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<1面記事>
里祭りから見るやどかりの里の変遷
8月9日(木)4時から6時まで,会館ホールにて3年ぶりにチーフ会議主催で里祭が開催され,約60名の参加があった.前半の「やどかりの里と私」という討論会では,長く利用しているメンバーから,やどかりの里を利用した頃の思い出とこれからの要望が,家族からは「定年になったら何かお手伝いをしたい」などの発言があった.また,後半の会食の合間には,余り顔を会わせることのないメンバーたちの自己紹介があり,新しい出会いが生まれ,2時間に亘る第16回里祭は終了した.
やどかりの里30周年記念行事により,里祭が2年間開催されていなかったため,里祭の存在を知らないメンバー,職員がいること.また,近年各生活支援センターで利用登録が可能なため,そのエリアの作業所やグループホームとの交流はあるものの,社団法人やどかりの里の本部や社会復帰施設会館ホールを訪れたことのないメンバーもいること.そして,あらためてやどかりの里の法人会員について考えていこうという思いを込めて里祭を開催することになった.
ここで,里祭についての歴史を機関紙「やどかり」から辿ってみよう.開催の有無はその時々のやどかりの里の状況と共にあった.やどかりの里は発足5年目,1975年に財政危機に見舞われた.この時メンバーから自分たちも社団法人の会員になろうという声があがった.同時に人手不足を法人会員で委員会を組織し,会員活動で乗り切ろうという動きが起こった.第1回の里祭は1977年5月,このような時期に開催された.主催がレク委員会,協賛がバザー委員会,メンバー家族の会,朋友の会,爽風会,スタッフ,後援がやどかりの里と記載されているところからも,全ての会員が一体となってやどかりの里を担っていこうとした行事であったようだ.このような動きは1979年まで続いた.1980年から1982年まではやどかりの里10周年記念行事や,財政危機による会員獲得の記事が機関紙を埋め,里祭は開催されていない.1983年から1985年までは爽風会,朋友の会,浜砂会が共に過ごす内輪の会として行なわれ,浜砂会の方々に母の日を兼ねてカーネーションが贈られた.1986年から1989年までは「外なる交流」と称し,外部の当事者の会を招き,セミナーを中心に据えた里祭が開催されている.その間,1988年は社会復帰施設を建てるための一坪運動や保健文化賞受賞記念講演会のため中止となっている.その後,1992年再開.やどかりの里25周年記念式典があった1995年を除いて@KN1998@KN年まで継続.内容はソフトボール対抗試合や文化祭に変化.同時に,運営はやどかりの里が地域に広がったことを示すように,各部署がそれぞれ受け持ち,創意工夫を凝らすお祭りになってきている.
里祭は社団法人会員の集う祭典である.やどかりの里が社団法人として運営されている意味を里祭の歴史を辿ることから,あらためて考える契機になれば幸いである.
<第3木曜会報告>
8月の第3木曜会は
夏休み期間中につき休会でした.
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