日本健康福祉政策学会
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■理事長退任のご挨拶
更なるパラダイムの発展を期待して   新井宏朋(山形大学名誉教授)

 この度の理事改選にあたって理事長の職を塩飽邦憲さん(島根大学)に引き継ぐことになりました.塩飽さんは長年学会の事務局を担当され,今年2月には山根洋右教授の後をついで教授に昇任されましたので,誠に時宜に適した人選と存じます.思い返すと,健康福祉政策を勉強する集まりを作ろうという動きが表面化したのは 1995年の第54回日本公衆衛生学会総会のときでありました.山形市で開催されたこの総会が「次世紀に結ぶ健康政策」をメインテーマにしていたことはご記憶の方もあると思います.この総会で会長を務めた私と「公衆衛生の人づくり」および「健康政策の科学」のシンポジウムの世話をした人たちが推進役になって本学会が発足したわけです.

 現在,私の手元に残っている学会の設立趣意書の草案に次のような文章があります.「私たちは,これからの健康福祉政策の研究は,保健所,市町村など公衆衛生の第一線で働く人々の“おもい”や“ねがい”を原点としなければならないと考えています.これまで,いろいろな学会の研究と保健福祉の現場で行なっている活動との間には大きな隔たりがあるとされてきました.この学会はこの間の断絶を埋めるために設立されるものなのです.(中略)

 これからの地域保健福祉活動は,単に国や県から下りてきた事業を機械的にこなしていれば良いという姿勢では対応が難しくなり,現場での政策立案能力が強く要求されることになります.地域での保健福祉活動の基本になる考え方や,科学的な仕事の進め方の裏づけになる学問体系を早急に整える必要があるのです.(中略)

 私たち発起人一同は,次のことを念頭に置いた健康福祉政策学会の設立を提案いたします.

(1)地域での保健,福祉の現場が安心して活動できるような,学問的背景の構築を目指す.

(2)現場での活動と乖離しない,地域での実践活動から出発した研究を目指す.

(3)学会の発足後も,住民,行政との共働に熱意のある人たちに対して,「広く門戸を開き,保健,福祉の領域や社会学,行政学,政策科学などの研究者だけでなく,地域での活動に関わる各種の専門職や一般住民にも参加を呼びかけていく」

 それから今日まで8回の学術大会が開かれ,他に健康政策セミナーの開催された地域もあります.本年11月には第9回大会が三鷹市の杏林大学で野山 修さんを会長に行なわれます.

 学会員が共同執筆した健康政策の書物も2冊発行され,学会のニュースレター「健康福祉政策情報」も19号を数えています.

 学会発足時の活動目標は今も通用するものですが.今回の理事改選を契機として町村合併や保健所の機構改革など社会全般の変化に対応した新しい活動の発展,更には新しいパラダイムの創設を期待するものであります.

■理事長就任のご挨拶
理性は羅針盤,しかし情熱は強い風   塩飽邦憲(島根大学医学部環境予防医学)

 2005年4月から2008年3月まで日本健康福祉政策学会理事長として重責を担うことになりました.新井宏朋前理事長,丸地信弘さん(信州大学),山根洋右さん(島根医科大学)を中心に市民,健康福祉現場スタッフ,大学・研究機関の協働をめざした新しい学会づくりが1995年に始まりました.私は,その当初から事務局やニューズレター発行のお手伝いをさせていただき,日本健康福祉政策学会の誕生と発展を経験させていただいたことを誇りとしております.

 設立準備の1996-7年にかけて,学会の趣旨や組織をめぐる世話人会での白熱した討議が印象に残っています.市民協働による学会運営,現場活動と学問的基盤など,現在も本学会が模索している課題について熱心に議論され,規約と学会組織が作られました.そして,難産の末に1997年に岩永俊博さんをはじめとする関東地方の仲間により国立公衆衛生院での設立学術大会を開催しました.

 新井前理事長が1998年1月発行の「健康福祉政策情報No.1」巻頭言で,本学会の特徴として「政策科学」「地方主権」「市民参加または協働」をあげておられます.「地方主権」「市民協働」の歩みについては,1998年の第2回学術大会(松本市,丸地信弘大会長)で,市民と専門家が膝を交えて討議するワークショップや壁発表が試みられました.第3回学術大会(中野区,福渡 靖大会長)では,学会員がNPO法人愛隣社(日野市)や新山の家(中野区の地域活動から学びながら「市民参加の政策づくり」を議論するという本学会の基本的なスタイルが確立しました.第4回学術大会(旭川市,羽田 明大会長)では,森 敬さん(北海学園大学の特別講演で,道・市町村職員の「公務員意識」改革と生活密着型まちづくりを強調されたことが印象に残っています.第5回学術大会(さいたま市,谷中輝雄大会長)では,当事者と職員の協働による人間尊厳の健康福祉活動と学術大会を結合した取り組みがなされました.

 「政策科学」の確立への努力は,新井宏朋さん,丸地信弘さん,山根洋右さんを中心とした医学書院発行の「健康の政策科学」「健康福祉の活動モデル」から始まりました.また,本学会の企画による政策研修は,健康日本21地方計画策定のセミナーが静岡県で準備され,この取り組みが2002年の第6回学術大会(静岡市,松田正己大会長)につながり,静岡県での健康福祉ネットワークの強化となって結実しました.第7回学術大会(出雲市,塩飽邦憲大会長)では市民参加による健康福祉活動の実績を踏まえた地方主権の政策づくり,環境問題や健康福祉分野での国際連帯への広がりがみられました.市町村合併時期に開催された第8回学術大会(京都市,渡邊能行大会長)では,大都市と農村の地域特性にあわせた健康福祉活動と政策形成,感染症危機管理やセイフティ・プロモーションなどの新しい側面を総合化したまちづくりの提案がなされました.このように,本学会は学術団体として着実に歩みつつありますが,いくつかの課題も抱えています.

 それは,学会員の増加の伸び悩みであり,市民協働を目標にしながらも市民には取っ付きにくく,研究者には学問的に物足りない学会活動の質です.BSE等の問題でリスク・コミュニケーションの概念と方法が一般化してきましたが,政策をめぐっても市民協働のために問題提起を市民にわかりやすい言葉で明記し,それをどう考え,実践したかを科学的に深化する新しい科学的コミュニケーション方法を創造しなければなりません.幸い本学会には,市民の立場から健康福祉活動を続け,積極的な政策提言をしておられる石川左門さんや佐谷けい子さん,当事者や市民参加で草の根健康福祉活動を継続してきた「やどかりの里」や「NPO法人シーザル」など,市民協働を発展させた実績をもつ第一線スタッフが学会員として,また理事として積極的に学会で活動されていますので,本学会の宝として現場からの情報発信を期待しております.

 医学書院発行公衆衛生「住民Voice」に2004年3月掲載された石川正一氏は,「たとえ短い命でも生きる意味があるとすれば それは何だろう.働けぬ体で一生を過ごす人生にも 生きる価値があるとすれば それは何だろう.もしも人間の生きる価値が 社会に役立つことで決まるなら ぼくたちには生きる価値も権利もない. しかしどんな人間にも差別なく生きる資格があるのなら それは何によるのだろうか」という生命の叫びを残しておられます.こうした生命の叫びを鋭い感性を持って学会員が健康福祉課題として捉えられるか,専門や縦割り行政の壁を越えて活動や政策として取り組めるかが問われていると思います.さらに,こうした課題を学会の場で議論し,普遍化(政策化)するための学術活動が期待されています.国際的な場で健康福祉活動にかかわり,世界的視野で健康福祉活動や政策提言を研究している若い世代の研究者の本学会への積極的な参加は,学問と現場をつなぐ意味で心強い限りです.

 私自身の力は,本学会の礎を気付かれた先輩たちの力量にはおよびもつきませんが,学会員諸氏のご支援をいただき,下記のような思いで今後3年間の理事長としての務めを果たす所存です.
 「理性は羅針盤,しかし情熱は強い風」Alexander Pope(イギリスの詩人)