-TOPICS-
  


2003(平成15)年度 機関紙 1面 記事

 


機関紙「やどかり」4月号
(2003.04.15発行)


2003年度活動方針

ネットワークづくりと財政基盤の確立
政令指定都市「さいたま市」での挑戦

 4月1日,さいたま市が政令指定都市となり,市内には9つの行政区が生まれた.これは,やどかりの里にとっても1つの転機であろう.ここ数年さいたま市内のネットワークづくりに大きなエネルギーを割いてきたが,さらにきめ細かく区内のネットワークづくりを意識することになる.やどかりの里の各活動は見沼区(本部,授産施設,援護寮,大宮東部生活支援センター,作業所ドリームカンパニー,なす花,グループホーム5か所,福祉工場),大宮区(大宮中部生活支援センター,作業所あゆみ舎,ルポ−ズ,You遊,グループホーム3か所),中央区(作業所まごころ,グループホーム2か所),浦和区(浦和生活支援センター,上木崎憩いの家,グループホーム2か所)の4区にわたる.各活動がそれぞれの区の中で,さまざまな関係機関と日常的につながり,区役所のさまざまな担当課や社会福祉協議会の人たちとの連携のあり方を模索する1年となろう.空中浮遊都市「やどかりの里」を脱却し,地域に根ざした活動を志向するためには重要な取り組みである.

 一方で,さいたま市全体を意識することも重要である.市内に精神障害を持った人たちの地域での暮らしを支える資源が偏在している現実を,どのように考えていくのか,これもネットワークづくりの中で進めることであろう.

 同時にやどかりの里が運営する地域資源が多くの人たちにより有効に提供されているのか,常に点検する意識が必要である.そして,それは精神障害者にとってどうなのかという捉えだけではなく,やどかりの里の活動が存在する地域や地域住民にとって,「やどかりさんがあってよかったね」といわれる活動づくりを目指すことでもある.

 やどかりの里の大部分の活動は補助金に依拠する活動となっている.しかし,補助金は使途が明確に定められており,十分な活動を進める際には不十分である.そのためには,どのように財政基盤を確立させていくのか,法人の独自の自己資金獲得は今でも変わらぬ 大きな課題である.さらに資金獲得のための活動をネットワークづくりの運動と表裏一体のものだと捉える発想が求められている.

 そして,こうした運動を支え,推進していくのは,関係する人々の対話であり,メンバーと職員協働の活動づくりであり,学習である.そして,活動の方向性を見失わないための見直しと見通 しを描く作業を繰り返していくことであろう.

 私たちを取り巻く状況は,決して安穏としたものではない.やどかりの里のことを考えているだけでは,やどかりの里の活動を守り,発展させることはできないことがはっきりしてきた.地域の中で自分らしく暮らし,働き,楽しみ,成長することを実現していくためには,1人1人が自覚的に生きることが不可欠である.


機関紙「やどかり」5月号
(2003.05.15発行)


「社団法人やどかりの里」の歴史とその意味

 4月17日,今年度第1回目の第3木曜会(やどかりの里の全体集会)では,年度の始まりにあたり,やどかりの里が社団法人として活動してきた歴史とそのことの意味を考えようということで話し合った.

 やどかりの里は1970(昭和45)年8月に,病状が安定していても,引き取る家族がいないため退院できない方々の為に住居を用意することから始まった.そして,1973(昭和48)年4月には社団法人を申請し,5月に認可されている.

  法人の申請に際し,やどかりの里の活動の性格が問われ,「医療とは別枠の精神障害者に対する福祉的な活動である」と決定されている.現在であれば,当然社会福祉法人の取得が検討されるが,当時の社会福祉事業法には精神障害者の福祉事業は位 置づけられていなかった.

  さらに,財産がなくても取得できる法人格は「社団法人」だったのである. そして,公的な補助金のない中で運営を続けるやどかりの里は常に財政基盤が脆弱で,存続をめぐる問題があった.このままだとやどかりの里は後2年しか存続できないという見通 しが示された時に,メンバーから「自分たちも会員になって,やどかりの里を支えよう」という声が上がった.誰かに支えてもらう活動ではなく,私たちも支え手の1人なのだという活動への転換が,この時期に意識され,会員によって運営される「社団法人やどかりの里」を形成していった.

  その後,1990(平成2)年の社会復帰施設開設に先立ち,社会福祉法人を取得する必要性が検討されたが,社会福祉法人を取得したとしても,「社団法人やどかりの里」を残すべきだという議論があった.これは,施設の利用者になるのではなく,自分たちの手で必要な活動を担っていくのだという精神を持ち続けることの必要性を意識したものであった. 結局は,精神保健法に社会復帰施設が位置づけられた際,運営主体に社会福祉法人だけではなく,その他の公益法人が加わり,社団法人で施設運営が可能となったため,福祉法人格は取得しなかった.社団法人で施設が運営できることに安堵したが,実際には精神障害者に対する福祉施策と他の障害者施策との格差が埋まっていかない,大きな要因となっていることを忘れてはならないのである.

  2001(平成12)年には,補助金事業の規模が拡大したため,社会福祉法人格の取得の是非を検討したが,社団法人では,最高決定機関が会員による総会にあり,民主的な運営ができることを大切にしたいということで,社団法人での運営を選んだ. いつも助けられるのではなく,支えることのできる存在であることへの気づき,対話と共感に基づく活動づくり,関わる1人1人が主体的に取り組む活動づくり,こうした人と人とが響き合い,織り成す活動が「社団法人やどかりの里」のいのちであり,エネルギーなのである. 私たちにとって空気のような存在,それが「社団法人やどかりの里」であるが,この存在の重みを,時に自覚することが大切である.


機関紙「やどかり」6月号
(2003.06.15発行)


第32回通常総会開催

 定刻,宗野政美の司会により,社団法人やどかりの里第32回通 常総会は始まった.
 冒頭の土橋敏孝理事長の開会挨拶では,特にこれからも地域の人たちとよい関係を創りながら,地域もやどかりの里も発展していきたいということが述べられた.
 総会の出席者は71名で予め委任状を提出している者が210名.14年度末法人会員数は362名であり,定款第24条の規程により通 常総会は定足数を満たし成立した.なお議長には香野英勇理事が選任された.

第1号議案 平成14年度事業報告及び決算報告承認
 まず,この1年やどかりの里がどのような思いで話し合い,学び行動したかの総括が,増田一世常務理事より「所報」を元になされた.特に激動の社会の中でのやどかりの里の動き,さいたま市内あるいは埼玉 県内のネットワークづくりや連携の問題,やどかりの里が掲げる5つの課題にどこまで対処できたのか等,課題は尽きない.今後については共に考えていきたいと報告を結んだ.以下所報に沿い,担当者が順次事業報告を行った.また決算報告では,浅見典子常務理事がやどかりの里がいかに補助金に依拠した活動であるか具体的な数字を上げ説明し,長期借入金や基本財産などを含めたやどかりの里全体の資産状況を簡潔に分かり易く報告した.そして平成14年度の事業報告と決算報告は満場一致の上承認された.

第2号議案 平成15年度事業計画及び予算案審議
 今年度はさいたま市が政令指定都市になったことに伴い,やどかりの里も4区にまたがり活動を展開する.国や市から2億円以上の補助金を交付される責任を強く自覚し,1つ1つの活動が地域に貢献でき,地域で支援を必要としている人々が,やどかりの里があってよかったと思えるような活動ができるように努めたい,と増田常務理事は活動方針を述べた.各部署毎の事業計画のトピックスとしては,研修受入の窓口がやどかり出版の文化事業部に一本化されたこと,「まごころ」が小規模授産施設化を目指し準備委員会を立ち上げたこと,援護寮態勢の見直し,生活支援の新規プロジェクト,資金調達を目的とした大バザーの復活,コンサートの開催が上げられる.
 次に予算案審議に入り,まず法人会費が処理される法人事務局の会計についてその使途が詳細に説明され,続いてやどかりの里全体の会計について説明がなされた.ここにおいて議長が第2号議案の採決を諮ったところ,全員異議無く本議案は承認され,平成15年度の事業も無事スタートできる運びとなった.

 さて孤嶋圭子副理事長が閉会の挨拶で行った「元気を回復する作業」,旧知の人も今日初めて出会った人も2人一組になり,手を取り相手の目の奥を見つめて,その人のすばらしいところを直感で言うというものであるが,皆照れながらはにかみながら実行した.総会の固い雰囲気がほぐれ,笑いに包まれて閉会となった.


機関紙「やどかり」7月号
(2003.07.15発行)


<1面 記事>

 私たちのいのちと暮らし
「夏の響き」コンサートにこめた思い

 昨年12月24日に閣議決定された障害者基本計画の重点施策5か年計画に,条件が整えば退院可能な入院患者72,000人という数字が明記された.関係者によれば,この数字を書き込むことも大変な攻防があったという.そして,心神喪失者医療観察法案が,6月に参議院の法務委員会で可決された.十分な議論がされないままの強行採決であった.そして,今年度国は新設を申請した精神障害者の社会復帰施設等の2割,36件(補助金総額約7億円−申請総額は約38億円)しか補助金を出さない方針であることが明らかになった.一方で72,000人の社会的入院解消を謳っているのにも関わらずである.

 これらの動きは,やどかりの里の各活動でも話題となり,こうした動きへの憤りや無念さが語られている.確かに今の日本は経済的に破綻をきたしている.その中で支出を削らざるを得ない状況であることも確かであろう.
 しかし,限られた税収だからこそ,国民の税金をどう配分するのか,そこにこの国の姿勢が表われるのである.まさに弱者を,声の小さいところから切り捨てていくという姿勢が見え見えである.マスコミ報道でりそなグループへの2兆円弱の公的資金の投入などを知ると,なぜ38億円が7億円に削られていくのか,納得できないままである.

 一方で考えていかなくてはならないのは,やどかりの里を含めて,精神保健福祉の関係者の今後の運動の展開についてである.これからの方策を本気で考えていかないと,どんどん後退していくことが危惧される.精神障害者の社会復帰施設が法内施設になったものの,依然として第2種事業としての位 置づけのまま,見直しもないままにすぎてきている.精神障害者のいのちと暮らしは本当に軽く扱われている.
 「精神障害者のいのちと暮らし」の問題を軽く扱うということは,実は私たち1人1人のいのちと暮らしが軽く扱われているということなのだと,改めて考えなくてはいけない.「人間のいのちと暮らし」は,何ものにも変えがたいかけがえのないものなのだと,私たち1人1人が本当に腹を据えて思っているのかが問われている.あるメンバーが,「日々の何気ない暮らしが続くことが本当に大切なんだ」と語った.精神病の発症により,暮らしがずたずたになった経験を持ったからこそ実感がこもっている.72,000人という数字に1人1人の人生の重みを感じなくてはならない.

 8月30日にはやどかりの里コンサート「夏の響き」in さいたまが予定されている.被爆体験をこえて見えてきた「いのちの尊さ」を考える機会としたい.「私たちのいのちと暮らし」の重みを実感し,弱者切捨てのありようを見据え,そこにどう取り組んでいくのか,息の長い,粘りづよい運動を,仲間づくりの中で展開していく必要がある.1人よがりの運動ではなく,共感の輪を広げていく運動をやどかりの里も考えていく時期を迎えている.「夏の響き」は,そんなやどかりの里のメッセージなのだ.


機関紙「やどかり」8月号
(2003.08.15発行)



活動の普遍化を目指して
研究活動の意味と方向性

 去る7月26〜27日,やどかり研究所は,「第8回地域精神保健・福祉研究会」を開催した.この研究会は当初「地域で生活を支える」というテーマに,全国の実践家からの実践報告をもとに,討議を進める研究会であった.第6回の研究会からは「当事者の視点で精神保健福祉活動を検証する」ことを主軸に,やどかりの里のメンバーと職員で実行委員会を組織し,研究会の企画運営をしている.

 そうした転換を図って3回目となる今回の研究会は,香野英勇さん(やどかり情報館)が精神病院を退院後,やどかりの里と出会い,爽風会活動に参加していく1年半という時期に絞り,香野さんの回復過程と,その時支えとなった環境の要素は何であったのかを導き出す作業を実行委員会で行った.そこで見えてきたことは,「人間には自ら回復する力があり,人間の成長を支える環境整備が必要である」ということである.この話題提供をもとに,参加者の知恵と経験をもって話し合いを重ね,確かめていく作業が2日間にわたって行われた.

 香野さんは話題提供の中で,やどかりの里に来るようになった時のことを振り返り,「やどかりの里は川の流れるようなスピード」だと表現している.やどかりの里が創り出してきた時間と空間は,1人1人のありのままを認め,その人らしく生きることを大切にした「安心の保証」の場であり,そして,昔も今も変わることなく活動の基盤に据えられているものである.

 今回の研究会で話し合ってきたことは,やどかりの里の活動の原点ともいえる「安心の場」の大切さとその構造や機能を確認する作業ともなった.参加者からは,「あたりまえのことを突き詰めていくようだ」という感想もあったが,精神病の発症によって1人の人間としてのさまざまな可能性が奪われてきた現実がある.我々がこの研究会を通 して取り組むべき課題は,実践を通じて導き出されてきたことを,多くの組織や集団,また1人1人と共有していくことである.

 研究会は,まだその第一歩を記したところだ.近年,やどかりの里は状態調査から導き出した5つの課題を意識して活動に取り組み,社会の動向に目を配り,その歴史やあり方についても学習を進め,今の競争を中心とした社会のあり様に多くの課題を見出してきている.そして,やどかりの里がさまざまな取り組みの中で気づいてきた,人と人との関わりを基盤にした活動づくりの中に,これからの社会のあり方を考える際に,示唆するものがあると考えるようになってきている.精神保健福祉の分野に限らず,1人1人を大切にした,多様な価値を認め合う社会のあり方を模索していくことがこれからの目指すべきところではないだろうか.

 今後の研究会は,当事者の視点でやどかりの里が大切にしている活動の要素を丁寧に見直す作業を継続していくことになる.そして,導き出されたことをどのように普遍化していくかが,その先の大きな課題になっていくのではないだろうか.


機関紙「やどかり」9月号
(2003.09.15発行)



先達の想いを引き継ぐ
〜里祭「やどかりの里と私」開催〜

 8月7日(木)4時から6時まで,会館ホールにて里祭が開催された.参加者は80数名.里祭はやどかりの里の創立を祝い,会員が年に1度集うお祭りであり,やどかりの里の社団法人の意味を会員同士改めて考える機会でもある.2001年からは毎年夏のこの時期に,ビアパーティーと併せて行っている.

 今年の里祭は,第1部で「やどかりの里と私」をテーマに,やどかりの里の初代理事長である岩本正次先生(現・子ども家庭相談研究所)と,やどかりの里の専従職員第1号の荒田稔さん(現・石川県こころの健康センター)の話を聴いた.第2部は恒例のビアパーティーを行った.

 岩本先生は今年82歳,今なおお元気で,時にユーモアも交え,やどかりの里創設当時(1970年頃)の様子を話していただいた.岩本先生は児童相談所,宮城県立名取病院のPSW(岩本先生はPSWとしても草分け的存在である)などを経て,当時明治学院大学で教鞭をとられていた.谷中会長と明治学院大学での出会いがあり,そのご縁で社団法人設立に当り理事長に就任された. 当時は,1964年に起こったライシャワー駐日大使を精神分裂病の少年が刺して負傷させた事件を契機に,精神障害者を入院させようという動きの一方で,地域の中で精神障害者の暮らしを支える活動が,少しずつ開始され始めた頃だったという.その時代,やどかりの里は未だ海のものとも山のものとも分からぬ 存在であり,その団体の理事長を引き受けるのは「僕くらいしかいなかった」と話された.

「月1〜2回やどかりの里に顔を出すくらいでお役に立てなかった」と控えめに話されたが,岩本先生は理事長を引き受けただけでなく,その後も様々な形でやどかりの里をサポートし,やどかりの里の基礎作りに大きな力を注がれた.荒田さんをやどかりの里に引き合わせてくださったこともその1つである. 荒田さんは岩本先生のゼミの学生であり,大学卒業後,勤めていた郵便局を退職,「やはり社会福祉の仕事がしたい」と先生に相談し,やどかりの里を紹介されたという.

 当時24歳の荒田さんは,工場の2階でのメンバーとの共同生活に精神保健の知識もないまま飛び込んでいった.里祭では,荒田さんは当時を振り返りながら,共同生活での具体的なエピソードの多くを,昨日のことのように話されていた.若い荒田さんにとっても強烈な印象を刻んだ日々であったのであろう.メンバーとの共同生活の中で「メンバーには自分で選ぶ力があること,責任を取る力もあること」など多くのことを学んだと,失敗談も交えながら熱く語られた. 荒田さんの学んだことは,今もやどかりの里の活動で大切にされていることが多い.今年の里祭は,試行錯誤を繰り返し,方向性を模索し続けるやどかりの里の活動の原点を確認する機会となった.先輩方の想いを現在につなげる夕べであった.


機関紙「やどかり」10月号
(2003.10.15発行)



人間の尊厳をテーマに
コンサート「夏の響き」inさいたまを開催〜

 「人間の尊厳」をテーマにした歌と話で紡ぐコンサート「夏の響き」inさいたまが,8月30日(土),埼玉 会館小ホールにおいて開催された.
 やどかりの里が主催したこのコンサートに,500席の会場がほぼ満席になるほどの来場者があり,多くの方々の平和や命の尊さに寄せる思いを感じさせるコンサートとなった.

 コンサートは3部構成.第1部「生命を讃えて」では,橋爪文さんに被爆体験を語っていただいた.橋爪さんは1931年に広島県で生まれ,14歳の時被爆した.現在,詩人として詩作に努める傍ら,自らの体験をニュージーランドを始め世界各国に伝えている.
 自身の被爆体験が,「今のこと,未来のことに通じていると思い,お話しているんです」という橋爪さんのお話は,原爆が投下された時のおどろおどろしい状況や悲惨さよりも、その中で生まれた人間愛や,生きることの大切さを私たちに訴えていた.そして,橋爪さんの体験を聴くことは,過去を振り返ることではなく,今の自分たちの暮らしを見つめ,未来を考えることであることに気づかされるものであった.

 第2部の「響き合って生きる やどかりの里からのメッセージ」は,精神病を発症して人生のどん底を見てきたという人が,もう一度自分の人生を作り上げていく中で,人間が生きるときに本当に大切なものは何なのかを訴えたものだ.女優の高田敏江さんが朗読し,作曲家の中村雪武さんにギターで演奏をしていただいた.

 第3部では,橋爪さんの詩集「海のシンフォニー」より,少女と被爆した1人の青年との出会いから,青年の行為の尊さと,生きることの喜び,命の重さとはかなさを描いた「夏の響き」を中村さんが組曲にして,ソプラノの鈴木房江さん、ピアノの米倉邦子さんに演奏していただいた.「生きることはすばらしい」「生きなければいけない」というメッセージが,誰もの心に響く感動的な歌声でコンサートを締めくくっていただいた.

 コンサートに寄せられた来場者の協力金は,病気がよくなっているのに,精神病院への長期入院を余儀なくされている方々が,地域の中で暮らすためのサポートの資金,立ち遅れている地域精神保健福祉活動を推進していくための資金とさせていただく.

 今回のコンサートは,これまでのコンサートとは違って,メッセージ性の強いものとなった.それゆえ,準備に時間をかけ,主催する側の動機付けとその意味を,実行委員会,法人全体で共有するところから始まっている.また,コンサートに関しては全くの素人である私たちが,舞台のプロ,音楽のプロと一緒に創り上げた成果 であった.そして,コンサートを企画・運営することが,やどかりの里のメッセージを伝える「表現方法」の1つとして,積極的に位 置づけられた.これらは,私たちにとって新たな活動展開を示唆する画期的なことではないだろうか.今,法人が企画するコンサートの位 置づけが,収益重視の事業から,運動の一つの方法として変わりつつある.


機関紙「やどかり」11月号
(2003.11.15発行)



精神障害を持つ人たちのいのちと暮らしを守る運動
〜精神障害者社会復帰施設施設整備費大量不採択問題に向けて〜

  2003年5月,全国の精神保健福祉の関係者の中に,大きな衝撃が走った.厚生労働省からの「精神障害者社会復帰施設施設整備費大量 不採択(161件中35件のみ採択)」の発表だった.精神障害者の社会復帰施設を開設しようという団体が,自治体への申請を行い,各自治体が施設整備について協議し,自治体としても施設整備を合意しているにもかかわらず,国は約2割しか採択しなかったのである.社会復帰施設が精神保健法に盛り込まれて10年余り,申請されたものは特別 な事情がない限り,全数が採択されていたのである.

 2002年12月,厚生労働省は新障害者計画の中で,72,000人という数の社会的入院を認め,退院促進の方針を盛り込んだ.一方で全国的な状況は,社会復帰施設(小規模作業所を含め7種類)が1か所も設置されていない市区町村が2,867(88.7%)ある.  それなのに,なぜ不採択なのか.こうした怒りの声が全国的に拡がっていった.この声を集約した形で,7月には5団体(全国精神障害者社会復帰施設協議会,きょうされん,日本精神保健福祉士協会,全国精神障害者家族会連合会,全国精神障害者地域生活支援協議会)によって緊急集会が開催され,厚生労働省前でのアピールを行った.

 そして,先の5団体に全国社会就労センター,全国精神障害者団体連合会,日本精神科看護技術協会の3団体が加わり,8団体で「精神障害者社会復帰施設の拡充を求める中央実行委員会」を発足させた.厚生労働大臣に「平成15年に不採択になった設備整備費を復活採択すること,平成16年度予算策定において,社会復帰施設の拡充施策をはかること」を要望する「10万人署名活動」を10月9日から約4か月を期間として始めた.さらに12月16日には,九段会館(東京)で1,000人規模の集会を予定している.

 やどかりの里の第三木曜会(全体集会)で署名運動,12月16日の集会について報告され,やどかりの里としても自分たちの問題として受け止め,運動していくことを確認した.  これまでの精神保健福祉活動の中で,8団体が一致して運動を展開したことはなかったのではないだろうか.その意味では,関係するそれぞれの団体が共通 に運動できるところから手を繋いでいく事の大切さを実感している.

 各地で,1つ1つ積み上げて,施設開設を準備してきたところが,さまざまな活動を頓挫せざるを得ない状況にある.この問題は,精神保健福祉の分野だけのことではない,構造改革の名のもとで行われているさまざまな切捨ての1つとして捉えるならば,多くの人たちと手を結び,運動していく必要がある.そのためには,関係者は今こそ声を挙げ,この状況を多くの人たちが結集することで,跳ね返していかなくてはならない.これは,精神障害を持った人たちのいのちと暮らしを守ることであり,私たちの人間としての権利を勝ち取ることなのだ.その一歩として,やどかりの里の中でも,まずは署名運動を展開していきたい.


機関紙「やどかり」12月号
(2003.12.15発行)



財政から見たやどかりの里
人々とのつながりを創る

 今年度のやどかりの里の活動方針は,「ネットワークづくりと財政基盤の確立」である.
 平成15年も師走を迎え,財政状況から見たやどかりの里について報告する.

 やどかりの里の場合,その活動の多くが補助金といわれる公的な資金に依拠している.そしてこの補助金は使い道が限定されているのが最大の特徴である.運営要綱に定められた範囲内で、それぞれの特色を生かし予算を執行するものである.
 そこで必要になってくるのが法人独自の使途が制限されない資金である.大きく分けて,
@ やどかりの里の活動に賛同した会員から納入いただいた法人会費や寄附金等.
A 社会復帰施設長期借入金返済に協力いただく後援会費.
B 福祉工場における印刷物,出版物,通所授産施設「エンジュ」のお弁当の売上などの事業収益.
C バザーやコンサートなどやどかりの里全体で取り組んで獲得した資金である.
 このような法人独自の資金獲得は,33年前から行われ続けてきたことである.最初の20年はやどかりの里の活動を存続させるための資金づくりであった.1990年に社会復帰施設を開設し,補助金で職員を雇用できる時代へと変化した.そして,精神障害者が地域で暮らしていくために必要な資源が整ってきたといえよう.しかし,精神障害者社会復帰施設運営要綱や精神障害者地域生活援助事業(グループホーム)の運営要綱で示される活動だけでは十分でない場合がある.
 ことに新規の活動を立ち上げる場合は,補助金は交付されない.例えば今年度新規プロジェクトとして取り組み始めた精神病院の長期入院者を地域に迎え入れるための活動は,自己資金で行われることになる.またさいたま市の場合,小規模作業所の運営費は圧倒的に足りない.そして長期借入金の返済は平成37年まで続く.このような状況からやどかりの里は,自己資金の確保が必要なのである.

 そして自己資金づくりは,多くの方々の協力,理解なしにはなし得ないのである.この夏開催した「夏の響きコンサート」や大バザーからも学んだことだ.ロータリークラブや地元クリーニング組合,ボランティアグループ,県内,市内の精神保健福祉の関係機関などと連携し,多くの人たちの多大なご協力を得ることで成り立った.やどかりの里単独ではできないことが,多くの方の支えがあって成し遂げられるのである.そのためには困っていることをお願いするだけではなく,活動のビジョンを提示し,多くの方の共感を得ることが大切である.法人会員や後援会会員を核として,協力者,理解者の輪が広がっていくこと,やどかりの里のネットワークが広がっていくことは,やどかりの里の大きな財産である.
 やどかりの里の安定的な財政基盤の確立への道は険しいが,地域に生きる人々とのつながりの上に私たちの活動の発展はあるのだ.


機関紙「やどかり」1月号
(2004.01.15発行)



謹賀新年
多くの課題に向けて始動した2004年

理事長 土橋 敏孝

 あけましておめでとうございます. 
 年頭にあたり,一言ご挨拶をさせていただきます.

 昨年の一年を振り返ってみますと,喜びと悲しみを共に味わうこととなった1年だったと思います.喜びは,1月の谷中会長の厚生労働大臣表彰受賞祝賀会で幕を開け,2月には,通所授産施設「エンジュ」の5周年のお祝い,8月には,「夏の響き」コンサートの成功,10月の大バザ−の成功,11月には,小規模作業所「まごころ」の10周年のお祝い等がありました.悲しみの方は,理事でご活躍の粕谷様や島田様がお亡くなりになられたことです.お二人のご冥福を改めてお祈りしたいと思います.

 さて,「やどかりの里」では,一昨年来5つの課題に取り組んでまいりました.それは,「学習を進めていく課題」,「精神医療に関する課題」,「働き場所を広げていく課題」,「財政基盤を拡充していく課題」,「やどかりの里が30年かけて築いてきた価値観を普遍化し,競争優先の社会でない社会を作っていく課題」でした.
 これらの課題を引き続き継続しながら,現実社会の中でどのように対応していくのか,検討することが求められています. 

 昨年の精神障害者を取り巻く現状を振り返ってみますと,国の精神障害者社会復帰施設施設整備費の大量不採択問題がありました.これは過去には例がなかったことで,実際の採択は15%にとどまるという前代未聞の出来事でした.障害者に対する施策の遅れが指摘されている中で,精神障害者への施策はさらに遅れているのが現状です.やどかりの里も人ごとではなく「精神障害を持つ人たちのいのちと暮らしを守る運動」に参加し,10万人署名活動に取り組みました.

 県・市のレベルでは,埼玉県やさいたま市の精神障害者施策の充実を目指して,各種の委員会等への委員の派遣や,県内やさいたま市内の関係者とのネットワ-クづくりにいろいろな形で参加し,或いは,問題を提起し活動を展開してまいりました.

 さらに国の新障害者計画である,社会的入院者の退院促進計画を,やどかりの里では,「長期在院者の退院促進を進める新規プロジェクト」として取り組み,病院関係者との話し合いや退院促進の準備としての取り組みを始めています.

 このような現状を踏まえて,今年も,昨年と同様に地域社会の皆さんとの協力関係を大切にしながら,やどかりの里全体で大きな力を発揮していきたいと存じますので,会員の皆様にもさらにご支援をいただきたいと存じます.


機関紙「やどかり」2月号
(2004.02.15発行)



社会復帰施設運営費減額の通知を受けて
昨今の情勢から見える福祉の危機


 1月9日,新年への期待も吹き飛ばすような通知がさいたま市から法人に届いた.平成15年度分の社会復帰施設補助金が,既に決定され事業が進んでいるのにも関わらず,大幅な減額になるという.削減額は授産施設が73.5万円,生活訓練施設92.3万円,福祉工場78.6万円,総額244.4万円にのぼる.市からの文書では,「国からの単価改定通知により」とのこと.精神障害者社会復帰施設の補助金は,ここ数年,単価改定により減額が続いている.この不況下,人事院勧告の反映,という国の弁も予想されるが,それだけとは言い難い,昨今の情勢がある.

 昨年12月,平成16年度政府予算案が内示された.それによると,先の概算要求に比べ,障害者地域生活支援策は181億円,精神障害者保健福祉施策においては41億円の削減が示された.具体的にみると,例えば,小規模通所授産施設が1ヶ所あたり1,100万円から1,050万円に削減,小規模作業所への国庫補助金が今年度1割削減(110万円→99万円)された上,さらにもう1割削減され,1ケ所あたり88万円になる.今年度初めに起きた社会復帰施設施設整備費不採択問題については,未だ全面採択の見通しが立っていない.その上,このような予算立てで,退院可能な7万2千の精神障害者を地域に送り出すことを明言した,「新障害者プラン」をどうすすめていくのか.

 一方で,障害者施策の根幹を揺るがす議論も始まった.1月,介護保険制度の全般的な見直しを討議する「介護制度改革本部」が厚生労働省に設置され,保険料の徴収対象を20歳以上に引き下げるとともに,精神保健福祉の分野も含む,障害保健福祉施策の介護保険への参入が検討課題にあがった.介護保険制度は,本人とサービス事業者とが契約し,サービスを選択できるしくみであるが,充分な資源が保障されないのが現状.その是非も様々で,まずは,現行の介護保険制度そのものの見直しと検討が必要ではなかろうか.

 また,障害福祉施策に関しては,今年度,知的・身体障害者の分野において支援費制度が導入されたばかりである.措置から契約へ,利用者主体のサービスの提供を謳い文句に,一人一人にサービスを必要とする額が算定され,利用に応じて施設に支援費が支払われるしくみになった.以来,利用者負担は当然となり,施設では月々の膨大な事務量が増え,人件費獲得の算段をより一層迫られる状況となった.そして,ホームヘルプサービスでは,ヘルパー派遣時間の利用制限問題を巡り,関係団体と厚生労働省との間で幾度も緊急交渉が持たれている.こうした大混乱の中,精神保健福祉の分野も含めて一気に介護保険に参入させるという.この急激な動きに,支援費制度も介護保険統合化への単なる布石だったのかとさえ思えてくる.

 いずれにせよ,利用者主体と表に出しつつ結局は財源目的のしくみづくりに終始してはいないか.そもそも福祉は,国民が幸福に暮らす権利を保障し,国がその義務を負うものではなかったか.今,国は,目先の財源不足を理由に,公的責任を放棄し,本来の福祉のあり方を根本から覆そうとしている.


機関紙「やどかり」3月号
(2004.03.15発行)



2.12 やどかりの里総括会議開催
今年度の取り組みから見えてきたものは


 2月12日,今年度のやどかりの里の活動総括会議が30名を越えるメンバー,家族,職員で1日かけて行われた.国の動きや身近なさいたま市の動きも視野に入れながら,やどかりの里の活動を振り返った.

 この1年,イラクへの自衛隊派遣や北朝鮮の拉致問題,SARS,有事法制関連法案や医療観察法案の成立と世の中が激しく動いた.正月には,将来的な精神保健福祉サービスの介護保険制度への統合の話も飛び込んできた.

 昨年4月1日,さいたま市が政令指定都市になり,市内は9つの行政区に分かれ,新しい体制で新年度が始まった.そのような状況下,今年度やどかりの里が1番力を注いで取り組んだのは,ネットワークづくりであった.
 委嘱を受けて,さいたま市障害者施策推進協議会,さいたま市精神保健福祉審議会,厚生労働省の主催する精神障害者の地域生活支援のあり方に関する検討会など,様々な委員会にメンバーや職員が参画した.行政や関係機関と同じテーブルについて協議できたことは,大きな意味があった.

 また,旧3市(大宮・浦和・与野)の各団体組織が,要望運動を主な目的に,市内全域でまとまっていくために動いた.さいたま市精神障害者小規模作業所連絡協議会,さいたま市精神障害者施設連絡会が発足し,やどかりの里の各施設も名前を連ねた.来年度には市内にある約50か所の身体・知的・精神障害者の施設が連絡会を発足していく予定だ.       

 市内5か所の精神障害者地域生活支援センターが連携して作るニュースレターの創刊,市内の6つの精神病院やさいたま市保健所,生活支援センターと共に学ぶ退院促進についての学習会も始まった.

 様々な切り口でネットワークづくりを意識し,「空中浮遊都市」やどかりの里の脱却を目指してきた.市内の精神保健福祉サービスについて障害や施設種別を超えて,検討し実現できる基盤づくりに着手した年となった.

 一方,もう1つの課題は財政基盤の確立であった.今年度は,バザーと夏の響きコンサートへの取り組みで200万円の法人独自の自己資金を獲得した.その資金を元に「活動準備基金」がスタートした.補助金に依拠できない新しい活動の立ち上げや,法人独自の活動の資金に充てていくものだ.初年度である今年は,日米セミナーやエンジュのお弁当利用者の状態調査,共同住居型の新たなグループホームの立ち上げに活用された. 

 社会復帰施設の補助金削減や,小規模作業所の国庫補助金が今年度から2年連続して1割ずつ削減される動きもあり,法人独自の自主財源の必要性を強く,また緊急性のあるものとして自覚した.

 精神保健福祉を取り巻く状況は予断ならない.目まぐるしく変わる世の中の動きをどう読むのか,どう行動するのか.同時に,やどかりの里の大切にしてきたものを,どう維持していくのか.現実の厳しさを知る程に,漠然とした重たい気持ちになるが,どんな時も将来に夢を持って活動に取り組んで行きたい.

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