合が叫ばれてから,その後グランドデザイン案が提示され,今日の障害者自立支援法成立に至っている.介護保険も2度目の見直しがされ,2006年4月より新たに施行される.介護保険の仕組みや動きは,まさしくこの「法」そのものを表していることが見えてきた.

 また,憲法改正をはじめ医療法改正,生活保護法の改正などについても報告がされ,国の責任の転嫁,安心・安全を守ることから規制緩和へ,公共の福祉から自己責任へといった,我が国の姿が見えてくるようであった.

 こうした大状況の中で,やどかりの里は組織としても各個人としても大きく成長した1年だったといえる.総括会議での各取り組みの報告から(詳細は2頁)は,それぞれが情報をつかむ力と発信する力を確実に身に付け,やどかりの里の内部に限らず,県内,市内のネットワークの中で学習を積み重ねてきたことが,一連の運動を推し進める大きな力になってきたことがうかがえた.また,国や政治が遠くにあることではなく,自分たちの暮らしやいのちに関わっているのだということを,この一連の取り組みを通して,皆が共通に感じたことは,これからの大きな力になることだろう.


 

 

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