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記事>
夢を語りつぐ
谷中輝雄会長の厚生労働大臣表彰を記念して
さる1月11日に埼玉
県障害者交流センターにおいて「谷中輝雄会長厚生労働大臣表彰記念・夢を語りつぐ会」が開催された.当日は会員をはじめ全国各地から200人近くの参加があり,盛大に行われた.
やどかりの里では今年度理事長が交代した.長年理事長として活動を引っ張ってきた谷中輝雄が会長に,副理事長として活動を支えてきた土橋敏孝が新しく理事長となった.今回厚生労働大臣表彰のお祝いと同時に,理事長交代という節目を経て,やどかりの里がどういう方向性で今後活動を展開しようとしているかお伝えする機会にしようと,この「夢を語りつぐ会」の実行委員会を組織し準備を進めてきた.
当日は谷中会長の記念講演の後,スライドショーでやどかりの里の30年を振り返り,最近の取り組みやそこから見えてきた課題を発表した.やどかりの里創設当時から,その時々にかかわりを持った人が順に語っていく中で,夢や思いがどのように引き継がれて,現在に至っているか確認する機会となった.
谷中会長は,やどかりの里を誕生させ,精神障害を体験した人たちと,ともに生きる社会を創るために,大きな夢を抱いて歩んできた.その熱い思いに共感する人々が,やどかりの里に集まり,小さな歩みを重ねてきた.
現在では,やどかりの里には200名のメンバーと50名余りの職員が活動し,さいたま市内に点在した活動拠点では,多くの協力者の方々が熱心に応援してくださっている.谷中会長が精神病院のソーシャルワーカーとして,大宮で活動を始めた頃には想像できなかったような活動の広がりが生まれている.
しかし,一方では30年前も今も変わらず精神病院の中で人生を終えざるを得ない人たちがたくさんいる.活動を積み重ねてきたとはいえ,依然厳しい現実もあることを忘れてはならない.やどかりの里の課題も数多い.
精神保健福祉を取り囲む社会福祉の全体状況も,支援費制度の導入や国の新障害者プランの策定,と激動の時代の只中にある.変化の激しい時代だからこそ,活動の原点の夢や希望を改めて確認する意義は大きい.地域の中に,小さいけれど暖かな居場所を作ることから始まった活動の原点を忘れず,激しい変化に活動の方向性を見失うことなく,歩み続けていくことが必要なのであろう.
会の後半のティーパーティーでは,各地から駆けつけてくださった方々から,温かい励ましのお言葉を数多くいただいた.改めて,やどかりの里が多くの人たちの支えや応援でここまで活動を続けられたことを感じられる時間となった.今後も先輩たちの姿から学びつつ,多くの方々と手を携え,夢や希望を忘れず進んでいきたいものである.
和やかさと温かさのうちに会は終わった.やどかりの里が新たな態勢でスタートして1年,活動の背骨となる夢や思いの共有が出来た1日だったのではないだろうか.
32年間の時を越え未来へ夢を続ける
「夢を語りつぐ会」の受付開始前から,会場の障害者交流センターのホール前はたくさんの人で賑わっていた.古くからのやどかりの里の支援者,谷中会長に薫陶を受け各地で精神保健福祉の活動を展開している人々,地元埼玉
県やさいたま市の行政の担当者,精神のボランティアグループの方々や社会福祉協議会をはじめとする県内の福祉や医療を担う団体等,沖縄県から山形県まで全国から約@KN200@KN名の方の参加の申し込みがあった.あちこちで挨拶の花が咲き,谷中会長との久しぶりの邂合に懐かしさをにじませる人々の姿があった.
開会の挨拶は実行委員会を代表し,香野英勇理事が「情けは人のためならず」を例えに,谷中会長に対する感謝の言葉を述べた.
そして,谷中会長の「これからの精神保健福祉の方向性」と題した記念講演が始まった.谷中会長はさいたまの地で描いてきた夢,その夢を徐々に実現していった過程,そして今後は教育の場に身を置き,後進の指導を通
してこれからも夢を実現していくという抱負を述べた.また,国は障害者プランとして72,000人を病院から地域に出すという数値目標を掲げた.これは我々の要求をもとに,市町村が精神保健福祉に地方交付税を今後どう使うかという問題であるが,高齢化を考えると10年間では長すぎる.病院の表玄関から出てきて,地域で生活するシステムを作ることは,後進にお願いしたい.またその長期入院の方々を地域に迎えたときが,自分の仕事の終わりであるとし,参加者の深い共感を得た.「私はやどかりの里は引退するが,さようならではない」と締めくくった.
引き続きスライドショーが始まった.「やどかりの里の過去・現在・未来」というテーマでやどかりの里の32年間の活動をスライドにまとめ,その時々の活動の中心となった人々がその時の思いについて語った.30歳の青年谷中輝雄が市内の病院で出会った1人の患者さんと1人の家族.その2人に背中を押され始めたやどかりの里.国家公務員の職を捨てやどかりに身を投じた職員第1号の荒田さんの語るやどかりの里の誕生の頃.存続の危機を何度か迎えながらもごく当たり前の生活を目指した時期,その後社会復帰施設が建ち,活動が広がっていったことがスライドで現された.この法律的な枠組みの中で活動ができるまで既に20年の日々が費やされて来たことを思うと,感慨深いものがあった.また国の施策に先駆けて始まった生活支援センターと生活支援の態勢つくりは,やどかりの里が誇れるものであろう.一方で働く場としての作業所作りの過程が,また地域に貢献できる存在として「食事サービスセンター エンジュ」の活動と福祉工場の活動が披露された.そしてこの数年組織が拡大したことによる組織の危機,活動の危機に最近のやどかりの里はどう対処してきたのか,日々の実践の一方で,やどかりの里が大切にしている研究,研修の場が果
たした役割について発言があった.人づくりセミナーや地域精神保健福祉研究会,状態調査,カナダの当事者活動の学習会などの学びが,現在のやどかりの里が大切にしているメンバーと職員の「協動」に根付き,活動に確実に生きているのだ.そしてやどかりの里の価値を普遍化することの意味,やどかりの里の原点である「茶の間」が意味することを堀澄清さんが話した.残念だったのは,その昔青年谷中輝雄の背中を押し,その後「茶の間」を長年守ってきた志村澄子さんが,闘病中でこの場にいることが叶わなかったことだ.
スライドショーの最後にNHKプロジェクトXでおなじみの,中島みゆきの「ヘッドライト,テールライト」が流れた.どん底を経験しながらも前向きに生きようとするメンバーの姿勢に,励まされ生き直したやどかりの里の職員達がいる.今私たちは人と人とのつながりの大切さを感じ,競争社会から脱却し,1人1人が大切にされる社会の実現を目指している.これからの精神保健福祉の未来を想像すると,やどかりの里だけでなく,今日出席してくださった多くの方々とまさにプロジェクトXのチームを組み,進んでいくのであろうと感じた瞬間であった.
ここでいったん照明が落とされ,東京フラメンコギター合奏団が記念演奏を行った.おなじみのギターの名曲と曽我部康子さんのフラメンコの披露があった.
第2部は山崎光夫理事の挨拶でティーパーティが始まった.多くの方がそのまま残ってくださり,夢を一言ということで,会場のあちこちから挨拶をいただいた.「自分は夢なし人間なんですよ」と断る方もいらっしゃったが,やどかりの里の活動に少なからず刺激を受けて下さっていることがわかり,実行委員の一員としてはほっとした瞬間であった.「これからも職員とメンバーとが一緒に創っていくやどかりの里でありたい」と土橋敏孝理事長が閉会の挨拶をし,「夢を語りつぐ会」は盛況の内に幕を閉じた.
さて,場所を移しての2次会はやどかりの里の中川の社団法人本館建物.全国から大吟醸の銘酒や名産品が届き,本館2階の事務所は大混雑.その昔,谷中会長に教えを請うため全国の方が訪れ,研修生や職員が熱い思いを語っていたというやどかりの里は,かくあったであろうと思うような状況であった.一時代を担った旧職員から今年入職した職員まで,そして今も谷中会長を慕う各地の方々で夜遅くまで賑わった.
(浅見 典子)
全国的な精神保健福祉活動の展開を目指して
谷中 輝雄(やどかりの里会長)
去る1月11日,「夢を語りつぐ会−厚生労働大臣賞受賞を記念して」を開催していただき,多くの方々からねぎらい,なぐさめ,励ましの言葉をいただき,心より感謝申し上げます.
人によっては別れの挨拶までいただき,とまどったりもいたしました.終えたあと,遠方からの参加者はお祝いの会というよりお別
れ会のような印象をもったと語られ,何か感じることがあったのかと思い,ここにお祝いへの感謝と同時に私の気持ちを会員の皆様にお伝えすることが,大切と思い筆をとりました.
当日参会した方にはお話しいたしましたが,私が30年間で一応やどかりの里の形をつくってきて,これ以上理事長を続けることは,若い人たちの独創的な考えを妨げることになることを恐れていたこと,つねに世代の交代の時機が問題視されていたこともあって,よい機会であると判断した旨のことを述べました.
考えてみれば,30年間で2度倒れて入院生活を送りました.今様でいうとバーンアウト(燃えつき症候)です.2度目に仙台で倒れ,救急車で病院に運ばれた時はもうこれで終わりだと思いました.そして,さまざまな人たちに後を頼みますとお願いをいたしました.誰1人として,承知してくれませんでした.再び私が走るしかありませんでした.でも,一度死んだ人生だから,これからはやどかりの里を支えて下さった方々へのお返しをすることだと考えました.まずは国の施策に精神障害者の福祉とノーマライゼーションの具現化を推進することであると考え,やどかりの里のことは職員に任せて全国精神障害者社会復帰施設協会の会長として,さまざまな委員会に参画することになりました.
昨年12月24日に新しい障害者基本計画と当面5年間の取り組みが発表されました.10年間で,72,000人の方々を病院から地域に出すのだという数字が明記され,具体的な施策も十分とは申せませんが国の方針が打ち出されました.これで私の仕事は終えたと思いました.
そこで,長いこと願っていたことを始めたいと思い,その想いの一端をみなさまにお伝えいたしました.それは,人材の育成(北海医療大学大学院にて)と精神保健福祉に携われる方への燃えつきを防ぐ仕事(北海道でのリフレッシュセミナー・精神保健福祉交流協会)であります.
やどかりの里を見放したということではありません.会長(これは名誉職ですが)としてやどかりの里を見守り,必要があれば役割もとりますが,やどかりの里は職員とメンバーの協同の作業を進めることが重要だと考えます.私の夢はメンバーが職員と対等となり,理事長にメンバーの代表がなってくれることであります.その時に私が元気でいれば,助っ人になるつもりでおります.
しかし,今は全国的に精神保健福祉の活動を展開させねばなりません.残された数年,私は最後の仕事に向かって歩き出しました.どうぞ,今後ともやどかりの里を支え,共に新しいやどかりの里を形成していただきたいと思っております.
また,私の志す第2の仕事にもご参加下されば,お会いする機会もあろうかと思います.私の労をねぎらってくださった皆様に紙面
を通して心よりの感謝を申し上げる次第です.ありがとうございました.
第三木曜会報告
地域交流祭と日米交歓会を振り返って
平成15年1月16日に行われた第三木曜会では,1)地域交流祭の見直しと見通
し,2)日米交歓会の振り返りについて話し合った.
<地域交流祭の見直しと見通し>
今回の地域交流祭は,昨年までのやどかりの里大バザーとは,目的・形態を変えての最初の取り組みとなった(機関紙2002年8月号参照).第三木曜会では各部署からの振り返りから始まり,関わったメンバー・職員の感想や意見を出しあった.
企画内容に関しては,とても楽しめるお祭りであった.また,同じ地域で活動する様々な機関と協力したことは大きな意味もあった.しかしその一方で,課題も浮き彫りになった.
一つは,模擬店などは部署ごとに参加し,売上もその部署に入るという形態から,やどかりの里全体としての目的を意識しづらかったということ.二つ目に,「地域交流」へのイメージが漠然としたり,逆に意識しすぎたり,自然な形での交流が感じづらい側面
があったことである.これまでのバザーを振り返り,ボランティアの方々や寄贈品を下さる方々との自然なやりとりの中にある交流,そして共に作り上げる過程での交流を改めて考える機会ともなった.
さらに,やどかりの里の運営状況に余裕がある訳でない現実も忘れてはいけないという反省もあった.事業に影響を出してまで準備に臨んだが,利益は見合ったものではない.目的と必要性とのかねあいからも考えていく必要がある.今回のお祭りを地域交流の1プロセスとして振り返り,今後どういうものを作りあげていくか,考えていくことになる.
<日米交歓会の振り返り>
今回の「日米メンバー交歓会」は,メンバー主導の「受け入れを考える会」が2年の準備期間を経て催された.実際に会の中心として準備をしてきたメンバーから,振り返っての報告があった.話し合いは,やどかりの里の中での会の位
置付けがはっきりしていなかったこと,メンバー主導で会を進めていくにあたり,環境が整っていなかったことなど,いくつかの問題点を考える機会となった.「自分達は一生懸命やったつもりだし楽しかったが,一部の人ばかりが荷物を持つような感じのところもあったのでは」「自分達が勝手にやっているのかなと思ったり.すごいエネルギーが必要で,全体との連携が難しかった」との声もあがった.
今回の「日米メンバー交歓会」は,とても楽しく良いものになったが,その一方で,「受け入れを考える会」のあり方については反省点も多くあった.今後も立場をこえて関心のある人達を募った委員会づくりや,調整役等,進め方の検討をしていく.
地域交流際,そして日米交歓会,どちらも多くの課題が明らかになった.「地域と交流を」「気持ちよくアメリカメンバーを迎えたい」.やどかりの里の組織が大きくなり,@KN出発@KN点である想いと企画の目的をどう皆で共有していくのか.その中で各々が主体的に関わり,そしてどう形にしていけるのか? これからも模索し続けたいと感じる振り返りであった.
<連絡事項等>
・1月17日(金)10時〜12時 援護寮体制についての説明会
・2月6日(木)10時〜14時 やどかりの里1年間の振り返り
(中村 由佳)
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